十九日目 vs人食い
「……」
二人は無言で通路を進み、会場の手前で足を止めた。
「健闘を祈る」
「そうだね、頑張るよ」
「―こんな事を俺が言うのはおかしな話だが、死ぬなよ」
別れる寸前にクルドが呟き、シナロアは笑う。
「ううん、ありがとう。生きて、帰って来る」
「そうしてくれ」
最後に二人は茶化しながら別れ、お互いに背を向けた。
いつものように、会場は日差しに負けないほどの熱気に包まれている。それでも、防護用の障壁である程度隔離されている戦場は、まだマシな気温だった。
そして、戦場の先には五メートルほどの巨人―"人食い"が既に待っていた。
『お待たせしました! まずは、"赤の天使"、"天魔"の二人が去った今、この闘技場でも別格の強さを誇る、人気No.1! "人食い"です!!
先の試合も難なく突破し、対戦相手は緊急治療を受けているようです。恐ろしいですね!』
「…心にもないことを」
司会のコメントを聞いて、どうでもよさそうにリンは呟き、ゴングが鳴るまでは力を抜いて待っていた。
『そして、今回の犠牲者は、先程"機神"を無傷で退けた"逆行少女"!! 初めは未知数ということもあり、人気は低いものの、先の戦いで評価も変わっている彼女ですが、どう戦うのでしょうか!?
皆様、ゴングを心待ちにしていますが、今しばらくお待ち下さい!!』
司会の言い方では、まだゴングが鳴るまでは時間があるようで、シナロアも力を抜いて軽く準備運動を始めた。
会場に反し、静かな戦場では二人とも好きに時間を使っていたが、突然マイクの声が響き、二人ともびくっ、と反応する。
『お待たせしました! 本日闘技場の2回戦―これより始まります!』
その言葉と同時に二人は臨戦態勢を取り、間もなく響いたゴングを聞いて、二人は同時に駆け出した。
―先手は人食い。それも当然で体型も、身体能力も圧倒的な差がある。瞬く間に距離を詰められ、丸太のような腕が振り下ろされる。
逆行少女はそれを外側に避け、地面に突き刺さった腕に向けて"振動"を撃ち込む。横からの力を加えられた腕は内側に回り込み、人食いは体勢を崩してそのまま大きく転倒する。しかし、追撃は許さずにゴロゴロと転がりながら距離を取り、十分に離れてから勢いを利用し、飛び上がるように立ち上がった。
「……、」
その様をじっと見つめ、彼女は静かに走り出す。今回は振動による加速は使わず、ゆっくりと距離を詰めるが、人食いが構えなおし、小さく足を上げた瞬間、振動を起動して加速した。彼女の居た場所が、"地質変動"によって隆起した時には既に離れており、そのまま一気に距離を詰める。
後退して距離を離すよりも早く、彼女は人食いに接近し、勢いよく着地し、人食いの顔面まで高く跳躍する。その勢いを加えたまま掌底を放つが、人食いの太い腕に阻まれ、決定打にはならない。
鈍い音と共に人食いは勢いを殺すように後ろに飛び、難なく着地するが、彼女の攻撃を受け止めた腕は大きな痣になっている。そして彼女も攻撃の後、地面を転がって着地の衝撃を殺していた。
「機神のとき、何をしていたか分からなかったが―"振動"を乗せた一撃か。また随分と面倒なものを教えたな、あいつは」
忌々しそうに彼女の攻撃の種明かしをして、彼が腕を振るうと、ゆっくり痣も治っていく。怪我が治りきったころには、逆行少女も既に体勢を整え、走り出していた。
人食いも彼女に向かっていき、大きな足を振り上げて踏み潰そうとするが、分かりやすい大振りの攻撃に易易と引っ掛かる訳がなく、横に大きく飛んで回避、それと同時に足元の地面を振動で破壊し、地質変動による奇襲をケアする。
しかし、その読みは外してしまい、周囲の地面が檻のように隆起して、彼女を閉じ込める。逃げるために土の檻を破壊、するのではなく、"回帰"させて地面を元の形に戻していく。
戻していく途中で、檻ごと踏み潰そうとする人食いの姿を確認し、回帰を解除し、振動を利用してその場から逃げる。着地を失敗してしまい、地面を何回か転がって再び立ち上がる。人食いも止まることなく、距離を詰め、拳を振り上げると同時に片腕の影を縛り、拘束する。
"影送"による拘束は、全身だけではなく、一部だけでも相手や場合によって動きを縛ることが出来る。これも、マクスウェルから教わったスキルの使い方。
片腕だけを拘束されるも、強引に引きちぎろうとする。しかし、それよりも早く逆行少女が接近し、人食いは拘束されたまま器用に蹴り上げるが、軽々とかわして彼の体を支える片足に掌底、更に振動による追撃を行う。
「ぐっ……!」
人食いも流石にそれにはたまらずバランスを崩し、倒れ込んだ瞬間に拘束を解除する。唯一の支えと言える拘束を解かれ、彼はそのまま受け身も間に合わず地面に激突する。
その衝撃で地面が少し揺れる。逆行少女はその隙を見逃さず再接近する―彼女の胸に、隆起した土の槍が突き刺さった。
「―が…ぁっ!!」
倒れ込んだ瞬間に発動した地質変動による攻撃をまともに受けてしまい、彼女の口から逆流した血が漏れる。槍は彼女の胸を貫き、すぐに形が崩れ―鮮血が噴き出した。
しかし、それは瞬く間に塞がっていき、服までも修復されていく。
"回帰"による回復をしている間に人食いは立ち上がり、体勢を整え終わっていた。
一方、突然の大怪我を急いで治した彼女は、深く息を吸って、口に溜まった血塊を吐き出した。そこまでの傷を治すことはできたが、相当体力を使ったようで、一瞬よろめくが、すぐに体勢を整えて構えた。
当然、そんな状況を相手が見逃す道理はない。人食いは無表情で接近し、腕を叩き付ける。
逆行少女も最低限の動きでかわし、目の前に振り下ろされた腕に、先ほどと同じく掌底を打ち込もうとしたが、動きは人食いの方が早い。
彼女の腕が伸び切る前に丸太のような腕を振り回し、彼女を巻き込んだ。巨体に"身体強化"が付与された力は凄まじく、そのまま会場の端から端まで吹き飛ばされ、轟音と共に、壁にめり込んだ。
「……、」
意識が飛びそうになる衝撃でも、まだ生きている。人食いもそれは承知の上で構えを解かず、土埃が晴れるのを待っていた。
数十秒ほど、人食いが待っていると、その中から逆行少女が飛び出てきた。案の定戦意は失っておらず、彼女は両手に光を貯めながら駆けていく。
人食いはそれに応じて一歩、大きく踏み出すように地面を踏みつけると―地面を這う、棘が彼女に向かって次々と生えていく。
しかし、彼女は左手の光を放ち、地面を破壊してその進撃を阻む。更にその衝撃を利用して、空高く舞う。人食いよりも更に高く、彼の上から攻撃しようと、右手を構え、人食いは攻撃に備え、頭を守ろうとしたが、両腕を影送で縛られていた。
そのため、歯を食いしばって耐えてから、カウンターで勝負を決めようとする。逆行少女もそれに応じるように右手の光を放った―が、それは"振動"ではなく、"閃光"。
「!!?」
予想としない奇襲に、彼も意表を突かれ、直接その光を見てしまい、視力を奪われる。そのまま落ちながら、がら空きの頭を振動を加えて蹴り飛ばし、その勢いを利用して着地する。
この一撃は、人食いも耐えきれず、大きくよろめいた。逆行少女は即座に追撃をしようとしたが―彼の大きな足が直撃した。
「――!!!」
視界がなくとも、音は聞こえる。着地時の音、そして地面を蹴る音で位置を把握することは可能であり―逆行少女は視界を潰した安心感から、一切の警戒もなく攻めに行った結果、人食いからの逆襲を受けてしまう。
油断していたときに渾身の蹴りを受け、流石に逆行少女の意識も無事ではなかったようで、壁に激突したまま、物音一つしない。
土埃も晴れ、彼女が激突したらしき瓦礫の山からも反応が返ってこないことから、司会も勝敗が決したと判断し、ゴングの音が鳴り響いた。
呆然と立ち尽くしていた人食いも、ゴングの音を聞いて我に返ったようで、自身のスキルを解除し―ふらつきながら通路に帰っていった。




