十四日目 意外な来客
地下闘技場、選手の控室。殺風景な部屋には変わりないが、体を休めるためのベッド、椅子やテーブル、更に調理もできそうな小さなキッチンまで用意されており、思った以上に家具などは揃っていた。
マクスウェルはコートを脱ぎ、壁に掛けてあるハンガーに掛けて、いつものように紅茶を淹れていたが、その表情は少し硬い。
それもそのはず―
「どうした、"天魔"、緊張でもしているのか?」
何度も着ているためか、少しくたびれているものの、パラナと同じえんじ色の礼服を纏った、総司令が護衛も着けずに椅子に座って待っているからだ。
「不躾な質問だとは思うが、どうしてお前がいる? よりによって護衛も…………、いや、"居るな"」
一人でここに来たと思ったが、うっすらと近くに見えない何かの気配を感じ取る。その正体には興味を示すことなく、マクスウェルは律儀に二人分の紅茶の用意をしながら、来訪の理由を聞くと、彼は愉しそうに笑って答える。
「折角の息子の晴れ舞台なんだ。親が様子を見に来ておかしいことはないだろう?」
「それは当の本人に向けて言うべき台詞だろう。お前は本当に素直じゃないな。
それと紅茶だ。夜も遅いからな、リラックス出来るようにハーブを少し入れて、砂糖も多めにしてある」
マクスウェルが紅茶を淹れ、彼の目の前に置き、当の本人は壁に背中を預け、不機嫌そうに紅茶をすすった。総司令もマクスウェルの紅茶を受け取り、少し冷ましてから一口すする。
「この前も思ったが、本当に良いな。一度、大きな場のパーティに参加でもしてみないか?」
「勘弁してくれ。下手に引き受けたら、パラナもそこに参加する必要があるだろう?」
言葉の意図をすぐに読み取って返すと、彼は更に笑った。
「全く、どうしてこうもお前は話が早いんだ」
「これでも元は一国の主だからな。相手の意図はすぐに理解しないとやってられん」
マクスウェルは呆れつつ答え、話を変える。
「くだらん話はこの辺でいいだろう。…いや、お前は本気で考えてそうだったが、くだらん話としておこう。
わざわざここに顔を出したのは、ただ私と話したいからか?」
「そうだな。お前とは、一度あの子が居ない場で少し話をしたくてな」
あっさりと己のどうしようもない目的を話し、マクスウェルは面倒そうにため息を吐くものの、その話に応じる。
「まぁ、聞くだけ聞いてやろう」
「なんだ、答えてくれるとは言ってくれないのか?」
「…言葉の綾だ。
しょうもない言葉遊びがしたいなら寝るが」
彼は珍しく舌打ちしつつ話し、総司令も紅茶を飲みながら話し出す。
「私と当たり前のように話してくれる相手とは珍しくてな、悪いことをしたな。
さて、では真面目に話をしようか。異界から来た君だからこそ聞くが、"神"をどう考える?」
「宗教的な話か?」
「いや、君の考えとしてあるものだ」
想像もしていなかった質問に、つい聞き返してしまったが、訂正される。率直な意見を求めていると受け取り、マクスウェルも特に考えもせず答えた。
「悩むようなものではないな。私の考えでいいなら、ただそこにある"力"だ」
「力、か?」
彼の回答は意外なものだったのか、総司令も片眉を上げて聞き返す。
「そうだな。姿形は見えずとも、確かに"そこに存在している、力そのもの"。私にとっての神はそういうものだ」
「随分抽象的だな。お前の世界には女神という信仰があったと聞いたが」
「"どっち"の女神を話してるか知らんが―それは基本的に後付けされた姿だろう。神というのはまず、形なき姿で存在し、宗教や神話という媒介を経て形作られる。
そこらの宗教家は認めることはないが、過程が逆なんだよ。そこに存在するであろう"神様"を信仰し、形を作ることで、形を持たないはずの、力そのものに形が与えられる」
マクスウェルの説明を聞いて、総司令も思うところがあったのか、ふむ、と考え込む。
「斬新、というよりそう考えたことがなかったな」
「そうか。これは私個人的な考え方だからな、考え方なんて十人十色、何が正しいなんて私も分からんよ」
そこまで話してから、彼はもう一つ、紅茶を啜りながら話し出す。
「私個人ではなく、我々魔族、魔物と呼ばれる者たち共通だが―我々にとって、神とは"敵"として認識している」
「続けてみろ」
「かつての私の世界では、神によって選ばれた加護を受けたものを"勇者"と呼び、地下深くで暮らす我々魔族の王、"魔王"を討つように命じられていた。
魔王が勇者を殺し、新たな勇者が魔王を殺す。そして新たな魔王が―と、そんな争いが千年近く続いていて、魔族や魔物たちには神の加護を受けたもの、それに準じる者を敵と認識するように刷り込まれてしまったんだ。それ故に、我々にとっては神は敵である、という共通認識―いや、本能的な刷り込みが行われていたな」
「お前もそうなのか?」
「勿論。私にとっても神は敵と認識するように"刷り込まれている"が―他の連中よりかは薄いな。
何せ、私の親友こそ、その"勇者"だったからな」
マクスウェルは懐かしそうに天井に視線を向けながら呟き、残った紅茶を飲み干して、流しで洗い物を始める。
「まだ聞きたいことはあるか?」
「お前と話したいことならまだ沢山あるんだが、時間とは有限だからな。そろそろ時間だ」
「そうか。ところで、こちらも答えた礼があってもいいんじゃないか?」
背中を向けて洗い物をしているマクスウェルの表情は読めないが、ろくでもないことを考えているのは予想につく。しかし、マクスウェルの言い分は尤もでもあり、総司令はしてやられたと言わんばかりにため息を吐いてから頬杖を着いて聞いた。
「何が聞きたい?」
「簡単なことだ。何故私を選んだ? 今回の御前試合の件では、昨日の出来事は関係ないだろう? そうなると、お前はずっと前から私を監視し、力量を測っていたと考えるのが自然だろう。
私自身、不可解な行動を繰り返していた筈だ。力の制限や、八百長染みた敗北、それでも私を選ぶまでに至った理由があるのか?」
マクスウェルの質問に対して、彼はなんだ、と言いたげに腕を広げて話し出す。
「簡単なことだ。お前の能力をある程度確認できた上で、あの箱庭に閉じ込めておくのは勿体無いと感じたからだ。
その上、お前は賢い。会場を沸かせることにも理解がある。そんな道化をあんな会場で使い潰しには惜しいだろう」
「私がただの道化ではない事も理解していると思うが?」
「そうだな、お前は猛獣と道化の面すらも容易く使い分けるとは理解している。何度も言うが、それでもお前は賢い。不用意な真似をすればどうなるかも分かっているだろう。
だからこそ、御しやすい」
「……成る程」
マクスウェルは洗い物を終え、手を拭いて彼の方を向いて―四枚の翼と四本角、紅いスーツの姿へと変貌して改めて聞いた。
「私が簡単に御せるのか、ここで試してみるか?」
軽い脅しを加えるが、総司令は涼しい顔で笑う。
「分かりやすい脅しはやめておけ。暴れるつもりも無いのに、そんな姿になったところで意味はないだろう?」
「…………はぁ、」
マクスウェルは深い溜め息をついて、普段の姿に戻り、彼の前に椅子を持ってきて、不機嫌そうにどかっと座って足を組む。
「だから頭が良くて、肝が座ってるやつは嫌いなんだよ」
「そう褒めるな」
「今回はそういうことにしておいてやる」
マクスウェルは疲れたように椅子の背もたれにもたれかかると、彼は笑って口元に人差し指を立てた。
「私の勝ちだな。これで、以前の敗北もチャラだろう」
「……抜け目がない、と言うより面倒くさい男だなお前は」
愉しそうにしている総司令に向けて、マクスウェルは少し呆れつつ呟いた。




