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十九日目 一人の朝

 いつもの朝。誰もいない部屋でシナロアは目を覚ます。普段通り、枕元に置いてあるタオルで顔を拭ってから、一つあくびをしてベッドから起き上がる。


「……?」


 普段と違和感を感じて首をかしげる。とりあえずすぐに髪を整えた後に着替え、事前に用意していた見た目は普段の正装と変わりはないが、伸縮性が段違いの戦闘用のスーツに袖を通し、寝室から出ると、違和感の理由が分かった。

 普段、乱雑に置いてある、マクスウェルの使っていた毛布が綺麗に畳まれたまま置いてある。朝食前のシナロアの仕事として、このくらい自分でやると彼女から申し出てやっていた仕事が既に済んでいる。ではなく、彼が帰ってきていない結論に辿り着き、不安が頭をよぎる。しかし、マクスウェルの強さを知ってることもあって、彼女はすぐにその考えを振り払う。

 そんなことを考えていても、腹は減る。くぅ、という腹の音を聞いて彼女は現実に引き戻される。


「……とりあえずご飯にしようかな」


 そんな事を話していると、扉を叩く音が聞こえた。


「シナロア、いる?」


 聞き覚えのある声が聞こえ、彼女は扉を開ける。


「はい、居ます」


 扉の向こうには、二人分の朝食の乗った盆を手にしたヴェルディが待っていた。


「マクスは夕方くらいまで帰ってこれないって聞いたから。ご飯持ってきたわよ」


「ありがとうございます。―マクスになにかあったんですか?」


 ヴェルディがそう言って部屋に上がり、いつも二人が食事をとっている長いテーブルにテキパキと用意をしていく。気になる単語が聞こえたため、聞いてみると、彼女も困り気味に答える。


「闘技場で厄介な相手と当たってね。勝ちはしたけど、出血多量で今は入院中。でも経過は問題ないみたいだから、もう少し様子を見て帰ってくるってさ」


「そうでしたか…。もしかして、って心配しちゃいました」


「……そうね」


 シナロアの言葉に対し、彼の戦いをパラナの隣で見ていた彼女は、全身傷だらけになっても戦い続けた姿を思い出し、一瞬渋い顔をする。しかし、仮面に隠された顔は悟られることはなく、彼女は普段通りの素振りで席につく。そして、仮面の顎部分の留具を外して食事ができるようにする。


「それはともかく、ご飯にしましょう。今日は忙しいよ」


 今日の朝食は、季節野菜のスープにボイルした羊の腸詰め、チーズソースのドレッシングをかけたサラダ、主食のこぶし大のパンが2つだった。

 シナロアも席に着いて、ナイフとフォーク、ナプキンを確認する。


「そうですね、試合前に日課も済ませたいですし」


 そう話し、彼女は静かに手を合わせてから食事を始める。

 行儀正しく食器を使いながら食事を進める彼女を見て、ヴェルディは興味深そうに聞いた。


「食事のマナーは親から教わったの?」


 一瞬、質問の意図を理解できなかったが、少ししてすぐに理解して答えた。


「? ―そうですね、一般的な作法は一通り。これでも貴族の家の女ですから、どこにでも嫁げるようにと」


「…そう、」


 意図せずして、彼女の過去に触れてしまったためか、ヴェルディは少し申し訳無さそうに口をつぐみ、シナロアは気にした様子もなく彼女に聞いた。


「ヴェルディさんこそ、作法は誰かから教わったんですか?」


「私? 私は…まぁ、仕事で必要だったから。上司から叩き込まれただけよ」


 潜入任務の都合で身につける必要があったことを告げ、それにシナロアは興味を示したようだ。


「スパイ活動、みたいなのです?」


「絵物語と違ってドラマも何も無いけどね。良家の教師に紛れて潜入することもあったから、作法も最低限必要だっただけ。今は前線からは退いた身だし、ただ、パラナ様の従者として恥ずかしくないよう、徹底してるだけよ」


 彼女は少し懐かしむように遠い方向を眺め、すぐに食事戻る。


「そういう話がしたいなら、マクスが居ない所でね。今は今日の出来事に備えましょう」


「それもそうですね」


 少し話は脱線してしまったものの、彼女たちは目の前の食事に集中することにした。


 ―食事を終え、ヴェルディは片付けに部屋を出ていって、シナロアは時間まで、準備運動を始めていた。

 マクスウェルから教わった武術―名前は教わっていないものの、短い時間ながら、彼のスパルタ指導にて形にはなっていた。

 拳ではなく、掌底で戦うスタイル。撃ち込むのは打撃ではなく"衝撃"。スキルの強度よりも精度を上げることに集中するように指導され、納得はいかないまでも、実践でも使える程度の完成度にはなった…と彼女は勝手に思っている。

 マクスウェルから教わった型を繰り返しながら、朝の強張った筋肉を解していく。

 集中しながら、ゆっくりと体を動かしている内に―集合時間が近付いて、誰かが扉をノックする音で現実に戻された。


「は、はい!」


「シナロア、そろそろ時間だ」


 今度はクルドの声が聞こえ、彼女はタオルで汗を拭いつつ、扉を開けると、普段通りの鉄仮面とコート姿の同じくらいの身長の、小柄な男性が待っていた。


「これを使え」


 顔を見るや否や、彼女に自分たちと同じデザインの鉄仮面を渡す。しかし、全体を覆う形ではなく、顔の一面だけを隠すものだ。


「これは…?」


「念の為の仮面だ。本来ならば、お前は居ないはずの闘技者だ。面子の都合で参加させているが、領主たちに妙な不信感を与えるのは良くない。パラナ様からの提案だ。

 お前の名前も変えてあるし、これはその対策の一つだ」


 パラナなりにも考えてはいるようで、彼女としては少し気に入らないものの、彼の面子の為にもそれを受け取る。髪を纏めて顔に着けると、かしゃん、と小気味いい音と共に顔を覆うように装着され、ぴったりフィットした。


「俺達が使ってるのと一緒だ。視界の妨げもないし、息苦しさや装着感も薄いはずだ。外すときは、こめかみ辺りの微妙な突起を押し込めば外れる。食事をするだけなら顎の付け根に同じ突起があるからそこを押してくれ」


 クルドがそう説明し、シナロアはそれを聞きながら周囲を眺める。


「視界も塞がないし、呼吸も妨げないね。なにこの技術?」


「金持ちはたまに仮面舞踏会みたいな妙な遊びをやったりするからな。その時に、何も気にしないで仮面を着けるために開発されたものだ。

 結果的には俺等のように、あまり顔を知られたくない奴らに一番使われているんだがな」


「皮肉というかなんというか…」


 率直な感想を告げると、彼は腕を広げる。


「ま、あくまで結果だからな。それに、本来の目的とは別に技術が使われるってのはよくある話だろ」


「それもそうだね」


 クルドの話に納得して、彼女は仮面を着けたり外したりして動作を確認する。何度か操作を繰り返して、問題ないと判断し、ちゃんと仮面を装着して頷いた。


「じゃ、行こうか」


 彼女が問題ないことを確認して、クルドが背中を向けて歩きだし、説明を始めた。シナロアはそれに大人しく着いていく。


「あぁ。一応、今日は俺がお前に着くことになってる。何かあったら任せておけ」


「…助かるけど仕事は?」


「昨日の時点で出来ることはほとんど片付けておいたから、今日は大丈夫だ」


「そっか、確かに昨日とんでもなく忙しかったからね…」


 シナロアが遠い目で昨日の仕事を思い出しつつ呟くと、彼もため息まじりに反応する。


「本当、昨日は忙しかったな…。それもあって、ヴェルディも今日は午前の仕事は休みだったからな」


「そうだったんですか? だから私のご飯も用意してくれたんですね」


 クルドの呟きにシナロアが納得しつつ答えると、彼はふむ、と興味を示す。


「それは俺も初耳だな。…大方、気を利かせたのが半分、マクスが居ないのが半分だろう」


「…そう言われて思うんですけど、マクスってそんなに信用なりませんかね? 普段、話しててそんなに警戒しなくてもって思うんですけど」


「それは、お前があいつに対して全てを話せるからだろう。あいつは抜け目がないから、普通に話していても当たり前のように誘導尋問掛けてくるぞ」


 シナロアの純粋な質問に対し、クルドはとても嫌そうに話し、彼も思う所があるのか、愚痴り始める。


「油断してると、余計なことを口走らされそうでアイツと単独で会話していると怖い。それはヴェルディでも変わらんようだから、本当に心まで許せんのだろう」


「そう言うのもあるのかぁ」


 シナロアも困ったように笑い、クルドはそれでも、と訂正する。


「ただ、あいつ自体、戦闘力も含めて頼りになるのは事実だ。パラナ様にとっても、我々にとっても必要な人員であることは、悔しいが認めている。

 本当に、あの全てを知ろうとすることさえ何とかなればな…」


「あはは…」


 一応、シナロア自身も、彼らが話す、マクスウェルの悪癖について協力している手前、完全に肯定するわけにはいかず、苦笑して誤魔化しておく。


「まぁいい。闘技場に向かうぞ」


「そうですね」


 このまま話していると、つい話してしまいそうになるので、彼女もクルドに賛同して先を急ぐ。




 ―一方、アクレの屋敷。救急病棟の管理室。回復はしたものの、念の為に厳重管理として病室に入れられたマクスウェルは、不機嫌そうにうまくもない、液状の病院食を食べていた。


「……いや、死にかけていたのは事実だが、管理が厳重すぎるだろう」


 マクスウェルは不満げに食事を終えて、トレイとスプーンを置くと、管理者でもある、アクレの従者の看護師がため息混じりに宥める。


「死に損ないなんですから大人しくしててください」


「しっかり採血して調べてる癖に、何を言ってるんだお前は」


「…、何の話でしょうか」


 図星だったのか、露骨に目を逸らして話を変えようとするが、マクスウェルはジト目で指摘する。


「採血結果、というか検査値自体は元々闘技場で見てるんだ。そのデータを送ってるはずなのに、わざわざ血を取る必要あるか?

 それに、お前の主人、アクレは前々から私の血液、というより遺伝子情報を調べようとしてたから、今更だろう」


「実際、主人が貴方について、大変興味を持っているのは事実です。しかし、それには根拠がないのでは?」


 言い逃れしようとする彼女に向けて、マクスウェルはため息混じりに言い返す。


「逆に聞くが、輸送直前に採血していて、データも送られてるはずなのにどうして私の血を欲しがる? ここの医療者は、患者への侵襲をそんなにかけたいのか?」


「ぐ…、」


 彼女が言い負かされそうになったところで、彼はため息混じりに言い直す。


「まぁ、今回はわざわざ輸送も治療もしてもらってるからな。これ以上は不問にするが…妙な真似したら流石にそれなりの対価は払ってもらうぞ」


 彼はしっかり忠告をして話を切り、ベッドに横になって、ふと気になったことを聞く。


「ここでは闘技場の様子を見れるのか?」


「一応希望があれば、放送を流すことは出来ますが、気になる試合があるんです?」


 地下闘技場に昇格したマクスウェルの質問に不思議そうに彼女が答え、マクスウェルはそれなら、と頼んだ。


「暇つぶしに見せてもらえるか? この部屋に閉じ込めるならそのくらいのワガママを許してくれてもいいだろう」


「アクレ様に聞いてきますね」


「頼む」


 従者は終始不思議そうにしながらも、彼の言葉に従い、アクレに確認するために部屋を出ていった。

 マクスウェルは彼女が戻るまで余計なことをせず、静かに目を閉じる。


「シナロア、頼んだぞ」

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