八日目 再会、そして
シナロアだけではなく、アクレに三人を呼んできてもらっている間、暇になってしまったついでに軽食の準備でもしようと思ったところで、扉が勢いよく開けられた。
「マクスー、連れてきたよー」
「ご苦労。…シナロアからか」
アクレの声を聞いて、そちらを向くと、少し気まずそうなシナロアが部屋に入ってきた。
「あの、マクス…本当に大丈夫なの?」
「…あぁ、恐らくお前も知ってる相手だろうからな。何かあれば、私もいる。安心しろ」
事前情報を何も与えていないこともあり、不安そうな彼女を安心させるようにマクスウェルが堂々と答え、彼女は深く息を吸ってから席に着いた。
「―大丈夫そうだね」
「あぁ、大丈夫だ」
少し心配そうにしていたアクレも、彼らのやり取りをみて安心した風に顔を綻ばせ、再び扉に向かっていく。
「じゃあ、私は残りを連れてくるからさ」
「頼んだ」
カウンターの奥の調理場で、勝手に食事を作り始めているマクスウェルは雑に答え、再び沈黙が流れた。
「……、あの」
「なんだ」
沈黙に耐えきれずに、シナロアがおずおずと声を掛けると、彼は何事もないように応じ、シナロアは話を続ける。
「誰と会わせたいか、教えてもらってもいいですか?」
「んー? そんなことか。
…まぁ、もう会えば分かることか。トルーカ、と言えば分かるか?」
今更話したところで、お互いに顔合わせをすることは間違いないため、魚を見つけたため、慣れた手つきで三枚に下ろし、パン粉を付けてフライにしながら答えた。
「……、? ―!!?」
しばらく聞き覚えのある名前を思い出そうと一人で首をひねっていたが、ようやく思い出して飛び上がるような反応を見せた。
「ま、マクス! それってもしかして姫様―!」
「やっぱり知ってたか。たまたま知り合ったから、折角だからお前のことを知らせておこうと思ってな」
タルタルソースを作るため、揚げ物を放置して、卵を茹でつつ玉ねぎをみじん切りにしつつ、彼が当たり前のように話す。
「それならわざわざ会わせなくても―」
彼女にも色々思うところがあるのか、文句を言い出したその時、扉が開かれた。
「皆さん、ご機嫌よう」
あちらも既にサクが話してしまったのか、しっかり覚悟を決めた顔をした亡国の姫君が、アクレとサクを連れて入ってきた。
「あぁ、ご機嫌よう。今日は日柄もよく―晴天の下でティーパーティーも悪くはないと思ったのだがな。
人目もあるし、こんな辛気臭い所で開くことになって申し訳ない」
軽食のサンドイッチの準備をしながら、マクスウェルは全く臆することなく返事をした。
「貴方は相変わらずですね…」
「勿論。お前の顔から、もう聞いていたと思うが、彼女が私の協力者として働いてもらっている、シナロアだ。
一応確認だったが、初対面ではないな?」
覚悟を完了しておらず、すっかり思考がフリーズしてしまっているシナロアを紹介すると、視線が彼女に集まって―ようやく解凍されたシナロアが、慌てて席を立って話し出そうとする。しかし勢い余って強く膝をぶつけてしまい、痛そうにうずくまってしまった。
「全く、何をしているんだお前は」
マクスウェルが呆れながら話し、彼女はいろいろな感情が混ざって、真っ赤になっているものの話し出せずにいる。それを見て、トルーカが先に歩み寄って、うずくまっている彼女と目線が合うように膝を折って、その手を握った。
「お久しぶりですね、シナロア」
「―!!」
彼女の顔を間近で見て、溜め込んでいた感情が溢れ出してしまったのか、彼女は突然涙を溢れさせて崩れ落ちてしまう。
「…姫様、なんかしちまったか?」
その様子を見ていたサクが不思議そうに見ていた。そこで様々なサンドイッチが積まれた皿を片手に、扉にいる二人にもこちらに来るよう手招きし、呆れた風にため息をつきながらも、少し優しい眼差しで、泣きじゃくるシナロアと、それを無言で抱きしめ、宥めているトルーカを見ていた。
「この子にも色々あったんだよ。
落ち着くまで待ってやってくれ」
「あんたが言うなら…」
サクは思いの外素直に応じて、彼の促すままに席に座り、早速サンドイッチに手を伸ばした。
「どっかの誰かもそうだが、お前も随分と手が早いな」
「誰のことかなー?」
いつもの女はそんなことを言いながら、茶菓子のスコーンに既に手を伸ばし、更に付け合わせのジャムの瓶も抱えて持っていっていた。
「あのなぁ…」
流石に反省の色一つ見えない行動に対して、マクスウェルもため息を吐くしかなかった。
―その後、シナロアはようやく泣き止んでから話を始め、盛り上がりだした辺りで、マクスウェルは席を立つことにした。
「―ふぅ」
マクスウェルは一息ついて、半分賭けでもあった、二人の邂逅が間違いなかったことに胸を撫で下ろしていた。
少なくとも、彼女の精神的な支えにも成り得る結果となって、彼の調査も滞りなく進んでいくだろうと思っていたところで、思わぬ来客が来た。
「いやはや、思ったより手が早いな。して、誰の命令だ?」
「……、」
マクスウェルが遠くで見える黒いローブの人影に向けて話しかけるも、答えは帰ってこない。そこで、マクスウェルも勝手に話すことにした。
「沈黙、ということは私に勝手に話していいということだな。
まず第1候補として、パラナか。私の監視に加えて、亡国の要人が妙な真似をしないか、という予防線のため。私が今回、余計なことをしているからな。警戒するに越したことはないと思うが…それはないだろう。少なくとも、あいつは亡国の関係に興味はない。私が伝えた時も、なんの反応も返さなかったしな。何せ―父親が勝手に始めた戦争だからな。興味もないのだろう。
では次に、私に監視の指示を出すとしたら、パラナの父親。これは可能性としては非常に高いと思うんだが、"ドウル"、君はどう思う?」
相手の正体を既に看破していたマクスウェルが聞くも、彼は何も答えない。
「沈黙か。ならば、まだ話して良いのだな。
正味な話、あの総司令とやらも亡国の動きには大して興味を示してはいないと思うんだがな。要人が集まったとして、所詮は木端の集まり。風が吹けば消えていく宿命でもある。どちらかというと、そういった余計なことをして、私の立場を弱めたいのが理由ではないかと思うが、どうだろうか? 合っているか?」
いつまでも返答がなく、彼も3度目の問いを投げかけるが、変わらず返事はない。
「まぁ、何にせよ、だ。私の目的のためにも余計な茶々は入れてほしくないんだ。―つまり、言いたいことは分かるな?」
面倒そうに彼は警告するが、相変わらず答えはない。
「余計なことを言うなと言われたか―お前も舌でも縫われたか?」
その言葉と共に、通路の先で立ち尽くしていたドウルの姿が残像のようにブレて、消えた。
「警告はしたぞ」
瞬間、眼前に現れた凶刃を腕に纏わせたマナの盾で防ぎ、最後の通告を行う。しかし、相手の敵意は失せることはない。
弾くように距離を離し、その勢いでナイフから液体が飛散するが、彼は散布している、マナの霧を固めて防ぐ。
「浸透性の高い麻痺毒か。また随分と用意のいいことで」
即座に相手の凶器の正体を見抜き、彼も戦闘準備に入る。
狭い通路の中で、前進か後退の二択しか許されない状況。相手の凶器は毒の染み込んだナイフ。そして、軍部出身と聞いている限り、恐らくスキルを"装備"していることは間違いない。
一見不利にも見える状況だが、彼の背後の部屋には強力なスキル持ちが二人もいる。故に、使用できる魔力の制限も大きく緩和されており、やれることならば幾らでもある。
そしてここならば、観客の目は不要、故に―マクスウェルは早速マナを固めて体ほどの太さの巨大な槍を生成する。
「お前がやる気なら、遊んでもいいよな?」
マクスウェルは最後の確認を行い、答えを待つ気もなく、槍を放り投げた。逃がす気のない攻撃。転移をして避けるか、防ぐかの二択。
選ばれた選択は、防御。"振動"のような衝撃波を受けて、槍が爆散したのを確認し、彼は駆け出した。
散ったマナの霧を遮蔽物として急接近したマクスウェルが体重を乗せた拳を振り抜いたが、ドウルは最小限の動きで避けて、ナイフを振り上げるが、それと同時にマクスウェルの作り出した幻像が消えていく。
「っ!?」
不意討ちに思考を奪われた瞬間、彼の眼の前に手が出現し、頭を鷲掴みにする。
「迂闊じゃないか。お前が相手をしているのは、無限の手札を持ってる魔王だぞ」
マクスウェルは馬鹿にするように笑って、掴んだ頭を思い切り壁に叩きつけると、その衝撃で壁に亀裂が走る。彼は頭を掴んだまま、後頭部を引きずるように走っていくが、ドウルの手に少し動きがあった瞬間に掴んだ頭を向かいの壁に向かって投げつけた。
「――あぁぁあああ!!」
怒りを孕んだ叫びを挙げ、ドウルは邪魔なローブを脱ぎ捨て、頭全体を覆っていた、ひび割れた仮面を剥ぎ取った。
ローブの下は、抵抗を無くすためか、ぴっちりとした灰色のスーツの至る所に、何かの端末を収納するホルダーが着いていた。
そして、鉄仮面の下はベリーショートで刈り上げた赤い髪に、生白い肌をした、印象に残らない、どこにでもいそうな若い男の素顔があった。
「随分とお怒りで。なんだ、痛かったか?」
彼は小馬鹿にするように聞いたが、帰ってきたのは風切り音。
目にも止まらぬ速度で"加速"した凶刃が、魔王の首を狙うが、マクスウェルは軽々と腕を掴み、その勢いを利用して腕をへし折った。当然、飛散した毒液は魔力の霧で防いでいる。
「いいことを教えてやる。"加速"した感覚のままだと、他者の動作が微細に見える。つまり、防御動作に気付きにくくなるということだ」
彼は呆れながら解説し、あらぬ方向にへし折れた腕を離し、うずくまる彼の頭を蹴り飛ばす。気付けば守るべき扉から随分離れてしまったので、狭い通路の壁にぶつけることはせず、手前側に戻すことにした。
彼はなんの感情もない顔で近付いていき、顎を掴んだ。
「まぁ、お前が誰の命で動いてるかは正直どうでもいいが…これで、他の二人を強請る口実ができたのは収穫だな」
「……、」
静かに力を込めて、顎の骨を砕こうとしたところで、物音がして、意識がそちらに向いてしまう。
「…マクス、何をしてるの…?」
「……!」
その一瞬、集中が切れたのをドウルは見逃すことはなく、まだ握り続けていたナイフを彼の腕に突き刺した。
「―くそ!」
一瞬の不意を突かれ、彼は咄嗟に手を離してトドメを刺そうとしたが、ドウルは重症ではあるが―転移をして、その場から逃げ出した。
「……逃がしたか」
ナイフを引き抜き、マクスウェルはすぐに傷口を治療するが、直接流し込まれた毒はすぐに効いてきたのか、立つこともできずに座り込む。
「マクス!」
不死の呪いに近い術で無理矢理意識を繋いで、声の主を向くと、栗色の短い髪が目について、都合の良い相手であったことを理解した。
「………、アクレ、軍部で使われてる麻痺毒の解毒剤は分かるか…?」
端的に要件を伝えると、アクレもすぐに理解したのか、時折見せる医者としての顔になる。
「暗器に使われてた毒かな?」
「私の目が、間違いなければ、恐らく、浸透性の高い、麻痺毒だ」
区切り区切り、彼女の問いに答えると、数秒、考え込んだ後に通信機のような端末を取り出して話しだした。
「リン、支給持ってきてもらいたいものがある。PLZ-01で分かる? うん、その棚にあるやつ。一瓶持ってきて。闘技場にいる」
会話から、恐らく思い当たる薬は持ってきてくれるようで、彼は一安心して―意識を手放した。




