十日目 もう一つの戦場
機神から必要な情報を得たマクスウェルは、改めて息抜き用の紅茶を淹れていた。
「マクス、機神から教えてもらった情報はどうだったんです?」
眼の前で会話をしていたこともあり、興味を示したトルーカが聞くと、マクスウェルが答えるよりも先に機神が答える。
「姫様に教えたくない情報かな。わざわざ口に出さなかったのを、理解してくれるとあたしも嬉しい」
「…具体的な理由は、」
「お前には言えない。
…そんな不満そうな顔をするな。恐らく、知ったところで余計なことにしかならんし、お前にはきっと不要な情報だ」
引き下がらないトルーカに向けて、マクスウェルが補足すると、渋々と言い出そうな顔で口をつぐんだ。
「悪いけど、本当に言えないからさ。今回は勘弁してよ」
マクスウェルだけではなく、機神にも嗜められ、彼女はようやく折れてくれた。
「二人してそう言うなら…」
「そうしてくれ」
少し空気が重くなったところで、ぼんやりモニターを眺めていたサクが声をあげた。
「あれ、リンさん今回優勝できそうだよ」
「そうか。というか、今回、薬を使ってないと言っていたが何かあったのか?」
今更といえば、今更の質問をしたところで、彼らは一斉に首をひねる。
「…いや? 俺は何も聞いてないけど。主人の気まぐれじゃない?」
「アクレの性格的に、そんな不用意な真似はしないと思うんだが…。機神は知ってるか?」
「残念ながら、あたしのスキルは知識とかなら分かるけど、個人の判断とか思考を読めるような都合の良すぎるスキルじゃないんだよねー」
思い出したようにステーキを頬張りながら、彼女は答え、マクスウェルも素直に引き下がる。
「そうか。何かあれば行動なりで示してくるからいいか。ところで焼き加減は大丈夫だったか?」
「ん? 大丈夫だよ。ところでこのソースってどう作ったの?」
「このソースか? 焼いたあとの油を使って香味野菜を炒めて、適当に味付けしただけだ。お前のスキルはそういった料理とかの知識にも使えんのか?」
スキルの及ぶ範囲についての質問に、流石にまずいと思ったのか、機神は露骨に目を逸らした。
「イヤー、ナンデダロウネ」
「もう少し上手く誤魔化せ」
マクスウェルのツッコミを受けて、二人のやりとりを聞いていたトルーカたちはクスクス笑った。
そんな無駄話を続けながら、いつの間にか日も傾いて、食堂に備え付けられているモニターが、決勝の様子を映した。マクスウェルはその様子に興味を示さず、洗い物を済ませ、余っている材料を使って簡単なクッキーを焼き始めていた。
「マクスは決勝戦見ないの?」
トルーカの素直な問いに対し、彼はオーブンの前でメモを書きながら答える。
「興味がない。闘技者の情報があったところで、対峙しなきゃ実力は分からんからな。私の力には制限があるのもあって、相手のスキルを把握しただけではどうしようもない」
「だけど情報は重要じゃない?」
「変に情報を得て、決めつけてしまったが故に、裏をかかれて結果的に苦しむのは自分だ。それで思わぬ苦戦をするくらいなら、私は情報は要らない」
マクスウェルは淡々と答え、トルーカはふーん、と興味なさそうにモニターに視線を向ける。そこで会話が途切れたと思ったら、サクが聞いてきた。
「俺も変に情報は集めないほうがいいのかな?」
「いや、普通なら情報を集めるのは立派な武器だよ。ただ、私は相手に依存して扱える力が変わるのもあって、相手を知るだけでは意味がない。
相手と実際に対峙して、使える力の範囲を知った所から戦わなければならないからな。故に、情報を集めたところで使えない場合も考えなければならない。それなら、実際に戦ってから考えたほうが私のやり方に合っているだけだ」
「へぇー」
手を止めずに説明し、サクが納得したようなしていないような空返事を返し、マクスウェルはそうだな、と続ける。
「お前は色々見て、体を動かして学んでいけ。それが強くなる近道ではないが、堅実な道だ。なにせ、お前は筋は悪くないからな」
「…、はい!」
マクスウェルはさりげなく彼を褒めつつアドバイスをし、サクは元気に答えた。
「さて、とりあえずクッキーが焼けたから食べてみてくれ」
「わーい」
血なまぐさい戦場の食堂には似つかわしくない、甘い匂いと元気な声が木霊していった。
試合も結局リンの優勝で終わり、トルーカとサクの二人をポータルまで見送ったあと、彼は一人、誰もいない戦場に戻った。
修復は後日行うのか、まだ破壊の跡が残る会場にたどり着いた時に、悪趣味な鈍色のスーツを纏った鉄仮面―先日、殺し損ねた獲物がいた。
敵は明確な殺意を抱きつつ、マクスウェルを向いているが、彼は静かに息を吐いて、一つ聞いた。
「一つ、教えてくれ。お前がまた顔を出したのは復讐か? それとも仕事か?」
「答える義理はない」
予想とは違って、意外な答えが返ってきて、マクスウェルはため息をついた。
「そうか」
そう呟き、左手を前に、盾のように突き出して構えを取る。
「それは、残念だ」
その言葉と共に、対の獣が戦いを始めた。
"加速"して、真っ直ぐ向かってくる敵に対し、マクスウェルは構えを崩さない。左手の盾を添えて、首を狙う凶刃をずらし、空いた胸に返しの掌底を叩き込む。
渾身の一撃で、敵は大きく吹き飛んで暗い闘技場を転がっていく。
それを追撃することはなく―否、転がっていく地面を変質させ、坂を形成、その勢いで空へと転がっていった敵の下へ転移し、重力に従って踵落としで地面に叩きつける。突然の衝撃に受け身を取ることも叶わず、地面に跳ね返った体に向けて、着地と同時に再度掌底を叩き込む。
これで二度、"魔力"を叩き込んだ。敵の体内に残る己の魔力を操作し、全身を拘束する。
極力、抵抗する時間を与えないように彼は走り出し、追撃の拳を振り下ろした。轟音とともに土塊を撒き散らすが、肉の感触はない。マクスウェルも敵も転移して逃げたことを即座に理解した。
そこでも振り返ることはなく、獣のように、敵意だけを頼りに位置を確認し、左後方から肝臓を狙った刃をかわし、その手を掴もうとするが、その前に距離を取られた。
「……」
マクスウェルは無言で構えを取り直し、敵の動きに備えるが、敵の動きはない。ならば、とマクスウェルは動き出した。
上空に転移し、重力を操作。その重さを増した勢いで踏みつけるが、大きく飛んで逃げられる。砕けて弾け飛んだ瓦礫を殴り飛ばし、散弾のように周囲を攻撃する―だけではなく、その先々に配置された魔力の鏡が、勢いを維持したまま反射し、軌道を修正する。散弾は多方面からの射撃へと変化し、一直線に向かっていく。
流石に咄嗟の回避は間に合わないと判断して、彼の後方に転移してきたと同時に、暗闇の中、ずっと充電をさせて待機させていた"電磁砲"がその体を貫いた。
「―!!」
本来であれば人間に使うには過剰過ぎる凶弾に、悲鳴すら挙げる間もなく消し飛ぶはずが、咄嗟の判断で展開された障壁が衝撃を殺し、彼は大きな音と共に壁に激突していった。彼が瓦礫の山で埋もれていた所で、手足の感覚がなくなった。
「終わりだ」
マクスウェルが瓦礫を吹き飛ばし、敵の手足を空間ごと"固定"したところで、終わりを告げた。
「お前の手足の空間を固定した。転移して抜け出そうとすれば、手足全て千切れるぞ。…私は、脅しで言ってないからな」
念を押したマクスウェルに対し、敵は、ドウルはケラケラと無感情に笑った。
「あぁ、任務失敗だ」
「何が目的か知らんが、そうだな。大人しく吐けば不要な拷問もしない。何が言いたいか分かるな?」
素直に質問に答えろ、と暗に告げた所で、ドウルは大きく息を吐いた。
「分かってるよ。―くたばれ、クソ野郎。
―ガッ!! ぁ゛あ゛っ!?」
悪態をついた途端に彼は急に苦しみだすも、マクスウェルは冷ややかな目を向ける。
「どうした? 随分と苦しそうじゃないか。"死ねない"のか?」
「てめ゛っ…な゛にを゛―」
「私の知る中で、最悪の魔法を使ってやっただけだ。"不死の呪い"っていう魔法なんだが」
不死の呪い、それはマクスウェルが知る限り最悪の魔法。魔力によって強制的に生命活動と意識を繋ぐ禁忌。マクスウェルは今、それを使ってドウルに尋問を開始している。
「お前の精神が先に壊れるか、私の問いに答えたらお望み通り死なせてやる」
「だれが―!!」
大きく咳き込むと共に、血塊を吐き出すも、死ぬことは許されない。
「肺の一部でも出たか? 随分と強い毒を飲んだな。
まぁ、私が死を許すまで、お前に拒否権はない。今の苦痛を早く終わらせたければ、答えろ」
文字通り血を吐きながら苦しんでいる彼に対して、無感情に問い詰めるが、彼は話そうとはしない。
「…私はあまり拷問は好きではないんだが、仕方がないな。どこの臓器から取り出されたい?」
魔力で作った、白熱するナイフを取り出して、マクスウェルが静かに聞いた所で、背後に気配を感じた。
「客か? 悪いが、今取込み中なんだが」
振り向くこともなく、帰るように促すが、気配はどんどん近づいてくる。彼はため息まじりにナイフを消して、闇に溶ける藍色の魔剣を取り出し、振り向きざまに攻撃を受け止めた。
彼の背後にいたのは、黒いローブを纏った鉄仮面。背丈は165cmほど。性別はわかりにくいものの―力が戻る感覚から、相当な相手であるのは理解できた。
敵の暗器を受け止め、振り払って敵が引いたのを確認して、彼は忠告する。
「―新手かどうかは知らんが、邪魔するなら殺すぞ」
珍しく冷たい殺意を剥き出すも、敵は退く様子はない。ならば、とマクスウェルが構えた瞬間、彼の眼前に転移した。
「…、」
しかし、彼も冷静に加速して首に伸びる手を掴もうとするが、その前に逃げられる―のではなく、すり抜けた。
「幻影か!」
敵のスキルを理解し、マクスウェルが振り向いた時には、引き千切られた四肢しか残っていなかった。
「……ちっ」
獲物を逃がしてしまった、と理解したマクスウェルは、闇夜の中、仕方がないので小さく舌打ちをして帰ることにした。




