十八日目 新しい日々
その後の抽選会の結果、3日後にマクスウェルの試合が組まれた。その時が来るまでは暇だったので、シナロアやサク、トルーカに授業を行ったり、屋敷内での仕事に没頭している内に、あっという間に2日が経過した。
そして、迎えた試合当日。しかし、試合そのものは夜間に執り行われるため、昼間の間は暇になってしまう。
普段通りに朝の業務を手慣れた様子で片付け、シナロアと食後の軽い運動をしつつ、彼は切り出した。
「ところでシナロア」
「どうしたの?」
シナロアは軽く打ち込みながら会話に応じ、マクスウェルもそれをしっかり受け止めながら提案する。
「こちらに来て、それなりに時間が経ったが、パラナとの関係はどうだ?」
掌底を受け流し、マクスウェルは軽く反撃のフックを放つ。それを屈んで避け、アッパーのような一撃を空いた手で受け止める。それと同時に放たれた振動によって、マクスウェルはよろめくが、反撃を許す隙は与えてない。
そこで彼女は手を止めて、んー、と悩ましげに考え込む。
「なんとも言えないかな。あの子は割と親しくはしてくれるけど、まだ友達って感じ。…いや、多少なりとも女の子扱いもしてくれるけど?」
「そう言うことじゃないんだが…まぁ、仲が良い分にはこちらとしては安心したが」
思っていた回答は得られなかったものの、二人はそれなりに上手くやっているようで、彼は少し安心したように息をつき、手の怪我を治しつつ構えた。
「まだ数分は大丈夫だろう。さぁ、打ってこい」
「はい!」
お互い引っ掛かったところはあるものの、一旦忘れて組み手を再開した。
普段通りの定刻に執務室にシナロアを送り届けたあと、闘技場に向かってサクとトルーカの教育をしようと思ったが、今日はオフのようで、誰も居ないことを思い出した。
屋敷の業務を手伝ってもいいが、あまり甘やかすなとパラナから釘を刺されていたこともあり、マクスウェルは素直に部屋に戻ることにした。
ふと思い返すと、こちらに来てからというもの、何かしら行動をしており、ゆっくりする時間というものはなかった。たまには暇なのもいいか、と彼は考えて、自室の扉を開けると、窓から吹き込んだ風が顔に当たる。
「―いい天気だな」
扉を閉め、窓辺に向かって、外を覗き込む。快晴の空の下、窓の外には活気のある商店街の風景が見える。自分にかけられた呪いから、行動範囲に大きな制限を掛けられているため叶わないが、良い散歩日和だっただろう。
「叶わぬ願いとは思っているが、惜しいと思ってしまうな」
マクスウェルは一人、しみじみと呟き、遠くから聞こえる喧騒だけでも楽しみつつ、備え付けの椅子に座って、テーブルに向かう事にした。
そして何処からか手帳を取り出し、それを開く。中には文字がびっしりと書き連ねてあり、彼はそれを読みながら、今までの出来事を思い返す。
(初めてきた時は、どうなるかと思ったが、存外、何とかなっているな。ただ、今後は戦闘も激しくなるだろうし、私も無事では済まないことも増えるだろう。
消耗していると思考も纏まらないからな。暇なときに纏めておかんと何か有ったときに困る)
まだ一月も経過していないものの、この世界に飛ばされた時の事が随分昔に感じられるが、ゆっくりと今まで得た情報を纏めていく。
もう一冊の大きめのノートを何処からか取り出し、右手に置き、左手をメモ帳に置くと、両手が光り、魔力を使って内容を書き記していく―"自動筆記"と呼ばれる魔法で纏めを始めた。
(まずは、スキルについて。
これは我々の言う"神の加護"と同等であり、様々な神の力の欠片を持っている。私の世界でもあったように、スキルは遺伝する。それを利用して、スキル持ちを交配させ続けることで、強力なスキル持ちを生み出す―これが大まかな"計画"の目的だろう。しかし、それだけでは納得がいかない点がいくつかある。
まず、どうしてそんな事をするか、ということだ。何故、わざわざ危険な力を持つ生き物を生み出そうとするのかが、理解できん。それを制御できるかどうかも怪しいが―そこで、スキル持ちを封じた手法を使うのだろうが、現在の状態でもこの国は大きな国家となっている。
更に覇道を突き進むのは分からんでもないが、防衛長官が言っていたように、国を力で屈服させれば当然軋轢が生じる。それから瓦解する国もあり得るというのに、無理に広げるという意図は私の理解し難い考えだな。
よって、この交配の連鎖には他に狙いがあると考えるのが普通だが―何が狙いかと言われるとはっきりとした確証がない。スキル持ちは神の使いと崇められていた歴史を見るに、"究極のスキル持ち"を神と見立て、それを抽出することで未来永劫神の力を我が物とする…? バカバカしくて笑い話にもならん。…まぁいい、この話は考えるだけで無駄か)
馬鹿げた考えを振り払うように彼は首を横に振り、一旦気分転換に紅茶を淹れに行く。
途中で出会ったクルドにパラナたちの分のティーセットを渡し、自分の分のコーヒーとミルクケーキを手に部屋に戻る。扉を閉め、席に着いたところでメモを眺めながらコーヒーを啜る。
(さて、気分転換も出来たし次のまとめとするか。
領主たちの計画については、まだその結論がわからない事もあり、考えるだけ無駄。考えるべきは、この国と、パラナについてだな。
この国はいくつもの領地に大きな役職を担うものを分散して置いている。厳密に言えば、領主たちは首都にある王城にて、仕事をしており、大部分の領地はその息子や領主に仕える重役が統治している。
しかし、最終的な権限はそれぞれの領主が持っており、部下たちのクーデターや反乱を企てたとしても、ほとんどの損害なく鎮圧できている。その暴動への最終手段こそが、軍部の持つ軍隊であり、数多のスキルから奪い取った、"装備するスキル"。圧倒的な戦力であり、内外恐れられているものの、彼らの軍隊は暴走することはなく、総司令を含め、防衛長官、戦略長官のトップ層の教育の賜物とも言われている。
そういった、強大であるが理性のある軍部という背景が、この国の安定に大きく貢献していると言っても過言ではないだろう。
しかし、内戦の火種は燻り続け、軍部の武官や文官たちはその作業に追われているのは酷い矛盾ではあるが)
メモを書き連ねながら、彼はケーキを一口大に切り分けで口に運ぶ。
「……、」
右手のノートを軽く叩き、頭の中で脱線していた話を戻す。
(軍部のことは後でまとめるとして、この国の領主の役割は"軍部"、"医療"、"物流"、"司法"、"金融"、"農耕"、"教育"、"建築"といったところか。
領主たちは更に奴隷、もしくは部下のような形でスキル持ちを身近に複数人置いている。パラナは特別な例のようだが…過去には誰かしら居たようだが、現在は誰も着いていない。理由としてはいくつか考えられるが、死別しているか、何らかの理由で離別する必要がある、のどちらかだろう。
そして、奴の闘技場への"執着"を考えると、答えはいくつか絞られていく。少なくとも、奴の過去のスキル持ちの情報が鍵となるが…如何せん情報が少なすぎる。
私から勝手に軍部に近付くのもリスクがあるし、肝心のシナロアがパラナに捕まっているのを考えると、今後情報を集めるにしたら…その周辺から詰めていくしかないか)
ここ最近、あまり進んでいない情報収集について、方向性を改める必要があると考え直していたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「―どうぞ。開いてるぞ」
「マクス、邪魔するよ。そろそろお昼だし、パラナが一緒にどうだってさ」
「……、もうそんな時間か」
考え事をしていたら、思った以上に時間が過ぎていたようで、シナロアからの呼び出しを受けて、彼はノートを閉じ、メモを懐にしまって立ち上がる。そして後ろにいたシナロアの顔を見てから服と髪を整えた。
「じゃあ、行こうか」
気がつけば、皆で食卓を囲むことも増えた。パラナも以前と比べて笑顔が増え、ようやく"領主の息子"ではなく、"パラナ"として振る舞うことも増えた気がする。
彼の変化は、見守っているものとしては微笑ましいことだが、彼に領主として在るべきと考える人間はどう考えるだろうか。また波乱が起きることはあるだろうが、その時に彼はどちらを選ぶのだろう。
「…マクス?」
「……、ん、あぁ。悪い、少し考え事をしていた」
歩きながら真剣に考えていたマクスウェルを不安に思ったのか、シナロアがこちらを覗き込んでくるが、彼は心配ないと笑いかける。
「…まぁ、マクスが思ってることも分からなくはないよ。
今のパラナは良い傾向だけど、悪い傾向でもある。本人がどうとかではなく、周りがね」
彼の考えを見透かしたようにシナロアも呟き、マクスウェルは鼻で笑う。
「そうだな、周りがそれを大人しく受け入れるとは思えん。
だが、奴には立場もあるし、それを崩そうとすればしっぺ返しも覚悟をしなくてはならない。そこまでして動ける人間は早々いないよ。それに―」
「私達もいるからね?」
「……そういうことだ」
決め台詞をシナロアに取られ、マクスウェルは少し不満げに呟くと、彼女も楽しそうにカラカラ笑った。
ーー
シナロアと談笑しながら食堂に向かいつつ、マクスウェルは先日の話を思い出した。
それは、彼女が夜の鍛錬を断らなかった理由を聞いた時のこと。
「―、本当に続けるんだな?」
仕事と食事を終え、中止するつもりで夜間の鍛錬について聞いてみたところ、予想に反して彼女はそれを了承した。
「うん、私も力が必要だから」
「……別に構わないが、何か理由があるのか? 闘技場の参加だけがその理由ではないだろう」
マクスウェルは彼女の目を見ながら聞くと、少し、懐かしむように目を細めつつ答えた。
「パラナのこと、放っておけなくてさ。―私の昔話になるけど、聞いてくれる?」
マクスウェルは何も言わないが、それは了解を意味していた。その意図を汲み取り、彼女は静かに話し出す。
「私は、今は亡き王国の貴族の娘の一人として産まれた。でも家柄として、私が家を継ぐことはなく、何処かに嫁ぐのはほぼ決まっていたのは、そっちの世界でもあることなのかな?
まぁ、それは置いといて、私の家にはきちんとした世継ぎ―弟が居たの。弟はさ、世継ぎとして親に認められたくて必死に勉強していたし、自分にできることはなんでもやってたの。
でも、親はスキルを持つ私を優先して見てしまうことが多かった。その上、弟よりも私のほうが勉強も出来てしまったの。私も、家の品位を下げないために必死ではあったんだけどさ」
「…兄弟の仲は悪かったのか?」
話の途中で静かにマクスウェルが問いかけるが、彼女は首を横に振る。
「…今思うと、どうなんだろね。少なくとも私は弟のことも応援していたし、親にもちゃんと見てあげてって何度も話してきた。
でも、父さんたちはそれも弟のためだと、今に満足してほしくない。親なりの厳しさだって話すから、それ以上は私は言えなかった」
「そうか」
少なくともシナロアにも、親にも不器用な点があったとはマクスウェルは思うが、何も言わずに黙って聞く。
「その後も色々あったけど、ちゃんと弟が親に認められる出来事があって気が付いたんだ。あの子は、ただ見て欲しかっただけだったんだって。私と比べて、何も言ってくれない親が怖かったんだよ」
「……、」
その事を話して、彼女は一つ息を吐いてから続ける。
「でも、あの子が、父さんたちがちゃんと、お互いに向き合える前に戦争で全部奪われてしまった。
土地も、屋敷も、命さえも。生憎、私にはスキルがあったから命は助かったけど、その後はマクスも知る通り」
そこまで聞いたところで、少し間を置いてから、マクスウェルが聞いた。
「それで、パラナと弟を重ねて見てしまうか」
「……そうだね。私のしょうもない未練なんだろうけど、どうしても、重ねて見てしまう。
それで、あの人にはきちんと親と―数少ない家族とも向き合ってほしい」
シナロアの告白を受けて、彼は彼女を責めたりすることなく、意見を述べた。
「そうだな、私がその話を聞いたとして、私の為すべきことには変わりはない。お前が力を望むなら、互いの持てる時間でやれることをするだけだ。―これは私の持論だが、明確な理由が、決意があれば、気も強く保てる。朝はともかく、夜の訓練は容赦しないからな。折れない心が重要になる。
―ただ、お前のその気持ちはどんな形であっても忘れないでやってくれ。あいつにはしがらみのない味方が少なすぎる。私も、縛られているということには変わらないからな。それは、お前にしかできない事だ」
マクスウェルはそれだけ伝えて、改めて彼女に聞いた。
「さて、まだ話したいことはあるか? 無ければ今日の鍛錬をするとしよう」
ーー
「…、」
「マクス?」
少し、先日のことを思い出していたところで、シナロアが不思議そうにこちらを見たが、彼はなんでもないように笑った。
「気にするな」
「そう? マクスもあんまり無理はしないでよ?」
「分かってるさ」
彼は、一歩先を歩くシナロアの背中を見ながら、小さく呟いた。
「―頼んだぞ、若いの」




