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十三日目 来客

 昨日の件があって、マクスウェルも一旦大人しくしていたほうがいいというパラナの指示もあり、今日も闘技場の参加は見送ることになっていた。

 暇で仕方ないので、仕事を振ってもらう目的でシナロアとパラナの執務室の扉を開けると、神妙な面持ちのパラナといつもの鉄仮面を着けた二人の従者が待っていた。


「どうした? いつもなら仕事をしてたろうに」


 ピリついた空気は一切無視して、暢気にマクスウェルが聞くと、パラナはため息まじりに答えてくれた。


「今日、こちらに連絡が来てな、国から伝言があるということで、人を遣わすと聞いているんだ」


 その言葉を聞いて、マクスウェルもほう、と片眉を上げる。


「昨日今日の出来事が影響してるとしたら用意周到だな。先日の件はおおよそ問題ないと思うが…一体なんだろうな」


 マクスウェルは愉しそうに笑いながら呟き、主人は呆れた様子で深い息をつく。


「お前は変わらんな…」


「あまり気にしても何か変わるわけではないだろうに。ところで、仕事は溜まってるのか?」


「…それもそうだな。お前ら、仕事を始めよう」


 マクスウェルに言い負かされ、パラナは諦めた風に手を叩くと、マクスウェル以外の三人はすぐにいつもの仕事に取り掛かり始めた。

 その様子を見て、マクスウェルは特に何も言うことはなく、ただ笑っていた。



 今日は闘技場の開催日であり、サクとトルーカの指導は出来ないということもあって、せめての手伝いとして、紅茶や手軽な茶菓子を用意して時間を潰していた所で、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 パラナは見向きもせずに入室を促すと、見知らぬ男が部屋に入ってきた。

 見た目は30ほどだが、髪やヒゲは剃り上げており、丸い顔つきは何処か柔らかく、笑顔が張り付いたような表情からも、人あたりは悪くないように感じる。身長もマクスウェルと同じく、180前後あるものの、鍛え上げられた肉体のせいで、はち切れんばかりにパツパツのスーツが相まって、彼よりもかなり大きく見える。

 少し異様さも感じる来局に一同一瞬固まるが、パラナは立ち上がって敬礼した。


「これは、防衛長官殿。このような僻地にいかがした?」


 防衛長官、と聞いて従者の二人が反射で敬礼するが、マクスウェルは興味なさそうに紅茶の準備を続けていた。シナロアはパラナの見様見真似で同じく敬礼している。

 一人、無礼千万な態度をしているマクスウェルは無視して、防衛長官と呼ばれた男は彼らを静止するようジェスチャーする。


「パラナくん、それにその従者の方々もそんなに畏まらなくていい。…一人、全く気にしてない男もいるみたいだが」


「あぁ、悪いな。他の連中と合わせていたらもてなす準備もできないだろうから、そっちを優先していた」


 主人よりも主人らしく振る舞っているものの、誰よりも次のことを考えて行動していたマクスウェルは空いているソファーとテーブルを整え、席につけるよう準備を始める。


「…噂以上の男だな、君は。傍若無人というか、マイペースというか」


「そう褒めるな。

 私にとって、基本的に主人かそれ以外の認識しかない」


 彼は淡々と答えつつ紅茶を淹れ始め、テキパキと準備を終わらせて彼の前に紅茶と茶菓子のセットを用意する。


「マクス…お前な…」


「では、どうぞ。今回は気持ちを落ち着かせるハーブを調合したハーブティーだ。話をするならお互いに落ち着いて話すに限る」


 手際よく防衛長官を座らせ、パラナの前にも紅茶を用意したところでマクスウェルが促すと、防衛長官は笑って席につく。


「君の従者が話しているとおりだな。まずは、お互い落ち着こう。

 パラナくん、他の皆もそんなに固くしてないで、まずは座ろうか」


 防衛長官の声に、それぞれが緊張感を緩め、落ち着き始めたところで、マクスウェルが他の人の分の紅茶を淹れて置いていく。


 それぞれが紅茶を一口含み、落ち着いたところで防衛長官が話し出す。


「僕が来たのは、いくつか理由があってね。まずはここ一帯の防衛を担っている君の査察。基本的に警察として市街地の防犯、ダウンタウンの管理といった業務を兼任しているのはこちらも知っているけど、実際にここに来る前に少し見せてもらった。だけど、概ね問題なさそうだったね。それに、適当に何人か捕まえて聴取もしてみたけど、なかなか適切な評価をされてるって意見が多い。当然、不満を多少漏らす輩はいるけどね。

 万人が納得できる訳がないのは事実だし、そこは問題ないとこちらから王都にも直接報告しておくよ」


「お手数おかけします」


 パラナは出来る限り感情を出さないように一礼し、彼は口角を上げる。


「素直に喜んでもいいんだよ?」


「…善処します」


 パラナが困った風に目を逸らしたのを見て、防衛長官は小さく笑い、話を続ける。


「そして次の目的が、王都からの伝言だ。明日行われる、御前試合に君の闘技者―"天魔"が推薦された」


「―!?」


 流石のパラナもその言葉には驚いたように目を丸くし、紅茶を詰まらせかけたが、何とか咳き込むこともなく飲み込んだ。


「…何故?」


 不思議そうに聞き返したパラナに向けて、彼も首を傾げる。


「それについては僕もわからない。でも、推薦する権利については、領主たちにしか無いはずだから…想像は出来るんじゃない?」


「いえ、確かにそうだとしても、たった一人の推薦では動かないはずでは…?」


 パラナの指摘に、彼は腕を組んで、また聞きした程度だけど、と付け加える。


「何人か、興味を示している領主は多いんだよね。確かに、発端は総司令だったとしても、それに賛同する―つまり、君の力を見たいと言う領主も多かったというわけだ」


「…納得は出来ませんが、理解はしました。陛下の御前試合となれば、こちらにも拒否権はないと思えるのですが…」


「そうだね。この国ではまたとない晴れ舞台だし、それをわざわざ拒否するのは、推薦元に泥を塗ることになるだろうし」


 防衛長官も仕方無しと言わんばかりに唸るが、当の本人はとてもどうでも良さそうに、立ったまま紅茶を飲んでいた。


「その御前試合では八百長で負けないといけないのか?」


「いや、そんな決まりはないが」


「ならば、参加すればいいだろう。どんな結果になろうと、総司令に近付くまたとない機会だ。お前さえ良ければ、私は構わんぞ」


 パラナの闘技者(マクスウェル)は意欲的な答えを出したところで、パラナも観念したのか、仕方無しと言わんばかりに頷いた。


「マクスもそう言っている手前、私も断る理由がありません。その話、是非請けさせていただきたい」


「それは助かる。なにせ、この件についてだけは陛下に直接入る話題だったからね。残念な結果を伝えるとなると、胃に穴が空きそうになる」


 長官は冗談混じりに笑いながら話し、次の話に移る。


「最後の要件なんだけど、最近、軍部の本隊の訓練や研究について纏めて貰っていたよね。結果自体は問題ないんだけど、可能であれば仕事の範囲を増やせたりとかできる?」


「…それは、何かあったんです?」


 最後の最後で予想外な仕事の話を振られ、パラナが聞き返すと、彼は頭を掻きながら困ったように話す。


「最近さ、内乱の動きが所々で見えてるから、僕の仕事がやたら増えちゃってね。

 正直手が回らないから、手分けしてほしいんだ」


「…まぁ、それは問題ないのですが、こちらも少し前に人手が減ったばかりなので、手心を加えていただけると助かります」


「…あはは、善処するよ」


 誤魔化すように笑う長官の反応を見て、またとんでもない仕事を振られる気配を感じてパラナはため息を吐いた。

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