六日目 模擬戦
シナロアとの協力関係を結んだところで、二人は後ほど迎えに行く、と伝えて部屋を去っていった。
「リンはどこにいるんだ?」
廊下を歩きながら、マクスウェルがアクレに問いかけると、意外な返事が返ってきた。
「闘技者だね」
「…? 今日は試合がないんじゃないのか?」
彼の問いかけに対して、アクレはまぁね、と返す。
「試合がない日は、一部の闘技者の訓練用の設備として貸し出してるの。リンはたまにそこに顔を出してるから、今日はそこにいるって訳」
「なるほどな」
マクスウェルは納得して頷き、そこでふと疑問を口にした。
「パラナからはそんなこと聞いた覚えが無いんだが」
「貴方、訓練とか必要なの?」
冷静なツッコミに、彼はしれっと言う。
「日頃のストレス発散にはいいじゃないか」
「他の闘技者をボコボコにしてストレスを発散させないの」
「そうは言うが、お前らも闘技者を使ってストレスの捌け口にしてるのだし、おかしな話ではないか?」
「…むぅ、」
マクスウェルの反論に対して、彼女―領主の子どもたち―の行動には思うところがあったのか、黙り込んでしまった。
場面は変わり、以前訪れた闘技場。前よりもずっと静かな廊下を歩いていき、試合をしていた会場に辿り着くと、既に二人の闘技者が組手を行っていた。
アクレはその隅で座り込んで、ボーっと組手を眺めていたリンを見つけ、声を掛ける。
「やぁ、リン。話してた通り、マクスウェルを連れてきたよ」
主の来訪というのに、彼は姿勢を正すことなく、座ったままこちらを向いた。
「主人、ありがとうな」
「はいはい。ところで、今日は誰が来てるの?」
彼女の質問に、彼は思い出すように少し唸ったあとに答えた。
「あーっと、"祝福闘士"と"砂雲"、あとは"機神"くらいかな」
「機神? 復帰したの?」
「みたいだな。今は祝福闘士の姫様のところにいるみたいだけど」
二人は短い会話をして、改めてマクスウェルに向き直る。
「さて、俺の相手も来たし、そろそろやりますか。
マクス、今のところ体調はどうだ?」
リンの質問に、彼は手首を揺らして、コキコキ鳴らしながら答える。
「この前お前とやったときと同じくらいの感覚だな」
「そりゃ良かった」
リンは笑って立ち上がり、会場の中心に向かっていく。
そこで、組手をしていた二人は彼らに気付き、特にアクレを見て一礼した。
「紹介は…しなくてもいいか。
こいつが例の闘技者だ。名前も少し着けられたみたいで、"天魔"って呼ばれることになったそうだ」
リンがマクスウェルの紹介をしたところで、聞き覚えのない名前が出てきて、彼は首を傾げた。
「私にそんな名前が付いてたのか?」
「みたいだぞ。まぁ、そんな名前で呼ばずとも、マクスウェルって言うからさ。お前らはそっちで呼んでくれ」
リンはどうでも良さそうに流し、しれっと彼の名前も伝えた。
「そうだな、慣れん名前で呼ばれても困惑するだけだ。
私はマクスウェル、長いと思うならマクスと呼んでくれ」
彼は二人にそう伝えて、軽く一礼すると、二人はそれぞれ見やってから、先に左側にいる―黒い髪を短く整えた上でたてがみのように立たせているものの、どこか犬っぽさを感じる、16ほどの少年が名乗りだす。
「俺は"祝福闘士"のサクといいます! この場で会えて光栄です!」
やはり話し方にも何処か犬っぽさを感じる少年が手を差し伸べ、彼もそれに応じて手を握る。
「あぁ、よろしく」
「そいつさ、"赤の天使"の戦いを見て、お前に憧れたんだってさ」
「あぁ、道理で…」
マクスウェルはリンの説明を聞いて、何処か納得したように彼の羨望の眼差しを受け止め、手を離した。
「…俺は、"砂雲"。闘技場で戦ったらよろしく頼むよ」
もう片方の彼―パーマのかかった金色のマッシュヘアで、髪に隠れた目の奥の感情は分かりにくい。身長は高めで、恐らく180以上はあるように見える。
彼も簡単な自己紹介をして、差し伸べた手をマクスウェルが掴もうとした瞬間、それは粒子化して消え去り、彼の顎に拳が突き刺さる前に、空いた片手でそれを受け止めた。そしてその拳を掴んだまま無理やり広げ、手を握る。
「あぁ、お手柔らかに頼むよ」
「…、そうだな」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、彼の手を振りほどいて会場の隅へと歩いていく。
「すみません、あいつ、貴方のこと嫌いなみたいで…」
サクは彼の代わりに申し訳無さそうに謝り、マクスウェルは首を横に振る。
「気にするな。好き嫌いは誰にでもある。
―リン、そろそろやるか」
「そうだな。サクも離れてろ」
「はい!」
彼は元気に返事をして、砂雲を追うように離れていき、その後ろ姿を見てリンが笑う。
「本当に、犬みたいだな」
「…お前もそう思ったか?」
彼の感想にマクスウェルも笑い―カモフラージュを解いて、翼と角が姿を現れる。
「じゃ、やるぞ」
「おう」
マクスウェルの合図と共に風が巻き上がり、砂埃がリンを包み―それが止んだ時に、巨人が目の前にいた。しかし、以前感じた狂気はなく、"天魔"の眼の前には"人食い"ではない、ただの巨人がいた。
「いくぞ、マクス!」
「あぁ、掛かってこい」
その言葉と同時に、高速の拳が振り下ろされ、彼の居た場所を抉り取る。
マクスウェルは飛んで避け、両手に光の弾を作り出し、撃ち出した。巨人は大きな腕でそれを防ぎ、振り払うように拳を振るうと、何かの空間に当たり、そこから振動が地面を伝う。
「―"地質操作"、」
マクスウェルがふと呟いた瞬間、彼の足元の地面が隆起し、槍のような鋭利な形に変化して突き刺さる。が、彼は魔力の膜に力を込めて硬質化、それを受け止めて、土の槍は砕け散った。弾け飛んだ土塊は目眩ましで、その隙に接近していたリンの蹴りが飛んでくるが、彼は流れるような動きで受け流し、そのまま足を掴んで地面に向けて一本背負いのような動作で地面に叩きつけた。
轟音と共に地面が揺れ、マクスウェルが追撃しようとした瞬間、彼の死角から土の砲弾が飛来し、彼の体を吹き飛ばす。
「―!!?」
流石に想定外だったのか、それは彼の体に直撃し、闘技場の端まで軽々と吹き飛ばされる。
「おぉ、当たるもんだな」
リンは意外そうに呟き、立ち上がったところで、マクスウェルも素早く体勢を整えて、立ち上がっていた。
「聞こえてるぞ。…お前、正気のほうが強いんじゃないのか?」
体に着いた砂埃を少し払い、ため息混じりに聞くと、彼も肩を竦める。
「俺もそう思うけど、一回キャラ付けされると色々厳しいんだ」
「成る程」
マクスウェルは納得したように頷き、彼に走り寄る。
一瞬"加速"して、瞬く間に距離を詰め、飛び上がった勢いで彼に殴りかかった。彼もそれを腕で受け止めるが、衝撃を殺しきれずに後退する。
地面に着地し、再び飛び上がって殴りかかる彼に向けて、再び死角から砲弾が襲いかかるが、彼は空中で魔法で足場を作り出し、それに掴まって腕の力で更に跳躍する。
「マジかよ」
太陽を背に、曲芸のように彼は縦に回転しながら、襲いかかる。
そのまま放たれたかかと落としはリンに直撃はしないものの、地響きと共に、地面に大きな亀裂を入れた。
リンが怯んでいる隙に彼は動き出し、拳を握ってリンの顔面まで跳躍して殴り飛ばす。
回避は間に合わず、彼の巨体が飛んでいく。そして、彼は再び足場を作り出して、追撃に向かうが、それを見越したかのように彼の眼前に土の壁が作られるが、それすら蹴り壊して、倒れ込んだリンの腹にもう一発拳をぶち込んだ。
「―まぁ、こんなものだな」
彼の攻撃をまともに受けて、ぐったりとしたリンに向けて、彼がそう言うと、うめき声のような返事が返ってきた。
「やり返す気も起きねぇからそうしてくれ。…お前の相手はホント嫌だな」
「そう褒めるな」
「どう解釈したらそう受け止めるんだよ」
誇らしそうに笑う彼に対して、リンは不満そうにツッコミを入れた。
組手を終え、寝たまま"巨人化"を解除したリンは腹を押さえながら体を起こす。
「とりあえず感覚は掴めたか?」
「なんとなくな。問題は、あまり遊ぶ余裕が無いくらいか」
「…まだ、そんな事言う余裕があるのかよ」
呆れ気味な彼に対して、マクスウェルはまぁな、と空返事をする。
「これでも、必要最低限のリソースでやれることをやっているだけだからな。
私の使える魔力が限られている分、一点集中に近い形でしか対応が出来んのはなかなか苦しいものがある」
「そうなのか?」
リンの意外そうな言葉に、彼は頷く。
「そんなものだ。攻撃に2パターン用意されたら対処は少し厳しい。
お前なら、地質操作でうまく動きを制限して直でぶん殴ったりな。
―つまりだ、私に勝つならもっと器用になれ。本気で勝ちたいなら同時4パターンまで攻撃を覚えろ」
「当たり前のように無茶苦茶言いやがるなお前は」
「年の功に勝ちたいなら、その分努力しろということだ」
マクスウェルは淡々と言い、リンもため息を吐いた。
「なかなかお前に勝つのは難しそうだなぁ」
「それが年の差というものだよ」
彼はそう言って笑い、闘技場の入口に待機していたアクレを見つけ、手を挙げる。
「とりあえず、終わったぞ」




