九日目 報告
午後の話し合いを終えたあと、暇な時間を他の仕事の手伝いに費やしている内に、夜になっていた。
夕食はマクスウェルが材料を貰って作った物を持って部屋に帰ると、既にシナロアは仕事を切り上げて戻ってきていた。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。今日のメインはミンクスのトマト煮だ」
「わーい」
詳しくは知らないが、豚と牛の中間のような肉が入っていると聞き、とりあえず適当に調理した料理をメインに二人は夕食にすることにした。
「食事しながらになるが、今日の進捗はどうだった?」
「近代史について調べてから、内政論の教科書があったから読んでた感じかな」
前菜のサラダに手を付けながら聞くマクスウェルに対し、メインとスープの味見から始めるシナロアが答える。
「内政論? 私の世界では聞かん言葉だな。政治には基本こそあれど、国の背景によっていくらでも変わるだろうに」
「私も聞かないから読んでみたんだけど、領主向けと言うか、各領地による方針や実例から学ぶ学問みたいなんだよね」
彼女の説明を聞いて、マクスウェルも理解した風に頷いた。
「成る程。この国は領主による機関の集中化をしているからこその学問か」
「みたいね。専門的な分野の内容が多くて、読み解くのに時間は掛かりそうだけど、いくつか面白い話も持ってきたから、報告がてら、ね」
「続けてくれ」
マクスウェルが促すと、待ってましたと言わんばかりにシナロアは話しだした。
「まず、根本的なところなんだけど、軍部ってかなり優遇されてる部分らしいね。他の領主と比べても使える権限も広いし、軍部を私兵のように使っていた領主も居たみたい」
「それは大丈夫なのか?」
「うんにゃ。流石に完全に好き勝手した奴は粛清されてるし、自浄作用は働いてるって実例で、露骨な処刑写真と一緒に載ってたよ」
そう言って彼女が手をかざすと、食事をしてる最中に見るものではない、斬首死体の写真が彼の前に現れた。
「食事中になんてものを見せるんだお前は。食欲が失せるだろうに」
その写真を見ても、呆れ顔のまま、全く意に介していないようにパンを口に放り投げる。
「言ってることと行動があってないよね?」
「細かいことは気にするな」
マクスウェルは適当にあしらってから、話を一旦変える。
「ところで、お前のそれなんだ」
鮮明な写真を指さしながら聞くと、彼女はえへへー、と得意げに答えてくれた。
「何だか、最近変なスキルが発現したみたいで、ちょっとだけなら"場面を記憶"できるみたいなんだ」
「……、そうか」
先日、アクレが話していた"回帰"のスキルへの発展と繋がった原因と理解したマクスウェルは、空返事をして話を戻す。
「まぁいい。必要に応じてそれも使って私に報告してくれ。―で、軍部についてだが」
「あぁ、その軍部についてだけど、思ったより干渉先が多くて、現領主―ジャイロについてだね。あの男は、かなり手広く領主たちと繋がっていることについても書かれてた」
いくら明るくなったとしても、根本的な敵である軍部の領主―パラナの父親を許すことはできないのか、明らかに口が悪くなったシナロアは話を続ける。
「要は、嫌われたら一気に立場が悪くなるから、精々媚を売っておけって書かれてる風で気分悪いんだよねー」
「なるほどな」
露骨に不機嫌になる彼女を見て笑いながら、マクスウェルはメインの肉を切り分け、細かくしたものをパンに乗せてそのまま食べる。
「うむ、美味い」
「笑わないでよ、もう」
思った通りの出来に頬を弛ませて誤魔化したものの、シナロアは騙されることはなく、不満げに軽くとん、とテーブルを叩く。それを見て、マクスウェルは笑いながら謝った。
「悪いな、あまりにも露骨に不機嫌になるものだからな。
まぁ、あいつが強権を振りかざしてくると、何かと面倒だな。私の動きも更に制限されそうだが…」
「正直、マクスのことだから準備してると思ってたんだけどキツイの?」
今後、逆らう気満々のマクスウェルの言葉に、小馬鹿にしたように聞いてくるが、彼はにこやかに笑って答える。
「できる事はしてる」
彼の言葉を聞いて、彼女も分かってたように頷いて、メインの煮込みにフォークを向ける。
「だろうと思った。…あ、ホント美味しいね! 昔はそんなに食べることなかったんだけど、勿体なかったなぁ…」
「時間がなかったからな、魔法で調理鍋に圧力を掛けた上で加速させたのもある。コックから材料を色んな部位を貰ってたんだが、普通に焼いたり煮たくらいだとどこも少し硬いんだ。ここまでするには、膨大な時間がかかるだろうし、手間もあってお前のような富裕層に普及しにくかったんだろう」
調理の過程を教えるついでに考察も入れると、ほー、と綺麗にカットした肉を眺めている。
「マクスってやっぱり物知りだよね」
「幾つだと思ってるんだ。年の功だよ」
「実際のところどうなのよ」
シナロアはふと、いつも通りはぐらかすだろうと思って、彼の年齢について聞いてみた。すると意外な答えが返ってくる。
「まだ三桁だ」
「……」
「お前から聞いてきた癖に反応に困って黙るのはやめろ」
明言は避けているものの、"まだ"三桁と話している時点で相当な歳であることを理解して黙り込んだシナロアにツッコミを入れる。
「いや、思ってた数倍は年上だなと思って…」
「当たり前だろう。私は一度も自虐ネタで年齢の話題を出したつもりはないぞ」
何を今更と言いたげに、彼はナプキンで口元を拭いて、まぁ、と続ける。
「色々な意味で、私は少し特殊だからな。いつまで経っても肉体が劣化しないから、今の今まで、この肉体年齢を維持できているのもある。
本来の魔族の寿命と比べても、十倍は長く生きている」
「えぇ…。何、変な儀式でもしてるの?」
「とんでもないことを言うなお前は。ただ、私は肉体が劣化しないように工夫しているだけさ」
何も特別なことはないと言いたそうに言い切るが、それ以上は話す気配がなかったため、彼女もそれ以上の追求をすることはなかった。
その後、彼女も食事を終えて口元を拭いた所で聞いてきた。
「じゃ、マクス。今日もお風呂付き合ってもらっていい?」
「年頃の娘が突然どうした」
流石にマクスウェルも少し引きつつ聞き返すと、彼女はため息まじりに答える。
「ヴェルディさんから、危ないからできることならマクスなり、従者の近くにいるように言われてるからさ。
お風呂なんて狙おうと思えばいくらでも狙えるんだから、マクスもいたほうが安心かなって」
「私も男なんだがな…そっちは気にしてないのか?」
正直抵抗はないものの、倫理観として問題ないのかと確認するが、彼女は即答した。
「昨日の態度でそんなこと思うと思う?」
「それもそうだな」
過去の言動をもとに論破されてしまい、マクスウェルは大人しく従うことにした。
「逆に聞くけど、貴方、私というか女性に興味あるの?」
「ないとは言い切れんが、四桁近い爺に若者並みの性欲があったら異常だろうが。
それに、女絡みでは昔散々痛い目を見たからコリゴリなのもある」
一応男の名誉のためにと弁明し、二人は仲良く地下の浴場に向かっていった。
なお、浴場ではパラナが先に入っており、若者二人で一悶着もあったが、襲撃自体はなく、平和な一時が流れた。




