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十四日目 帰り道

 医務室を出て、しばらく適当に道なりに進んでいると見覚えのあるえんじ色のコートが見えた。


「ただいま」


「おかえり」


 主人の元に戻ったマクスウェルは短い挨拶を交わし、得意げに手を広げた。


「満足いただけたかな?」


「そうだな、70点といったところか」


「手厳しいな」


「簡単に100点をくれてやったら詰まらんだろう?」


「そうだな。伸び代がないというのは詰まらん」


 二人は互いに茶化し合いながら並列に並んで歩き始める。


「ところで、医務室に連れて行かれていたが、"院長"には会ったのか?」


「院長?」


 マクスウェルが不思議そうに聞き返すと、パラナもそうだった、といいたげに言い換えた。


「この国の医療を担うトップ―アクレの父親の呼び名だ」


「あぁ、検査を受けて傷の治療をしてもらった」


「そうか。して、何か話したか?」


「よく分からんことだな。やれこの御前試合の意義だとか、古い者どもだの何か言っていたな」


「古い者、か?」


 想定外のところで引っ掛かったようで、マクスウェルも隠す義理もないのでそのまま続ける。


「奴は己のことを『現実を見て、過去に抗うもの』とはっきり話していた。古い者と言うのは、少し言い過ぎたな」


「いや、面白い話だった。成る程、そう考えるか」


 パラナは勝手に納得して考え事を始め、マクスウェルはどうでもよさそうに彼の一歩後ろを、クルドと共に歩いていった。


「クルド、意味が分かるか?」


「俺は知らぬ領域だから分からんよ」


 暇なのでクルドにちょっかいを掛けたが、当然のように流されてしまった。


「それは残念だ。

 ところでパラナ、もう帰るのだろう?」


「そうだな。何かやり残しでもあるのか?」


「いやそういう訳では無いが、今後はどうなるか聞きたくてな」


 マクスウェルの質問に、パラナはあぁ、と思い出した風に答える。


「院長から説明を受けたのだが、今後はこちらに参加することになったから、基本的にあちら側の闘技場の参加はもう認められん。

 その代わり、ここでは基本的にトーナメント形式の戦いは少なく、単発形式になる。興行の面も当然あるが、御前試合を除いた試合は基本的に特定時期の投票を受け、その後の結果次第となるそうだ。

 今までよりは自分の時間は増えるだろうが、場合によっては連戦が続くことも有り得る。そこは覚悟をしておいてくれ」


「そうなるのか。といっても、私がその投票に並ぶのはしばらく先になるのだろう?」


 マクスウェルが笑いながら聞くと、パラナは困ったように答えた。


「その投票の件についてだが、都合よくその投票日が明日でな。

 早ければ明後日には再度ここに来ることになる」


「流石に都合が良すぎるだろうが」


 流石のマクスウェルもツッコミを入れるが、パラナは笑うだけだ。


「私事になるが、実入りは結構良いからな。戦闘回数が増える分には、こちらも色々なところに回せるから助かるんだ。

 と言うわけだ、頑張ってくれ、私の闘技者(マクスウェル)


「…あぁ、やるからにはちゃんとやってやる。だが、ここは今までの闘技場と比べて何かルールはあるのか?」


「いや、基本的には変わらんよ。勝敗には生死問わず、戦闘不能にすればその時点で決着となる。

 ―ただし、一つ異なるとしたら、主人の権限で棄権をすることもできる」


「…ん?」


 その言葉を聞いて、マクスウェルが身に覚えがあることを伝えようとする前に、彼は訂正する。


「今日の件は私ではなく、院長が先に棄権させたんだよ。お前が剣聖の手首を切り落としたのを確認した時点でな」


「そうだったか」


 何処か納得したように彼は頷き、その様子を見ながら彼は一人呟く。


「ここからは独り言になるが、あの剣聖と呼ばれる闘技者は、御前試合用の闘技者のようだな。

 派手なスキルは持たない…どころか、ほぼ一つのスキルしか持たないであるにも関わらず、単純な剣の腕だけで認められた達人だ。御前試合だけとは言え、戦績は非常に優秀で、勝率は七割ほどと聞いている。

 お前はそれを相手にして、呪いというハンデを抱えながら、武で相手を戦闘不能と判断するまで追い込んだ」


「何が言いたい」


「いや。ただ、お前は連中が思っている以上の戦士だったということを伝えたいだけだ」


「私もまだ精進が足りんよ。彼を貶すつもりは毛頭ないが、まだやりようがあった」


 マクスウェルは少し不満げに呟き、パラナは満足げに笑った。


「お前は求道者の気もあるな」


「そういうことにしておこうか」


 マクスウェルは適当に返し、彼らは改めて前を向く。


「無駄話もこの辺りにして、早く帰ろう。明日もあるからな」




 ―そして屋敷へと戻った三人は別れ、それぞれ部屋に戻ったと思ったが、マクスウェルは一人、中庭にいた。


 静かに構え、型を思い出しながら久々に一人で鍛錬を始める。


(思えば、こんな真面目に型をやり直したのは久しぶりだな)


 魔力を固めて作った人形の肩を掴み、足をかけて背負い投げる。相手を労る引き手は離し、地面に激突した人形の頭を踏み潰し、再び作り直す。


(…体も鈍ってるな。反応速度も昔に比べたら大分落ちている。

 確かにずっと暇をしていたのは事実だが…これほどとはな。私も胡座をかいている場合ではないということか)


 動きへの違和感を感じ冷静に現状を認識し直し、マクスウェルは一つ息をつく。


「平和に甘えすぎたな」


 そう呟いてから作り直した人形に魔力を注ぎ、都合の良い自走人形を作り上げると―それはぬるりと動きはじめた。


 閃光のような突きを視認してからかわし、その腕を掴んで胸を蹴り飛ばす。しかし、足を掴んでガード、だけではなくその勢いのまま、二人は前方に倒れ込む。地面に激突する前に人形は手を離し、影のように体を崩して再構築。体勢を整え、倒れ込む頭を蹴り飛ばそうとする。

 しかしマクスウェルも咄嗟に首を回して直撃を免れ、そのまま地面を転がって距離を取る。

 人形もすぐに反応し、こちらに迫る前に立ち上がり、構えを取る。間合いに入った瞬間、マクスウェルは掌底を叩き込もうとするが、人形は簡単にかわして、マクスウェルの横に飛び退いた。しかし掌底はフェイントで、敵を見ることもなく放たれた返しの手の手刀が迫るが、人形は想定済みと言わんばかりに受け止める。そしてがら空きの腹に蹴りを入れ、マクスウェルはその方向に飛んで衝撃を逃がす。


「…くそっ」


 決定打は受けていないものの、こちらも全くダメージを与えられていない。自身で作った人形とは言え、対応力の高さに嫌気が差すが、このレベルを超えなければ話にならない。


 人形は無感情に迫りくる。狙ってくるのは突き、しかしそれはフェイント。本命は―その勢いを保ったまま放たれる回し蹴りだ。

 中段の蹴りを掴んで受け止め、その足を無理矢理持ち上げて体勢を崩させる。倒れ込んだ人形にマウントを取り、即座に顔面を殴打する。

 圧倒的に有利な状況ではあるが、人形は一瞬のすきに、目を狙って手を伸ばす。しかしそれは簡単に受け止められ、トドメと言わんばかりの拳を顔面に叩きつけると、人形は力なく倒れ伏し―影と消えていった。


「……、あんな簡単なカウンターで終わるとはな。プログラムに甘さが出たか?」


 影となった魔力を回収し、マクスウェルは少し不満げに呟いてから、今日はもう土汚れを洗って寝ることにした。

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