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七日目 報告

 パラナの屋敷、地下浴場。

 住み込みの従者も多いこの屋敷では、清潔を保つために大浴場を開放している。石組みの大きな湯船と身を清めるシャワーだけというシンプルな構造で、基本的に混浴だが、従者の多くは朝早くから動いているため、ほとんどの利用者は夕刻の辺りに使用している。そのため、夜の時間では基本的に利用者はいない。

 いるとしたら、主であるパラナ本人か、その直属の従者たちくらいである。


「ふー、」


 マクスウェルから頼まれた、書斎での作業を終え、付き添いのヴェルディからここの浴場について教えてもらったシナロアは、一日の疲れを癒やしていた。


「……、」


 闘技者として闘技場に参加させられていた生活とは、嘘のような待遇に彼女としても少し申し訳無さを感じるが、そんなことを仲間に話したら、きっと茶化されるのが関の山だろう。

 それでも今の幸運を不安に思っていたところで、浴場の唯一の出入り口が開いた。


「…、」


 湯けむりに隠れて、誰が入ってきたかはわからないが、彼女は咄嗟の判断で黙り込んで、身動きすら止めてしまう。その一方で、入ってきた誰かは気にする様子もなく、シャワーで体を洗い始めた。

 擦れる音だけが響く浴場で、気まずさを感じ、バレないように退散しようとした時、その利用者はシナロアの名前を呼んだ。


「なんだ、出るのか?」


「ひゃうっっっっ」


 思わず変な声が出て、足を滑らせて、背中から湯船に叩きつけられる。存外深いおかげでどこかぶつけることはなかったものの、彼女は慌てて浮き上がって息を整える。その慌てようを見て、声の主―マクスウェルは楽しそうに笑う。


「一々面白い反応をしてくれるな」


「ま、マクス…?」


 そこまで声を聞いて、ようやく利用者が自身の仲間であることを理解して名前を呼ぶと、彼は長い髪を梳くように洗いながら、彼女の問いかけに答える。


「あぁ、私だとも。別に無視しても良かったんだがな、折角だと思って声をかけたんだが、なかなかな反応をしてくれるとは思わなかったぞ」


 クックック、と楽しげに笑い、彼女もそれなら、と湯船に浸かり直す。


「安心できると思った途端、分かりやすいなお前は」


「……まぁ、安心したのは本音だしね」


 マクスウェルの茶化しに、不貞腐れたように答え、ひとしきり楽しげに笑ってから、マクスウェルは髪についた洗剤を洗い流す。


「さて、折角だからここで聞いておこうか。具体的にどんな書籍を読み漁ったんだ?」


 丹念に洗い流しつつ聞くと、彼女はんー、と思考をまとめてから答える。


「一旦、この国の歴史を気にしてたからそこを重点的に調べてたかな」


「ほう」


 素っ気なく答えている風に見えるも、彼は続けろ、と促した。


「そんな古くまでは漁る気なかったから、とりあえず近代を中心に調べてみたけど、ここ百と数十年前後で一気に大きくなった国みたいだね」


「そうなのか」


「うん、私もちょっと意外だったけど、元々は小国の一つで、急に侵略戦争を仕掛けて巨大化した国みたい」


「いきなり肥大化した要因は?」


 体を洗いながらも、しっかり話を聞いているマクスウェルが質問を投げかけ、彼女もリラックスしたまま、伸びつつ構える。


「それが、詳細は不明。あくまでこの国の歴史書だし、現国王の系譜を英雄視する記述ばっかだったね」


「…まぁ、なんとも」


「ね。都合の良いと言うか」


「そうだな。この時点で、私の考察を話していいか?」


 体を洗い終え、彼女のいる場所から少し離れたところに腰を降ろし、下半身だけ入浴しているマクスウェルが話し出す。


「どうぞ」


「お前の言う"肥大化"のキーは、恐らく"スキル持ち"じゃないのか。

 少し前にお前から聞いた文化と、この国の文化は乖離しているにも程がある。本来同じ大陸、地続きで興った筈の文明だ。そこまで極端な違いが出るとは考えにくい。

 そこから導けるのは、"唆した奴"がいるのではないかということだ」


「…、そうだね」


 彼の指摘に、彼女も冷静に考えて応じた。


「まぁ、きっかけは何にせよ、今、この国は"スキル持ち"を隷属化させ、様々な文明に利用しているということだ。

 お前らのいた国では、逆に優遇されていたのと真逆にな」


「そこが不思議なんだよね。少なくとも、どこの国でもスキル持ちは"神の使い"としてもてなされる事が多いのに、ここはその真逆の扱いをしている。

 そこに至るまでに何があったのか…マクスの言う通り、唆した奴が居たにしても、力を持ってるスキル持ちを堕落させるなんて、簡単にできることじゃない」


 彼女も考え込む素振りを見せた所で、マクスウェルは訂正する。


「興味があったら、そこはお前個人で調べてくれ。

 その過程も面白いだろうが、結果は"今"だ。仮に何か便利な機械があるのならば、今も使われてるだろうし、それに近いシステムがないのは、それとは異なる方法なのだろう」


「…確かにそうだけどさ」


 少し不機嫌そうな彼女に向けて、マクスウェルは笑って、意図を説明する。


「別に調べたければ調べればいい。結果的に面白いことが分かったら教えてくれ。

 ただ、私の求める情報からは脱線している可能性が高いから、そう言ったまでだ」


「ん、わかったよ」


 彼の言葉で、否定されたわけではないと理解した彼女は少し機嫌を治して、彼と同じく上半身を湯船から出して涼む。途端にマクスウェルは少し黙り込み、シナロアの体をじっくりと見つめ、一言。


「……、お前、随分回復したな」


 その言葉を聞いて、何も纏わず肌を見せていたことを思い出して、彼女は慌てて湯船に体を隠すが、彼は興味深そうに聞いた。


「それも"再生"のスキルの影響か?」


「…、なのかな」


 ふと気になって、自分の体を改めて見直してみると、数日前は骨と皮しかなかった体にはしっかり肉も付いてきていた。


「なかなか興味深い現象だな。

 私はそれほどスキルには詳しくないから、外傷の修復を行うものと思っていたが、あるべき姿への回帰が正しいのか?」


「…どうなんだろ」


 困ったように苦笑する彼女に対し、マクスウェルは真面目な顔のまま聞く。


「不躾な話になるが、私が買い取ってから排泄は?」


「…いや、私の知る限りは一度も」


 彼の顔から妙な意味合いで聞いているとは思えないため、正直に返すと、マクスウェルはふむ、と顎に手を当てる。


「いやはや。スキルというのは本当に人智を超えた力だな」


「…どういう考えに至ったの?」


 流石に彼の言葉の意味は理解できず、彼女が聞き返す。


「少なくとも私の知る限り、人の体とは老廃物を排泄することで肉体の維持をしている。

 数日間そういった行為がないということは、お前の体が食事どころか、生命活動で出た老廃物さえも糧として利用しているということだ。

 私の世界では、そんな都合よく人体、いや生き物は出来ていない。まさしく、"神の御業"と言うに相応しいと言える」


 マクスウェルはそう話してから、どうでも良さそうに付け加える。


「だからといって、私としてはどうでもいいことだがな。強いて言うなら、お前次第で服の新調をしてやらんといけないくらいだ」


「いやそれ本人の前で言う?」


「それが私だ」


 シナロアのツッコミに堂々と返し、彼女もつい笑ってしまう。


「まぁ、服については本当に新調してやるから、今の仕事着がキツくなったら教えてくれ。また取り寄せておく」


 彼の言葉を聞いて、一瞬断りそうになるものの、逆に失礼と判断して素直に好意を受け取ることにした。


「ありがと。気になったら話すよ。

 …ところで、マクスって本当にこの世界から出られないんだよね? それにしては自分の所から色々荷物持ってきてない?」


「まぁ、倉庫の座標は覚えてるからな。無機物なら転移は別に難しくない。

 わかりやすく説明すると、私の使う転移魔法とは、点と点を繋ぐ魔法だ。故に、元から分かっている倉庫の座標という"点"から、私の下という"点"に繋ぐということ。特に、私の方は手元だったり大雑把な座標の指定で済むから楽なんだよ」


「なるほど…座標とかその辺りはよくわからないけど」


「そこの話をすると長い。特に私のは世界間の座標をずらす必要があるから、原理まで話すと、まず複次元の説明からしないといけないからな」


「……???」


 頭からハテナを浮かべている彼女を見て、彼は笑って立ち上がる。


「前提の知識がないと難しい話だから気にするな。…さて、私はそろそろ出るが、お前はまだ入ってるか?

 他の報告や雑談は、また部屋で食事をしながら聞こう」


「あ、それなら私も出るね」


 そこでようやく、シナロアは正面からマクスウェルの体を見て―鍛えられている褐色の肌よりも、全身を覆う数多の火傷痕や古傷に目がついた。


「あれ、マクス…それ…」


 彼女の視線を受けて、彼は思い出したようにあぁ、と答えた。


「気になるか? まぁ気にするな。これは全部、子供の時の古傷だ。

 話してもいいが、面白い話じゃないぞ?」


 マクスウェルは然程気にしてない風に答え、先に出口を向かっていってしまう。


「あ、待ってよー」


 話を聞くためにも、彼女は先に出ていってしまった背中を追いかけていった。

キャラクター解説

砂雲(サンドゥーク)…スキル 粒子化/再生/身体強化/物質変換/加速

自身の身体、もしくは触れたものを粒子化、物質再形成によって変異させて戦う闘技者。

特に粒子化自体は防御不可能な攻撃であり、出血などは起きることはないが、再生させることができなければ永遠に欠損させることも可能。

自身の身体を物質変換させて、凶器を作ることもできるが、それを破壊されると回収不可能となり結果的にダメージを負ってしまう弱点がある。

身体強化や再生の能力は他の闘技者に比べても低いため、対処方法を知られると途端に劣勢になることが多い。

バイーアの抱える闘技者の一人であり、シナロアを自身の奴隷として好きにする予定だったが、マクスウェルに買い取られたことで、彼を激しく憎悪していた。それが原因でマクスウェルから危険人物として認識され、容赦なく刺殺された。


祝福闘士(ブレディエーター)/サク…スキルなし

数少ない、スキルを持たない闘技者。主人である姫様ことトルーカのスキルを譲渡されることで、この闘技場で戦い続けることができている。

スキルそのものを持たないため、呪いを与えられたマクスウェルにとっては天敵に近い…なんてことは無いが、周囲を騙すためにも知らぬ内に力を封じた状態で戦うことになった。

なお、彼が本戦時にマクスウェルに対して敵意を剥き出しにしてきたのは姫様の正体(亡国の姫君)を知ったため。殺す気で戦っていたが、結果は本編の通り。

本来は周囲にも犬っぽいと言われるだけあって、闘技者の中でもマスコット枠。故に敵よりも味方が多いため、この戦場でも未だに生きていたりする。

トルーカとの関係などについては次章解説予定。


姫様/トルーカ…スキル 祝福/身体強化/硬化/再生/加速

今は亡き隣国の姫君。サクの主人。

作中では全く触れてなかったが、"祝福"という、スキルを一時的に譲渡するスキルを持つ。それを用いて、サクが彼女の代わりに闘技者として金銭を稼いでいる。

なお、彼女はこの国の領主とは関わりはあるものの、縁はないため、参加者側ではあるが領主たちの"計画"は知らない部外者。シナロアの件を考えると、なぜ無事なのか不思議だが、彼女たちを匿う、ある程度の立場の協力者がいるためと考えられる。

サクのことは従者である以上に、唯一の心を許せる仲間であることもあり、多少依存傾向にある。

マクスウェルには早々に正体を看破されたものの、本人の言葉と行動を信じ、今は多少信用している。


シナロア…スキル 再生?/振動/閃光/拘束/身体強化

マクスウェルの部下兼協力者。彼の事を信頼している数少ない一人。

バイーアによる虐待によって瀕死の状態だったが、彼とアクレの献身的な介護によって回復した。回復からものの数日で体型も戻っており、マクスウェルからも彼女のスキルは本当に"再生"なのか疑問視されている。

マクスウェルは信頼できる相手というのもあり、彼の前では安定しているがそれ以外の時はかなり不穏。薬の力を借りて何とか平静を保っているまである。

下手にトラウマを刺激されたら、いつ爆発してもおかしくない状態なのは、マクスウェルも薄々勘付いているものの、それはそれでと楽観視していたりする。


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