十八日目 vs鏡華 後編
五枚の花弁が光り、天魔の姿を映す。
蔦の包囲網を踏みつけて抜け出した紅い悪魔は、瞬く間に大輪の花と対面する。
「ようやく本性を現したね、天魔」
「私の正体はこんなものじゃないよ。精々、楽しませてくれ」
鏡華の言葉に挑発で返し、天魔は空中に足場を作って、彼女に掌底を叩き込む。彼女はかわすことなくそれを受け止め、"鏡面世界"にてその衝撃を反射するが、その衝撃は一撃分ではなく、5回分に増幅されて反射された。
しかし、天魔は止まらず、撃ち込んだマナを振動の衝撃として追撃し―その五倍の衝撃を小さなヒトの身で受け止めた。
衝撃で内臓を傷付けられ、逆流した血を吐き捨てながら、鏡華は笑う。
「凄いね、君は」
「"鏡華"、とはよく言ったものだな」
鏡華の比ではない量の吐血をしながら、天魔は呟くが、攻撃の手を緩めない。しかし、鏡華もただ攻撃を受け止めるだけではない。変異の際に地面に落ちていた得物を、下半身から伸びる蔦で引き寄せる。それを迷わず自身の身体に突き刺さうとしたが、その動きは途中で止まる。
「やってみろ」
天魔の力で蔦を拘束し、動きを封じる。しかし、彼女の得物は一つではない。いくつもの得物を蔦は拾い上げるが、ことごとく動きを拘束していく。それと同時に天魔は鏡華の顎を殴り飛ばし、脳を揺らす。彼女に与えたダメージは全て反射される筈だが、彼は意識を失うことなく、更に追撃を繰り返す。
「―!? 何でなの…!」
普通の人間ならば、戦闘不能になっていてもおかしくないダメージを受けても尚、止まることのない敵の姿に、鏡華にも困惑の色が見えてくる。巨大化の代償で、動きが制限されたこともあり、転移で逃げるにしても、対価が大きい。
いくら再生のスキルがあっても、下半身を切り落としてまで逃げる覚悟は彼女にはない。その油断を、天魔は逃さない。
―どれだけのダメージを受けても、致死量の出血があっても、天魔は止まらない。なぜなら、彼には"不死の呪い"という手段があるから。
史上最悪の魔法と彼が語る禁忌は、命と意識を魔力で強制的に繋ぎ止める魔法。ただ、繋ぎ止めるのはその2つだけであり、痛みや感覚自体は残り続ける。しかし、彼自身、元より痛みへの耐性が異常なまでに高いことと、半魔物化した体は痛みを感じにくいようになっており、その弊害は一切影響していない。
そして、高い"再生"持ちの倒し方は、既に"赤の天使"で学んでいる。
一つは即死させること、もう一つは意識を失うまで殴り続けること。前者の方法は、彼女の鏡面世界にて、与えた傷の五倍の傷を受けるとなると、流石に不死の呪いを使っていたとしても、代償が大きすぎる。
故に取れる選択は後者一択。意識を刈り取るべく、天魔はスーツの手の部分を厚く、硬質化させて威力を高める。
再び、鋼鉄の拳が鏡華の顎を捉え、脳を大きく揺らす。それと同時に天魔の顎が砕ける音に加えて、視界も大きく揺れ、口の中も派手に切れるが、はっきりとその青い瞳は敵を捉えている。
再度追撃をしようとしたところで、彼女の後方からサーベルが振り下ろされるのを確認し、それを魔力で拘束して無力化させる。しかし、その拘束を振り切り、鏡華も手を伸ばしてサーベルが右手首を斬りつけた。彼女の手を斬り落とすまでは至らないものの、その傷は鏡の花弁を通して彼の手首を斬り落とした。筈が、彼のスーツに変わりはない。
その理由は簡単で、彼のスーツは彼の体の一部ではなく、本来、翼や角から散布していた魔力の源、マナが可視化されるほど濃くなったため、邪魔にならないように彼が纏っているだけである。つまり、天魔の体の一部ではないため、スキルの影響を受けることはない。そのため、首から下の傷は外見上は変わることはない。
しかし、彼の右手が斬り落とされているのは事実であり、スーツの下では即座に治療が行われている。
それはさておき、空中に足場を作って攻撃していた彼は足元にある花弁に目を向けた。先ほどから自分の姿を映す鏡に興味を示し、冷静に花弁の役割を思考して―人間の部位に当たる箇所ではないと判断した。即座に足場を崩し、真下に位置する花弁を踏み壊した。
「…!!」
予想通り、何処にも傷が出来ることなく、鏡は銀色の吹雪となって散っていく。着地と同時に周囲から迫りくる蔦の嵐は、手にした魔剣で全て斬り伏せる。
指や手足に数多の傷ができるものの、スーツによって部位の損失はなく、治療もすぐに行われる。そして、心なしか与えられる傷の量も減っている気がした。そして魔剣を消し去り、次の花弁を破壊しようとしたところで、天魔は大きく転んだ。
それもそのはず、ついに鏡華は根を切り捨て、空間転移にて天魔から逃げたからだ。そして、彼女の根の部分―天魔の膝から下を切り離され、流石にバランスを崩して転んでしまう。
巨体となれば、それだけ再生への体力を使うようで、彼女も肩で息をしながら再度根を張り、花弁も徐々に再生していく。
しかし天魔にも発見があり、足を切り離された影響は、彼の両足が千切れた程度。つまり、彼女のスキルで反射できる傷にも限界があったということ。ならば、容赦は必要ない。
足を繋ぎ直し、立ち上がった天魔は遠くに逃げた鏡華の姿を捉える。すぐに彼女の下に転移はしない。まずは戦闘をしながら隠して容易しておいた砲弾で、全ての花弁を破壊する。
「嘘―!?」
突然の奇襲に彼女の思考が一瞬塞がる。その隙を突いて眼前に転移、守る隙も与えずにその両手首を掴んでへし折った。
鏡面世界によって、天魔の両腕もおかしな方向に曲がるが、想定できる痛みならば耐えられる。周囲から襲いかかる蔦は転移と同時に天井に展開しておいた"千里眼"と同期させて確認、全て拘束し、無防備な本体と対面する。そして迷いなく上段回し蹴りが彼女の頭に直撃する寸前―戦闘の終わりを告げるゴングが鳴った。
「…………、」
ゴングと同時にマクスウェルは動きを止め、鏡華の頭を蹴り飛ばす寸前で止めていた。
しばらくその状態で固まっていた後、彼は何も言わずに背中を向けて、空中の足場から飛び降りる。
後ろでは、鏡華が震えながら人の姿に戻っていっていたが、彼は見向きもしない。
「お疲れ様です」
出口に向かっている途中、先日と同じように"医療"の紋章を入れた白いコートを着た従者が三人近付いてきた。内二人は担架を担いでいて、恐らく鏡華を運び込むつもりなのだろう。
「あぁ、お疲れ。治療についてか?」
彼女は二人に任せて放っておいて、マクスウェルと従者の一人は並んで歩きながら話し始め、医務室方向へと向かっていく。
「見たところ、それ程怪我をしてるようではないので、不要な申し出かもしれないのですが…」
「いや、非常に助かる。輸血の準備はできるか?」
通路に入り、観客の目が無いにも関わらず、紅いスーツを纏ったままのマクスウェルが聞くと、従者は首を傾げる。
「はい…? まぁ、以前の検査で貴方の血液型も記録してますし、すぐ用意できますが」
「それは良かった。大至急、用意してくれないか」
「? ……!!」
マクスウェルはスーツの人差し指部分だけを解除すると、そこから次々と血が垂れてきて、地面を赤く染めた。
「この通りだ。今も、魔法でどうにか意識と命を繋いでいる。しばらくはまだ保つが、私も早く元の姿に戻りたいんだ」
褐色の肌は、顔色の変化に気付けないがこころなしか白くなった顔で彼が話すと、従者もすぐに駆け出した。
「わかりました、すぐに用意するので早めに来てください!」
「あぁ、よろしく頼むよ」
消えていく背中に向けて感謝を述べ、彼はゆっくりとその後を追っていった。
「……あれ、天魔もそっちなの?」
そうしていると、追い付いた鏡華と従者たちが彼の隣に並び、歩幅を合わせる。
「お前が散々反射してくれたおかげだよ」
マクスウェルが不機嫌そうに愚痴ると、先ほど震えていたとは思えない態度で彼女も口を尖らせる。
「そっちこそ、散々好き勝手刻んだり、殴ったりしてきたじゃない」
「それもそうだな」
お互いに罵り合い、しばらく沈黙した後二人は笑う。
「こういうところだ、お互い様だな」
「そうね。口喧嘩は医務室でしましょう」
「ゆっくり休みたいんだが…」
茶化してくる彼女に、本当に嫌そうに言うと、大きく笑って従者たちも彼を追い越すように歩幅を広げる。
「悪いな、時間を取らせた」
マクスウェルの言葉を受けて、彼らは一瞥して彼女を運んでいった。
マクスウェルも一息ついてから、次第に呪いの影響で魔力が減っていくのを感じながら、医務室へと向かっていった。




