十二日目 騒動の果て
総司令と別れたあと、半壊した中庭を修繕したマクスウェルはパラナの執務室、ではなく従者たちの部屋に向かった。
「入るぞ」
ノックもせず、無遠慮に入室したが、彼を咎める声はなく、お通夜のように静まり返った二人が音もなくこちらを向いた。仮面は今更外すのが面倒なのか、今もドミノマスクを着けたままだった。
「随分と沈んでいるな」
「…まぁ、流石に喜び回れる状況じゃねぇからな」
マクスウェルの茶化しをクルドが真面目に返し、ヴェルディが如何にも憂鬱げに喋りだす。
「真っ向から反逆の意志を示されるとさ、流石に私たちも心の準備ってのもあってね」
彼女の言葉に、マクスウェルはなんだと言わんばかりに突っ込む。
「別にお前らは直接関与したわけじゃないし、そんなに気にすることか?」
「しないわけにはいかないだろう、俺等はパラナ様の側近なんだぞ?」
クルドの言い分も尤もだが、マクスウェルはんー、と考える。
「お前らを解雇したら、ただでさえ回らない仕事が間違いなく停滞するだろうし、それはないだろう。
私という狂犬を飼ってる手前、あちら側も下手な手を打てば、パラナは容赦なく手綱を離すことは今日実証してみせた。故に、奴らも不用意な真似は出来ない筈だ」
「…お前、あの短時間で何をやってきたんだよ」
「二人ほど従者を殺して、残り三人を瀕死まで追い込んだだけだが」
しれっと先程の出来事の結果を纏めて話すと、二人は流石にドン引きして彼を見つめる。
「お前ら引くのは勝手だが、こういうときに対処するために、私の呪いに"限定解除"を許可して施したのはお前らだからな?」
―そう。マクスウェルは事前にパラナの屋敷内での行動を制限されないよう、屋敷の範囲内のみに適応される限定解除を施していた。
故に、総司令が呪いに干渉して彼の行動を封じようと、影響はほとんど無かった。それでも油断させるために、彼は意図的に魔力を制限して演技を行っていた。それを知っていたからこそ、パラナも堂々と反逆を宣言出来た、というのが今回の騒動の裏側である。
そしてその制限解除を施したのはパラナとその従者たちであり、マクスウェルは、それに伴うただの結果だと話している。
「確かに根本的な原因は俺等にあるが、お前がそんなに暴れるなんて…」
「今更知らなかったで済む話か?
呪いという首輪があるから戦い方を工夫しているだけで、神の力だろうが真正面から戦えるのは今更だろう」
マクスウェルは呆れ顔でそう言い、ところで、と話を変える。
「話は変わるが、領主たちの直属の従者は全員危険なのか?」
「突然弱気になってどうした」
突然の温度差に引きつつクルドがツッコむと、彼も違うんだ、と弁明する。
「あの後、私でも危険と判断するほどの相手と対峙してな。領主の直属と思われる刺繍まで入っていたものだから、あのレベルが何人もいると流石に骨が折れるから確認しただけだ」
彼の話を聞いて、心当たりがあったのか、二人は顔を見合わせてヴェルディが代表して答えた。
「…いや、私たちの考えが正しいなら、あれと同レベルのは他には知らないかな」
「そうか」
お互い言及はせず、互いの憶測で話を進め、マクスウェルはそうか、と満足気に腕を組む。
「それならば一安心だな」
「…お前、あれとも本気でやり合うつもりか?」
不安げなクルドの言葉に、彼はため息混じりに答えた。
「このままなら、いずれは衝突するだろう。スキルは見れなかったが、あの感じは本気でやらんと私でも負けるからな。
事前の覚悟が出来るに越したことはない」
今後、総司令とその従者たちとのいざこざが起きるのを見越した上で話し、頭が痛そうに口元を歪めている二人に向けて背を向けた。
「まぁ、恐らく面倒事が増えると思うが、協力頼むよ。悪いようにはしない」
「…できる範囲でな」
「隣に同じく」
二人は本当に嫌そうに答え、それを聞いたマクスウェルは笑いながらドアノブに手をかける。
「期待してるぞ」
それだけ言って、彼は部屋から出ていった。
従者たちに向け、伝えることや協力の是非について話した後、部屋に戻ると早速、ダボついたパーカーのような寝巻きに着替えていたシナロアが出迎えた。
「マクス、おかえり。遅かったね?」
「色々やってた。むしろ、お前はなんでまだ起きてるんだ」
それなりに夜も更けて、普段であれば寝ててもおかしくない時間にも関わらず、起きていたことを指摘すると、彼女は気まずそうに目を泳がせる。
「…いや、色々こっちも考えることがあってね」
「そうか。ちゃんと薬は飲んでるのか?」
マクスウェルも思い当たる節はあるが、それをわざわざ言う必要は感じないためスルーして土まみれのジャケットを脱いだところで、消え入りそうな声が聞こえた。
「…ねぇ、今日は一緒にいてくれない?」
「悪いが無理だ。少し、調べ物がある」
助けを求める彼女をばっさり切り捨て、息を呑んだシナロアに向けて鍵を渡す。
「私は無理だが、そいつなら付き合ってくれるだろう。あいつも一人は相当不安なはずだ」
「…これは?」
「パラナの部屋の鍵だ」
当たり前のように主人の部屋の鍵を渡す従者の行動に困惑しつつも、彼女は素直にその鍵を受け取った。
「でも、部屋までは着いてきてくれる?」
「まぁ、そのくらいなら良いだろう」
―本音をいうと彼女の相手をする時間も惜しかったので、シナロアは困惑しているパラナに押し付けた。その後にシャワーを浴び、戦闘で被った砂や汚れを洗い落とし、普段着で勝手に外出する。
と言っても、彼の契約は領主の屋敷と闘技場以外の行動は禁止されているため、アクレの屋敷に手土産を持ってお邪魔していた。
微弱なスキル持ちが多く在籍する彼女の研究所兼屋敷は、呪いの制限を掛けられているマクスウェルにとって辛い環境ではあるが、要件があるため仕方ないと割り切って足を引きずりながら進んでいく。
勝手に屋敷を進んでいき、屋敷の中心部付近にある彼女のワークスペースである大部屋の前に辿り着いてノックをすると、
「開いてるよー」
いつもの気の抜けるような能天気な声が返ってくる。
「良い夜だな。夜食持ってきたぞ」
「お、いいね。この時間になるとお腹が空いてねー」
扉を開けて、手土産と一緒に入室すると、灯りを灯した部屋でレポートとにらめっこをしていたアクレは当たり前のように彼を迎えた後、手土産のコーヒーとこれでもかと甘くしたチョコレートクッキーに手を伸ばしてから、マクスウェルに気がついて二度見した。
「いやなんで君いるん?」
「邪魔しに来た」
「えぇ…。いやまぁ夜食は本当にありがたいからいいけどさ。なにこれあっま! うっま!」
随分と仕事をしていたのか、顔に疲れが色濃く出ていたが、マクスウェル手製のお菓子を食べて少しは回復したようだ。そこで壁にかけてある時計を見て、随分と遅い時間になっていたことに気がついて、彼女は大きく息を吐いて椅子にもたれかかる。
「で? こんな時間に来るのは主人の許可は得てないよね?」
「よくわかったな」
「君の性格は何となく分かるようになってきたからね」
アクレは疲れた様子であるものの頭はある程度働いているようで、的確にマクスウェルの行動を指摘した上で、再度要件を聞いた。
「で、何を聞きに来たのかな?」
「話が早くて助かる。直球で聞くが、お前の親―現領主についてだな」
唐突な質問に、彼女はふーん、と天井を仰ぎ見る。
「総司令にでも会った?」
「そんなところだ」
お互いに必要最低限の会話をして、アクレは少し唸ってから答える。
「うーん…君が求めてそうな情報だと、私は両親との仲は悪くないよ。
私の今の在り方も、親が後押ししてくれたから出来ているのもある。当然、結果は求められるけどね」
「そうか。領主ごとに関係性は多様だと思うが、パラナの関係をどう思う?」
「随分と直球に来たね」
マクスウェルの率直な問いに、彼女は少し意外そうに言ってから、ふむ、と考え込む。
「私も親から色々聞いてるけど、不器用な親子だなってね」
「不器用、まぁ確かにそうだな」
「キミが直接会ってるなら、私よりももっと分かるんじゃないかな。お互い全く素直じゃないからさ」
アクレに指摘され、マクスウェルも不意に笑ってしまう。彼に思い当たる節があるのを察したアクレは、それでも、と話し出す。
「不器用故に、二人とも妥協もできないからさ。似た者親子というか、どっちも変に真面目すぎるんだよね」
「パラナは散々知ってるが、あの父親もそうなのか?」
「あっ」
マクスウェルのツッコミを受けたところで、口を滑らせたと言わんばかりの反応をして、咄嗟に訂正する。
「疲れてるから口を滑らせたみたいだね。これ以上は話せないよ」
「ちっ」
マクスウェルは露骨に舌打ちをしてから、持ち込んだ魔法瓶から自分の分のコーヒーを淹れて一口含む。
「これ以上情報は引っ張り出せなそうだな」
「本人の前で、これからも揺さぶりかけます宣言はやめてくれない?」
「悪いが、それが私だ」
クックック、と悪そうに笑いながらコーヒーを啜る。
そして少し静かな時間が流れ、アクレは大きなあくびをする。
「働き詰めで私もつかれたから、そろそろ寝るよ」
「そうか。夜食にしてはカロリーが多かったか?」
「ん、どうせ胸にいくから気にしなくていいよ」
マクスウェルの言葉に対し、一部の人間ならば怒られかねないセリフで返し、彼女は立ち上がる。
「じゃあ、君もそろそろ帰りな」
「そうだな」
家主の言葉に素直に従い、マクスウェルは静かに屋敷から退散することにした。
「―、」
その後、静まり返ったパラナの屋敷に戻り、適当な屋根に腰掛けて、瞬く星空をマクスウェルは眺めていた。
魔力はまだ余っている。再び貯めすぎて中毒状態になるのは勘弁したい彼は目に魔力を集中させ―遥か数億km先に手頃な小惑星群を見つけた。
その一つ、手頃な小惑星に重力魔法をかけてこちらに接近するよう働きかける。そうすると、少しずつ小惑星は移動を始め、どんどんこちらへ加速して接近してくる。等速直線運動をしているため、道中を加速させてやり、気がつけば、この星の重力に引かれ始めていた。
「さて、と」
おおよその方向と大きさは分かっている。あとは、破壊するだけの簡単な作業。
立ち上がりつつ静かに魔力を解放し、具現化するほど濃密なマナが彼の全身に張り付き、赤いスーツを形作る。片手に魔力を貯めながら、遥か遠く、接近する隕石に狙いを定めた。
仮に誰かが空を見上げていれば、強く光る星が見えただろう。―しかし、その星は誰にも気付かることもなく、爆散する。
「ふー、」
膨大な魔力を使い、自作自演の隕石の破壊を行って、ようやく良い感じに魔力も消費できたため、彼は部屋に戻って寝ることにした。
補足
スキルの装備
軍部の特徴でもある、ただの人間がスキルを使用するために必要な端末、そしてそのスーツについて。恐らく作中では今後一切触れない話なので補足。
端末には抽出されたスキルの核と呼べる物が詰め込められており、それをスーツを通じて起動する。
そのスーツの主原料は"スキル持ちから剥いだ皮"である。つまりスーツ一着を作るためには、奴隷が丸々利用されていることになる。
その対象は抽出後に用済みになった者であったり、闘技場にて死んだ者などが利用されていたりと様々。
加工の際に余った肉は、闘技場の選手たちに振る舞う肉として提供されていた。マクスウェルがトルーカとサクに肉を意図的に自分で用意した物を振る舞ったり、鬼神に何度も確認したのは、彼が冷凍庫で細切れにされた"砂雲"の遺体を発見したからである。
マクスウェルも別に人食いに抵抗はないため、自分が食う分には全く気にしていなかったりする。
魔族について part2
マクスウェルに限らず、彼の世界の魔族とは魔物と人の交雑種であり、人の姿を保ちながら、本来猛毒である魔力の元、マナを体内に取り込めるように適応できるよう進化した種族である。
そして自己生成することで、マナのない空間でも生命活動を安定させることができるが、過剰なマナは体に毒となるため、適度に放出する必要がある。それを怠るとマナ中毒と呼ばれる状態になり、放置し続けると最悪死に至る。そのため、マクスウェルは今回大量のマナを使い切ろうと力を使っていた。
余談となるが、マナへの適応は人間よりも魔物のほうが圧倒的に高いという特徴がある。故に、魔族は過剰すぎるマナを扱うようになればなるほど、人の姿を捨てて魔物へと変貌していく。その現象は"適応による原初回帰"と呼ばれるが、その状態に至った魔族は数えるほどしか存在しない。なお、マクスウェルの赤いスーツを纏った姿は半魔物化した状態であり、完全な魔物化までは至っていない。
そして回帰の果てにあるのは、"原初の魔物"と呼ばれる怪物と考えられている。元々マナの海であった地底に産まれた初めての生命体であり、マナの海を吸収し、環境を作り変えた、あらゆる魔物の始祖という伝説である。




