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六日目 日常の始まり

 模擬戦を終え、アクレに結果を確認してもらい、問題なく契約の呪いが動作していることを確認もできたため、一旦戻ることになった。

 時刻は既に夕刻頃となり、窓から差し込む光も陰り始めている。


「何にせよお疲れ様。

 これから色々大変だと思うけどさ、頑張ってね」


「どうした藪から棒に」


 突然の労いの言葉に、翼と角をカモフラージュで隠した彼が聞くも、彼女は多くは語らず、力なく笑う。


「ま、色々さ。

 君には余り口を滑らせるのは得策じゃないから、そんなにヒントは出せないけども…あの子の件だったり、パラナの件だったりね」


「それは、あまりあいつを調べるなという警告か?」


 マクスウェルが単刀直入に聞くも、彼女はさぁね、と誤魔化した。 


「君の選択は君が決めることだからね。私に不利益が出るにしても、君を止められるかと言われると難しい。

 何せ、君は言った所で止まらないだろう?」


「まぁそうだな」


 真顔で即答する彼に対して、彼女は頷いた。


「だからね、私からはあまり入れ込むなって警告だけしておくよ」


「頭の片隅にでも置いておこう」


「うん、そうして」


 そこで会話は途切れ、二人は静かに病室に向かっていった。



 シナロアの病室に辿り着き、前と同じようにノックをすると、小さな声で返事が返ってきた。


「どうぞ」


 その声を聞いてから、念の為マクスウェルが扉を開けると、既に支度を整えていたシナロアが待っていた。


「あの…着てから言うのもおかしいんだけど、本当に貰って…いいんですか?

 間違いなく結構な値段する服ですよね…?」


「少なくとも仕事着は無いと困るだろう。私が見繕ったやつだから多少サイズが合わないのは許してくれ」


 彼女の服は、無地で薄手の患者服ではなく、マクスウェルが模擬戦前に用意していた、彼と同じブランドのスーツに変わっていた。彼は袖のあるスーツを着用しているが、彼女は袖のない、いわゆるベストのスーツに変わっている。下もスカートではなく、動きやすいズボンを履いていた。

 女性用であるが、少し大きめに見繕ってあり、彼女の細い体も相まって、着ている、と言うより着られているという印象のほうが強い。

 彼女も服の質感や着心地から、ある程度高価な物であると分かってしまい、困惑気味に聞くも、彼は首を横に振る。


「快気祝いと言うものだ。むしろ、こんな服しかすぐに用意できるものが無くてな。

 仕事で使う分には苦労しないだろうが、部屋着で使えるような、もう少しラフなのは後で用意する」


 彼は有無も言わさない雰囲気を漂わせて言い切り、彼女も反論できずに唸ってしまう。

 二人のやり取りが一段落ついたところを見計らって、アクレが咳払いをした。


「こほん、まぁ君等のことは君等で話し合ってくれ。

 何にせよ、今日付けで退院で大丈夫そうかね? 主治医として、許可は出せるけど、経過は出来るだけ見たいかな」


「そうか。定期的に連れて来る」


 マクスウェルが先に回答すると、彼女ももう何も言わずに頷いた。


「ん、そうしてくれ。

 退院祝いではないけど、君の薬も1週間分用意しておいたから、忘れずに飲んでね」


 薬の詰まった袋をアクレに渡されて、シナロアは素直に受け取って彼女に手を差し出した。


「、はい。お世話になりました、先生」


「じゃあ、お大事に」


 シナロアの手をしっかり握り、二人は別れの挨拶を終えた。



 ―アクレと別れ、彼らはパラナの屋敷に戻ってきた。

 まだ完全に日は沈みきっておらず、夕食前で屋敷は慌ただしく動いている。


「…、外は、こんなに騒がしいんですね」


 思えば、まともな状態でパラナの屋敷に戻ってきたのはこれが初めてで、彼の横を歩くシナロアは、静かに感想を述べた。


「そうだな。

 皆、働いてる。金のため、己のためにな」


 シナロアを連れていることもあり、顔見知りの人々と何度もすれ違うも、彼は軽い会釈で済ませてそう答える。


「私は、馴染めるのでしょうか」


「それはお前次第だ。

 少なくとも私は馴染めたが…コツは、偏見を持たないことだな。

 ここにいるのは、お前の仇でもなんでもない。皆、お前と同じ人間だ。そして、皆が皆個性を持っている。当然、合う合わないというものはある筈だ。

 それを拒絶するか、受容するかはお前次第だ」


「…、」


 マクスウェルの言葉を聞いて、黙り込んでしまった彼女に向けて、彼は笑いかける。


「コツはもう一つ。そんなに気張らないことだ。

 堂々としていろ。それが不安で出来ないと思うなら、その時だけでも仮面を被れ。

 円滑に交流するために、仮面を被るのは何も悪いことじゃない」


「難しい、ですね」


 消え入りそうな彼女の言葉に、マクスウェルはそうだな、と前を向く。


「自分も相手も誤魔化す方法だ。だが、それをやらなければならないなら、その時だけでもやれるようにしておけ。

 私の世界に有名な言葉がある。"出来る"、"出来ない"じゃない。"やる"んだ」


「…出来る、出来ないじゃない、」


 マクスウェルの言葉を復唱する彼女に向けて、彼は頷いた。


「やるんだ。

 まぁ、相手は獣でも何でもない、言葉の通じる真っ当な相手だ。慣れれば問題はないだろう。

 ―さて、着いたな」


 そんな話をしている内に、部屋の扉に辿り着き、彼は先に扉を開けて一足先に部屋に入る。


「―お帰りなさい」


 彼女を迎える彼は静かに笑い、彼女もそれに釣られて足を踏み出した。


「―ただいま。これから世話になるね、マクス」


 こうして、元魔王と亡国の霊は協力関係を結び、明日の試合に備えることにした。

 これが日常になる、初めての夜になる。

人物紹介

マクスウェル/天魔

制限を付けられてしまった我らが魔王様。

相手のスキルの出力に応じて使用できる魔力量が制限されてしまったため、彼も戦闘スタイルを大幅に変更させる必要が出てしまい、平然としているものの頭を悩ませている。ちなみに契約を更新した後の体調不良は、周囲に弱いスキル持ちしかいなかったため。闘技者レベルのスキル持ちならば、体調の維持は可能である。

最近、彼の勘の良さがバレつつあり、各方面から警戒されてしまい、少しさみしく感じている。

いつの間にか、二つ名を付けられたが、こちらでも"魔"を冠した名前を与えられたのは少し親近感を感じている。

ちなみに魔王として即位していた時の二つ名は"魔法王"。


シナロア/亡霊

彼らのいる隣国の元貴族であり、パラナの父が率いる軍隊に蹂躙され、捕虜として捕まり、その後スキルを持つことが判明して奴隷として売られ、バイーアに買われた過去を持つ。

教養もあることから、彼の奴隷として舌を使うことを封じられ、多くの虐待や凌辱を受けてきていた。

そのトラウマから、彼らから与えられる無償の施しが怖くて仕方なかったが、本気で彼女を治療する姿を見て、少し信頼を得ることができた。

それでも彼女の心の傷は深く、アクレははっきりと話していなかったが、彼女に渡した薬の内、半分ほどは精神安定剤だったりする。

元貴族ということもあり、育ちは良いだけあって、状況判断はかなり早い。マクスウェルに奇襲をかけたものの、対処された瞬間に投降したり、更に不意打ちを潰されて為すがままになったのも、状況判断となる。


クルド/ヴェルディ/ドウル

パラナに従う、元軍人の従者の三人。年は左から上に36、27、21。身長は小大中で覚えてください。

彼の父親の命で軍から半分退役して、彼の従者となっている。パラナとの付き合いも長く、彼の最も信頼の置く部下であったりする。

しかし、あくまで部下として接することが出来ず、彼に対して思うところはそれぞれあるよう。

全員、マクスウェルに対しては、パラナが信用しているから信用しているだけであり、裏切った瞬間殺しても良いくらいには思っている。


???/総司令

パラナの父親であり、軍部の総司令。

軍を取り仕切るトップであり、パラナに対してどこか冷たく扱い、彼からも強く嫌われている。それどころか強いトラウマを抱えており、顔を合わせるだけで精神に不調をきたすほど。

関係性については誰も口外したがらず、詳細は不明。

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