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十九日目 戦いの後に

 シャリシャリ、という何かを切る音が聞こえる。


「―起きたか?」


「……、マクス」


 まず、目に入ったのは見知らぬ白い天井。そして横から聞こえた声の主の名前を呼ぶと、彼は椅子に座った状態で、悪そうにクックック、と笑う。


「随分と派手にやったようで」


「……そう、だね」


 今までマクスウェルにも見せてなかった応用をいくつも使っていたことを思い出し、彼女は目を閉じて、しみじみと答える。


「まぁ、私に見せてなかった技を見せなかったのは特に何も言わん。むしろ、私が見せただけなのによくあそこまで形にできたな、と褒める所だ」


 彼は嬉しそうにそう話し、なにか作業をしていた手を止める。


「ちょうど良く切り分けられたな。ほら、口開けろ」


「? …!」


 マクスウェルに言われるまま、口を開くと何か冷たくて甘い物が放り込まれる。それでも余計な抵抗はしないで、器用に咀嚼して、飲み込んだ。


「……リンゴだ」


「お見舞いついでに、アクレの所からパクってきた。案外美味かったからな」


 マクスウェルは自分でも切り分けたリンゴを口に入れ、ベッドの脇に置いてあるテーブルに、切り分けたリンゴを乗せた皿を置く。


「まぁ、とりあえず、だ。シナロア、お疲れ様」


 彼の言葉を聞いて、シナロアは意識を失う寸前の、目の前に迫る巨大な足を思い出した。


「…そっか、負けたんだ、私」


「今回は相手が悪かったな。流石に人食い相手に勝つには場数が足りん。結果を見れば、スキルではなく、慣れでお前は負けたようなものだ」


 珍しく、マクスウェルが慰めるようなフォローをして、彼女は意外な回答に笑ってしまう。


「そんなおかしな話だったか?」


「いや、マクスならここぞとばかりにボロクソに言うと思ってさ」


「私をなんだと思ってるんだ」


 マクスウェルは不機嫌そうに言い、まぁ、と足を組んだ。


「悪いところがどう、というのはお前もよくわかってるだろう。必要もないのにわざわざ指摘するほど、私も腐ってはいない。

 そして、今回は残念な結果だが、お前にも自信を持てた戦いだったろう」


「そうだね」


 シナロアは笑いながら頷き、静かに口を開ける。


「おかわりか?」


「ん」


 シナロアの催促にマクスウェルは素直に従い、彼女の口にリンゴをまた一切れ突っ込む。


「美味しいね」


「この国でも最高級品だそうだ。アクレの所に箱であったが、食べる頭が少ない上に、多くて消費しきれないとぼやいてたから、色々加工してやった後の残りを貰ってきた」


「…もしかしてマクスさ」


「ある程度検査が終わったから、その後はずっと放送を見ながら色々作ってたぞ。

 手始めにアップルパイ、リンゴのクッキー、ジャムにサラダ、ついでにアップルティーもリクエストに応じて何種類か適当にブレンドしてやった」


 当然のように休暇を満喫していたようで、シナロアは呆れ気味に溜め息を吐くが、大事なことを聞いた。


「お土産は?」


「お菓子類はパラナとお前らの分もちゃんと確保してきたから安心しろ」


 マクスウェルもそこはちゃんとしていたようで、テーブルの隅に置いていた小箱を手にとって持ち上げる。そう言われてみると、シナモンの香りが微かにしていたのは、恐らくその小箱が原因なのだろう。


「……、話は戻るけど、今回もリンが優勝したの?」


「いや、お前との戦いの直後に決勝があったのもあって、ダメージも相応に受けていたからな。その後敗北して、辛勝したサクが優勝になった」


「凄いね、あの子優勝したんだ」


「何せ、あの子も私が教えてるからな。若いだけあって飲み込みも早いし教え甲斐がある」


 シナロアの意外そうな言葉に、マクスウェルは自慢げに胸を張り、シナロアは苦笑した。


「何だかんだ、マクスって皆の面倒見てるよね」


「知らんのか。老人はお節介なんだぞ」


 彼は楽しげにそう言い、リンゴを一切れもらう。


「まぁ、あいつらも満身創痍だったからな。そのまま二人ともアクレの所に運ばれていって、入れ違いになった私はお前のお見舞いに来ているというわけだ」


「あ、そういう感じだったんだ。あとリンゴちょうだい」


 今の状況の説明をして、再度シナロアの口にリンゴを突っ込みつつ、マクスウェルはそうだぞ、と続ける。


「クルドとパラナにも連絡を取って、お前と一緒に帰ってこいと指示が出てる。だから、私はお前の回復待ちだ」


「そうなんだ。悪いけど、もうちょっと休ませて」


「構わん。ここなら私としても都合がいいからな」


 シナロアの要求を突っぱねることなく、彼は椅子の背もたれにもたれかかる。


「都合が良いって?」


「余計な目を気にすることがないってことだ。あの屋敷だと何かと人の目が多すぎる」


 特に隠すことなく答え、マクスウェルは続けて聞いた。


「さて、体は休んでいるのだから、頭を少し働かせようか。

 最近、書籍を読んでる暇はあまりないと思うが、何か気になることはあったか?」


「…そう来たか。本から得られた情報は殆どないっていうのが本音かな」


「だろうな。ここのところ、お前も働き詰めだし、そこは私も指摘するつもりはない。

 その代わり、今は直接パラナの近くに居るだろう? 何か、気になることや気付いたことはあるか?」


 マクスウェルも彼女の回答は責めず、視点を変えて聞く。


「……それ、私の主観とかでも大丈夫?」


「勿論」


 マクスウェルから許可を得て、彼女は少し考えながら話しだした。


「何というかね、あの子が執着してるのって家族絡みの関係じゃないのかなってさ」


「ほう? 続けてくれ」


 その言葉に興味を示し、マクスウェルはメモを用意する。


「私がパラナをあんまり放っておけないっていうのは前に話した通りだけどさ、実は本人にもそんなような事は話してたんだよね。

 それから随分食いつきが良かったと言うか、誤魔化すような素振りが見えたんだよね。確証はないんだけど、パラナに直属のスキル持ちの側近が居なかったことにも、関係してるんじゃないかってさ」


「要は、その側近はパラナにとっては親…はないだろうが、兄弟に近い相手ではなかったか、ということか?」


 シナロアの話を書き留めながら要約すると、小さく頷いた。


「うん、要約するとそんな感じ。

 それで、あの人の闘技場への嫌悪感を考えると、そっちの関係で離別したことが原因なんじゃないかなってさ」


「……、なるほど。面白い話だ」


「あくまで、私の感じた事だからね?」


 シナロアは念の為釘を刺すが、マクスウェルはそれが引っ掛かっているようで、考えながら空返事する。


「分かっている」


 そして数秒の沈黙の後、こちらもあくまで仮定だが、と続けた。


「一つ、気になった事があるんだが、調べられるか聞きたい」


「先に本題を言ってくれないと分からないよ」


 至極真っ当な反論に彼は笑い、真面目な声で聞いた。


「それもそうだ。

 シナロア、パラナの家系図を見付けられるか?」


「……本当の家族が関わっているかもしれない、ってマクスは考えるの? この国でそんな事が有り得ると思う?」


「確かに、普通に考えれば当然の意見だが―灯台下暗しという言葉もあってな。

 答えというものは、思ったより身近に隠れていたりすることもある。仮に違っていたとしても、パラナの家系について何かおかしな点があれば、そこから新たな疑問、新たな回答へと導けることもある」


 マクスウェルは真剣にそう答え、シナロアもしばらく悩んでいたが、唸りつつも頷いた。


「―分かった。また余裕があるときに調べてみる」


「頼んだ」


 一旦、次の目的について纏まったところで、シナロアはゆっくりと体を起こす。


「…もう大丈夫なのか?」


 何度も瞬きをして、視界を確認しつつ、彼女は改めてマクスウェルの方を向いた。


「うん、もう大丈夫そう。歩けるし―お腹すいた」


「そうか。じゃあ、帰って飯にするとするか」


「そうだね」


 よっこいしょ、とベッドから立ち上がり、しっかり立ち上がったのを確認して、マクスウェルも荷物をまとめて帰る準備を始める。


「じゃあ、帰るか」


「うん」

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