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一日目 通路にて

 試合を終え"亡霊"を腕に抱えたまま闘技場を後にしたマクスウェルを出迎えたのは、先日会った時よりも豪華な、赤を基調として、所々に派手ではないが細かな意匠が光る装飾品を身につけたパラナと、全身黒ローブの従者だった。


「まずは、二回戦勝利おめでとう。君がここまで戦えるとは正直想定外だったよ」


「ご期待に添えたようで何よりでございます」


 皮肉たっぷりのやり取りをして、お互いに小さく笑った。


「なる程な。従者のやつも嫌うわけだ」


「私はそれほど嫌いじゃないのだがな。非常に残念だ」


 目を伏せてやれやれと首を降りながら当人の前でそんな話をしつつ、パラナは改めてこちらを向いた。


「とりあえず、今お前が抱えてるのはどうでもいいとして、私を呼び出した理由はなんだ?

 急遽やっておきたい相談なんだろう?」


 マクスウェルが抱えてる亡霊のことは無視して早速本題に入ると、彼は率直にいった。


「もう既に察してると思うが、私はあまり本気でやりたくない。手を抜く口実をくれ」


「何をいっているんだお前は」


 即座にツッコミをいれるも、彼は至極真面目な顔で説明する。


「私が本気を出したら、はっきり言うがまず負けん。更に言えば三秒あればあの"赤の天使"でさえ殺せる自信はある。

 だが、それは興行としてあまりにも詰まらなすぎる。だからこそ、私が適度に苦戦できるよう、口実をくれ、ということだ」


「とんでもないこと言うなお前は。ここをなんだと思ってるんだ」


「そんなことより映えを考えろ映えを」


 あくまでここは興行の場であり、賭け事としても、100%ではない賭けが出来るからこそ燃えるのである。マクスウェルの言い分はこういうことであるが、パラナは納得いかんと言わんばかりに彼を見るが、折れる気配はない。

 しばらく沈黙が続くが、パラナが折れた風に首を振った。


「仕方ない。その分、お前が帰れる日にちが延びる可能性もあるが、それでいいんだな? なんなら、敗北したときにお前が死ぬリスクもある」


 彼の言葉にマクスウェルは嬉しそうに笑った。


「大丈夫だ。こういう時のための魔法ならいくつも知ってる」


「……本当、不思議な奴だなお前は」


 呆れた風にいう彼に対し、マクスウェルはまぁな、胸を張る。


「隠居してから色々な意味で暇な日が続いてるからな。多少の刺激が延びる分には歓迎だぞ」


「緊張感がなさすぎる」


 パラナの冷静なツッコミに、彼は豪快に笑う。


「そうだな! まぁ、一人くらい、目的を履き違えた闘技者が居てもいいだろう!」


「分かっててやってるのが一番タチ悪いって知ってるか?」




 パラナと今後の流れ―手を抜く口実について話をまとめ終わったところで、思い出したように聞いてきた。


「ところで、そいつは闘技者の"亡霊"だったな。なんでお前が抱えてるんだ? 」


「あぁ、それは―」


「―パァラァナくぅん、久しいねぇ~」


 マクスウェルが話そうとした矢先、彼らの背後からねっとりとした男の声が聞こえて二人と従者も一緒に振り向いた。


 一言で言えば、悪趣味。

 彼らに歩み寄ってきた男は、年齢はパラナと同程度、恐らく20前後に見える。顔だけは整っているものの、長く伸ばした金色の髪、無駄に派手な装飾品にまみれ、雰囲気に合っていない男が、後ろに奴隷のような男女を二人従えて歩いてきた。


「誰だこの悪趣味な男。知り合いか?

 お前の感性を疑うんだが」


 マクスウェルが歯に衣着せず、素直な感想をぶつけると、男はひきつった笑みで答える。


「パラナくん、随分と教育が足りてない奴隷だね」


「残念ながら彼に教育はしていなくてね。多少口が悪いのは見逃してくれないか」


 パラナも誤魔化すように苦笑をして、小さく耳打ちする。


「このゴミは俺と同じ領主の息子の一人だ。気に食わんのはよく分かるが話を合わせてくれ」


「お前も大変だな」


 マクスウェルは納得したように頷いて、小さく一礼する。


「失礼した。

 私はマクスウェル、彼に召喚された者だ」


 あくまで社交辞令としての挨拶をしたところ、立場を理解しての行動と勘違いしたのか、不機嫌そうに鼻をならして言い放つ。


「ふん、奴隷風情が調子にのるなよ」


 一瞬、本気で殺してやろうかと思った瞬間にパラナが彼を肘で小突いて正気に戻す。


「ところで、お前が担いでる女に用事があるんだが。そいつはぼくの奴隷だ。なぜお前が担いでる?」


 マクスウェルの担いでる亡霊を指差して聞くと、パラナが目配せして話せ、と伝えてくる。それを確認してマクスウェルは小さく息を吐いてから話し出した。


「廃棄処分されると聞いていたからな。私としては利用価値があるし、廃棄するくらいなら欲しいから持って帰ってきた」


「お前、そんな理由で持ってきたのか…」


 パラナが苦笑しながら呟き、男は少し声を荒くして答える。


「来たばかりの無学なお前に教えてやるが、廃棄処分するにしても、それまで所有権はこちらにある」


「そうか。それは失礼した。

 で、譲ってくれるか?」


 彼は一礼して謝罪したあと、それはともかくと言わんばかりに質問したが、

彼は突然激昂する。


「ぼくのだと言ってるだろうが! そいつは三年かけて闘技者に育て上げたのに一度も勝てやしない! そのむしゃくしゃを晴らしてから奴隷どもの便器に捨ててやるから返せよ!」


「…パラナ、」


「言いたいことは分かるが静かにしてろ」


 聞いてられんと言わんばかりに主人の名前を呼ぶも、一蹴されてしまう。そこで、パラナがマクスウェルにちらりを見る。


「お前はそいつがいいのか?」


「詳しいことは話せんが、こいつが現状最良と考えた」


「そんな締まりの悪い女が―」


「―バイーア。貴公は少し口を慎んだ方がいい。我々領主の品位を貶めるのは止めろ」


 遂にパラナがキレ気味に彼を嗜めるが、彼はケラケラと馬鹿にしたように笑う。


「出来損ないが! この僕に口答えを―」


「マクスウェル」


「御意」


 パラナの合図と同時にマクスウェルが魔力で作った弾をバイーアに向けて放つも、背後にいた奴隷が咄嗟に盾となり受け止める。しかし魔弾を受けた奴隷は後ろに大きく吹き飛び、そのまま意識を失った。


「バイーア、もう一度言う。口を慎め」


 パラナが淡々と告げるも、突然のことに呆けていた彼の耳には届いていないようだ。数秒してから何が起きたかをようやく理解して、震える指を突きつける。


「お、お前…! 領主に攻撃をさせたのか!?」


「ここでは私も貴公も同じ立場の筈だが。そして、我々の尊厳を侵害するなら懲罰も厭わない―皆で決めたルールだろう?

 何度も言わせるな。貴公も場所と立場をわきまえた発言をしたまえ」


 静かに、淡々と彼が言い放ち、ようやく彼も理解したのか、語気を弱めてこちらを向いた。

 それを理解して、マクスウェルは提案をする。


「私もただ、この子を渡してもらおうとは思ってない。対価を支払うのが当然だが―私はここに来て日が浅い。現物としての金銭は持ち合わせていなくてな。それで、だ」


 亡霊を抱えたままのマクスウェルが指を鳴らすと、どこからともなく宝石や金を散りばめた小箱を出現させて、手に持った。


「私の世界にある財宝だ。ここでも同等の価値があるならこれで買い取りたい」


 中身を確認するように、と言わんばかりにバイーアに小箱を渡し、彼はそれを受け取って中身を確認する。

 その間に隣にいたパラナが軽く肘で突いてきた。


「最初から買い取るなら私が先に鑑定してもよかったんだぞ?」


「そうして貰うのが妥当だったようだが…まぁ、あの顔なら正解だったろう」


 現金なもので、バイーアは彼の渡した小箱を確認して納得したのか、先ほどとはうってかわって上機嫌に頷いた。


「まぁ、これだけの対価を支払うなら譲ってもいいだろう。ただ、後で返せと言っても聞かないからな」


「ならば契約成立だな。―さて、この子の契約書を寄越せ。代わりに私が譲渡したことの契約書にサインしてやる」


 マクスウェルも後腐れのないよう、契約と言う形で確実に交渉を済ませようと提案すると、彼の契約した際と同じような魔方陣と、契約書が二枚、目の前に浮かんだ。


「主人、申し訳ないが翻訳してくれ」


「お前の契約だからな…まぁいいだろう」


 今回ばかりは仕方ないと言いたげに、パラナもため息混じりに応じてくれた。




 ――契約を終え、お互いに用事を済ませて別れたところで、マクスウェルはため息を吐いた。


「なんだあのゴミは。領主とはあんなのばかりなのか」


「私とアレを同類にしないでくれ」


 率直な感想にパラナは即座に訂正を求め、マクスウェルは小さく笑う。


「それは分かってるさ。お前はよくやってる。

 ところで、決勝が近いから少し頼まれてくれないか?」


 従者とパラナに向けて、マクスウェルが聞くと、彼らは仕方なしとばかりに頷いた。


「助かる。

 まずは、この子を私の客間に寝かせておいてくれ。ベッドでいい」


「……本当にいいのか? 奴隷だぞ?」


 従者が困惑気味に聞くが、彼は意に介した様子もなく頷いた。


「恐らくだが、まともな食事も睡眠も出来なかったのだろう。戻ったらすぐに私もこの子にやることがあるから、状態は少しでも改善したい。

 それに、私は奴隷と扱うつもりはないからな」


「…お前がいいなら従ってやろう」


「助かる」


 彼の狙いはわからないものの、従者は素直に頷いて、マクスウェルから亡霊を預かり、早速帰っていった。それを見て、パラナも一息吐いてから彼に背中を向ける。


「さて。私も司会にお前の話した件について話しておこう。それと、次の相手は見るまでもなく"赤の天使"だ。

 ―先ほど、お前が話していたことを信じていいんだな?」


「任せておけ。私が勝つよ」


 自信たっぷりに彼が言い放つと、パラナも笑って手を上げた。


「では、健闘を祈ってるよ」


 彼もそれに応じて左手を上げて、お互いのやるべきことに向かっていった。

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