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十一目 変化する者たち

 いつもの朝。若干空は陰っているものの、曇天というほど暗くはなく、多少なりとも光は差し込んでいる。

 いつもの作業を終え、シナロアとの朝食を済ませてから、二人はパラナの下へと向かっていった。


「パラナ、入るぞ」


 返事を待たずにマクスウェルは執務室に入ると、既に仕事を始めていたパラナと従者の二人が待っていた。


「おはよう、マクスウェル。そして、君がシナロアか。

 いつぞやは大騒ぎでそれどころじゃなかったが、こうしてきちんと顔を合わせるのは初めてだな」


 少し前の浴場での一騒ぎを思い出し、シナロアも少し申し訳無さそうに目を伏せるが、パラナは出来るだけ柔らかな笑顔で続けた。


「私がこの館の主人代理のパラナだ。マクスウェルから聞いているだろうが、私の従者の後任として少し仕事を任せたい。

 ―なに、初日から他の二人と同じ仕事をしろとは言わん。少し前から君がやっている作業を、延長したものをやってほしい」


 パラナがそう言うと、クルドがシナロアを執務室の片隅の椅子に座らせるように促し、座った彼女の前に資料を置いた。


「その資料は、軍部の演習や開発の進捗を書いた資料になる。本来は私が目を通さないといけない資料だが、情報が雑多と言っていいほどあってな。

 君にはその情報の整理をお願いしたい。必要な所にマーカーでもなんでもいい、要点に印をつけて纏めてくれると非常に助かる。

 昼には一度纏めて確認をするから、それまでに進められるだけ進めてくれ」


「らしいが、出来そうか?」


「作業自体はできるだろうけど、出来はあの人次第じゃないかな」


 こういった場でもあるのに、冗談混じりにシナロアは答え、マクスウェルとパラナは顔を見合わせてから笑った。


「大丈夫そうだな。じゃあ、私は出掛けてくる」


「分かった。…別に止めんが、お前も随分と外出が増えたな」


「なに、別にここにいたところで他の奴らの仕事を奪うだけだからな。それなら知り合いのところで暇をつぶしているさ」


 パラナの指摘に笑って答え、マクスウェルは片手を上げて部屋を出ていった。

 彼が去ってから、残された一同は一息ついて、パラナが代表して切り出した。


「今日も仕事をするか」



 いつの間にか綺麗に修復されていた闘技場に向かい、サクの武術指導、トルーカへ料理の指導を兼ねて昼食を一緒に作る。彼の知る料理のコツとレシピを伝えながら、二人で作ったミートパイやポテトグラタンをテーブルに並べていたところで、リンが一人やってきた。


「マクス、今日もいたんだな」


「老人特有の暇つぶしだ。今から飯何だが、お前も食うか? 食べ盛りがいるにしても少し作りすぎてな」


 自虐気味に笑いながら話すと、リンもありがてぇ、と抵抗なく相席する。


「朝から検査があって、なんも食ってなかったんだよ。

 にしても、今日は随分と焼き物が多いんだな」


「トルーカからの注文だ。夜は温かいものをこういうのを食べることが多いんだと」


 マクスウェルは隠すことなく言い、リンも嬉しそうにフォークを手に取ってから不安そうに聞いた。


「…ところで、肉は使ってるのか?」


「使ってはいるが、私がパラナのところに話して持ってきたものだ。それでも嫌なら、軽く一品追加で作ろうか?」


 厨房のカウンター越しにマクスウェルが聞くと、彼は丁重に断る。


「いや、それなら別に大丈夫だ。お前が話して用意したものなら信用できる」


「そうか」


 不思議そうにしている二人に対し、マクスウェルは淡々と答えて鼻歌交じりにもう一品、オイル漬けにした魚と小分けにした野菜やチーズ、それにバケットを乗せた盆を持ってきた。


「さて、じゃあいただくとするか」


 料理が並んだところで、席に着いたマクスウェルは楽しそうに両手を合わせた。



「ふぅ、ここの魚もなかなかイケるな」


 綺麗に片付いた皿を前に、マクスウェルは再び手を合わせて感想を述べた。


「マクスって、魚が好きなの?」


「ん? 私は魚が好きだよ。

 私のいた国ではあまり魚は食べない…というか、魚とか水棲動物は汚染が酷すぎて、食べたら中毒になる可能性があったからな。

 それでずっと敬遠していたが、いざ安全に食べられるところで食べてみたら、ドハマリしたというわけだ」


 トルーカの質問に素直に答え、彼女が興味を示したところでリンが割って入る。


「あぁそうだ。マクス、ちょっと今日は相手をしてもらえるか?」


「…昨日の優勝者が急にどうしたと思ったが…どうした、何か発現したか?」


 リンの頼みに当てずっぽうに彼が聞くと、彼は意外そうに聞き返した。


「どうして分かるんだよ」


「年長者の勘というものだ。

 私は別に構わないが、食休みをしてからやろうか」




 しばらく休んでから、戦場に戻った二人に加え、トルーカとサクは見学として入り口付近に待機していた。


「リン、一応確認だが、どこまで真面目にやって良い?」

 

 お互いに距離を離す前に、訓練の程度について確認するが、意外な答えが返ってきた。


「死なない程度に頼む」


「…本当にいいのか?」


 念の為再確認するが、彼は真顔で頷いた。


「あぁ、思う存分にきてくれ」


「…、相分かった」


 リンの許可も得たところで、二人は定位置に着いて互いに向き合うと―巨人と、魔族が対峙した。


 二人が合図もなく駆け出し、先に巨人が剛腕を振るうが、水のように腕に絡みつき、魔族は巨人を登っていく。そのがら空きの顔面を蹴り飛ばしたと同時に、巨人の腕が地面を抉った。その勢いのまま、空に投げ出された魔族は空中に足場を作って駆けていく。それを追うように、土の柱が次々と生えていき、彼のルートを狭めていく。

 それに誘導されるように彼は壁まで駆けていったところで、大きく跳躍して宙返り。それと同時に片腕に装備していたライフルが、追ってくる巨人の頭を狙って放たれた。それを巨人は体を反らして避け、石柱の根元を掴んでへし折り、魔族へ投げつける。それは空中でひび割れ、散弾となり襲いかかる。


「なかなか、」


 魔族は笑い、己の纏う霧へ力を込めてガード。その先で着地を狙って構える巨人に対し、彼も拳を握った。

 守りへ集中させていた魔力を拳に全て乗せ、巨人と魔族の拳がぶつかった。

 衝撃の余波は周囲の石柱をぼろぼろと破壊し―魔族の小さな身体が空へ吹き飛ばされる。

 飛ばされながらも空中に足場を作り、それに捕まって体勢を整え、切れた口腔から漏れる血を吐き出した。


「…成る程。それは確かに辛いな」


 彼は何が起きたかを瞬時に理解し、小さく呟いた後に両手に石柱を持っている巨人に向かって落ちていく。

 そのまま落下するのではなく、落ちながら作った足場を蹴って着地点を巨人から離し、やり直しを狙う。とはいえ、巨人もそれは読んでいたようで、彼の進行方向に丁度良く石柱が立ち上っていくが―ある程度の距離を離して着地することができた。

 その時点で石柱は意味をなさないと判断したのか、全てが砂へと変化して戦場は更地に戻っていく。


「地質変化の進化ではなく応用をするようになった上、巨人化中に身体強化の発現か。この短期間で随分と厄介になったな」


 淡々と種明かしをすると、リンは構えたままにこやかに笑う。


「…やっぱ、アンタすげぇよ。この短時間だけで全部見抜けるってさ」


 楽しそうなリンに対して、マクスウェルは面倒そうにため息をつく。


「まぁ、お前とはもう三度目だからな。それに呪いのおかげで、スキルの強度を把握するのには慣れてきた」


 その言葉を最後に、二人は再び闘技者へと戻り、戦闘を再開する。地に足を着け、迫る巨体に向かっていき、体が文字通り吹き飛びそうな蹴りを紙一重で避ける。そこへ魔力を叩き込もうと拳を伸ばそうとした瞬間、足元が隆起したのを察知し、即座に退いた。


「……、」


 想像以上に厄介なことを続けられ、魔族も少しだけ真面目にやることにした。

 一度引き、距離を取る。転移や加速といったスキルを持っていないものの、ただでさえ巨体によるリーチも大きいことに加えて、身体強化で増幅された速度はとてつもない。あっという間に距離を詰められ、再び魔族は射程圏内に入る。

 腕を振りかぶった瞬間に再度地面が隆起するが、その前に魔族は力を込めて、足元の地面を粉砕した。


「!?」


 巨人があからさまに動揺し、地質操作が解除される。その一瞬の隙を見逃さず、巨人の膝を掌底で叩き壊し、無理矢理バランスを崩させる。

 大きく倒れ込み、届く距離に降りてきた顎を思い切り蹴り飛ばし、脳を揺らす。それによって平衡感覚が狂ったのか、巨人が脱力したのを確認する前に、追撃の拳をこめかみに叩き込んだ。


「―ふー、」


 渾身の一撃を叩き込んだマクスウェルは大きな息と共に、服に着いた汚れをはたき落とし、倒れたままのリンに近付いていき、魔法で呼び出した水の球体を顔に叩きつける。


「――!!」


 がばっ、と勢いよく跳ね起きたのと同時にマクスウェルと目があって、しばらく考え込んだ後に何が起きたのかを理解して巨人化を解いた。


「…どれくらい眠ってた?」


「一分も経ってないぞ。すぐに起こしたからな」


 戦闘の際に割られた膝の皿がまだ治っていないのか、膝を押さえているリンに向けて答え、彼も魔法による治療を始める。


「…ありがとな」


「別にお前を殺したり、再起不能にしたいわけじゃないからな。気にするな」


 リンの治療を終え、よろよろと立ち上がる彼に肩を貸しながら答えると、リンは鼻で笑う。


「そこは無駄口叩いて欲しくなかったな。一言多いんだよ」


「そう思うならもっと強くなって見返してみろ」


 お互いに貶し合いながらも、一息おいてから互いに笑った。


「本当―お前は大概な性格してんな」


「そう褒めるな」


 マクスウェルの返しにリンは楽しそうに笑い、彼の助けを断って自分の足で立つ。そこでサクとトルーカの二人が近付いて来た。


「お疲れ様でした」


「あぁ」


 マクスウェルは元々トルーカに預けていた、飲み物の入った魔法瓶を返してもらい、二人分のコップをどこからか取り出して、それぞれに注いで片方を渡す。


「飲んでみてくれ」


「…なんだこの飲み物」


 透き通ってはいるものの、少しどろりとした緑色の液体にリンは受け取りながらも困惑している。マクスウェルは特に迷いもなくそれを飲みながら答えた。


「シナロアからスキルの説明を聞いた時に考えた栄養剤だ。

 あの子とお前らの再生が同じなら、本来廃棄されるべき栄養素すら再生のために利用している可能性がある。それはそれで負担になりかねないし、人体の構築に必要な栄養素を改めて摂取すれば、再生も効率的に行えるのではないかと考えて作ってみた。

 折角の機会だから試してみてくれ」


「その説明だとお前はいらないんじゃ?」


 リンも怪しげにちびちびと飲みながら聞くも、彼は一気に飲み干して堂々と答える。


「私の魔法も似たような事が出来るからな。お前の戦いで負った、内面的な怪我の治癒が早まる可能性がある」


 彼はそう言いながら、赤く腫れ上がった拳を見せた。


「そうか。…味は割といけるな」


「私がそこを手抜きするわけ無いだろう」


 栄養剤は爽やかな果物の味がして、どろりとしていた割には口に残る感じもなく、思った以上に飲みやすい。リンの率直な感想に、彼は自慢げに胸を張った。

 ふと後ろを見ると、サクとトルーカの二人が興味を示しており、マクスウェルは新たにコップを二つ取り出し、一口分だけ注いで渡してあげた。


「…まぁ、不味くはなかったが、そんなすぐは分からんな」


「当たり前だろう。そんな即効性のある、魔法みたいな薬があったら教えてほしい」


 魔法使い(マクスウェル)は当たり前のようにそんなことを言い、魔法瓶と一緒に紙を付けてリンに渡した。


「トルーカに頼んでレシピを書いてもらった。アクレに渡してみてくれ」


「あぁ、分かったよ。お前はもう行くのか?」


 曇ってはいるものの、まだ外は明るい。それでも用件は済ませたと言いたげに、帰ろうとしていたマクスウェルに声を掛けると、出口に向かいながら答えた。


「明日は少し用事があってな。早めに準備をしておきたかったんだ。

 じゃあな、頑張れよ」


 本当に急いでいるのか、少し早口気味に言って、出口に向かっていった。

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