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七日目 いつもの朝

 いつものような朝。薄手のシャツとパンツ一枚姿で、大きな翼で体を包んで眠っていた彼、マクスウェルは日の出前に目を覚まして、体を起こす。


「ん、」


 大きく伸びをして、一緒に畳んでいた翼を思い切り広げる。そして一つ欠伸をしてからソファーから立ち上がり、指を鳴らすと、いつもの真っ黒な執事のようなスーツに切り替わった。


「さて、今日もいい天気だな」


 彼は髪を指で漉いて整えながらカーテンを開けて、土砂降りの空を見て皮肉っぽく笑う。それから部屋の奥の寝室で眠る協力者こと、シナロアが目を覚ましていないことを確認して、静かに部屋を出ていった。



 いつものように調理場に一番乗りをし、昨日の夜にシェフから聞いて、自分で書き留めていたレシピ帳を確認してから、一足先に朝にやる下処理を進めておく。ある程度片付いた所で他のシェフが調理場に入ってきて、お互い軽く手を挙げて挨拶した。


「おはよう料理長、今日は随分良い野菜が入ってきたな」


「お前さんは見たら分かるか! 今年は野菜のできが良くて、豊作らしいぜ」


 髪が入ると衛生的に悪いから、という理由で髪を全部剃っている、小柄であるもののガタイのいい料理長が上機嫌に話し、彼も籠に積まれた野菜の山を見て頷いた。


「成る程。ところで、他に手伝うことはありそうか?」


「いや、ここまでやってもらってるし、特には無いな。

 ところで、今日から2人分でいいんだろ?」


 下処理を終えた野菜の山を置きつつ聞くと、逆に質問された。


「あいつについて、話したことあったか?」


 話したことのない同居人のことを不思議そうに聞く彼に対し、料理長は少しバツが悪そうに笑った。


「まぁ、なんというか…坊っちゃんの御付きの三人から、な」


「成る程。

 まぁ、部屋は違えど同じ屋根の下で暮らす者には変わるまい。むしろ、先に把握しくれるなら、私としても説明が省けて助かるよ」


「そ、そうか!」


 本人の許可を得ずに、プライベートを知っていたことに対して、咎められると思っていただけに、彼は嬉しそうに笑い、彼の用意した野菜を受け取った。


「じゃあ、2人分を後で作っておいてやるからさ。どうせ他にも手伝いに駆り出されてるんだろ?」


「あぁ、感謝する」


 料理長の言葉を素直に受け止め、マクスウェルは手を挙げて部屋を去っていった。



 掃除、洗濯の手伝いを終え、調理場に戻った時には、食事が出来ており、それを持ってマクスウェルは部屋に戻っていった。


 いつものように、あてがわれた客間の扉の前でノックをすると、普段は返ってこない返事が返ってきた。


「どうぞ」


「入るぞ」


 返事を確認して、マクスウェルは扉を開けて中に入る。

 片付けられた客間のテーブルにはクロスが敷かれており、観賞用の生花はいつの間にか窓際に片付けられており、いつの間にか水やりも終えていたようだ。


「お疲れ様。もう仕事は一段落したの?」


 同居人であるシナロアは、彼が渡したスーツに着替えており、着ていた寝間着は綺麗に畳んで、他の寝具と一緒に重ねて部屋の脇に運んでいた。


「あぁ、朝飯も貰ってきた」


「ありがとね。あったかい内に済ませようか」


 部屋の隅に纏めて置いて、彼女は一息吐いてからそう話し、彼もテーブルに食事を置いて、ソファーの片側に座る。

 彼女は彼の対面になるように座って、小さく祈りを捧げた。


「神への祈りか?」


 彼女の仕草を見ていた彼は、興味なさそうに聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに答える。


「少し違いますね…なんというか、まだ夢のような気がして」


「夢?」


「そうですね、夢。あんな所で過ごしていた時は想像できないくらい、良くしてもらっていますし。

 夢ならば覚めないでほしい、とつい」


 彼女の言葉を聞いて、マクスウェルは笑う。


「残念ながら現実だ。まぁ、今後どうなるかはお互いの努力次第だろうがな。

 まぁ、私も頂こうか」


「お互い…?」


 そう言って、早速朝食のパンと野菜のスープに手を付け始めたマクスウェルに向けて、不思議そうに聞くと、彼はそれはそうだろう、と話し出す。


「私が結果を出せなければ、追い出される可能性もあるからな。

 私の推測だが、奴は私を追い出せるだけの稼ぎは初日で稼いでいるよ」


 彼の話を聞いて、彼女の手が止まった。


「え…?」


 驚きの表情の彼女に対して、彼はナイフで魚のムニエルを切り分けながら話を続ける。


「あくまで推測だがな。

 ところでお前はこの前、私の契約書を読んだのを覚えているか? 私もアクレに読んでもらったのだが、あれには契約の終点は書いていない。少し前にさり気なく聞いてみたが、奴は金を稼ぐ以上に、私の手綱を握っていたいらしい。話しぶりからして、闘技場の内容に関係なくな」


「…、つまり、マクスは」


「そうだな、要は奴は私にただの興業以外の価値を見出しているらしい」


 さもどうでも良さそうに、魚を頬張りながら彼は続け、半分に千切っていたパンの残りに手を伸ばす。


「もしかしてだけど、貴方が私を買い取ったのって…」


 彼女もスプーンでスープにを掬いながら言いかけたところ、マクスウェルは彼女の目を見て続けろ、と促してくる。


「パラナについて調べさせるのが目的なの?」


「ご明察。私は聡い子は好きだぞ」


 彼は茶化すように答え、彼女は満更じゃなさそうに苦笑し、彼は真面目な顔で続ける。


「それについては内密で頼む。

 腹の中を探られていい気がするやつは少ないからな」


「まぁどう言おうとこちらも買われた身だからね。出来る限りは協力するけど…何か策はあるの?」


 彼女の尤もな問いかけに対し、彼は笑って答える。


「私がこの国の歴史を知りたいからと言って、書斎の利用許可はもらってある。解読はお前に任せることも伝えてあるから、まずはそこからだな」


「えぇ…」


 早すぎる根回しに彼女も少し引いたが、彼は当たり前のように話し出す。


「事実、この国の歴史や現状の体制から見える背景もある。

 君は聡い子だ。私が求めそうな情報があれば、それを伝えてくれれば私もそれに応じて考察する」


「まぁ、貴方がそう言うなら…」


 彼の頼みに、彼女は少し困惑気味に応じ、マクスウェルは頷いてから残っていたスープを一息に飲み干した。


「さて、私は先に出ていく。

 気が向いたら闘技場に来てくれ。翻訳をしてくれるならそれはそれで有り難いからな。

 書斎への案内は、彼の従者に頼んであるが…何かあれば、私にも報告してくれ。場合によってはシバいてくる」


「え、もう別行動なの?」


 早急に立ち去ろうとしている彼を呼び止めるが、彼は振り返らずに言い放った。


「私にできる、為すべきことだからな。報告を楽しみにしている」


「あのさ―」


 彼女の言葉を扉の開閉音が遮って、彼は一人戦場に向かっていった。

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