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十二日目 たのしいおちゃかい 後編

 仕事を終えた頃には日も昇り始めており、マクスウェルは中庭に集合させた灰色の土人形、ゴーレムたちを操作して会場を手早く作り上げていた。


「お、やっぱりここいた」


 聞き覚えのある声が聞こえ、ゴーレムたちの仕事を眺めていたマクスウェルが振り返る。そこにはいつもの仕事着を着たシナロアがいた。服装こそ普段通りだが、艶を取り戻しつつある金色の髪を一つに纏め、外でも暑くならないようにしていた。


「もう来たのか。パラナのところの仕事は終わったのか?」


 シナロアだと理解した途端に前を向き直り、作業に没頭し始めたマクスウェルに対して話しかける。


「仕事も一段落したから今日はもう休んでていいってさ」


「そうか。悪いが、こっちも今のところは手伝うことはないんだが」


 珍しく集中しているのか、見向きもせずに答えると、彼女はいい感じの木にもたれかかって言った。


「じゃあマクスの仕事を見ててもいいかな?」


「まぁ構わんが…」


 マクスウェルも不思議そうに応じて、彼女は目の前に魔法の図面を出し、ゲームのようにタップしながら指示を出している姿を後ろからずっと見ていた。



 しばらくして、完成と言わんばかりに頷いた彼に、シナロアが近づいてくる。


「終わったの?」


「ほとんどな。あとは料理を運んだりするだけだ」


 ゴーレムを集め、その大半を土に還しながら答えていたところ、シナロアは土塊たちを興味深そうに見ていた。


「気になるか?」


「ちょっとね」


「仕組みは簡単だぞ。

 やるべき仕事を予めインプットして、あとは状況判断してくれる」


「それ一言で済ませられる手間なの?」


 さも当然のように簡潔に纒められ、即座にツッコミを入れると、彼は崩れていったゴーレムたちを地面に散らして均しつつ、面倒そうに聞き返した。


「簡単な仕組みはそうなってる。

 お前、アルゴリズムまで話せと言ってるのか? その辺りの解説になると日が暮れるぞ」


「そこまでとは言ってないけどさ、簡単に入れられる情報量なの?」


「私の記憶や経験を基にしたアルゴリズムを組むだけだからな。一度組んでおけばすぐに引き出せるように残してある」


 当たり前のように答え、彼はゴーレムたちをお使いに出し、一息つくためのティーセットを取り出しつつ、話を変えた。


「難しい話はこの辺にしておこう。本来の茶会はまだだが、一服しようか」


「はーい」


 彼女もそれ以上言及することはせず、立ったままという、少し行儀の悪いティータイムを始めることにした。



 短い一服を済ませ、お使いに向かわせたゴーレムたちが戻り始めたところで、オフの格好をした屋敷の住人たち―本日のゲストたちが少しずつ入りはじめた。

 彼らとの面識のあるマクスウェルは、挨拶やハグを適当に交わしながら、会場の仕上げを始めた。


「……」


 誰とも仲良くしているマクスウェルを眺めながら、少し引いたところで見ていた彼女は、後ろから声をかけられた。


「ご主人様を取られてご立腹かい?」


「……、ヴェルディ、さん」


 彼女もオフとして来たのか、珍しく鉄仮面は着けていないものの、白い目元を隠したマスク、いわゆるドミノマスクというもので判別だけはできないようにしていた。目の部分も薄い陶器で隠しており、どんな目をしているのかも分からない。

 鉄仮面の下に隠していた短い藍色の髪を揺らしながら、ぴっちりとしたドレススーツで細いラインを強調している彼女は柔らかく笑う。


「ちゃんと分かってくれて良かったよ。―にしても、私もこんな場に出てくるのは久しぶりでさ、少し張り切りすぎたかね」


 普段、真面目な印象の強い彼女からは想像出来ない程、恥ずかしげに自分の服装を気にしているが、シナロアは首を横に振る。


「いえ、とても綺麗ですよ」


 彼女の言葉に、ヴェルディは本当に少しだけ、口元を綻ばせて笑った。


「―ありがとう。

 にしても、主人たちはまだ来てないのか」


 その笑みも一瞬で戻り、不満げに口元を尖らせて彼女はぼやくが、シナロアも周囲を見回すと、準備を終え、多くの人々に囲まれているマクスウェルの姿が見えた。


「…わぁ、」


「……相変わらず、アイツの人の輪の広げ方はどうなってるんだ」


「気が付くと知り合いが増えてますよね」


 二人は関心が半分、呆れが半分と言いたげに呟いた。

 マクスウェルを中心の喧騒を眺めながら、既に用意してあった様々な飲み物から果実のジュースを二人で味見しつつ飲んでいると、少し人混みの中にざわつきが見えた。

 その原因は言うまでもなく、彼らの主人―パラナ本人の来場によるものだった。

 彼もあまりラフな格好とは言い難く、派手すぎないえんじ色のスーツに身を包み、髪も綺麗に整えている。後ろにはヴェルディと同じ、鈍色のドミノマスクを着用しているものの、いつもの黒いコート姿のクルドが着いていた。


「―さて、主賓の登場だな」


 まだ少し固い顔をした主人を前に、マクスウェルは愉しげに笑いながら周囲の人混みをかき分け、パラナの前に立った。

 二人は一瞬顔を見合わせた後、お互いに小さく笑って一礼してから、マクスウェルも彼の後ろに着いた。

 それを確認して、会場の視線を一身に受け止める主人は一つ、咳払いをして話しだした。


「さて。私が執務室から外に出てる姿は珍しいだろう。まぁ、今回はそのような事は些細なことだ。

 ―今日は突然のパーティの参加をしてくれてありがとう。今回の立案者であり、功労者でもあるマクスウェル―"天魔"に一つ、労いの拍手をしてくれ」


 彼の言葉を聞いて、誰もがマクスウェルに向けて称賛の拍手を送り、彼は一歩前に出て一礼してから再び下がっていった。そして、その拍手が止んだ頃にゲストの一部が皆に飲み物を注いだグラスを渡していく。


「皆の協力、感謝する。

 そして、私が長々と話すだけ無粋だろう。今日は各々が楽しんでほしい」


 パラナは全員にグラスが行き届いたのを確認し、自分の手にあったグラスを挙げて宣言した。


「では―乾杯」


『乾杯!』


 その声と共に、ホームパーティーが始まった。



 パーティーが始まったのも束の間、早速壁の花になろうとしていたパラナをシナロアが呼び止めた。


「パラナさん、主賓がそんなところにいて良いんです?」


「……誰かと思えば、君か。

 慣れていないんだ、こういう喧騒は」


 一応料理やお茶だけは貰っていて、それを少しずつ食べながら、彼は不満げに、しかし呟くように言うも、シナロアは容赦しない。


「じゃあ、慣れましょう。二人とも、一旦皿とか持って」


 シナロアの言葉と共に、ヴェルディとクルドが彼の皿とグラスを取り上げ、空いた手をシナロアが掴んで引っ張る。


「―! おい、お前ら―!」


 無慈悲にも喧騒の中に引きずり込まれていく主人を見ながら、二人は生暖かい笑顔で見送っていった。


「―マクスー! 連れてきたよ!」


 即席で作った調理場にて、調理長とマクスウェルの二人で実演調理で盛り上げていたところ、シナロアがパラナを引っ張って連れてきたよ。


「ようやく来たか。丁度出来たから食ってみろ」


 彼がそう言って差し出したのは、大ぶりの肉を白濁色のスープで煮込んだ料理。スープ自体にも薬味と思われる刻んだ野菜が散らされており、香りも少しぴりりとした感じはあるものの、香ばしい。

 彼に促されるままに器用にフォークで肉を一片切り取って口に運ぶと、最初は柔らかい肉と塩味と出汁が組み合わさった味がしたものの、すぐに辛味に変わってつい皿を落としそうになる。


「マ"ク"ス…お"前…!!」


 従者からの思いがけない不意打ちに、涙目になりながら皿をシナロアに渡し、恨めしそうに彼を睨むが、非常に楽しそうに笑っていた。


「はっはっは!! どうだ、主賓が壁の花になんかなろうとするからそうなるんだよ」


 マクスウェルはしてやったりと言いたそうに笑い、パラナの反応を見て、シナロアも恐る恐る肉を口に運ぶと、少し時間差を置いてみるみるうちに真っ赤になっていく。


「マクス、本当に何を入れたの…!?」


 自爆したシナロアから皿を受け取り、代わりに二人分の水を渡しながら彼は抵抗なく料理を口にする。


「ん? 料理長から教えてもらった香辛料だ。普通に煮込んだりする分には問題ないが、生で刻むことでかなり辛くなると聞いてな。面白い味変になると思って試した。

 いやはや、そこまでお前が面白い反応をするとは思わなかったが。それはすまなかったな」


 一切の悪気を感じられない謝罪と共に、彼は頷いた。


「うん、やはり少し熱を加えただけで辛味はかなり抑えられるな。

 騙されたと思ってまた食ってみろ。今度は平気だぞ」


 水で少し口の中を冷やし、今度こそマクスウェルの言葉を信じて再び料理を口に入れると、ほのかな甘みが増していた。


「…美味いな」


 だろう? と言いたげにマクスウェルはにやつき、それを見て野次馬をしていた人々も彼の手から料理を受け取っていった。

 しかも、例の薬味は元々鍋に入れていたようで、他の人の分は全て火が通っていた状態だった。


「…お前な」


「なんだ?」


 不満げなパラナを煽るように彼は笑い続けており、逆にパラナもそれ以上突っ込む気力がなくなってしまう。


「まぁ、いい。ところで、貴方がブッチャー…で合ってるか?」


 マクスウェルからいくつかの料理を盛り付けた皿を受け取りつつ、料理長の方を向いて聞くと、彼は意外そうに手を止めた。


「領主さん、俺の名前知ってたんか?」


「…あまり外には出ないからな。少なくとも名前と役職だけは覚えようと思ってただけだ。

 いつも、食事を作ってくれてありがとう」


 パラナのその一言を聞いて、料理長は再び手を動かしつつ、笑顔で答えた。


「こちらこそ、知っててくれてありがとな」


 彼らの話を聞いていたメイドの若い女性が話しかける。


「もしかして、あたしのことも知ってます? 洗濯とか清掃を担当してるんですけど」


「人数に対して、情報が少なすぎるな。歳は?」


 流石に何人もいるメイドを特定するには情報が少なすぎるため、顎に手を当てて考えながら聞くと自信満々に答える。


「17です!」


「…あぁ、セルビアで合ってるか?」


「凄いです! 当たりですよ!」


 少し考えただけで名前を当てて、彼女は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。その姿を見ていた人々が、自分の名前を知っているのかとパラナに向かって集まっていくのを見て、マクスウェルは静かにその場を離れた。


「―凄いな、あいつは」


 いつの間にか人だかりの中心にいた主人について、隣にいたクルドに聞くと、彼はそうだな、と適当に返事をする。


「パラナ様は普段から執務室に引きこもってるだろ? だからせめてとここで過ごす人たちの簡単な役職と年齢、名前は全員覚えているんだよ」


「簡単なことじゃないだろう」


「だろうな。でも、あの人はそういうところはしっかりしてんだよ」


 クルドの話を聞いて、マクスウェルはそうか、と答えていつの間にか近くにいたヴェルディとシナロアを見つけた。


「お前らもこんな所にいたのか」


「まぁ、私はゲストの一人だからね。折角顔合わせの機会としてこの場を用意してるんだし、普段からいる人たちがいるとあんまり良くないんじゃない?」


「…なんだお前、私の狙いに気がついてたのか」


 さりげなくマクスウェルの狙いはシナロアに看破されており、感心したように言うが、彼女は分かるよ、と呆れ顔で答える。


「人の集め方が露骨だもん。外に連れ出す口実にしては人を集めすぎだよ」


「結果としてはいい方向に進んでいるようじゃないか」


 普通に談笑を始めた主人の姿を見て、少し安心したようにクルドが話し、マクスウェルは呟くように話し出す。


「そうだな。あいつにはもっと人を知ってほしい。情報だけでは得られないことは沢山ある。

 折角、ここには人もいるんだ。奴の過去は知らんが、ただ知り合いとだけ話しているだけでは、育つものも育たなくなる」


「…耳が痛い」


「そうだぞ。過保護と優しさは別物だからな」


 彼の言葉を聞いて、仮面の下でしかめっ面をしてそうなクルドが答え、マクスウェルも追い打ちをかける。




 ―結局、その後主役はマクスウェルからパラナへと移り変わり、マクスウェル本人も裏方に回って足りない料理を補充している内に、日も傾いてきた。

 そろそろお開きだな、と思って空いた皿を少しずつ片付け始めているところで妙な違和感を覚える。


「……、シナロア、クルド、ヴェルディ」


 何かを察したマクスウェルが従者と部下の名前を呼ぶと、彼らも何かを感じ取っていたのか、すぐに集まってくれた。


「マクスウェル、非常に言いにくいんだが、まずいことになった」


「この違和感の正体か?」


 要点を省いて聞いたものの、クルドはマクスウェルの違和感を理解した上で頷いた。


「この感じ…軍部の人間が転移してきたようだ」


「―早急に、解散を呼びかけてくれ。私には"制限"の事もある、シナロアは私の近くから離れないでくれ」


 クルドの情報からすぐに状況を判断し、最悪の想定を下にマクスウェルの指示をする。それに異を唱えることはなく三人は頷き、それぞれの仕事に取り掛かることにした。


「分かった。パラナ様にもその事を伝えてくるね」


「とりあえず、私は片付けの手伝いをしていればいいね」


「俺は解散した人たちを避難させてくる」


 彼らは陰ながら動き始め、静かに会場の解散と、避難を進めていたところで―空気が一変した。


「―おや、もう終わりなのか。

 随分と楽しいことをしていたようだが?」


 背筋が凍るような声が聞こえ―中庭の入口には、緋色の軍服を纏った金髪の初老の男―軍部の総司令、パラナの父親と数人の従者が待っていた。

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