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七日目 姫様

 マクスウェルは一度も振り返ることなく、戦場を後にし、真っ直ぐ食堂に向かう。その道すがら、破れた服や傷も治しておいた。

 その扉を開くと予想に反して先客が一人居たようで、明かりがついたままになっていた。

 十人程度は問題なく入れ食堂でぽつんと一人、行儀よく座っていたのは一人の女性。

 見た目は20前後、長い金色の髪は後ろで纏めて髪留めで留めていた。服は一見質素なものの、所々に刺繍をアクセントにした黒いカーディガンの下には薄い灰色のシャツが見える。ぼんやりと虚空を眺める淡い碧色の美しい瞳に、白い肌と端整な顔立ちは、おおよそこの血生臭い闘技場には似合わない。

 そんな彼女を観察していると、こちらに気付いたのかおずおずと会釈した。彼もそれを返し、声を掛ける。


「同席を失礼して良いかな?」


 マクスウェルの言葉に少し意外そうにして、小さく笑った。


「えぇ、どうぞ」


「では、失敬」


 彼は向かい合う形で席に座り、一息つく。


「さて、貴方は皆のものに"姫様"と呼ばれる方で間違いなく?」


「―そう言う貴方は、"天魔"でよろしいでしょうか?」


 先には名乗らず、彼の名前を確認した彼女に対し、マクスウェルは失礼、と笑う。


「えぇ。先に名乗るのが礼儀でしたね、私は"天魔"、名をマクスウェルと呼びます。よろしければお見知りおきを」


 彼の名乗りを聞いて、彼女もようやく納得して名乗りを上げる。


「不本意ではありますが、私は皆様から"姫様"と呼ばれていますわ。

 天魔様のことはサクから良く聞いています。とても強い方と」


「私は成すべきことをしているまでですが…お褒めの言葉として受け取っておきましょう。して、私のことは天魔、もしくはマクスウェル、長ければマクスでよろしいですよ」


 彼も様付けは今更むず痒い感じがするため、訂正を求めると彼女はいたずらっぽく笑う。


「それならば、私のこともトルーカで呼んでいただけますか?」


「では、トルーカ。これでよろしいですか?」


「えぇ、よろしくお願いします、マクス」


 二人は礼儀正しく会話を交わしてから、同時に大きく息を吐いた。


「私から始めたが、この畏まった会話止めていいか?」


「奇遇ですね、私も疲れてきたところでした」


 そう二人は笑って、マクスウェルは立ち上がる。


「紅茶はお好きかな?」


「お願いしても? アクレさんからも評判と聞いてますしね」


 思ってもいなかった名前が出てきて、彼は不敵に笑った。


「おや、ハードルを上げてくれるじゃないか。任せてくれ」



 ―薄暗い食堂に紅茶の香りが漂い始めた所で、彼女が声をかけてくる。


「やはり、私は目立ちますかね?」


「…私から見たら目立つな。お前はこちら側にいるにしては美しすぎる」


 マクスウェルが率直な感想を告げると、彼女は照れ隠しに笑う。


「お上手ですね」


「茶化すな。私は率直な感想を述べたまでだ」


 紅茶が入り、ブラウニーを添えたティーセットを彼女の前に並べ、彼は一転真面目な顔で話し出す。


「それで、"亡国の"姫様が何でこんなところにいる?」


 ―瞬間、彼女の顔から余裕が消え、不安の色が濃くなった。


「……場馴れはしていないようだな。

 ただの発破に引っかかるな」


「どう、して」


 マクスウェルの指摘は聞こえなかったようで、一瞬で正体を看破されたと思いこんでいる彼女は席を立とうとするが、彼は魔力を使って足だけ拘束する。


「話を聞け。私はお前に危害を与えるつもりはないし、下手にここで騒ぎを起こせばお前の損にしかならない。

 一息吐いて、落ち着け。私がお前の敵なら、既に拘束している。

 今、逃げられないようにしているだけなのは、何故か落ち着いて考えてみろ」


 彼の冷静な指摘に、しばらくパニックを起こしていたようだが、少ししてようやく落ち着いたのか、大きく息を吐いて紅茶を口に含んだ。


「…何が狙いなのでしょう」


「一言で言えば、亡国の協力者が欲しかった」


 マクスウェルは即答するが、意味のわからない回答に、更に混乱している彼女に説明する。


「今、私の部下には亡国の元貴族の娘がいてな。最近ようやくまともな関係を築けたのだが、如何せん"不安要素"が強すぎてな。

 ならば、せめての支えにと亡国の生存者を探していただけだ。無事な同郷の士でもいれば、まだ励みにもなると思ってな」


 マクスウェルはそこまで話して、さて、と話を戻す。


「私の狙いは、君さえ良ければ私の部下と交流して欲しい。対価になるかは分からんが、君が望むなら闘技場の中で、私の手の届く範囲に限るとはいえ、君たちの護衛になろう」


「…名前は―」


「それは言えない。君は、きっと聡明だ。あまり事前に情報を与えるのは得策とは言えないからな。ただ、私が言っているように、きっと君にとっても同郷の者だ」


 ぴしゃりと言い切り、彼女の目にも迷いが見えるが、仕方ないと言いたげに頷いた。


「えぇ、分かりました。マクスの提案を受け入れます」


「それは良かった」


 彼も安心したように笑うが、トルーカはそれでも、と付け加える。


「サクに同席していただいても構いませんね?」


「あぁ、構わん。妙な動きをしたら抑えてくれる役もいると助かるからな」


 マクスウェルも素直に応じて、ティーカップに手を伸ばす。


「堅苦しい話はこの辺にしておいて、お茶を楽しもう」


「…、えぇ、そうですね」


 静かな食堂で、マクスウェルはどこからかメモを取り出して、書き込み始める。


「…何をされてるんですか?」


 彼女はそれに興味を示し、紅茶を啜ってから隠すことなく答える。


「献立表を作ってる」


「思ったより家庭的」


「私のいる屋敷の料理長と仲良くなってな。何故か仕込みついでに、何品か作ってくれと頼まれてしまった」


 嫌そうに言っているものの、表情は何処か楽しそうに彼は答える。


「料理が得意なのですか?」


「雑務全般で私は並以上には出来るよ。何せ、私の自慢の執事"直伝"だ」


 彼は意味深げに笑い、メモに書き込みを続けていく。


「それにしても、珍しい文字を使いますね」


「読めるのか?」


 気になったのか、彼は手を止めて聞き返すと、彼女は首を横に振る。


「いえ、見たこともない文字だったので」


「そうだよな。私の使う文字は異界の言語だから、分からなくて当たり前か」


「マクスは、召喚者だったんですか?」


 トルーカの言葉に、彼はそうだな、と手を動かし始めて答える。


「今の主―パラナに呼び出された。まぁ、契約も結んでしまった手前、あいつの目的も知りたいから付き合ってる感じだ」


「そうなのですね!」


 途端に、目を輝かせて彼女が食いつき、その勢いでテーブルにぶつかってカップを揺らす。


「あ、すみません。つい興奮してしまって…」


「テーブルは汚れていないから大丈夫だろう。

 ところで、君は異界に興味があるクチかな?」


 一切動じることなく、彼はお代わりの紅茶を注ぎ足しながら聞いてから、笑う。


「…いや、聞くのは無粋だったな。興味があれば、話そうか?」


「是非!」


 俄然元気になった彼女は、子どものような眼差しで彼を見つめ、マクスウェルもどこからか追加の茶菓子を取り出してから話しだした。


「さて、私の世界には機械と魔法の二つが共存していてな―」

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