三十日目 思惑と疑い
それから10日ほどが過ぎたが、マクスウェルの生活は、それから特段変わることはなかった。時折、夜に地下の闘技場に参加し、それ以外は余裕がある時はシナロアの訓練をする程度。
相手のスキルが強力になっている地下闘技場での戦いは、マクスウェルの呪いの都合上、苦戦はするものの負ける通りはなく、御前試合を含めた5戦全てに勝利している。
昼間は暇な時間が増えたので、適当に仕事や訓練をしながら日々を過ごしていたが、突然、国からの手紙が届いた知らせを受けて、執務室に呼び出された。
「パラナ、国から知らせが来たと聞いたが?」
折角なので差し入れのティーセットと共に執務室に入り、早速要件について聞くと、彼も苦笑しながら内容について伝えた。
「あぁ、また御前試合の通知が来ている」
「またか? 前回のから2週間しか経ってないだろう?
他の闘技者もいるというのに、またどこかの領主が私を推薦したのか?」
当然の疑問をぶつけると、パラナもそれもそうなんだが、と言葉に詰まる。
「それがな、国王直々の指名だそうだ」
「……わざわざ、か?」
まさかの回答に耳を疑い、流石の彼も困り顔で深く息を吸った。
「それなら、断れる理由がないな」
「そういうことになるな」
二人は面倒そうに溜め息を吐き、忘れていたティーセットの準備を始めながら詳しく聞く。
「時間と相手について教えてくれ」
「日にちは三日後、相手は……"物流"の闘技者、"伽藍僧"…噂には聞いているが、地下闘技場でも最強クラスの相手だな」
「無敗の男と最強格の相手をぶつけてみたい、というのか? 趣味が悪い」
マクスウェルは少し嫌そうに呟くが、パラナはどうだろうな、と面倒そうに返す。
「今回については、不審な点が多い。まず国王陛下の意図もよく分からんし、これをわざわざ通した他の連中についてもな。
何かを―いや、ここははっきり言おうか、マクスを試すようなやり方にしか見えん」
「私もそう感じた。だが、私をわざわざ試す意図は分からん、訳では無いが、なぜそんな事を国王が直々にやって来るかが分からん…いや、」
パラナの考えに賛同しつつ、マクスウェルはふと―少し前、防衛長官と話していたことを思い出した。
「どうした?」
「実はな―」
パラナが不思議そうにこちらを見てきたため、"鏡華"との戦闘前に、防衛長官に会って話をしていたことを伝える。敢えて、彼が濁していた、パラナが間違いなく参加するであろう、という話はしなかったが。
「―成る程、あの人はそんな事を話していたのか」
「恐らく、その流れで国王にも話が通っているのではないか、と思ってな。それならば、私を試す意図も理解ができる」
「それならば、領主たちも別段反対する理由もない。反対をすれば、自分が反逆の意思を抱えているのではないかと怪しまれるからな。不要な争いはないに限る」
二人は結論に辿り着いた所で、深く息を吐いて、お互いに楽な姿勢を取る。
「憶測でしか無いにせよ、結論が出たのであれば、我々も為すべきことをするだけだな」
「しかし、ここはどうするのが正解だ?」
「どういうことだ?」
マクスウェルの問いかけに、パラナが首を傾げると、指を一つずつ立てて話し出す。
「ここで、私には二つの選択肢が出ている。全力を出して、私の力を誇示し、恐らく見ているであろう敵に牽制をすること。もう一つは、意図的に敗北し、敵を油断させる方法だ」
「……ふむ、確かにどちらにも意味はあるな。しかし、今回の手紙の意図を汲めば、国王はお前に抑止力として、力の誇示を望むのでは?」
「そちらの方が平穏の時間は増えるだろうが―敵へ準備する時間を与えることになる。ならばこちらの力を過小評価させ、反乱を早期に起こさせ、殲滅することで結果的に被害が減るかもしれん」
マクスウェルの提案に対して、パラナは少し考えてから一つ聞いた。
「前者にせよ、後者にせよ、お前は本当の意味で本気を出すのか?
教育の領主から聞いたが、あの赤い悪魔の姿でさえ、全力の一割程度と聞いたが」
「…………、相手による」
痛いところを突かれ、マクスウェルは誤魔化すが、パラナはため息混じりに指示する。
「相手に合わせるのも、闘技場では大事なことだが、有事の際はそうも言ってられん。この際、少しは真面目にやってみろ」
「……あまり本気は出したくないのだがな、相手次第とは言え、少しは真面目にやってやろう」
マクスウェルは珍しく、とても嫌そうに答え、紅茶を啜る。パラナも一息つくために紅茶を一口含んでから告げた。
「とりあえず、三日後だな。それまではいつも通り、好きにしてて良い。明日はシナロアの試合もあるから、この子も早めに帰すが、あまり遅くまで訓練させるなよ」
「分かってる」
それで話は終わりということもあり、マクスウェルは紅茶を飲み干してから立ち上がり、自分の分のカップを片付ける。
「じゃあ、今日も仕事を頑張ってくれ。私はまた闘技場で子供たちの指導をしてくる」
それだけ言って、彼は部屋から出ていった。
マクスウェルが部屋から出ていって、作業を始めたパラナに対して、黙々と仕事をしていたシナロアは、手を止めずに話しだした。
「マクスって、あの赤い姿で本気じゃなかったんですか?」
「さっき話した通りらしい。本人がそう言っていたようだが、本当かどうかは私にも分からん。…あいつは、どこまで本気でどこまで手抜きなのか、本当に分かりにくいからな」
パラナの言葉に、シナロアも頷く。
「確かに、それはありますよね。何処となく演技のようで、演技じゃないところもありますし」
「それは奴が言っていたが、"真実と嘘を混ぜると見抜けなくなる"せいだろうな。一部演技をしているだろうが、あいつは"自身の力を制限した状態での全力"でかかってくるせいで、それがどこまで本気なのかが分かりにくい。
あいつは普段から意図的にそれを混ぜてくるから、本心も分かりにくい。だから信用されないんだと面と向かって言ってやったが、苦笑いをしてたな」
「聞いてた話、マクスも昔から色々苦労してたし、その影響なんでしょうけどね。でも、頼りになるのは事実ですし」
「そうだな」
そんな話をしつつ、彼らは仕事を消化していく。
「ところでパラナ、防衛長官から送られてきた、処理する資料なんだけどさ。最近、随分と防衛用資材の申請多くない?」
シナロアからそんな話を聞いて、パラナも少し考えてから答えた。
「確かに、そう言われるとシンプルな防衛設備の申請が多いな。防弾盾に防護服、更にスキルジャマーの追加開発の申請も来てるな」
「これって、さっき話してた内戦の備えじゃないの?」
「可能性は高いな」
淡々と答え、資料をテキパキと分けていく。
「ここしばらく、"医療"側に回す必要のある資料も多くて本当に面倒だな。軍部と医療は協力しなければならないのは分かるんだが、一次審査を通すこちらの身にもなってほしい」
目の前の仕事に集中しつつ、パラナがぼやくとクルドやヴェルディからも不満の声が上がる。
「最近、急に医療側の二次審査も通す必要のある資料が増えましたよね。一々送らないとだし、資料不足で認可されないものとかあってフィードバックも大変なんですけどね…」
「切っても切れない関係だから仕方無いとして、ここ最近になって軍部側からスキルを利用した再生医療の提案が極端に増えたな。何なら"教育"、"建築"まで巻き込んだ義肢の申請まで来てるし」
「そこについてはマクスから話があったんだが、"機神"と話していた義肢機構について、入院していたときにアクレに話してみたらしい。それを彼女がえらく興味を持ったみたいでな、そこから話が進んで今に至るようだ」
「…あいつ、さりげなく仕事増やしやがって」
本人は意図していなかったものの、結果的にマクスウェルのせいで仕事が増えてしまったことについて、恨み言を吐きつつも、彼らは仕事を淡々とこなしていった。




