十三日目 訓練
―夜、屋敷の中庭。
何かと都合の良い広さをしている中庭に、動きやすい地味なウェアに着替えたマクスウェルとシナロアは準備運動をしていた。
「ここまで来て今更だが、最後の確認だ。本当にいいんだな?」
「…それ今聞く? 本当に今更だと思うんだけど」
「それもそうだな」
マクスウェルは苦笑してから準備運動を終えて、距離を離しつつ改めて説明を始めた。
「お前が"回帰"に発展させた時のように、極限状態がスキルの強化に関係している可能性がある。
それ故に、その極限状態を意図的に再現させてお前のスキルを強化させる、というやり方だ。ただ、お前がサンドバッグになれと言うのでは意味が薄い。―だから、実践を兼ねた訓練とする」
「そうだね。―じゃあ、いくよ、マクス」
マクスウェルの説明を受け、力なく笑って構えた途端、彼女は真剣な表情に変わり―腐っても、元闘技者であることを忘れていないことにマクスウェルは笑った。
「あぁ。かかってこいと言いたいところだが―私も攻めなくては意味がないからな」
その言葉と共に彼は駆け出し、すぐに間合いを詰める、と同時に進行方向を防ぐように"振動"が放たれる。
マクスウェルは横に一歩大きく飛んで、体勢を崩すことなく着地、そのまま最後距離を詰めた。
拳、ではなく掌底を撃ち込む構えを見せたところで妨害の閃光を放ち、目眩まし、と同時に"影送"で一瞬広がった影を固定する―筈が、縛るはずの影は全く逆の方向に伸びていた。
「っ!!」
何をしたのか、一瞬理解が及ばず、目の前の攻撃の防御が遅れる。その隙をマクスウェルが見逃すはずが無く、掌底を咄嗟に重ねた腕に叩き込む。
その衝撃を受けてシナロアは地面を擦って後退するが、腕には打撃とは異なる違和感が残る。
「ただの実践経験だけでは勿体無いからな。完全に再現できているかはわからんが、これは今朝、私が言った、"振動を撃ち込む"ということを私なりに解釈した打撃だ。
手を媒介に、その先の骨や内臓にスキルを放つことを意識してみろ」
「……、マクスさ、もしかして…」
真剣な勝負の場であることは理解していても、シナロアがふと言葉を漏らすと、彼はさっきも言ったが、と答えてくれた。
「お前のスキルは今朝教えてもらったな。それを私なりに解釈して、それだけを使って戦ってやる。
再現可能かは分からんが、私の知識をこの戦いで叩き込んでやるから、覚悟しろ」
マクスウェルはそう言い放ち、構えを取ることなく、前に進む。
彼女は回帰で回復させた腕の感覚が正常であることを確認し、再び眼前の魔王と対峙する。
それからは、あまりにも一方的な戦いとなった。あらゆるスキルの使い方はマクスウェルの方が長けており、"再生"や"回帰"を用いても、追いつけないほどの猛攻。
"閃光"と"影送"の拘束も、同時に起動させたマクスウェルの閃光によって影の方向を強制的に変更され、不発となる。"振動"でさえ、彼はいつもの防御すら使わず、同じ振動のような攻撃で相殺し、無効化してきた。
自身が持つ全ての手札を真正面からの技術によって粉砕され、"振動"を加えた打撃によって全身の骨を砕く勢いで攻め立てる。
一切の容赦を感じない猛攻の果て、終には立つことも出来ず、ボロキレのように変わり果てた彼女は血まみれで地面に倒れ伏す。過剰な痛みで思考もままならず、何故この戦いをしていたかすら、記憶の彼方に消えていた。
腫れた目はもう何も見せてくれない。ただ、音と血の匂いだけに反応して、彼女は無意識の内にそちらを向くが、誰がいるかはわからない。
近づいてくる誰かは、うつ伏せに倒れていたシナロアを仰向けになるように転がし、顔を横に向けて軌道を確保し、彼女の口に指を突っ込んで詰まらないようにしてから、何か液体を指つたいに流し込む。
「―ん、」
少し、反応したことに気がついて、その誰か、マクスウェルは血まみれの顔を冷たいタオルで拭った。
「生きてるな」
「…マ、クス」
真っ暗だった思考が次第に明るくなってきて、ふと仲間の名前を呼ぶと、小さく笑う声が聞こえた。
「無理するな。大人しくしてろ」
「……、」
彼は優しい声で、彼女の口に何か液体を流し込みながら休むように指示をすると、それに従うように彼女は静かに目を閉じた。
「いい子だ」
シナロアが力尽きて眠る寸前で、彼は先程の戦闘時とは別人と思えるほど穏やかな声で彼女の頭を撫でた。
シナロアが寝付いたところで、彼女の体を揺らさないように、魔法でゆっくり抱き起こして部屋に戻ろうとしたところで、中庭の入口でヴェルディとクルドが待機していたのが見えた。
「どうした?」
「こっちの台詞だ。…お前、それが仲間にやる仕打ちか?」
心底軽蔑したような口調でクルドが責めるが、マクスウェルは理解できないと言わんばかりにため息を付く。
「こいつが強くなるために望んだことだ」
「スキルを強化するために、極限まで痛めつけることをか? お前なら、一歩間違えたらどうなるか分かってるんだろうが」
クルドが珍しく声を荒げて指摘するが、彼は心外と言わんばかりに肩を竦める。
「分かってるとも。お前らに言われるまでもなく、どうなるかなんて百も承知だ。
だが、真っ当な手段でこの子を鍛えるには時間が足りん。ならば、体で覚えさせるだけだ」
「だとしても―!」
「悪いが、私はこのやり方でここまで至れた。そして、力を望んだ子どもたちにはこうやって力の使い方を教えてきた。
最良の手ではなくとも、最善の手ではある。―何度も言うが、時間がない。一年、時間をくれるならいくらでも教えてやるが、そんな悠長なことを言っていられるほど私にも、お前たちにも時間は無い筈だ」
「……、」
マクスウェルの言葉に二人は黙り込んでしまい、それだけか、と言いたげにマクスウェルが部屋に戻ろうとしたところで、ヴェルディが声をかけた。
「それでも、お前を全て 信用できない。万が一のことがあれば、私たちにも責任がある」
「…そうだな。お前らにとっても、もうこの子は他人ではないからな」
ヴェルディの言葉には反論せずに肯定し、マクスウェルは彼らをまっすぐ見つめる。
「ならば、監視するか? 私がやり過ぎだと思えば攻撃しても構わない。そうでなくとも、お前らなら私の限定解除を意図的に外すことだって出来る筈だ」
マクスウェルの提案に対して、答えを求められるもすぐに答えは出ない。
「そうだな。私の知っていること、お前らが私について知っていることは同じではない。お前らはこう考えているはずだ。『本当に限定解除を解いたところで、こいつが本当に止まるのか』なんてな。
そこは心配するな、明確な制止の意思を感じたら私も流石に分かる。…と言いたいが、無理だろうな。それ以上は、お前らが私を信じるか、それだけの話だ」
二人の意図を汲んだ上で最終的に言いたいことを伝えると、クルドはため息まじりに答えた。
「負けたよ。確かに俺らはお前を信じるかどうかしかない。―今回は、同じ主人を持つ者たちとしてお前を信じてやる」
「…!」
クルドの答えに、ヴェルディも迷いながら彼を見るが、鉄仮面の本心は見えるわけがない。
しばらく、クルドの決定について考えていたが、彼女も折れたのか、渋々頷いた。
「……、まぁ、いいだろう」
「そうか」
結論が出たところで部屋に戻ろうとしたところで、最後にクルドが呼び止めた。
「マクス」
「どうした?」
「お前、ところで何を飲ませたんだ?」
確かに良く考えれば当然な質問に対して、彼は今更ながら答えた。
「私が監修した、再生持ち用の栄養剤だ。アクレにも教えてみたら実験データをついでに集めてくれと言われたからついでに、な。
今回、本当に死ぬ寸前まで痛めつけたからな、明日の業務に支障が出ないように、手段の一つとして試してるだけだ。
―何せ、私が治してしまっては意味がないからな」
マクスウェルはそれだけ答えて、さっさとその場を立ち去ってしまった。




