八日目 主人と従者と
マクスウェルが目を覚ました時、目に入ってきたのは見知らぬ白い天井。見覚え自体はあるのだが、全く記憶に残っていないといった方が正しいのだが。ここ―闘技場の医務室であることを理解したマクスウェルは、早速体を起こして、手足のしびれを確認したが、気になる症状は特にない。
「おや、目が覚めたかい」
「世話をかけた。ところで、今の時間はどうなってる?」
彼の動いたときの音に、医務室のテーブルでノートを書いていたアクレが気付き、振り向いて声を掛けるが、彼は普段通りに応答する。
「大体一時間ってところだね。あの子達には無駄な心配させないように、パラナに呼び出されたってことにしといた」
「助かる。まぁ、私がいなくても問題なさそうだから、パラナの所に戻るとするよ」
彼は淡々と話して、早速立ち上がろうとするが、アクレに呼び止められた。
「マクス、対価が先じゃない?」
「…そうだな、何が希望だ?」
彼も律儀に従い、行儀悪くベッドに腰掛けて聞くと、彼女は真面目な面持ちで聞いてきた。
「安くしとくよ。…そうだね、君をそうした敵について教えてよ」
「…軍部の人間だ」
「それはもう聞いた」
はぐらかそうとしたものの、ぴしゃりと言い切られ、マクスウェルも諦めたようにため息をつく。
「ドウル、パラナの直接の従者だ」
「客観的に見て、パラナがわざわざ君を直接手を下すと思う?」
アクレはしてやったりと言いたげにニヤつきながら、彼の回答を待っている。
「確証はない。だから、私が言えるのはそこまでだ」
「考察は?」
「軍部の総司令か、王族の誰かだろうな」
言い逃れが難しいと判断したのか、素直に考えを伝えると、彼女はふーん、と軽い返事で返した。
「下手に首を突っ込まないほうが良さそうだね」
「だろうな。お前にも立場があるんだし、下手な詮索はやめておけ」
マクスウェルは彼女に忠告をして、改めて彼女の顔に向き直る。
「で、それ以上私に聞きたいことは?」
そこまで言われ、彼女も本題と言いたげに聞いた。
「私が、姫様たちを匿ってるのはバレたかな?」
「バレた所で、お前を糾弾されるとは思えんが。本当にヤバいならパラナを通じて私を頼れ。
政治的な干渉はしてやれんが、"武力の干渉"ならいくらでもやってやる」
「それは世間一般に脅迫っていうのでは?」
自信満々に国相手に戦う意志を見せる彼に対して、冷静なツッコミを入れるが、魔王は当たり前に答える。
「政治なんてのはな、弱みを見せたら負けるし、力を誇示したほうが話をうまく持っていけるんだよ」
「えぇ…」
「何かあれば、この私という"力"をカードにできるんだ。うまく使え」
結局、その後お茶会に戻ることなく、マクスウェルは宣言通りにパラナの下へ向かうことにした。
「よう、暇か?」
いつも通り、最低限のノックだけをして部屋に入ると、既にクルドとヴェルディの二人も部屋に居た。
「……、マクス」
仮面をつけた二人の表情は分からず、パラナ本人も普段通りで、表情からは何も読み取れない。
「お前ら二人もいたなら都合がいいな。単刀直入に聞くが、ドウルはどこだ」
マクスウェルは全く気にすることなく、彼らにドウルの居場所を聞くと、クルドが代表して答えた。
「ここには居ない」
「質問をはぐらかすな。私が聞いているのはここに居ないことじゃない、"どこにいるか"だ」
再度質問すると、クルドはため息まじりに聞き返した。
「お前の口ぶりからして、何かあったんだな。俺らの状況整理もしたいから、何があったか教えてくれ」
「ふむ、お前らはグルではないのだな」
彼の言葉と声色から、本当に何も知らないと判断したマクスウェルは、素直に少し前に起きたことを話した。
「―そんなわけで、あいつを探してる」
「……、なるほど。それは失礼なことをしたな」
いつの間にか、少し感じていた敵意は収まっており、三人は少し緊張を解いた。
「で、私の答えについては知っているか?」
「申し訳ないが、今朝からあいつと連絡が取れず終いで、まさかと思って軍部のスキル装置の使用履歴を洗ってみたら、あいつが勝手に申請してたみたいでな。まさかと思ったところでお前が来たってところだ」
「成る程。私に殺されてなかったか、心配だったというわけか」
「…不本意だがな」
マクスウェルはケラケラ笑ってから真顔に戻り、備え付けのソファに座って手を組んで聞いた。
「で、結果論として、お前らがやったことは私に対する挑発と受け取っていいのか?」
「マクス、落ち着け」
珍しく不機嫌な彼に対して、パラナが一言言うと、流石に主人に反抗するつもりはないのか、彼は仕方無しとばかりにため息を吐いた。
「今回の件で、こいつらは関係ない。少なくとも、私も知らない辺り、父やそれ以外の手が加わってると考えるのが筋だろう」
「こいつらを強請るネタにしたかったのに、冷静に分析されるとそれはそれで困るな」
「おい」
マクスウェルは素直に狙いを話し、クルドも流石にふざけんなと言わんばかりにツッコミを入れるが、彼は悪びれた様子もなく答える。
「まぁ、お前らのうちの一人が私に喧嘩売ってきたのは事実だ。多少なりとも脅迫のネタにさせてもらってもいいだろうに」
「それは、私にはあまり関係ない話だな。
重要なのは、"従者"が"私の指示を無視した事"だ」
パラナが珍しく見せた、静かな怒りに、二人の従者も背筋を正す。
一方、ソファに座って寛いでるマクスウェルは彼に聞いた。
「で? 私は何をすればいい?」
「これは私の仕事だ。お前の力が必要になったら声を掛ける」
パラナの命令を聞いて、彼は楽しげに笑いながら立ち上がる。
「そうか、そうか。主人もその気になってくれて、私は嬉しいよ。ならば、私はお前の報告を待つことにしよう」
彼はそう言って、立ち去ろうとしたが、思い出したように声をかけた。
「ところで、あんな広い中庭があるんだ、今度ホームパーティーでもしないか?」
「……は?」
先程の話とはうってかわって、ほのぼのとした話題に変わり、拍子抜けした三人が呆けた顔で彼を見るが、ただ楽しそうに話し始めた。
「なに、色々あると息が詰まるし、他に働いてるやつも、味気ない毎日じゃ詰まらんだろう。
こういうイベントってのはなかなか良いものだぞ?」
「いや、言いたいことは分かるが、なぜ今それを言う?」
パラナの尤もな問いに、彼は悪びれた様子もなく答えた。
「面白いと思ったからだ。
許可だけくれれば、あとは私達で勝手に進めるんだが、どうかな?」
「……まぁ、息抜き自体は大事なことだ。許可はするが―」
「勿論、主催はお前の体でやらせてもらうぞ?」
「待て、話が急すぎる」
明らかに困惑しているパラナに向けて、彼は満面の笑みで詰め寄った。
「私は謂わば、お前の従者の一人だ。それが許可をもらった所で、新参者の突発的なイベントに人は集まらんだろう。その為、お前にも参加してもらいたい」
「そうなると、話は別になるんだが」
「詰まらん奴だな。働き詰めのお前を見て、折角のリフレッシュを提案しているというのに」
あくまで渋るパラナに対して、彼はジト目で言い放ったのもあって、しばらく考えたあと、仕方無しと言いたげに頷いた。
「……、まぁ、お前がそこまで言うならな」
「そうしておけ。いつまでも部屋に籠りきりじゃ、気が滅入る」
マクスウェルは満足げな顔でうんうんと頷いて、今度こそ部屋を出ようとしたが、もう一つ思い出して振り向いた。
「それともう一つ、個人的な頼みなんだが」
「嫌な予感がするな。言うだけ言ってみろ」
嫌そうに言うものの、主人は話は聞いてくれるようで、彼は最後の頼み事をすることにした。
「頼みというのはだな―」




