十四日目 二人の生徒
翌朝。いつもの作業を終えて部屋に戻ると、既にシナロアが掃除を終わらせていた。
「あ、マクス。おはよう」
「あぁ、おはよう」
マクスウェルも特に驚いた様子は見せずにそのまま挨拶を交わし、今日の朝食をテーブルに用意する。
「朝食としようか」
「そうだね」
普段と変わりない日常。いつものように他愛のない会話をしながら食事を終え、食器を片付けながらマクスウェルが聞いた。
「もう体は動くのか?」
「思った以上にね。あれだけ傷ついてたから、今日は半日動けないくらいの覚悟だったんだけど」
お互い、あまり気にした様子もなく会話して、食器をまとめたところで、マクスウェルは立ち止まった。
「さて、まだ少し時間もあるな。昨日の復習でもするか?」
「…、そんなところだろうと思った」
シナロアも一息着いてから上着をハンガーに掛けて、動きやすいようにシャツの袖を捲る。
マクスウェルは特に準備もせずに、手を前に出した。
「実際の感覚は昨日教えたな。まずは撃ってみろ」
「オッケー!」
昨日、マクスウェルに直接体で教え込まれた、"振動"を撃ち込む、撃ち込まれる感覚。それを意識しながら、彼の手目掛けて掌底を叩き込んだ。それと同時に―彼の手の甲を貫くような意識で振動を放つ。
「―!」
マクスウェルは少し真面目な表情で、両手を使ってそれを受け止めた。
「……、どう、かな」
衝撃を受け止めて、少し後退したマクスウェルは、衝撃を逃がすようにブラブラと手を振りながら頷いた。
「合格点だ。その感覚、忘れるな」
「―! そっか」
マクスウェルは隠すことなく、合格と伝え、再び構える。
「今回は単発だけだったが、連打出来るか、試しに撃ってみろ」
「はい!」
褒められたことで彼女も少し明るい表情で応じ、迫りくる攻撃をマクスウェルは淡々と受け止める。
数発撃ち込んだところで、彼女は息切れしつつへたり込んだ。
「はぁっ…、はぁ…っ! 何で?」
今まで感じたことない疲労感に困惑するも、マクスウェルは内出血して赤黒く染まった腕を治しながら、涼しい風を流しつつ説明する。
「その攻撃は雑に振動を放つよりも、遥かに精度を求められるからな。何度も何度も繰り返せば、当然疲労する。
攻めとは一見有利に見えるが、同時に体力を大きく消耗しているのも事実だ。自身のキャパシティや消耗を理解せずにやれば、当然そうなる」
「…そっ、かぁ…」
シナロアは息も絶え絶えになりながらも、彼の説明を熱心に聞いている。マクスウェルもそれを見て、何処からか小さな缶を取り出して彼女に渡した。
「私の世界でも流通してるエナジードリンクというやつだ。下手な飲み物よりかは効くだろう」
「えぇ…」
困惑しながらもそれを受け取り、彼女はちびちびと飲み始めた。すると、一分程度で立ち上がれるまでには回復をする。
「いや、効きすぎだろう」
「私もそう思う」
あまりの効果にマクスウェルもツッコミを入れるが、シナロアも困惑気味に笑った。
「これも"再生"辺りの恩恵になるんだろうな。本当に便利なスキルだ」
「でもマクスウェルもとんでもない再生能力してるよね?」
さも当然と言いたそうなシナロアに向けて、彼は少し不満げに説明した。
「私とお前らの再生では、根本的に原理が違う。お前らのように、"在るべき姿"に勝手に戻るなんて都合の良いものではないし、細胞の再生を早めて自己再生しているように見せているだけだ」
「…いやそう言われても分からないんだけどさ」
「分かりやすく言ってやろう、お前らの"再生"は、元の傷一つ無い姿に戻ろうとする力だ。大元には"傷つく前の姿"があって、そこへと逆行していくイメージだな。
私の治療は、普通の人が怪我をしたのと何ら変わらん。"今の傷"を治して、正常な状態へと戻す方法。だからこそ治療次第では傷が残るし、普通なら手足が生えたり、くっつけておけば勝手に治癒するなんて事は起きん」
「……今更なんだけどさ、私たちのスキルって、普通とは違ってたの?」
「当たり前だろうが。お前らの力こそ、神の力の欠片だぞ。
根本的な原理もクソもない、私たちへ喧嘩を売ってるような理不尽な力が、お前らにはあるんだよ」
珍しく、マクスウェルは憤慨しつつ答えてから時計を確認し、彼女の上着を取って渡す。
「無駄話はこのくらいで良いだろう。そろそろ時間だ」
「え、もうそんな時間?」
マクスウェルに指摘されて時計を見ると、始業時間はもう迫っている。シナロアは慌てて上着を受け取って羽織る。マクスウェルも手の傷が治ったことを確認して、ドアノブに手をかけた。
結局、御前試合は執務を終えた夜に行う、とのことで、マクスウェルはいつもの闘技場に向かって、トルーカとサクの指導をしていた。
「へぇ、マクスさん、今夜は別のところで戦うんですね」
準備運動がてらの組手をしながら、今夜の件について話すと、サクは良くわかっていない風に、呑気な返事をする。
「良く分からんが、いつも通りにやるだけだな」
サクの突きをいなし、大きく流れた背中を軽く叩き、有効打であると示す。
「いつも言っているが、突っ込むと思ったらすぐに突っ込むのは良くないぞ。特に私のような相手にはな」
「……、いつも思うけど、アンタのその反応速度はどうやってんだよ」
「慣れだ」
「いや、そうだとは思うけどよぉ…」
即答するマクスウェルにツッコミを入れ、彼も言わんとしていることは理解したうえで説明を始める。
「まぁコツはある。人間、余程のことがなければ予備動作なし行動することは難しい。私は、その予兆から行動を判断するのに長けているのが大きいな」
そこまで話してから、まぁ折角だ、と再び構える。
「実際にやって教えたほうが問題ないだろう。それに今回は初めてだから、少し補助もしてやるか」
彼がそう言って踏み込んだが、普段よりも動作がとても緩慢だ。サクも何事か、と思いながら動き出すが、同じく動作はゆっくりになっている。突然の現象に驚くも、頭に直接、マクスウェルの声が響く。
『少し、魔法を使って時間の感じ方を弄ってやった。意識ははっきりしてるが、動きはずっとゆっくりに見えるだろう。
筋肉の動き、その動作の至る所まで良く観察しろ。そこから、予測できる動きもあるはずだ』
マクスウェルはそれだけ告げて、言葉が途切れる。あとは見て覚えろということなのだろう。
実際、彼の動きはゆっくりで、このどこを狙っているのか良く見えた。ただし、サクの動きも緩慢になっているため、見えたところでガードが完璧に間に合うと言われると難しく―見た速度から、あまり想像のつかない重い一撃を受け止める。受け止めきれずにゆっくりと後退すると、再度頭にマクスウェルの声が響く。
『分かりやすく言えば、今お前の感覚が鈍く感じているだけで、実際の速度は変わらないからな。感覚だけで威力を見誤るなよ』
後退するのと同じ速さでマクスウェルが歩みを進め、既に右の掌底を撃ち込む構えをとっている。動きから、マクスウェルは胸の中心を抉りこむように狙っているのは分かった。そして、次はどうするか。
真正面からの受け止めることもできるが、体勢を崩された今では受け止めてもそのまま倒れるだけだ。それならば、サクは咄嗟に地面を蹴ってマクスウェルの右手側へ飛んで逃げる。
地面を転がりながら、スローモーションの視界の中で辛うじて、空振りして硬直しているマクスウェルの姿が見える。
もどかしくすら思う時間の中、精一杯に考え、転がりながら受け身を取るようにして立ち上がって体勢を整える。その時にはマクスウェルはこちらを捉え、既に歩みを始めている。次は左の掌底を構えており、サクも受け止める準備をするが、右腕の違和感を感じて、咄嗟に後ろに引くと、左の掌底はフェイントで、虚空に右の拳が叩き込まれる。
そこで、時間の流れが正常に戻り、額に汗を滲ませていたマクスウェルは、それを拭って感心したように笑った。
「よくあのフェイントに気付いたな」
「…まぁ、あんだけ分かりやすくしてくれたらな」
「それでも、何も言ってなかったのによく分かったよ」
マクスウェルは彼を褒めながら、再び構える。
「さて、じゃあ次は少し時間の流れを早めてみるか」
「…、押忍!」
サクも気分を切り替えるように大きく息を吐いて、構えながら大きく返事をした。
そんな二人のやり取りを遠くで見ていたトルーカは静かに笑っていた。
「サク、本当に良かったですね」




