番外編 残された者
パラナの父親でもある、総司令の襲撃後、マクスウェルとしては主人が参っている間に個人的な行動をする予定であった。戦闘後の片付けも終えて、部屋に戻って汚れた衣服を着替えてから出かけるつもりだったが、シナロアが不安定な状態になってしまい、彼の背中に引っ付いて離れない。
―以前、彼女を助けた直後はしばらくそばにいてやったら落ち着いたので、恐らく同様にしてやれば改善するだろうが―今回は夜も更けていて、彼としても彼女に構ってやれるほど時間に余裕はない。しかしこの状態のまま放置するわけにはいかず、折衷案として、どうせ暇そうな主人に部下のケアを頼むことにした。
「―いや、そんな理由で置いてくな」
彼らが暮らす大きな館の主人でもあるパラナは、余計な邪魔が入らないように掛けておいた鍵を部下に開けられ、その上非常に勝手な理由で自分の直接の部下ではない女性を部屋に置かれてしまった。そもそも、置き去りにした当の本人は既にその場にはおらず、彼女を部屋に押し付けて早々に立ち去ってしまっている。
館の主人とは言え、パラナの自室は二つほどの大きな本棚とそれを読むための机と椅子、二、三人なら問題く眠れそうな大きめのベッドくらいしかない、生活感のない部屋である。誰の邪魔も入らない静かな部屋で天文学の書籍を読んでいた彼は、シナロア本人から事の顛末を聞いてつい、突っ込んでしまった。
「…本当に、勝手な人です、よね」
元々この部屋で客人をもてなす予定は皆無であったため、彼女はベッドに腰掛けて無理に笑ってみせた。
「あいつはあぁいう奴だからな。今更とやかく文句をいう気も起きんよ」
思ったよりも落ち着いていたパラナは静かにそう言って、本に栞を挟んで彼女の方に体を向けた。
「ところで、君は私のところで良かったのか?」
「マクスは、そのほうがいいだろうって…」
消え入りそうな、不安げな返事が返ってきて、パラナも流石にこの状況で彼女を責めるつもりは起きない。迷惑千万であることには変わりないが、仕方ない、と彼は腕を広げて聞いた。
「あいつの代わりになれるかは分からんが、君はどうすれば落ち着く?」
「え…、あの…」
彼女としては予想外の回答だったのか、困惑した様子で視線を泳がせるが、パラナは特に怒ったり、呆れたりするわけでもなく、静かに彼女の答えを待っていた。
静寂が流れ、しびれを切らし、再び本に向き直ろうとしたところで、とても申し訳なさそうな声が返ってきた。
「そばに、居てもらっていいですか?」
「構わんよ」
手にかけていた本を改めて閉じて、彼女の隣に座って手を差し伸べる。おずおずとその手を握ったのを確認して、間近で、彼女の目を見て話す。
「少しは違うか?」
パラナの問いに、しばらく呆けていた彼女だが、少しだけ、落ち着いた様子で小さく笑った。
「ちょっとは、」
「ちょっとか」
パラナも困ったように小さく笑ってみせ、シナロアからの意外なものを見たような視線を感じる。
「なんだ?」
「いえ、パラナって笑えるんだなって」
「私を何だと思ってるんだ…と言いたいが、そう思われるのも仕方ないか。概ね、あの部下のせいさ」
彼は天井を仰ぎながら答え、彼女を向き直る。
「これでも、変わっているんだと実感するよ。それは、君もそうだろう?」
「…本音は、変わらないですよ」
出来るだけ明るく振る舞って問いかけるが、彼女は思うところがあるのか、静かに答えた。
「本音は、そうだろうな。私も似たようなものだ。怖いものは怖いし、今も気丈に振る舞っているだけかもな」
「そうなん、ですか?」
「そうさ。必死に趣味に打ち込んで、余計な考えないようにする。それでも、寝床に就けば、何度も何度もうなされる。
―特に、今日は酷い夢を見そうだ」
彼女と手をつなぎながら、パラナは一つ息を吐いて、目を閉じる。
「でも、今日のことは後悔はしていない。私は、前を見なきゃいけないんだ」
自分に言い聞かせるような言葉に、シナロアが握っている手を強く握る。
「…前に、進む?」
不安げな声に、彼は断言する。
「停滞していても良い事はない。折角、マクスウェルが私たちのために動いてくれているんだ。私もそれに応えなければ示しがつかない」
「怖くないんですか?」
「怖いものは怖いに決まってる。そんなことを言っても、あいつは構いやしない。『そうか。それがどうした』の一言で済まされるのがオチだ」
「あぁ…」
想像に難くない予想に、彼女も妙に納得してしまう。
「あいつはそういうところがあるからな。仕方ない」
仕方ないの一言で済ませていいのかとシナロアもツッコミかけたが、仕方ないと済ませられるくらいの感覚でないと、彼との付き合いも大変なのは今に始まったことではない。
「まぁ、仕方ないと言えばそうですね」
そこで二人が一息ついたところで、パラナはそういえば、と聞いてくる。
「お前らは普段どんな会話をするんだ?」
「え? えーっと、普段は料理とか、スキルのこととか、仕事のこととか、そのくらいです」
「スキルのことを聞くのか? あいつが?」
少し不思議そうにパラナが首を傾げると、んー、と彼女も悩んでから答える。
「仕組みというか、私が何ができるかはちゃんと知っておきたいみたいです。それのお陰で力の使い方もアドバイスもらってるんですけど」
先の戦闘で見せた、"回帰"を利用した戦闘を思い出し、パラナも納得して頷く。
「なるほど。マクスから戦い方を教えてもらったのか」
「そんな大層なものじゃないけどね」
少し照れながら答え、彼女は少し疲れたのか、ベッドに寝転んで聞いた。
「君は、そろそろ落ち着いた?」
シナロアの言葉に目を丸くして、彼女の意図に気がついて小さく笑った。
「……、ふ、そうだな。少し楽にはなった」
「そ」
彼女も不器用に笑ってみせて、パラナの手を引っ張る。
「そろそろベッドに入ろうよ。ずっと座りっぱなしも疲れるでしょ」
「…途端に調子が良くなったな、お前は」
大分元気になったシナロアに向けて呟くと、彼女はんー、と話し出す。
「何かね、君を見てると弟を思い出してね」
「私の方が年上だぞ」
少し、ムッとして反論すると、彼女は無言でパラナの手を引っ張り、ベッドに倒れ込んだところで、彼の上に覆いかぶさる。
「なんか、見てて放っておけないというかね。無理してるのが伝わってくるんだよね」
「背負ってるものがあるからな。それは仕方ないだろう」
「そうかね。君の場合は、責任だけじゃないでしょう?」
「……、何が言いたい」
どこか見透かしたような視線に彼は目を背け、空いた腕で顔を隠すように目を覆う。明らかに拒絶する彼に対して、彼女は顔を近づけて囁く。
「さぁね。それは君が気付くべき事でもあるからさ」
意味がわからないといいたそうに、視線を外したままのパラナにむけて、彼女は一つ息を吐いて聞いた。
「―ところで、私も、落ち着いてきたからさ、そろそろ寝ていい?」
そう言うと同時に、彼女はパラナの上に倒れ、密着した状態で彼の横に並ぶ。
「…拒否したところで、お前は寝るだろ」
パラナのツッコミに、彼女は笑った。
「―そうだね。じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
お互いに言葉を投げかけ、彼らは手をつないだまま静かに眠り始めた。
―不思議と、今日は悪夢を見ることもなかった。




