七日目 vs砂雲
その後、お互いに技術の交換会を終え、機神とは別れることになった。
その間に試合も進んでいたようで、気がついたら次の試合を告げる呼び出しがあった。
「ん、もうこんな時間か」
モニターに映る文字は読めないものの、表示されているトーナメント表のようなものから、彼にも状況は理解できた。
「みたいだな。
ここを勝っても、次までの時間は短いだろうし、近くに居ろよ」
何だかんだでずっと共にいたクルドがそう言って立ち上がり、こちらを向く。
「じゃ、最後に案内するか」
「そうだな、よろしく頼む」
マクスウェルも立ち上がってから、軽く伸びをして彼の後に着いていった。
―もう見慣れた闘技場。未だに雨の降りしきる会場は、今までの戦闘の跡が残っており、初戦の時と比べて破壊されている箇所も随分増えている。
今回は彼よりも早く訪れていたようで、雨を気にした様子もない、金色の髪で目元を隠し、表情が読めない大柄の青年―"砂雲"が待っていた。
『さぁ始まりました二回戦! まずは初戦を砲撃一発で逆転させた"天魔"! 今回もどんな試合を見せてくれるのでしょうか!?』
「別に電磁砲一発で終わらせたつもりはないのだがな…」
司会のコメントに聞こえないことがわかっていながらも苦言を呈す。
当然、聞こえているわけもなく姿は見えないものの、声から女性と分かる司会の話が続く。
『相対するは、掴み所がないと様々な所から言われている"砂雲"!
先の試合では、"人食い"相手に一方的な試合で完封しました!』
「…リンが?」
気になるコメントが聞こえ、彼が首を傾げるも、薬で理性が飛んでいるリンならばあり得るか、と一人で納得してしまった。
「さて、と」
彼は息を吐いて集中させると、雨も喧しい司会の声も聞こえなくなる。
(昨日の"挨拶"で、敵のスキルは一つだけ分かっている。名前にもある通り、主力となるのは恐らく"粒子化"のようなスキルだろう。
問題はその範囲や特性といったところか。流石に似たような真似をするのはこちらとしてもリスクがあるからやりたくないんだが…どうしてくれようか)
先日の記憶を頼りに戦い方をどうするか悩んでいる間に、開始を告げるゴングが鳴った。
刹那、相手の体がそのものが粒子化し、周囲に広がり散っていく。マクスウェルは動じることなく、周囲に意識を張り巡らせて、奇襲に備える。
後方で粒子が収束し、人の形を作った瞬間、そちらを向いて走り出すが、接近する前に再度粒子化、その姿が消えていく。
「…面倒だな」
捉えところがないのもあるが、何より雨の影響もあって目で追うのが困難になっており、待ちに徹するしかない。
マクスウェルは深追いはやめて立ち止まり、意識を集中させる。
―少し待っていると、頭上に気配を感じ、即座に前に走って回避すると、元々いた場所に砂雲がナイフを突き立てていた。
すぐに振り向いて追撃をする前に彼は再び霧散し、消えていく。そこで追いかけるのは止めて、立ち止まって砂雲の襲撃を待ち、今度は死角から襲いかかる彼の刃を、今度は魔力を込めて硬化させた腕で正面から受け止める。
「随分な挨拶だな、砂雲。
そんなに殺気まみれでは奇襲を仕掛けてもバレバレだぞ?」
「―!!」
髪で隠れた顔は間近で見ることでようやく読み取れた。
悪鬼の形相でこちらを睨みつけるが、マクスウェルの腕を切り裂くことは出来ず、力においても拮抗しており二人は膠着状態となる。
マクスウェルはナイフを弾いて均衡を崩し、霧散する隙を与えずに返しの突きを放つが、それは受け止められ―彼の腕が粒子と化して散っていく。
「ちっ」
マクスウェルは咄嗟に後ろに引くが、手首から先が砂のように崩れ落ち、まるで元からそうであったかのように、出血も起こらない。
「……」
痛みもなく、体を変質化させられたことを理解した彼が、魔力を集中させると、ゆっくりと粒子が集まってきて、断面から新たに手が構築されていく。
「なんで、治せるんだよ」
苛立って彼が呟くと、手を元通りに再生させた彼は、自慢げに答える。
「仕組みを理解すれば、再構築は容易だ。
おまえも"機神"と似たタイプのスキルだろう? 見た所、お前の粒子化は、物質の変性と再構築を行うタイプのスキルと見た」
「……、」
彼は何も答えずに、全身を粒子化させて姿をくらます。
マクスウェルは飽きたと言わんばかりにため息を吐いて、再び出現を待つことにした。
気配を察知し、そちらに向いたところ、視界の先にあったのは粒子の塊であり―左の脇腹に激痛が走る。咄嗟にそちらを向くと、一部だけ具現化した手が、彼の腹にナイフを突き立てていた。
「ちぃっ…!」
振り払うように腕を振り回すも、手は粒子化して彼の手から逃れていく。次の瞬間、背後からサーベルが彼の胸を貫いた。
「……!」
悲鳴は挙げず、彼は血を吐き出しながら胸から生える刃を掴み、根本をへし折って振り向いた。しかし、その時には砂雲の姿は消えており、彼の手には折れた刃の欠片が残っていた。
気道を傷つけられ、軽く咳き込みながらも傷口を押さえると、ゆっくりと傷口が塞がっていく。しかし、悠長に治療している暇は与えられる訳がなく、彼は耐えきれずにその場から逃げ出した。
粒子の霧が逃げる彼を追いかけるが、逃げながらずっと彼の手に残り続ける刃の断片を思い出した。
「…?」
一つ、気になった事があって、彼は手に持つ断片に魔力を込め―それは瞬く間に炭化して空に消えていく。
その瞬間、粒子の霧の動きに変化が生まれた。苦しむように動き回ってから、人間の姿を形作る。
「天魔…っ!! てめぇ…!」
苦しそうに呻く彼を見て、マクスウェルは疑問を確信に変える。
一転攻勢と判断し、彼は有無を言わせずに粒子化する隙も与えずに彼の顔面を殴り飛ばした。
治りかけの傷口が開き、血が滲んでいたが、彼は気にする様子もなく攻めたてる。
倒れ込むより早く一歩踏み込み、更に顎に一発拳を叩き込み、砂雲の体は大きく吹き飛んでいく。
跳ねた血飛沫が粒子化し、瞬く間に鉄の針として彼を襲うが、魔力を守りに集中させて全て防ぐ。しかし、それに一瞬意識を持っていかれた隙に砂雲も体勢を整え、口に溜まった血を吐き出した。
「クソがぁ!」
暴言を吐いて、再び粒子化し、死角から彼の頭部に触れて、一撃で勝負を決めようと迫るが、彼が実体化した時にはマクスウェルはそちらを向いていた。
彼に触れようとした右の手首を掴み、魔力を送り込んで骨を軟化させる。そしてそのま迷いなくへし折った。
「――!!!」
悲鳴が会場に響き渡るが、彼は気にせず、手首を掴んだまま返しの拳で殴り飛ばすと、へし折った手首が千切れ、そのまま焼却した。
咄嗟に傷口を粒子化させたことで、出血は免れたが、彼は辛そうに肩で息をする。開いた傷口を治療しながら、それを冷ややかな目で見下して、彼は勝手に話し出す。
「私の立てた仮説だが―お前、粒子化させることができるのは自分と触れた有機物だけだな? そして、自分の鉄分やカルシウムを使って凶器を形成することも出来るが、当然それは体から離れてしまったら回収は触れるまでできない。
それでもまだ繋がっている内は肉体として認識されているようだが、回収できない形に変質してしまったら、その損失が一気に来る。
はてさて、真実はどうかな?」
「―っ、知らねぇなぁ!」
まだ心は折れておらず、砂雲は再び粒子化して姿を消す。
「お前も、懲りないな。そろそろ飽きたぞ」
マクスウェルはつまらなそうに脱力し、頭上から一部だけ具現化した一太刀に見向きもせず、体をずらして避け、更に正面から来る追撃の手を屈んで避ける。
彼が避けた先に、懲りずに今度は全身を具現化させて真正面から刃が迫るが、彼はマナを魔力で固めた剣で受け止めた。
「昨日、リンに言ったことを忘れたか? 単調になるな。パターンを増やせ」
「…テメェさえ居なければよぉ!」
砂雲はマクスウェルの話を聞く様子はなく、彼の剣を弾いて攻めたてるが、彼は冷静に一手ずつ確実に受け止めていく。
何合も切り結び、再び鍔迫り合いになったところで彼は聞く。
「なんだ、お前も"赤の天使"を殺したかったクチか?」
「あんなんどうでもいいよ! 姐さんは、俺のモノになる筈だったのによぉ! テメェが奪っていったんだろうが!!」
「…あぁ、」
彼の言葉を聞いて、彼はようやく納得し―冷たい殺意を目に宿す。
「お前、バイーアの闘技者か」
マクスウェルは、砂雲の剣の腹部分に自身の刃を滑らせて叩きつけるように振り払い、刃をへし折った。
「は…?」
簡単に刃を折られ、一瞬隙を見せたのを見逃さなかった。彼は肩に刃を突き立て、そのまま骨の隙間に沿って切り落とす。
集中した彼には悲鳴すら聞こえることはなく、魔法の剣を消し去って腹部に拳を突き刺して顎を下げる。そのまま返しの手で顎を膝で蹴り上げ、後方に飛んでいく。再び剣を作り出し、彼に向けて迷わず投げつけた。と同時に、砂雲は粒子化して追撃をかわし、切り落とした腕とへし折った刃も回収して逃げ出した。
「…、」
マクスウェルは何も言わず、構えを解いて大きく息を吸う。
しかし追撃はなく、砂雲は闘技場の隅に逃げ込んで休息していた。それを見ていた所、彼の体が不思議なことに軽くなる。
それに応じるように、彼の傷口が瞬く間に塞がっていき、砂雲の息も整っていく。
「スキルの覚醒、か」
"赤の天使"と同じ現象を目の当たりにし、それに応じて彼の呪いが緩和する。―本調子とは程遠いが、この殺意を実行するには十分な魔力も確保できた。
それを理解して、彼が砂雲の出方を見ていると、一瞬で彼の体が霧散して、マクスウェルの周囲に集まっていく。その一角から、彼に向けて手が伸びるが、それと同時にマクスウェルは再び生み出した剣で切り落とす。しかし、すぐに霧散して周囲の雲に取り込まれ、一息置く間もなく新たな腕が―何本も伸びてきた。
それでもマクスウェルは動じることなく、"加速"もとい"クロック・アウト"を使用して全ての腕を切り落とす。
この方法も通じないと理解したのか、粒子の雲は上昇したところで一つに固まり、直接飲み込もうとしてきた。
「お前、機神との戦いを見ていたのか?」
マクスウェルが馬鹿にするように呟いた所で、彼の姿が雲に飲まれた。その直後、視認できるほどの放電が起きた。
防御の膜を張って、砂雲との接触を防ぎ、電撃で反撃をしたが、雨でしっかり濡れていたこともあって、効果はてきめんだったようだ。
粒子化を維持できず、電熱で焼け焦げた砂雲が必死に"再生"のスキルで回復を図っているが、マクスウェルは無言で剣を片手に近付いていく。
砂雲の逃げた先に辿り着いた所で、剣の切っ先を下にして振り上げ、振り下ろす。すぐに引き抜き、もう一度突き刺す。抜いて、刺す。抜いて、刺す。抜いて―
―足元が血溜まりで真っ赤になった頃には、砂雲は二度と動くことはなかった。
彼の死骸に一瞥することもなく、彼は無言で背中を向け、沸き立つ会場の声も聞こえないまま、その場を後にした。




