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十二日目 いかゃちおいしのた 前編

 突然の軍部総司令―パラナの父親の来訪に固まる人々をヨソに、クルドとヴェルディは避難を進める。

 その二人には見向きもせず、固まるパラナの隣にシナロアを待機させ、マクスウェルは一人近付いていく。


「生憎、少し前に解散したところでな。もう、出せるものは大してないのだが…紅茶でも如何かな?」


 一切臆する気配はなく、普段通りの態度で話しかけるマクスウェルを見て、総司令はわざとらしく笑う。


「お前は、本当に大したやつだな」


「褒め言葉として受け取っておこう。ところで、答えをまだ聞いていないが」


「では、いただこうか。私の分だけで問題ない」


「承知した」


 マクスウェルは素直に応じて、指を鳴らすと、ティーセットとテーブルが出現し、てきぱきと準備を進めていく。

 凍りついた空気の中、不釣り合いな紅茶の香りが漂い、席に着いた総司令は思った以上に大人しく、マクスウェルの手際を見ていた。

 決まった動きを完璧にこなし、いつもの紅茶を淹れたマクスウェルは、彼の前にカップと一緒に何処からか取り出したスコーンも添える。


「今回は余計なことをせず、シンプルに淹れてみた。初めから余計なことはしたくないからな」


「ほぅ」


 香辛料での誤魔化しはなく、シンプルなストレートティーでもてなす。総司令は毒を入れてある危険性すら考えてない、迷いない仕草で紅茶を一口、口に含んだ。


「見事だ。酷評してやろうと思ったというのに、非の打ち所がないな」


 彼はそう呟き、スコーンにも手を伸ばし、一欠片を千切り、口に入れた。


「紅茶の香りを邪魔しない上、紅茶と合わせて新たな味にするか。少し、侮っていたようだ」


「気に入っていただけたようで何より」


 マクスウェルは無表情で答え、一歩下がり、彼のティータイムの邪魔にならない場所で待っていた。

 そうして一人、紅茶を楽しんでいた総司令は最後のひとくちを静かに飲み切り、ナプキンで口元を拭う。


「本当に―これだけの逸材をこんなところで飼い殺すには勿体無い。お前の才は、もっと大きな舞台で輝かせるべきだ」


「引き抜きか? 悪いが私はそういう誘いは受けていなくてな」


 総司令の言葉に、彼はヘラヘラ笑いながら流し、周囲の従者が少しだけ、ほんの少しだけ彼に敵意を向けていた。


「それは残念だ。こんな狭い箱庭から出ていけるチャンスだと言うのに。外を知らねば、失うものもあるのだぞ」


「悪いが、箱庭でも私は満足していてな。

 私の下で笑えるようになった部下もいて、少しずつでも変わろうとしている子供を見守れるなら、私はこの箱庭で腐ろうとも不満はないよ」


 はっきりと誘いを断ったマクスウェル。総司令はふぅ、と一息ついて呟いた。


「それは残念だ」


 ―刹那、マクスウェルにとてつもない倦怠感が襲いかかる。


「―!!」


 "まるで魔力を封じられた"ような感覚に、彼は思わず地面に膝を着く。


「…お前、もしかして…」


 恨めしそうに呟くマクスウェルを見下しながら、彼は立ち上がって手を上げる。

 総司令の手に握られている装置のようなものに反応し、マクスウェルの左手首の鎖が光り、彼の魔力を封じていく。


「勝手なことをした子供には、仕置を与えないとな」


「…、く、そ…」


 耐えきれず、地面に突っ伏したマクスウェルには目もくれずに、彼の後ろにいた従者たちが臨戦態勢を取る。それと同時に、五人いる従者たちが吹き飛んだ。

 先手を打ったのはシナロア。頭を狙った渾身の"振動"で首ごと刈り取る筈だったが―誰一人として、絶命までには至らなかった。各々が何らかの方法でガードして、彼らはゆっくりと立ち上がっていく。

 その前に彼女は夕日に照らされた影を縛り、再び追撃を行おうとする前に、従者の一人が彼女の眼前に"転移"した。それを見越した上で、彼女は既に構えを取っており、ガラ空きの腹部に掌底を叩き込み、ゼロ距離で"振動"を放つ。


 音すら置き去りにして地面を転がる従者は無視して、光速の弾丸が射出された音と同時に―時間が巻き戻る。

 発射された弾丸はその勢いのまま、砲塔に戻っていき、それは大爆発を引き起こした。


「ほう、"回帰"を持っているとは」


 周囲の空間を切り取った障壁に守られている総司令は面白そうに呟き、足元で這いつくばっているマクスウェルに話しかける。


「極限からの復活による進化と発展の結果、といったところか。随分な掘り出し物を見つけたな」


「……、」


 魔力を限界を超えて制限され、呼吸することで精一杯なマクスウェルは答えない。それを見て、ふむ、と顎に手を当てる。


「"魔力"とやらに依存する体とは聞いていたが、そこまでだったとはな。これは少し、準備をし過ぎたかもしれん」


 そして頭数で圧倒的に不利な状態でも、パラナを庇い、懸命に抵抗を続けるシナロアを見ていたが、つまらなそうに呟いた。


「いくら進化しようと、所詮児戯で満足する程度の実力だ。"回帰"を持っている以外には、母体としても価値の低い。

 ―もういいぞ」


 総司令の指示と共に、従者たちの雰囲気が変わり―シナロアも思わず身構える―が、次の瞬間には壁に叩きつけられていた。

 "回帰"で怪我を戻しつつ、反射で振動の反撃をするが、敵の姿は既になく、その空いた隙間から放たれた釘が、彼女の両手に突き刺さり、壁に磔にする。壁ごと破壊して、自由になったと同時に彼女の腹部に拳が突き刺さり、逆流した食事と血に混じって地面に落ちる。

 ついにうずくまった彼女を見下すのは五人の従者。―この先の未来は見るまでもない。


「見ているか息子よ! お前が妙な事を考えなければ起きなかった犠牲だ!」


 これ見よがしに大声で責めたてる総司令に対して、ずっと固まっていたパラナはようやく息を吐いた。


「……あぁ、司令の考え方を理解してたかつての私なら、こんな事をしないだろう」


「ほう?」


 思ったものとは異なる回答に彼は眉を上げ、パラナの言葉を待っていた。


「ただ、自分の役割だけをこなすなら、絶対にやらなかった選択だ。

 ―認めるよ、私は感化されてしまった。誰とは言わんが、たまたま呼び出した奴によってな。

 それで、私は貴方に反逆すると決めたんだ。この一連の騒動は、私の小さな反逆だ。

 そして―"アンタ"も傷を得るべきだ。そうだろう、マクスウェル?」


 主人の呼びかけに、地面に伏していた魔王は高らかに笑った。


「クックック…! 聞いたか、"父親"とやら!」


「この状況で、笑えるとは気でも触れたか?」


 呆れ気味に切り捨てた総司令は気付いていなかったが、マクスウェルの左手の鎖は、とうに光を失っていた。


「―演技もここまででいいだろう」


 目を丸くした総司令と同時に後ろのシナロアが倒れ―"カモフラージュ"が解除、惨殺された従者の一人の姿が現れる。


「お前…!」


 その一連の流れで何をしたのか理解した総司令が、震えた声でマクスウェルを睨みつけたところで、彼はパラナの下へ転移し、彼の魔力を本来封じていた首飾りを取り外す。それと一緒に、カモフラージュをかけて従者に変装していたシナロアも転移魔法で呼び寄せ、パラナを任せる。


「さて、じゃあ見せてやろうじゃないか、箱庭で満足していた小さき者の力をな!」


 マクスウェルはとても楽しそうに笑いながら首飾りを砕き―人の姿を捨て、赤いスーツを纏う、4つの角と翼を持つ悪魔へと変貌した。

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