十五日目 かわりゆくにちじょう
その後、いつも通りサクとトルーカの授業を終え、トルーカとマクスウェルの二人で作った昼食を皆で済ませた。その後、折角の機会なのでリンとも軽く組み手をして、日も沈み始めたところで剣聖が思い出したように話しだした。
「―そういえば天魔」
「どうした」
「今後の抽選会だが、投票と開示は夜に行われる。早いと明日にも試合を組まれることがあるから、準備は早い内にしておけ」
剣聖は律儀に今後の流れについても説明してくれ、マクスウェルも暗に早く戻るように促されたことを理解して、一礼してから踵を返す。
「それなら、早く戻ってやらんとな。剣聖、世話になった」
「礼には及ばん、こちらも非常に有意義な時間だった」
「ん、じゃあ行くのか。また今度な、マクス」
話の流れを察したリンも声をかけ、それを聞いて、残りの2人も手を振った。
マクスウェルはそれらを見て小さく笑い、片手を上げる。
「あぁ、また明日」
そして屋敷に戻り、早速パラナの執務室へ向かうと、いつもの四人が待っていた。
「マクス、戻ったか」
「あぁ、色々"遊んでた"。私待ちだったか?」
戻って早々、パラナの質問を適当に答えつつ、用事を確認すると、彼は首を横に振る。
「いや、お前の態度からして剣聖から話でも聞いたのだろう。そちらの 時間としては特に問題ない。
ただ、お前がいたほうが話が早かったのと、誰かの気配は感じていたから待機していただけだ」
「なるほど」
マクスウェルは特にリアクションもなく答え、空いている椅子に腰掛けて腕を広げた。
「ということは、私の武闘会の要件ではなく、私に事後報告すると面倒そうな話題があるというわけだな?」
要約して聞くと、パラナは静かに頷いてから、ちらりとシナロアを見た。
「今回、お前が地下闘技場の闘技者になったことは非常に喜ばしい。しかし、地上の闘技者が居なくなってしまったんだ。
それはそれで私が…領主の子どもたちとしてあまり良い状況ではない」
「私が来る前はどうしてたんだ?」
純粋な質問をぶつけると、彼は苦笑しながら答える。
「私は"軍部"の人間、つまりスキルを装備できる兵士を用意できるという建前があったからな。闘技者に当たる人間は、身近においていなくとも許されていた。闘技場に"兵士"を駆り出すわけにもいかないからな。
しかし、今は事情が違う」
「私の存在か」
マクスウェルの言葉にパラナは頷き、話を続ける。
「少なくとも、私はお前という闘技者に足り得る者を用意し、公開してしまった。故に、今まで許されていた建前が壊れたということだ」
「言っている事は分かるが、ここにはお前の直属の闘技者なんて―いや、」
話をしながら、マクスウェルは一つ、引っかかることがあった。
「…そういうことか?」
「そういうことだ」
全てを理解したマクスウェルが聞くと、パラナも本当に参ったと言いたそうに苦笑する。
「……シナロア、やれるのか?」
この場にいる唯一のスキルを持つ者―シナロアに聞くと、彼女は安心させようと無理に笑顔を作る。
「戦えないわけじゃない。私も、元は闘技者だったんだからさ」
「…そうか。私からは特に強制はしないが、無理はするなよ」
「こちらの仕事もあるからな。参加頻度としてはお前と同じようにするつもりだ」
パラナもパラナで彼女のこと、と言うより、仕事のことを気にしているようだが、頻繁に参加させるつもりはないと確認し、マクスウェルは頷いた。
「では、この話については今さっきの通りだな。私自身、勝手に動くことも多いからそこについてはパラナの管轄として任せた」
「分かった。こちらも他の連中から文句を言われん程度にはやっておこう」
それで話は終わりと切ろうとする前に、マクスウェルはため息まじりに告げた。
「…しかし、あまりお前の訓練についても、悠長なことは言ってられなくなってきたな。今後は空いてる時間をうまく使わんと」
「そうだねー。まぁ、お手柔らかに頼むよ」
当の本人であるシナロアは、少し諦観気味に答え、パラナは話は大丈夫か、と流れを変える。
「お前の前で確認したい話はこのくらいだ。あとは、もう少し夜が更けてから抽選会へと行く形になるが…その前に食事でも済ませようか。
わざわざ個別でやらずとも、今日は皆で席を囲めばいいだろう」
「…ん?」
あまりにも意外な発言に、聞き間違いかと思ったマクスウェルが首を傾げると、彼は不満げにその疑問に答えた。
「別にこいつらとは食事は一緒にすることもある。この場ではお前だけだ、食事に誘ったことがないのは」
「そうだったのか?」
本人ではなく、シナロアの方を見て聞くと、彼女はそうだね、と答える。
「本当に、つい最近だけどね」
「―そうか」
マクスウェルは何か言いたげに笑い、席を立つ。
「それならば、食事としようか。こんなところでは落ち着かんだろう?」
当たり前のように外へ連れ出そうとするマクスウェルに、パラナも意外だったのか少し躊躇ったが、他の三人は特に抵抗なく立ち上がったのを見て、彼は諦めたように笑う。
「そうだな、食事に行こうか」
それを見てほくそ笑んだマクスウェルは、一足先に扉を開き、彼らを先に通すために扉の横に立って一礼した。
「では、参りましょうか、主人」
「…全くお前と言う奴は。まぁ、こういうのも悪くはないな」
してやられたパラナは、笑顔を絶やさないマクスウェルを見て苦笑し、素直に彼の示す通り、部屋の外へと足を踏み出した。
―今まで過ごしていた、何でもない日常。当たり前のように行っていたことでも、環境一つ、役者が一つ変わるだけで大きな変化となる。
それは主人にとっても、従者にとっても同じこと。
変わりゆく日常を感じつつも、彼らはそれを当たり前と受け入れ、日々を過ごしていく。
―難しいことは一旦ここまで。まずは、今日の夕餉でも楽しむことにしようじゃないか。
人物・用語紹介
・防衛長官
パラナの上司に当たる人物であり、二人いる軍部のNo.2の片割れ。名前の通り、国内の防衛を総轄しており、他国を侵略して発展した歴史上、クーデターや反乱の芽をつむ重要な役職。
比較的温厚な性格ではあるものの、必要であれば容赦をしないことなどが大きく評価され、防衛長官に抜擢される。
マクスウェルについては風の噂で、パラナが面白い異世界人を召喚したと聞いており、以前から興味を持っていた。
内戦の兆候を感じ取っており、忙殺される日々が続く。
・院長
アクレの父親であり、"医療"を司る領地の主人。
温厚な性格であり、医者としての腕も立つ。他の領主よりも人道的、悪く言えば甘いため、融通が利きやすいと他の領主からは舐められがちだが、彼の友人には総司令がいるため、何かあればあの危険人物まで巻き込んで出てくることを恐れ、何とか首を繋いでいる。
一部の領主を古い者と呼んでおり、他の領主たちの"計画"とはまた異なる目的を持っている様子。
・剣聖…所持スキル 座標操作/再生(極微弱)
"御前試合"限定で院長が抱えている闘技者の一人。
所持しているスキルははっきり言って他の闘技者よりも大きく劣るものの、天性の才能と努力で培った剣技でそれをひっくり返す達人。
基本的な戦術は座標操作のスキルで無限の射程の斬撃、接触攻撃には座標操作によるカウンターが基 本。単純ではあるものの隙はない、と言いたいが、スキルにあまり頼らない戦い方を続けていることもあり、応用は弱く、同時攻撃や対応できる範囲が狭いことに気がついた天魔のゴリ押しに屈し、致命傷となる前に棄権する形で敗北した。
立ち姿は絵物語のサムライを意識した服装をしており、幼少期に院長の部下の一人として仕えていたときに知った、忠義を示したサムライの物語への憧れが元。
マクスウェルには敗北したものの、彼をほとんど小細工なしの武術で打ち負かした相手は初めてであり、強い興味を持っている。
・空間転移と座標操作の違い
同じスキルと思われがちだが、この2つは大きな違いがあるので補足。
多次元的な捉え方となるが、まず空間転移とは今いる空間軸をずらし込み、求めた場所に"自ら移動する"能力となる。故に、空間軸を固定することで、能力を大きく制限ができる。
一方、座標操作は現在の空間軸は干渉しないまま、3次元的な座標のみに干渉するため、移動するよりも"その座標に置く"という言葉が合う。故に空間操作と同じ対処方法が取れず、妨害手段が大きく制限されるため、戦闘面では空間転移よりも優秀である。しかし、その分複雑な演算も必要となるため剣聖がスキルを鍛えるよりも剣技を鍛える方向に移ってしまうのも仕方ないことである。
・マクスウェルの体術"鬼神"について
マクスウェルの暮らす大陸に流れ着いた"鬼"と呼ばれる魔物、もしくは亜人の兄弟が伝えたとされる武術。元々は妻や子ができる護身を目的としており、合気道と柔術を混ぜた武術に近い。それが歴史とともに魔物の手に渡り、発展したものを幼少期にマクスウェルが受け継いでいる。
人間離れした動体視力もそれで培われたもの。魔力を撃ち込む技術なども基本の技術として教え込まれていた。
なお、時折マクスウェルが行っている関節破壊や内臓の破壊も"鬼神"の派生で教わったもの。しかし武術と呼ぶにはあまりにも暴力的であることから、師はその技術を"鬼哭"と呼び、余程のことがなければ使用は禁じるように教えられていた。




