十四日目 治療室にて
二人の闘技者は医療の従者に案内され、様々な機械が立ち並ぶ医務室へと連れて行かれた。
その一角にある、診察室のような白いパーテーションに仕切られた区画の丸椅子に座っていたのは、白いスーツの上から、この国の"医療"を示す、黒炎に炙られたナイフの紋章を肩に刻んだ白衣を纏う、白髪の混じった短髪をワックスで固めた初老の男。顔つきは柔らかく、"医療"を担っているだけあり、人当たりの良さを感じる。
「剣聖、天魔の二人かね。此度は御前試合、ご苦労だった」
「えぇ、私が天魔です。…して、御前試合があのような結果で終わって問題なかったでしょうか?」
勝敗が決することなく、不完全燃焼と言うわけではないものの、どこかモヤモヤする決着であったことを心配するも、彼はふ、と笑う。
「あの試合の目的は陛下を満足させることだ。血を流すことではなく、互いの武を見せることだ。
そういった意味では、お前たち二人は仕事を果たしていたし、陛下も大変満足されたと話していた。そこについては心配は不要だ」
そこまで話してから、彼は笑って聞いた。
「それとも、互いに認めあったからこそ、もっと死合をしたかったか?」
「そうですね、彼の底を見てみたかったと言えば嘘になります」
剣聖が隠すことなく答えると、彼はかっかっか、と笑い、机のモニターに向き直った。
「それは重畳。天魔、お前は娘だけでなく私の側近からも気に入られるとは、なかなかやるな」
「…勘弁してくれ」
天魔も困ったように呟き、彼は笑顔を絶やさず、改めて二人に向き直る。
「さて、君たちはなかなかの死合を繰り広げてくれたおかげで、内臓への損傷もあると思うんだが、検査させてもらおうか」
「断ったところで拒否権はあるのか?」
「あると思うか?」
医療の主は固まった笑顔で断言し、天魔―マクスウェルは仕方ないと言わんばかりにため息を吐く。
「まぁ、仕方ないな。手短に頼むぞ、私にも待つ主人がいる」
「よろしい。まずは上着を脱いでもらおうか、余計な服があると検査の妨げになる」
大人しく彼の言葉に従うマクスウェルは上着を脱ぎ、剣聖も無言に帯を緩めて服を脱ぎだした。
―二人は全身の検査を受け、マクスウェルに関しては心臓に傷が残っており、詳しい指示を受けてマクスウェル本人の魔法で治療し、剣聖は内臓の一部の損傷や手首の神経の傷が残っていたこともあり、スキルの応用をした治療法で治癒される。
「―少し、驚いたな」
「ここの医療設備がか?」
服を着ながら、マクスウェルが率直な感想を述べると、医療の主は得意げに笑い、説明を始める。
「そうだな、ここはこの国屈指の医療設備を整えた、簡易的な大病院のような場所だからな。
スキルを応用した治療の最先端が揃っていて、基本的に如何なる怪我も治せる場所になっている」
「認可前の技術をここで利用しているというわけか」
マクスウェルが本質を突いたことを呟くと、彼は隠すことなく頷いた。
「画期的ではあるが、倫理的に一般への利用が出来ない技術もここにはある。故に、戦闘による取り返しのつかない傷さえも治療することが叶うとも言える」
「物は言いようとはよく言ったものだ」
マクスウェルは責めるというより呆れ気味に答え、ところで、と聞いた。
「今回の件で、本来ならば医療の領主そのものが出てくるのはおかしな話だろう。お前も軍部のと同じクチか?」
その質問に対し、医療の領主はやはりか、と小さく笑った。
「予想はしていたが、やはりあの男も接触していたか。
その通り、今回は君にいくつか書きたいことがあって、わざわざ回りくどい真似をさせてもらった。よろしいかな?」
「断る権利が私にあるのか?」
「君の思うとおりだよ。…して、彼が君を気に入るのも納得だな。話が早い相手というのは楽で助かる」
彼は喜びにくい褒め方をしつつ、早速、と話し出す。
「まず、こちらとして聞きたいのは、君には今後こちら側―この地下闘技場に参加するつもりがあるのか、ということだ」
そこで口をつぐみ、マクスウェルの答えを待っている素振りを見せたため、彼はため息混じりに答える。
「誰に聞かれても答えは変えるつもりはないが、我が主が望むなら、としか言えんな」
「ふむ、君の主人は乗り気ではあるが、迷いが見えた。それも含めて聞きたいんだが。
今回聞いているのは、君の意思だ」
「興味がない」
口説いと言わんばかりにマクスウェルは切り捨て、話し出す。
「目的に必要ならば、私はこの場にも参加するが、意味がないなら戦う意味がない。何せ、私は主人の真の目的は知らないからな」
マクスウェルはわざとらしくそう答え、医療の主はふむ、と顎に手を当てる。
「なるほど。君を動かすにはまず、あの子から動かす必要がある、と。
少し意外だったな、君は自分の意志を押し通す狂犬というイメージがあったのだが、勘違いのようだ」
「意味のない戦闘は、利益もないからな」
「ふむ。私の闘技者との戦いも、必要でなければやる必要はなかったか?」
「そこに関しては訂正させてもらおう。"剣聖"との戦いは私にとっても有意義ではあったが―それはあくまで"私や剣聖自身の利益"だ。少なくとも、お前たちの"国の利益"に繋がることではないだろう」
責めるような問いかけにはマクスウェルも言葉を直し、それを聞いて彼は興味深そうに深掘りする。
「二人の戦いに大きな意味はないと? 何故そう言い切れる?」
「今までのお前らの目的の根本には、"スキルを強化する"という明確な意図があった。今回の相手は、はっきり言ってその目的には外れている相手だろう」
「…なるほど。君の呪いはスキルに応じて解かれるというのを忘れていたようだ。
確かに、今回の件について、最大の目的は御前試合として、陛下の娯楽だ。しかし、弱いスキルとは言え、私の従者のスキルは"座標操作"。はっきり言って、レアなスキルでもあり、それを強化するのは目的にも合致する筈だ。それだと言うのに、君は何故そのように断言できる?」
尤もな主人の言葉に、マクスウェルはつい言葉を詰まってしまう。それを理解したうえで、彼は探るように聞いてきた。
「君は、もしかして我々の目的、"計画"について、薄々勘付きつつあるのでは? そのことを考慮した上で、"剣聖"はその計画からは外れた闘技者である、と確信したと受け取ってもおかしくない回答をした。
私はそこも確認したかった」
「……、」
マクスウェルは答えない。それは肯定か、ただの軽率な考えであったか―分からずとも、彼は口調を和らげて忠告した。
「そうだな。それがどういう意図なのか、私が追求するのは止めておこう。ただ、一つ忠告しておくと、あまりその事を悟られる真似は止めておけ。
私や軍部のような者たちであれば問題ないが―"物流"や"司法"のような頭の硬い者達に気付かれると厄介だ。奴らは闘技者を正しく理解していない。
故に間違えた観点で彼らを扱う。"目的を果たす"事に執着し、それが導く"結果"を考えようとしない。過去の遺物に縋り、現実を見ようとしない愚か者たちに邪魔されるのは腹が立つだろう?」
「……、お前は何なんだ」
全てを見透かした忠告に、マクスウェルがつい聞くと、彼は手を広げて話し出す。
「現実を見て、過去に抗う者たちの一人さ。君とは敵対しないことを祈るよ。
それと、アクレも私たちの目的には薄々勘付いているが、確信は得られていない。あまり、あの子に干渉するのも控えてくれると助かるな」
「それを言うのは脅しか?」
「さぁな」
マクスウェルは呆れながら溜め息を吐き、話を続ける。
「まぁ、私もここでの友人は少ない。妙なことを口走って巻き込むのも可哀想だ。
ところで最初の問いの答えになるが、お前らがそのつもりなら参加は続けてやろう。―それが結果として、パラナの目的にも繋がるだろうからな」
「…ふむ、君もなかなか強かだね。答えは決まっていた癖にわざとはぐらかしたか」
「さぁな」
マクスウェルは薄ら笑いを浮かべながらとぼけた答えを述べて、聞きなおす。
「他に私に聞きたいことはあるか?」
「そうだな。何度も聞かれていると思うが、君は何者だ?」
「ただの隠居した老人だ」
「わざと履き違えた答えを言うのはやめてもらえるかな?」
主人のツッコミに、マクスウェルはそうか、と笑って誤魔化して真面目に答える。
「君の望む答えが欲しいならば―そうだな、"神の敵"とでも答えておこうか」
「? それはどういう…?」
彼の真意を聞こうとしたが、そこでマクスウェルは時計を見てから席を立つ。
「総司令にでも聞けば、意図を答えてくれるさ。それに今日も遅い、私は主人の下に戻るとするよ。
治療をしてくれたのは、助かった。お礼代わりの菓子をあとでアクレに渡しておくから、受け取ってくれ。では、失礼するぞ」
「待っ―!」
口早に伝えたいことだけ伝え、彼は部屋から出ていってしまう。
「……歴代最強の魔王、"魔法王"、か」
彼はそんな事を呟きながら、マクスウェルの消えた先の暗闇を眺めていた。




