七日目 vs機神 前半戦
パラナの屋敷から出る時点で覚悟はしていたが、闘技場も土砂降りの雨で、通路を歩いていたマクスウェルは、通路に響く雨音に紛れて溜め息をついた。
濡れるのが嫌、というより雨天による事故が懸念となるからだ。
彼は気分が乗らないまま、通路を進んで会場に辿り着いた。
観客席は当然のように屋根や雨を避ける透明の防護ガラスのようなものがついており、雨に濡れない作りとなっているが、闘技場自体は全く雨を避ける作りにはなっておらず、天井はなく、曇天の中雨が降り注いでいた。
「…はぁ、」
面倒だ、と思いながら彼は静かに会場に進んでいき、魔力の膜を張って、相手となる闘技者を待つことにした。
しばらくすると、奥の通路から人影が見えてきたところで、いつもの喧しい拡声器の声が響いた。
『悪天候の中、長らくお待たせしました! 各地の皆様方、今日もよくぞいらっしゃいました!
これより、本日の闘争を始めさせていただきます!
早速初戦に移らせていただきますが、まず、既に待機しているのは以前、"赤の天使"を殺した"共鳴"と呼ばれる新しいスキルを持つ闘技者! 勝率は常に半々、天使となるか悪魔となるかは運次第! 故に"天魔"!!』
「趣味の悪い名前だ」
カモフラージュを解除し、窮屈そうに畳んでいた翼を広げたマクスウェルはそう呟き、土砂降りの中、濡れることなく対戦相手を待っている。
通路の奥から、それはゆっくりと姿を表したが―一言で言えば、鉄塊。人型をした、真っ黒な鉄の塊がゆっくりと歩いてきた。
『さて、対戦相手は何の因果か、"赤の天使"との因縁も強い闘技者!
しばらく休戦していたようですが、本日から復帰致しました!
その外装から、男性からの絶大的な人気の闘技者! その本質は"進化"であり、"創造"のスキル!
誰が呼んだか、"機神"!!』
高さ5mほどの人型の鉄塊は司会の呼び声に応えるように片腕を上げて、金属音のような唸り声を挙げる。
「…成る程、機械の身体というわけか。さながら、スーツ…いや、アーマーと呼ぶべきだな」
敵の能力を把握し、マクスウェルはスキル持ちを前にして、取り戻した魔力を放出し、己の手足と翼を魔力の鎧でコーティングする。
巨体の機械に対し、彼は機械で補強したサイボーグの方な姿となり、会場のテンションは更に上がる。
『お互い準備は万端というわけですね! それでは、初戦―開始!!!』
戦いを告げるゴングが鳴り、彼らは同時に飛び出した。
機神の脚部にはタイヤが着いており、それは雨に濡れた地面もしっかり捉えて迫ってくる。
彼も地面を滑走し、お互い中心付近に近づいた瞬間飛び上がり、拳を握りしめる。
その勢いのまま、機神の拳と正面からぶつかり、衝撃波が一瞬走り、マクスウェルは力負けして吹き飛ばされる。
雨に濡れた地面を転がった勢いのまま器用に飛び上がり、空中で体勢を整えて着地する。魔力の膜で体を覆っており、傷どころか濡れてすらいない状態で、感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりする。
そして正面を向いた途端、迫りくるアームを流れるように避けて、腕から伸びるワイヤーを掴み取る。彼が掴んだ途端にワイヤーが巻き戻り、彼ごと引き戻そうとするが、引きずられながらも無理矢理ワイヤーを振り回して後ろに向けて投げ飛ばした。
ワイヤーに引きずられ、摩擦で熱を持ったのか湯気が立ち上る魔力の防具を作り直し、マクスウェルは静かに壁に張り付いて直撃を免れた機神を見る。
蛙のような体勢で壁に張り付き、こちらを見つめる顔の口部分が開き、銃口が彼を狙う。
軽快な音と共に、弾幕が彼を襲うが、マクスウェルは右手を突き出すと魔力の盾が作り出され、それを防ぐ。破れる素振りもない盾にしびれを切らしたのか、銃口が引っ込み、更に口径の大きい―砲塔が現れ、小さなミサイルが射出された。
「―!?」
流石に驚いたマクスウェルは盾を消し去って、咄嗟に後方に飛んで逃げるも、着弾による爆風に巻き込まれ、木の葉のように吹き飛ばされる。
それでも彼はうまく受け身を取って、すぐに立ち上がる。が、その眼前には機械の腕が迫っていた。
彼はその腕に掴まれ、地面にめり込むほど強く叩きつけられる。身動きがとれない隙に機神が後方に下がると同時に再度ミサイルが放たれ、避ける間もなく直撃した。
雨に打たれながら、爆煙の立ち込める戦場で機神が咆哮をあげる。
それに応じるように、暴風が煙を晴らし、その中から焼け焦げたスーツのマクスウェルが立っていた。
火傷痕が至る所にあるものの、五体満足であり、その目の戦意は失われていなかった。
「…全く、」
いつの間にか消えていた手足の装甲を纏い直し、一息吐いてから駆け出した。
機神は多少余裕があるのか、距離を離す様子もなく、彼の接近を待ち、射程に入った瞬間片腕を叩きつけるが、軽々と回避。そのまま懐に潜り込んだ所で脇の部分が開かれて、拘束するためのワイヤーが飛び出して来た。
彼はその不意打ちも躱して、開いた部分に手を差し込み、そこから魔力を電気に変換して放電した。
可視化するほどの電流に加え、雨に晒されていることもあって通電性が増しており、轟音と共に機体が崩れ落ちた。
巻き込まれないよう、マクスウェルはすぐにその場から離れ、対象の沈黙を確認する。数秒経っても動く気配を感じなかったのを確認し、再度彼が襲いかかった瞬間、機神が再起動し、その巨躯が動き出す。
マクスウェルの拳はその腕に阻まれ、薙ぎ払われて木の葉のように飛んでいく。
彼は空中で回転して体勢を整え、何事も無かったかのように着地、手足の装甲が砕け散り、右腕に収束―藍色の砲身を装備する。
「科学で私に喧嘩を売るなら、買ってやろう」
砲身は唸り声を挙げながら光だし、マクスウェルは重心を落とし、 それを突き出して左手を添えて照準を合わせる。
それに嫌な予感がしたのか、機神が地面を滑りながら高速で接近してくるが、彼は動じずに構えたまま待機する。
攻撃を阻止するため、彼を拘束しようとアームが伸びる。それを数歩ずれて避けた所で、小気味の良い音が鳴り―ソレは機神の眼の前で炸裂した。
轟音と共に壁にぶつかる音がして、機神の体は向かい側の壁まで吹き飛ばされていた。
地面に残る弾丸の痕には、放電の跡が残っており、マクスウェルは砲身を消し去って、再び装甲に直して呟いた。
「―"電磁砲"」
それは魔力で作り出した砲身に、魔力で磁力を帯びさせた適当な瓦礫を弾丸として装填し、射出する際に磁場を生み出して繰り返し反射による加速を与えることで、加速度的に速度を上昇させて撃ち出すことのできる弾丸。磁力を与える際に空気抵抗も打ち消すようにコーティングすることで、短距離の砲身でも殺人的な速度を実現することが出来る。
その一撃を受けたとしても、機神はまだ壊れない。ひどく損傷をしているように見えたが、それは瞬く間に再生されてしまう。
「"再生"…とは、少し違うようだな」




