一日目 食堂にて
※多少、差別的な用語や人権無視をした発言があります。
世界観的に仕方のない要素なので気分を害するような方は申し訳ありません
一戦目を終えたマクスウェルは来た道を引き返し、通路に戻ると自身を見送っていった従者が待ち構えていた。
「初戦突破おめでとう。まさか、"人食い"相手に勝つとはな」
「少し焦ったがな。無事無傷で突破できたよ」
皮肉混じりの称賛に彼は笑い、よく見ると埃以外、傷一つ付いていない服を見せびらかすように腕を広げる。それに対して従者は鼻で笑い、話を変えた。
「それは結構。そして、少なくともお前の次には二つ試合が残っていてしばらく手持ち無沙汰になる。折角だから飯でも済ませておけ」
「なんだ、ここには食堂があるのか?」
食事が出来ることを知り、露骨に嬉しそうにする彼を見て従者はまぁな、と素っ気なく答えるも、彼は楽しそうに話し出す。
「それはそれは。どんな場所に行こうと、食事は旅行の醍醐味だ。おすすめはあるのか?」
「場所は知ってるが、我々は利用しないのでな。何とも言えん」
「そうか…。まぁ、仕方ない、早く案内してくれ」
「急かすな」
バンバンと従者の背中を叩いて催促する彼に対して、非常に鬱陶しそうに呟いた。
―ここへ来る際の通路の景色に隠れていて見にくい扉を幾つか経由して、彼らは闘技場に備え付けられている食堂に辿り着いた。
広さとしては20人ほどが余裕をもって座れる木製の大テーブルが一つあり、その向こうに厨房があり、一人の小太りのコックが暇そうに、壁に掛けられているモニターを眺めていた。他の利用者はおらず、彼らが一番乗りだったようだ。
「ここが食堂になる。開催中、闘技者は自由に利用できるが何が食えるかは詳しくは知らん。そこの暇そうなコックに聞いてくれ」
「助かる。ところで、私は次の試合までどうしていればいい?」
手短に礼を言い、思い出したように今後の予定を聞くと、従者はめんどくさそうにフード越しに頭を掻いた。
「一回戦が終了後、インターバルを挟んで二回戦が始まる。その時にお前の契約印を辿って呼びに行くから安心しろ」
「つまり好きにしていて良いと言うことだな」
即座に遠回しに言いたいことを要約し、彼は早速と言わんばかりに無遠慮に進んでいった。その傍若無人な姿を見て従者がため息混じりに部屋を出ていったのは言うまでもない。
―早速コックに聞いてみて、魚料理を出せると答えたので見知らぬ焼き魚と思われる料理を突っついていた所、突然声をかけられた。
「隣、よろしいかな?」
やたらと多い魚の小骨と格闘していたマクスウェルが顔を上げると、そこにはボロのような灰色の服を着て、灰色の髪を短く整えた20代ほどの印象に残らないほど平凡な顔立ちの男が立っていた。
「どうぞ、"人食い"」
どうでも良さそうに彼が答えて小骨との格闘に戻ると、彼は遠慮無しにマクスウェルの隣に座る。
「良く見ただけで分かったな」
「何となくな」
小骨に集中している彼は淡々と答え、そこで思い出したように聞いた。
「結構ボコボコに殴った気がしたが、随分と復活が早かったな。それもスキルか?」
「それはこっちが言いたいんだが…お前、本当にスキル無しか?」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、ピンピンしている彼が聞くと、マクスウェルは綺麗に骨を取り除いた、白身の魚の肉を頬張りながら答える。
「私はスキルとやらはないが、防御に特化した種族でな。話すと少し長いが、私は常に見えない鎧のようなものを着込んでいる、と言えば分かりやすいだろう」
特に隠す理由もないので正直に答えると、彼は興味深そうにほぅ、と息を吐く。
「そもそも私は見ての通り、お前らとは構造からして少し違うからな。多少化け物じみていても違和感はないだろう」
小さく背中の翼を動かして話すと、彼も納得したように頷いて少し前の質問に答えた。
「まぁ負けたあとだから話すけど、俺は三つのスキルを持ってる。"巨人化"、"地質操作"、最後に"再生能力"、この三つだ。
ただし、最後の再生能力自体はほぼ全ての闘技者に発言している、最も一般的なスキルだ」
彼の答えを聞いて、マクスウェルは目を伏せる。
「闘技者を長く使うため、か」
「ご明察。俺もここで戦うときには薬で理性を飛ばされてるとは言え、これでも多少はマシな扱いの奴隷だから助かってるけどさ。他所のところは本当に酷いとはよく聞くよ。
―そんな話をしてたら、始まったな」
彼はあまり気にした風もなく笑って話しつつ、テーブルの先にあるモニターに目をやると、次の試合が始まっていた。
「ここの食堂は、モニターで試合を中継してる。だから飯以外でも、試合の結果を確認したり、参加者を確認するために結構な闘技者が集まるんだよ。
相手は―げ、白痴野郎がいるじゃねぇかよ。主め、だから今日参加させたのか」
彼はそうぼやき、コップに注いだぬるい水を一口含んだ。
「お前が決勝まで勝ち残るなら、恐らくあいつが相手になるな。あのガキみたいな顔した闘技者…俺はあいつのことが嫌いだからわざと白痴野郎と言ってるが、正式には"赤の天使"。少なくともスキルを10個は持ってる化け物だ」
モニターに映る戦場に立っている、子供のような顔をしているが、体つきはがっしりしており、身長は180cmほど。黒い髪を短く苅っており、対戦相手であろう仮面を着けた黒衣の闘技者と戦っているようだが、既に勝負はほぼ決しており、ただいたぶっているだけのように見える。
「奴は恐らく今回の一番人気だろうな。勝率も高いし、頭がおかしい分、薬をキメてる俺よりも動物的だ。
勝った時は確実に殺害するか陵辱されていると聞いた。何より…」
モニターの向こうでは、黒衣の闘技者が決死の覚悟で赤の天使の腕を切り落としたが、瞬く間に再生する。
「あいつのスキルは俺らと同じ名前でも性能が段違いに高い。俺も一度だけやった時はなんとか勝てたんだが、今は再生してるとは言え、腕両方持ってかれたし、アイツにトドメを刺せなかったんだよな」
「…スキルにも強弱があるのか?」
悔やむような言葉よりも気になったことがあったので、マクスウェルが聞くと彼もそうだよ、と答える。
「元々スキルってのは親から子に遺伝する。俺は特に巨人化のスキルが強く出てる分、他のスキルが弱いんだが…あいつは近親相姦を繰り返して、よりスキルが強い個体同士を掛け合わし続けて生まれた化け物だ。
その分、知能はどうしようもないようだがな」
「…忌み子だな」
吐き捨てるようにマクスウェルが呟き、彼は鼻で笑う。
「まぁそんなん言ったら俺らも似たようなもんだからな。スキル持ちなんか、ロクな生まれしてる奴がいねぇ」
そこまで言ってから、ふと何かを思い出したように考え込んだ。
「いや、一人だけいたけど…確かあいつは廃棄処分間近だったな」
「…? どうした」
食事を終えたマクスウェルがどこからかナプキンを出して口元を拭いつつ聞くと、彼は噂で聞いただけだけどな、と前置きを置いて話し出す。
「ここの闘技者の中に、貴族の生まれの闘技者が一人だけいるって噂があるんだ」
「…敗戦国の奴隷かなにかか?」
「詳しいことは俺も知らん。ただ、割とちゃんとした血筋の女の闘技者がいるとは聞いてる。だが、勝率は悪いみたいで、一度も優勝してないようだから、廃棄される直前か、既にされている可能性があってな」
「…廃棄なんてものもあるのか?」
ヒトではなく完全にモノとしてしか扱われていないことに引きつつ、確認すると、彼はため息混じりに答える。
「俺たちはただの賭け事の駒でしかない。使えん駒は棄てられるってだけさ。
スキル持ちってことは、どうせ奴隷の血が混じっているだろうし、娼館にぶちこまれるならまだマシ、最悪奴隷の処理道具にされて、使えなくなったらそのまま処分されるとかだろうな」
「……」
完全に黙り込んでしまったマクスウェルに対して、彼は力なく笑う。
「それがここの流れみたいなもんさ。
あんたは見たところ、良いところの育ちみたいだから辛いと思うがな。実際俺も薬がなきゃやってられん」
そこまで話したところで話が途切れてしまい、暫しの沈黙が流れたところで、彼は思い出したように顔を上げる。
「そういえばまだ話してなかったな。
俺は"人食い"、名前はリンだ」
リンと名乗る男が手を差し伸べ、マクスウェルは抵抗なく握手を交わす。
「私はマクスウェル。面倒ならマクスでいい」
「それならよろしくな、マクスウェル。―こういう縁が出来たことだし、また再戦したときはお手柔らかに頼むよ」
リンの言葉を聞いて、ここまで気軽に話してきたのは、彼に興味があると言うより縁を作ることで情けをかけるようにするということに気が付いて、マクスウェルも苦笑した。
「まぁ―戦場では容赦はせんが、死なない程度にはよろしく頼むよ」
「おう」
登場人物紹介
マクスウェル…魔族の中には様々なタイプがあり、彼は"悪魔型"の"変異種"と呼ばれる種族である。常に翼や角からマナを散布すること特性を持ち、他の種族に比べて防御に特化している種族であるが、その分自由に使用できる魔力が少ない上に魔力の枯渇によって幼少期の内に衰弱死することが多く、魔族の中では"劣等種"と蔑称で呼ばれることもあった。
リン/人食い…スキル"巨人化" "地質操作" "再生能力"
三つのスキルを持ち、巨人化によるフィジカルの暴力、地質操作による奇襲という二つのスキルを駆使する闘技者の一人。
闘技者の中でも理性的であり、強者と判断した相手には接触して、関係を持つことで生存率を高めようとする程度には知能も高め。故に戦闘時は主人から理性を飛ばす薬を服用するよう強制されており、それが戦闘時の食人行為にも繋がっている。
どっかの巨人と違って傷と意志の力がなくても巨人化はできる。