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十八日目 試合の前に

 食事を終えて、マクスウェルはパラナたちと別れ、オフの時間となる予定だった。が、料理長に新作の味見を頼まれ、本人から指摘を頼まれ、仕方なく修正できそうなところを指摘し、更に味見をして―ということを繰り返してたところ、気が付いたら夜になっていた。なお、味見自体は一口二口で済ませ、残りは便乗して来ていたメイドたちにくれていた。

 それだけ時間をかけた甲斐もあり、お互いに納得のいくコースが出来上がったこともあり、得られたものが無かった訳ではなかったが。


 そのままの流れで屋敷に住むメイドや執事たちと食事を済ませ、そのまま皆と一緒に汗は洗い流し、試合の準備を始める。

 部屋に戻るも、まだシナロアは帰って来ておらず、昼の際に夕食はパラナたちと済ませるから不要だと聞いている。それはそれで邪魔が居なくて助かるため、彼は手早く置き去りにしていたノートを何処かにしまい、窓を閉める。

 窓を閉める際に、ふと目に入った城下町には明かりが灯り、仕事終わりの宴会や家族の団らんを過ごしているのだろう。


「……ふ、」


 かつて、彼にも家族という物があったが、とうの昔の記憶だ。既に忘れ去ったと思っていたが、まだ自分の中に残っていたことを知って、彼は小さく笑う。


「……さて、余計な感傷は要らん。メインイベントの準備をしようか」


 彼は余計な雑念を振り払うように窓から目を背け、カーテンを閉める。今日からは御前試合ではなく、一般的な地下闘技場の戦いとなるため、余計なドレスコードは不要とパラナからも言われているため、普段通りの執事服に身を包んで、事前に渡されていたえんじ色のコートに身を包む。

 先日の剣聖との戦いの件もあり、一応、コートの下に短刀程度の刃物は用意しておくべきか、と悩んだが、一旦余計なものは装備せずに、いつもの徒手空拳で戦場に向かう事にした。

 準備を終え、壁にかけてある時計を見て、集合時間が近付いていたことに気が付き、扉に向かっていくと、一足先にドアノブが回る。


「あれ、マクス、まだいたの?」


 扉が開き、風呂上がりなのか、髪を濡らして寝間着の地味な紺のズボンとシャツに着替えたシナロアと出くわした。


「今から出るところだった。

 今晩も遅くなる。お前も明日の試合もあるんだから、今日はゆっくりしておけ」


「そうだね。私も今日は少し本を読んで、寝るつもり」


「分かった。じゃあ、お休み」


「ん、そっちも頑張ってね」


 そんな他愛のない会話をして、マクスウェルは部屋を出ていった。


「―まるで、私が負けたり傷付くことには何も触れないんだな」


 扉を閉め、歩きつつマクスウェルは先程の会話を思い出し、闘技場に参加することについて、一切心配されていないことを笑った。


 ―以前と同じ、転移ポータルのある部屋の前ではパラナとクルド、ではなく今回はヴェルディが待っていた。


「待ったか?」


「時間通りだ、さぁ行くぞ」


 予定通りの到着にパラナは茶化したりすることもなく背中を向け、三人はポータルを通り、王城の地下闘技場へと向かう。


「―ところでパラナ」


「どうした?」


 相変わらず殺風景な廊下を歩きながら、マクスウェルはふと気になったことを聞いた。


「お前は、こちらに参加を表明してから他の試合は見てないのか?」


「…あまり、こういう血は好かん」


「そうだったのか? 興味がないだけだと思っていたが」


 マクスウェルの疑問に、彼は嫌そうに答えた。


「別にアクレのように血が嫌いなわけじゃないが、本人の意志に関わらず戦わされるというのは好きになれん」


「ふむ。ならば、互いに自ら戦場に身を置いていれば気にはならんか?」


「それもそれだな。つまり獣の殺し合いと変わらんだろう」


「面倒な奴だな。素直に闘技場(ここ)が嫌いだと言えば良いだろう」


 マクスウェルが面倒そうに核心を突くと、図星なのか、彼は無言になる。


「まぁ、お前の気持ちは分からんでもない。ここは闘技場という名目の巨大な実験場だ。ただの興行ならまだしも、"計画"とやらのために命が消えていくのは面白くないと言うのもよく分かる。事実、私も気に入らんしな」


 マクスウェルは一人で話しながら、ただ、と付け加える。


「今、お前は私の主人だ。私の命綱も、お前が握っている。だからこそ、私の戦いからは目を背けるな」


「……、分かっている」


 彼は心底嫌そうに言いながらも、しっかりマクスウェルの顔を見て返事をする。そんな会話をしている内に分かれ道に着いた。


「では、健闘を祈る」


「あぁ、それでも何かあったら頼むぞ」


「任せておけ」


 そうして彼らは別れ、マクスウェルも控室に向かう事にした。




「――で、何でお前がいる」


「手厳しいな、天魔」


 控室に入るや否や、早速軍服姿の防衛庁官が彼を待っていた。

 マクスウェルは不機嫌そうに椅子に座って、足と腕を組む。


「先日の総司令といい、軍部の連中はここに居座るのが好きなのか?」


 苛立ち気味に彼を責めると、そう言うつもりではないんだが、と弁明する。


「パラナには少し話しづらいが、君には話しやすい話題があってね。怪しまれないように接触するにはここしか無いんだ」


「闘技者の控室に入ってて怪しまれないとは、お前らの頭の中はお花畑か何かか?」


「一般的には闘技者相手なら怪しまれんよ。広義には奴隷と変わらんからな」


 尤もな言い分に言い負かされそうになるが、マクスウェルは面倒そうに言い返す。


「それはあくまで広義の闘技者の認識であって、私が特殊なパターンであると広まってない前提だろうが。他の領主は騙せても、少なくとも軍部や医療の連中には勘付かれる筈だ」


「仰る通り。それでも、お前が異端であることに気が付いてるのはごく一部だ。

 仮に、総司令や院長たちではなく、一部の部下たちに見られたところで、私の行動の意図は汲み取られない。おおよそ、パラナの様子について聞きに行ったのだろうと思われるくらいだ」


 防衛長官の説得にマクスウェルは仕方ないと言いたそうに頷き、彼の四角い顔を見た。


「……、分かった。で、何の話だ?」


「先日、君らに伝言を伝えたときに反乱の予兆があると言ったね?」


「覚えている。主語は抜けていたから、"誰が"起こすつもりなのかは聞いてなかったがな」


 マクスウェルは先日の会話を思い出しつつ答えると、彼は笑う。


「話が早くて助かるよ。君には伝えておくべきと思ったのは、その反乱の首謀者についてだ」


「……聞きたくないと言ったら?」


「勝手に話すだけだ」


 どうしても、マクスウェルを巻き込みたいという意図を感じ取ったため、彼はため息を吐いてから彼の目を見る。


「言ってみろ。どうせ予想はしてる範囲だろうからな」


「覚悟を決めてくれて助かるよ。君の予想通り、総司令が妙な動きを見せている」


 防衛長官は淡々と話し、マクスウェルも困惑気味に聞いた。


「お前、上司相手でも仕事を果たすつもりか?」


「勿論。私はこの国の守護者だ。体制の崩壊は、人々の生活の崩壊を意味する。

 ただ、頭をすげ替えるだけなら私も出るつもりはないが、それだけで済まないなら、守護者としての責務を全うしなければならない」


 一切の迷いなく、はっきりと告げた防衛長官に向けて、彼は力なく笑う。


「悪いが、それを知らされたところで、私は主人のためにしか動くつもりはないよ」


「パラナ君に、私から救助を要請したら?」


「お前の部下であっても、奴に動かせる部隊も無ければ、大きな戦力は出せないはずだ」


 流石のマクスウェルもはっきり断言し、防衛長官はそれはどうかな、と意味深に笑う。


「私の掴んでる情報が間違いなければ、パラナ君は間違いなく君を寄越すはずだ」


「…なんだと?」


 引っ掛かる言葉を聞いて、マクスウェルも反応するが、そこで呼び出しを告げるアラームが鳴った。


「話はここまでだな。天魔、健闘を祈るよ」


「……あぁ、この話の続きは、話す気もないだろう?」


 マクスウェルは仕方ないと立ち上がり、ダメ元で確認すると、彼は悪そうな笑顔で答える。


「勿論」


「良いところで話を切りやがって、覚えてろよ」


 マクスウェルは悪態をつきながらも、戦場へと向かっていき、防衛長官は笑ってそれを見送っていた。

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