十五日目 再戦
翌日。夜は遅かったものの、普段通りの時間に仕込みや掃除、洗濯の手伝い諸々を終わらせたマクスウェルは朝食と隙間時間にシナロアの練習相手になってから、二人でパラナの部屋に向かっていた。
部屋の近くに辿り着いたところで、見覚えのある紅白色の袴を纏った、切れ長の目に蒼い光を宿した美青年が結った長い髪を揺らしつつこちらに歩いてきていた。
「…お前は」
「おや、早速会えたのは僥倖だな」
彼の正体について察しがついたが、マクスウェルは敢えて反応はせずに扉を開けてシナロアを先に入るよう促した。
「こいつと少し話がある。すぐにそちらに行く」
「…わかったよ」
彼女は深くまで聞かず、部屋に入り、扉を閉める。しっかり音を立てて閉まったことを確認して、マクスウェルは深く息を吐いてから聞いた。
「で、こんな時間から何のようだ"剣聖"?」
「御館様からの命だ。"お前を打ち負かした相手から、鍛錬をしてもらえ"と」
「……お前、それは建前だろう。本音を言え」
「天魔、不完全燃焼だから拙者と決着がつくまで戦え」
マクスウェルがめんどくさそうに本音を引き出そうとすると、素直に答え、彼はため息まじりにパラナの執務室の扉を開けた。
「―というわけだ」
「付き合ってやれ、どうせ暇だろう」
「かたじけない」
「私より早く返事をするな」
説明を終えたと同時に許可が下りたことにツッコミを入れる前に、剣聖にツッコミを入れ、彼はめんどうそうに聞いた。
「再確認だが、領主の従者に近付いて問題ないんだな?」
マクスウェルの懸念を伝えると、彼は既に仕事を始めながら答える。
「問題はない。相手は誰であれ、こうなるのは分かっていた結果だ。
その相手も院長であれば、話の通じる相手だからな。親交を深めておくことに意味はある」
その従者の前で本心も含めて伝え、パラナは書類をまとめてトントンと机で叩きつつ聞いた。
「それに、お前も不完全燃焼だろう? せめて白黒つけてこい」
「まぁ、そうだがな」
「許可も下りたことだし、さぁ征こうか、天魔よ!」
マクスウェルが応じた途端に、彼の襟を掴み、引きずるように部屋を出ていった。
「…なんというか、面白い方ですね」
嵐のような出来事にシナロアが冷静に呟くと、パラナもそうだな、と仕事をしながら答えた。
「やはり、領主の従者となれば、多少なりとも扱いは違う。特に院長の娘であるアクレの従者を見ていればわかるが、あそこの家系は特にそういう景光が強い。
他の領主に比べたら色々特殊だよ」
「それを言ったらパラナも…ねぇ?」
「それは言うな」
一応、他人と比べたらかなり異質であるのは自覚があったようで、パラナも苦笑するしかなかった。
結局、マクスウェルたちは地上の闘技場に来て、当たり前のように二人で会場に着くと、早く来ていたリンとサクが動きを止めた。
「マクス、そろそろ来る頃だと―」
「おや、人喰いじゃないか」
剣聖が気さくに手を挙げながら近付いてきていたのを確認し、彼の表情が固まる。
「剣聖…!? なんでこんなところに…!」
「あぁ…そういえばお前らの主人の関係で顔見知りではあるか」
マクスウェルはどうでも良さそうに呟き、剣聖もそうだな、と顎に手を当てて答える。
「つい先日、彼と手合わせしてな。色々あって、中途半端なところで決着をつけられたこともあって、再戦しに来たんだ」
「…おい、マクス」
本当か? と言いたそうな視線を受け、マクスウェルも仕方なく答える。
「そうだな。昨日、対戦したのも、半端なところで決着になってしまったのも事実だ。
まぁこれもいい機会だ。サク、今回は見学にして、吸収できるものがあったら参考にしてみろ」
「は、はい!」
マクスウェルの言葉を聞いて、サクは素直に隅に移動し、リンも不満げにはしているものの、観念して彼の隣に移動した。それを見て、剣聖は腰から下げていた刃のない刀を抜き、最初から両手持ちで中断に構えた。
「再確認になるが、仕合を始めて良いか?」
最初から本気で来る剣聖に対し、天魔も構えを取り、ため息まじりに答えた。
「構わん。ただし、話していた通り、今回はスキルも魔法も無しだ。いいな?」
「分かってる。―では、仕合と行くぞ!」
道中で話していた約束をお互いに確認し、二人の闘士は同時に足を踏み込んだ。
先手は剣聖。高速で振り抜いた刃に対し、更に一歩踏み込んだ天魔の腕が刃ではなく手首を掴んで無理矢理軌道を変える。更に首を傾けて無刃の刀は天魔の頬を掠めて通り過ぎる。即座に片手を柄から離し、彼も踏み込んで放つ拳を空いた手で受け止め、二人は絡みつくような姿勢で一瞬硬直、すぐに互いに手を離し、剣聖が距離を取ったと同時に今度は天魔が先に踏み込み、蹴りが飛んでくる。
それを両手で握り直した刀で受け止め、その衝撃を利用して後ろに飛び、安全圏まで距離を取る。体勢を整えて着地し、姿勢を低くして下から切り上げる。天魔はそれを紙一重でかわし、死角に回り込んで側頭部に向けて掌底を叩き込む。
その一撃を姿勢を変えて肩で受けることで頭部へのダメージを避け、しっかりと地に足着けて受けきり、カウンターの横薙ぎが直撃する。天魔も肋骨や内臓へのダメージを減らすため、腕を挟んでガードするが、受け入れずに天魔は大きく後退する。
しかし体幹を崩すほどではなく、すぐに構え直した天魔は追撃の突きを流し、首筋に手刀を叩き込む。それも体を捻って急所への直撃を避け、肩で受け止める。そして体を捻った勢いで振り回された刃は天魔も腕で受け流すものの、体勢を崩してしまう。
そうして天魔は体幹を崩し、剣聖は地面を転がる。二人とも改めて構え直したところで剣聖が確認を込めて聞いた。
「今の受け流せていたか?」
「直撃は避けたはずだ。恐らく真剣でも薄皮切った程度だぞ」
「そうか」
先ほどの判定を確認し、天魔も正直に答えた以上、余計な追求は止めて互いに距離を詰める。
―一進一退の攻防を重ねていくが、互いにダメージが蓄積していくのも事実。幾度となく打ち合いの果て、二人の衣装は擦り切れ、土に塗れていく。
―剣聖の薙ぎ払いを腕でガードを挟んでいたものの、まともに受け、同時にカウンターで顔面に拳を叩き込む。天魔は地面を転がりながらもすぐに立ち上がり、剣聖は頭をブンブンと降って飛びかけた意識を戻す。
「……やはり、お前は強いな」
構えながら、小さな声で天魔は呟く。それが聞こえたのか、剣聖も刀を中段に構え直し、笑った。
「その言葉、そのまま返そう」
剣聖の賛辞を受け取って天魔も笑い、拳を握り直す。
互いにそろそろ限界が近いのを理解した上で、更に一歩踏み込み、互いの間合いに入り込む。
天魔は腰を落とし、真っ直ぐ拳を突き出す、がそれはフェイント。そのまま肘を曲げて、目を狙った肘を放つ。それを剣聖は読んだ上で上体を反らしてかわし、一手先に体を戻し、片手に握った刀で天魔の頭を殴りつける。それは首を曲げて肩で受け止め、肩と頭で刃を挟み込み、固定する。
強く押さえつけられた刃は簡単には抜けず、すぐに悟った剣聖は刀を手放し、がら空きの顔面に拳を叩き込む。避けることなく、彼は顔で受け止め、返しの蹴りが剣聖の腹に突き刺さる。
死角からの攻撃に剣聖はうずくまり、天魔は刀を手放して下がった頭を思い切り蹴り抜いた。
これが決定打となり、剣聖は大きく仰け反って地面に倒れ伏す。天魔は肩で息をしながら、落とした刀を拾い、それを手に近付いていく。
「……、私の勝ち、でいいか?」
「……真剣であれば、と思う場面はあったが、言い訳はなしだ。拙者の負けだ」
剣聖の口から敗北を確認し、マクスウェルは大きなため息と共に彼の隣に座り込む。
「…ほんっとうに真剣でなくて良かった」
「…次は真剣で勝負を申し込んでいいか?」
「手足の一本は犠牲にする前提になるから、腕のたつ医者を連れてきたら受けてやる」
「―全く、」
剣聖の挑戦に対して茶化しつつ了承し、彼は倒れたまま呆れ気味に笑った。
「二人とも、お疲れ様。父上よりかは腕は立たんが、治療しよう」
既に医療キットを手にしたリンが近付いてきて、彼の後ろにはサクもいた。
「サク、少しは参考になったか?」
「…少しだけ。今すぐ確認したいんだけど、マクスも体動かないよな?」
先ほどの戦いに感化されたのか、うずうずとしているサクを見て、マクスウェルもため息まじりに魔力を使って立ち上がった。
「仕方ない、忘れん内に形にしてみろ」
「! ありがとうございます!」
「おい、マクス!」
リンが諌めるように名前を呼ぶが、彼はサクの下へ向かいつつ、 怪我を魔法で治療して片手を上げる。
「私の治療は私がやるから大丈夫だ。剣聖の治療を頼む」
「…ったく、」
マクスウェルが話を聞かないのは今に始まった話ではない。リンも諦めたように目の前の治療に専念することにした。




