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十日目 調理場の魔王

 翌日。マクスウェルはいつもの朝の仕事を終え、シナロアとの食事を終えたところで早速パラナからの呼び出しを受けた。

 まだ朝早いというのに、いつもと変わらず飾りはしないものの、綺麗なスーツ姿で執務室で仕事をしていたパラナは、マクスウェルに向かい合った。


「朝早くからすまんな。昨日、色々あったのもあって、お前に伝え忘れてた事がある」


 彼の言葉を聞いて、昨晩の一騒ぎを思い出したマクスウェルは楽しそうに笑う。


「まぁ、昨日は色々あったからな。承ろう、なんだ?」


 マクスウェルが笑っている理由に気がついたパラナは少し不満げではあるものの、特に言及はせず要件を伝える。


「今日の闘技場は休みだ。お前は例の姫様とやらの護衛に付け」


「…ふむ、なるほどな。お前にも確認しておくが、何かあったときは勝手に動いていいんだな?」


 了承と一緒に昨日、クルドから有事の際は好きにしていいと話があったことを確認すると、パラナも仕方ないと言いたげにため息を吐いた。


「それが最良の択だろうからな。

 何かあれば庇ってやる、好きにやれ」


「御意。なにもない事を祈ろうか」


「よく言う」


 わざとらしく、片手で祈ったマクスウェルを小馬鹿にするように、パラナは鼻で笑った。




「―と言うわけだ」


「珍しく朝からいると思ったら、そんなことがあったんですね」


 闘技場の食堂にて、カウンターの向こうで既に紅茶を淹れていたマクスウェルの説明を聞いて、トルーカはそう答えた。


「前にお前にも話したが、いつぞやの対価として、私が護衛に付かせてもらう。

 不満があれば聞くが、どうだ?」


 紅茶の準備が終わり、二人分の紅茶を淹れ、茶菓子としてドライフルーツをふんだんに使ったパウンドケーキも置いた所で、答えを求めると、紅茶を冷ましながら彼女はさも嬉しそうに答えた。


「大丈夫ですよー。そのかわり、暇なときは話し相手になってくださいね」


「まぁ、そのくらいはやらせてもらうさ」


 そんなゆるい雰囲気で、二人は他愛もない話をしながら暇をつぶしていく。


 しばらくして、試合が終わったサクがボロボロの姿で戻ってきた。


「あー、疲れた…薬ないリンさんくっそ強いんだけど」


「サク、お疲れ様。頑張ったね」


 早速、トルーカが出迎えて、彼女の隣りに座った所で、ようやく目の前にマクスウェルがいたことに気がついて飛び上がった。


「マクス!? なんでいるの!?」


「今日の試合は休みになって、お前の姫様の護衛を買って出ろと主人からの指示があってな。話し相手になりつつ、暇をつぶしていたところだ」


「あー…、なるほど?」


「まぁ、こちらにも色々あるんだ」


 面倒なので余計な説明を省いたが、彼は大人しく信じてくれた。

 話も済んだところで、サクがトルーカに体を向ける。


「とりあえず姫様、治療をお願いしてもいいか?」


「見てなかったけど勝てたのか?」


「負けた。人間が巨人に勝てるわけ無いだろ」


 至極真っ当な正論を聞いて、マクスウェルも忘れかけていた常識を思い出し、それもそうかと納得してしまう。


「そう言われると当たり前だったな」


「逆にアンタはなんで普通に勝てるんだよ」


「年の功だ」


 アクレの切実な問いかけに即答し、彼はどうしようもないと言いたげに深いため息をつく。


「アンタと同じにできたら苦労しねぇって」


「それが時間というものだからな。まぁ、使える時間は有限で、お前ら人の子の限られた時間は短い。その中でどうするかはお前次第だ」


 マクスウェルは意味深げに言葉を投げかける。サクは不満げではあるものの、頭をかきながら一つの答えを出した。


「……あー、難しいことは分かんねぇ。とりあえず、俺みたいなバカは体を動かせってことだろ!?」


「良い子だ。だが、文字が読めたり、計算ができる賢さは別になくてもいいんだ。大事なのは、先の戦いを振り返って、どうすれば状況を変えられたか、その先に相手ならどういう動きをしたかを考えること。

 相手を知り、自分を知れ。できること、できないことを理解し、できることは伸ばしてできない事はどう補うか考えろ。"思考"しろ」


「…、おう」


 マクスウェルの言葉でなにか思う事もあったのか、彼は真面目な顔で考え込む。治療を終えて、二人のやり取りを見ていたトルーカは、話の切れ目と判断したのか、口を挟む。


「あの、サクもあんまり…無理はしないでね…?」


「それはそうだな。別に勝ちに執着するのは悪いことじゃないが、それで命を落としたら意味がない。お前の命はお前だけのものじゃないのは、よく理解してるだろう」


「―、はい」


「良い子だ」


 マクスウェルはそう微笑みかけて、席を立って厨房に向かう。


「サクも腹が減っただろう。何か食いたいものがあれば作るぞ」


「肉!」


「任せておけ」


 即座に反応したサクを笑いながら、彼は厨房の冷蔵庫―は使わずに、転移魔法でコック長から分けてもらっていた食材を使って調理を始めていった。


「―ごっそさんでした」


「あぁ、よく食ったな」


 サクが食べた食器を重ねて片付けながら、マクスウェルが笑うと、彼も目を輝かせて答えてくれる。


「ほんっと、久々にこんな美味いもの食えたんで!」


「そうか」


「…、そうだね」


 トルーカも何処か暗い笑みを浮かべながら、サクに同意したところで、彼が慌てて弁明する。


「いや、でも普段の飯も不味いわけじゃ―」


「トルーカ、時間があれば私が料理を教えてやろうか? 失礼なことを言った従者を黙らせてやれ」


 二人の関係は完全には理解していないものの、マクスウェルの提案に彼女は珍しく強い決意を宿した目で頷いた。


「お願いします!」


「じゃあ、また次にサクの訓練をした後に教えてやる」


 やることがどんどん増えていることは理解しているものの、彼はその苦労すらも楽しみに変えているように、笑いながら食器を片付けていた。

 そんな会話をしているところで、食堂の扉が勢いよく開いて、見知った紫色の女がフラフラと入ってきた。


「あ〜…リンの相手辛すぎ…」


「誰かと思ったら"機神"か。負けたのか?」


「…? おぉ、天魔じゃん。君も負けたの?」


 マクスウェルの事は視界に入っていなかったようで、倒れるように椅子に座り込んだ所に声をかけられ、突っ伏しながらも彼の方を向いた。


「そもそも不参加だ。お前もリンの相手してたのか」


「そうなんだ。

 …ん? お前もってことは、初戦はサクくんがリンの相手してたん?」


「そうだな」


 話の流れから初戦について聞くと、サクは特に隠す様子もなく答えた所で、彼女は困ったように笑った。


「リンってあんな強かったっけ?」


「俺も初めてだったけど、薬なしだとめちゃくちゃ強いっすね」


「軽い手合わせくらいしかしてないが、そんなキツイのか?」


 食器を洗い終え、手ぬぐいで手を拭いたマクスウェルがテーブルに向かって来る。


「普段と違って戦い方がシンプルじゃないからね…。正直本気で消耗させられたよ。あなたみたいに一撃でやられたわけじゃなくて、機体の修復が間に合わないとか数えるくらいしかないのにさ」


「まぁ、高精度の地質操作をしながらあの巨人が殴り殺してくるなら、真正面から戦うのは馬鹿らしいからな」


 マクスウェルは淡々と答えると、彼女もそうなんだよねぇ、と力なく同意する。


「ところで、いい匂いしてるんだけど、今日のコックは天魔なの?」


「そうだな。結局誰も来ないし代わりにやってる」


「じゃあ、適当な肉焼いてよ。お腹空いたんだよね」


「…何でもいいのか?」


 機神のリクエストに、マクスウェルが困惑気味に聞くと、彼女はひらひらと手を振って答える。


「いいよ。あたしはいつもここで食べてるから」


「なるほどな。ちょっと待ってろ」


 彼はそう言って立ち上がり、厨房に逆戻りする。そして冷凍庫を開けて、大ぶりの肉の塊を取り出した。


「結構食べられるのか?」


「大丈夫だよ。スキルを使うと結構なカロリーを消費するからね。キロ単位はきついけど、見た目よりも食べられるからさ」


「分かった」


 量を聞き直したところで、彼は包丁を器用に一回転させた後に手慣れた様子で肉を切り分けていく。

 彼は鼻歌混じりに調理を始めていくが、そこで思い出したように聞いた。


「ところで機神、お前の天啓を使って教えてほしいことがあるんだが」


「内容によっては答えられないかもしれないけどいいよー。ご飯の代わりに教えてあげようじゃないか」


 突然の頼みに対して、彼女は割と簡単に応じてくれて、マクスウェルは今とばかりに聞いた。


「軍部が使ってる、スキルを装備するスーツについてなんだが」


 疲れもあり、ぽやーっとしていた彼女だが、マクスウェルの問いかけを聞いた途端に、とても嫌そうに彼の方を向いた。


「…それここで聞く? この場では正直話したくはないかな。ご飯不味くなるし」


 露骨に嫌悪感を剥き出した彼女に対して、マクスウェルも素直に諦めようとした時に、機神は少し考えてから言い直した。


「…ん、でも君って思考を読めたり出来るの? うん、できるみたいだね。それなら、ご飯食べ終わったあとに思考越しに教えてあげるよ。

 多分君が知るだけなら大丈夫だろうからね」


 思っていない形で了承されてしまい、マクスウェルも少し困惑気味に呟く。


「…それは有り難いが、お前何で―いや、そういうことか。恐ろしいな、お前は」


 一度も見せたことない魔法について指摘されたのを不審がっていたが、彼女のスキル―問いかけに対して"天啓"を与えるもの―を理解し、一人納得した。


「そ。あたしは皆が思ってるより恐ろしい女なんだよ。生憎、それを全部理解してるのは多分天魔、きみだけだろうけどね」


 マクスウェルが即座に言葉の裏まで気がついたのを察し、彼女は満足気に笑った。

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