七日目 治療と報告
「よう、リン。様子はどうだ」
試合後、闘技場に一応備え付けられている医務室。最低限の医薬品と抗菌ベッドと多少の家具が置かれただけの真っ白な部屋。血まみれの祝福闘士を運び込み、必死になって止血を終え、一息ついていたリンに声をかけたのは、同時に運び込まれたはずのマクスウェル。服はぼろぼろなものの、飛び出た骨や傷跡は綺麗サッパリなくなっていた。
「……見ての通りだが」
疲れ切っていることもあり、薄い反応を返すと、彼は元気に近寄ってくる。
「私も見よう。結構ボコボコにしたから、見た目だけではわからないダメージも相当だろう」
加害者本人は悪びれもせず、ベッドの横に立って集中すると、彼の手が淡い光を帯びる。その光を、浅い呼吸で眠るサクに当てると、少しうめき声をあげたものの、しばらくすると呼吸も落ち着いてきていた。
「…何したんだ」
「私の魔法で、傷を修復させてやった。治癒魔法は専門外だが、これで傷ついた内臓も無事だろう」
椅子に座って脱力し、ぼーっと天井を見つめていたリンがそれを聞いて、そうか、と呟く。
「ところで、お前の怪我はどうした」
今更になって、彼の安否を確認すると、彼は悪そうな笑みで答える。
「元より時限式に治癒魔法を起動するよう仕掛けておいたからな。既に治療は済んでいたよ」
「……、お前、本当に性格が悪いな」
「良く言われる」
彼は悪気なく笑い、静かに眠る彼の治療を再開する。
「まだやるのか?」
「抜けている場所があると不安だからな。骨が砕けただけならまだいいが、内臓が破裂してたらまずい」
「…派手にやったな」
「基本的にカウンターだからこいつが勢いよく突っ込んでくるのが悪いんだがな」
マクスウェルはため息まじりにそう言って、無言で治療を続けていく。
そして十数分したところで手を離し、適当な椅子を引っ張り出してリンの隣に座る。
「病み上がりの体で魔力を使いすぎた。疲れた」
「お疲れさん」
リンの労いに彼は力なく笑い、二人して大きく息を吐いた所でリンが口を開く。
「ところで、何でお前は手を抜いたんだ?」
「大真面目にやってただろうが。魔法はほぼ一切使ってないだけで」
「いやそれが手抜きだろ。お前別に使えたろ」
リンの至極真っ当なツッコミに、彼は面倒そうに答える。
「今後のためだ。私の枷は、スキルに応じて起動していると錯覚させたいのもある」
「…あん? どういうことだよ」
不思議そうに聞いてくるリンに対して、彼は適当にはぐらかした。
「私の呪いを熟知しているのは、アクレたちの陣営だけで十分と言う意味だよ」
「…まぁ、お前は素直に答えるわけねぇもんな」
「極力話そうとはしてるんだがな。直接話したくないのは察してくれ」
マクスウェルはそう言って、少し休んだら体力も回復したため、部屋を後にしようとした所で、勢いよく医務室の扉が開かれた。
「サク!」
叫び声と共に入ってきたのは、彼の主人であるトルーカ本人で、帰ろうとしたマクスウェルにそのままぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさ…マクス!?」
咄嗟に謝った彼女はマクスウェルの姿を見て驚くが、彼は平静を保ったまま説明する。
「やる前に色々仕込んでいたからな。ところで、お前の闘技者はちゃんと治療しておいたから、少しは落ち着け」
「え…? あ、ありがとうございます!」
マクスウェルの言葉の意味をはっきりとは理解できなかったようだが、反射でお辞儀してサクのもとに駆け寄って、穏やかに眠る彼を確認して安心したのか、崩れ落ちる。
「よかった……!」
「良かったな、姫さん。決勝の相手がこいつで」
「まぁ、私としても大事な協力者だ。不用意に殺したり、再起不能にして利点もないからな」
二人は淡々と話しかけるが、彼女の耳には入っていないようだ。その様子を見て、二人は顔を見合わせて、頷いた。
「私は帰るぞ」
「あぁ、気を付けてくれ」
リンにポータルまでの道を教えてもらい、無事に屋敷まで帰ってきた彼は、あの後の結果を聞いた。
結局、彼の意識が最後に確認した蹴りを受けて、試合は祝福闘士の勝利で決まった。しかし、彼の傷も限界だったようで、間もなく意識を失ってしまい、"医療"を担当しているアクレの従者たちが急いで医務室に運び込んだようだった。
そして、治療を始めようとした所でマクスウェルは、試合前に仕込んでおいた治癒魔法を起動させて復活して、彼の見舞いに至った。
「―なるほど」
夜更け、パラナの個室兼展望台で事の顛末を擦り合わせ、彼は窓に目を向けると、まだ雨は降り続いていた。
「ご苦労だった。正直な所、不満がないわけではないが、お前の言葉を信じて賭けなかったのは正解だったな」
「あぁ、信じてくれて有り難いよ」
マクスウェルは口角を吊り上げ、悪そうに笑って、すぐに真顔に戻って続けた。
「所で、この試合では都合の良い相手がいて助かった」
「…狙いがあったのか?」
パラナの問いに、彼は素直に答える。
「私の拘束が、"抽出したスキル"を装備した相手でも正常に働くと錯覚できただろう?」
「……お前、それをどこで」
彼の言葉にパラナも不信感を込めた目で見るが、彼は愉しげにカラカラ笑う。
「状況判断だ。―なに、この結論に至った要素は少なくない。
まずは我々闘技者にスキル持ちをあえて採用していること。次に"医療"のアクレが話していた"抽出"という単語と、アイツの精神障害だ。最後に、亡国の連中の証言―スキルを持った軍隊だ」
彼の回答で納得したパラナは、静かに聞いた。
「……お前は、この国の軍隊とでもぶつかるつもりか?」
「無論、お前が望めばな」
マクスウェルは悪魔のような笑顔を絶やさずに答え、パラナは悩ましげに眉間を押さえて沈黙した後、彼が答える前に、マクスウェルは続ける。
「もう一度言っておくが、お前が望むのならば、私は応えてやろう。そういう"契約"だろう?」
パラナは今更ながら、己が契約したのはただの強いだけの王ではなく、反抗心がないだけの"悪魔"であったことを理解した。
「…あぁ、考えておこう」
苦し紛れの応えにマクスウェルは意味深な笑顔で笑う。
「その日が来ないことを祈るよ」
「心にもないことを」
「分かるか?」
笑顔を絶やさないマクスウェルに向けて、パラナはため息まじりに聞いた。
「お前とも付き合いは慣れてきたからな。多少はお前の考えてることも分かってくる。
ただ、お前は不意を突きたいだけだろう?」
パラナの言葉にマクスウェルは嬉しそうに答える。
「御明察。一瞬の油断を突ければ、余程のことがなければ、どんな状況でもひっくり返せる。それに、底を見せないというのは、仮に次があったにしても警戒をさせられるからな」
「…全く、お前という奴は」
楽しそうな彼に対して、パラナは疲れた風に首を振るが、少しだけ喜んでいるようにも見えた。
彼はひとしきり笑ってから、背中を向ける。
「じゃあ、私は部屋に帰るよ。また何かあったら呼んでくれ」
「マクスウェル」
「どうした」
最後に、と言わんばかりに名前を呼ばれ、彼は足を止めるも振り返らずに聞いた。
「お前を、信じていいか?」
その問いの真意は何か、と野暮なことは聞かず、マクスウェルは振り向くこともなく即答した。
「勿論」
言い切った後、彼は振り返って困ったように腕を組んだ。
「―どうやら私は、"信頼"はされないが、"信用"はしてもらえることか多いらしいな。
まぁ安心しろ、"何があっても"、私はお前の味方だよ。
―じゃあ、良い夜を」
それだけ言って、彼は再び背中を向けて歩き出した。
「あぁ、良い夜を。
―ありがとな」
大きな背中に投げかけた、パラナの最後の言葉は、扉の開閉音にかき消されていった。




