六日目 協力関係
「―、」
部屋の外に出た途端、マクスウェルは強い目眩を感じ、頭を抱えて壁に手を着いた。
「どうしたの?」
アクレが心配そうに聞いてくる。彼は答えるか数秒悩んでから、仕方ないと言わんばかりに答えた。
「……私、いや私たち魔族は、魔力が無ければ体の維持が出来ん。これでも私は普段から、"最低限生きられる"程度の魔力で暮らしていたからな。
更にそこから制限を掛けられると動くのも辛い。それだけの話だ」
「……、」
彼の話を聞いて、己のやったことを理解した彼女が駆け寄るが、彼はそれを手を付き出して制止する。
「闘技者に情を掛けるな。…なに、この程度ならまだ死ぬほどじゃない」
彼は深く息を吐いてから、壁に手を着いたまま、彼女に向き直る。
「まぁ、何とかする。早く案内してくれ」
「その前に、君に会わせたい人がいるんだけどいいかな?」
アクレの言葉に、数秒考えてから、彼は頷いた。
「……大丈夫だ」
壁を伝いながら、移動を進め、暫くすると体調が回復してきたのか、歩く姿も普段通りに戻っていった。
「あれ、体調良くなった?」
「不思議なことにな」
話す様子も普段と変わりなく、落ち着いた風に彼が話す。
それを見て、一安心と言わんばかりに溜め息を吐き、話し出した。
「それは本当に良かった。
ところで、君に会ってほしいのは、"亡霊"のことなんだけど」
「回復したのか?」
声のトーンは一切変えずに彼女に聞くと、うん、と頷いた。
「流石、"再生"持ちというかね、大分元気そうだよ。
意識も回復したから発声練習をさせていたんだけど、折角だから会ってほしいと思ってさ」
「そうか」
無感動に返す彼に対して、彼女は心配そうに聞く。
「……君、思ったより反応薄いね」
「不要な女だったら処分する必要があるから覚悟を決めてるだけだ」
「…、そっか」
彼は淡々と言い放ち、アクレはそれ以上は何も言えず、二人は無言で廊下を歩いていく。
研究室のような灰色の雰囲気から一変し、二人は白に統一された病院のような区画に移っていた。廊下に並んだ病室の扉の前で、彼女は立ち止まる。
「元気にしてるかな? 回診とお見舞いに来た」
扉をノックして、相手の返事を待っていると、暫くしてから返事が返ってきた。
「―どうぞ」
「アクレ、下がっていろ」
アクレにお土産を渡してそう忠告し、不思議そうに彼女が扉から離れたのを確認して、扉を開けた瞬間―"振動"のスキルが襲いかかった。
「―!?」
「大人しくさせる。少し待ってろ」
熱烈な歓迎に対し、守りを固めて防いだ彼はそう言って、病室に飛び込んでいった。
しかし、病室では薄い水色の患者服を着た彼女が既に手を挙げて反抗の意思がないとアピールしていた。
「……、」
余計な真似をしないのであれば、彼としても無理に鎮圧する必要はないため、構えを解いてアクレに声をかけようとした瞬間、殺気を感じて、彼女が動くよりも早く顎を掴み、ベッドに叩きつけた。
「"再生"持ちなら多少痛みつけても問題ないのだろう?」
魔力で身体能力を強化し、少しずつ力を加えて顎の骨を砕こうとしたのを見て、諦めたのか彼女が脱力した。
それを確認したところで力を弱め、大人しく解放する。
「……?」
何故、と言わんばかりにこちらを見てくる彼女に対して、彼は溜め息混じりに答えた。
「何度も行動で示しているが、お前を痛め付けたり、傷つけるのは簡単だ。ただ、それをやってしっぺ返しを食らうのは、他ならない私自身だからな。
余程"教育"が必要な駄犬であれば、いくらでもやってやるが、お前はそういうタイプではないだろう?」
「……」
彼女は無言でこちらを見て、諦めたように溜め息を一つ吐いて、口を動かした。
「貴方、本当に何者なの」
「元魔王だ」
小さな声での質問に対して、彼は真顔で即答し、彼女は暫く固まったあと、小さく笑った。
「何それ、変なの」
「…ところでそろそろ入って良いかな?」
静かになったのを確認し、恐る恐るアクレが顔を覗かせていた。
「あぁ、手間をかけさせたな」
「やっぱりマクスウェルのお菓子はおいしー!」
マクスウェルのお土産の包みを一つ開け、三人は一旦お茶会を開いていた。
一切の遠慮なく、両手にマフィンとスコーンを持っているアクレが子供のような笑顔を浮かべている。
それを尻目に、マクスウェルは紅茶を一口含み、亡霊に向け、静かにそれらを勧めた。
「お前も嫌いじゃなければ食べてくれ」
「……いや、私は」
対価の無い施しにはまだ抵抗があるのか、彼女は暗い顔で気まずそうに断るものの、彼はそれならば、と彼女の分のアクレの手を掴んで言い切った。
「嫌いじゃなければ食え。
前も言った気がするが、毒は入れていないし、味はこのむさぼり食ってる女を見れば保証できるだろう」
「いらないなら私がもらうよ!」
「空気を読め馬鹿者。
むしろこの馬鹿を止めるためにも食ってくれ」
マクスウェルにそう言われ、彼女は恐る恐るお菓子に手を伸ばし、小さく一口食べる。
「…美味しい、」
「でしょー? マクスウェルのお茶会セットは外れがないくらいなんだから、食べなきゃ勿体ないよ」
「褒めてくれるのは嬉しいが、お前は食いすぎだ」
そう言いながら、彼の手を押し退けて、手を付けてないない茶菓子に手を伸ばすが、再度掴まれてブロックされる。
「褒めてるんだからちょっとはくれてもいいんじゃない?」
「逆に聞くが、何でいいと思ったんだお前は」
マクスウェルに冷静に返され、彼女は誤魔化すように笑った。
「何せ、色々デカいからね! 多少なら食べ過ぎにもならないから良いでしょう?」
ああ言えばこういう彼女に対して、マクスウェルはもうため息を吐くことしか出来なかった。
―お茶会も終わり、少し打ち解けたタイミングで、アクレがそうだ、と切り出した。
「これからマクスにはリンと模擬戦をしてもらうけど、それ終わったら君も随分回復したし、退院で良いかな?」
「そうか、世話になったな」
彼女が返事をする前にマクスウェルが応じ、流石に彼女も少し困惑気味に苦笑する。
「いや、君が決めることじゃないでしょうに」
「いえ、この人が決めたなら大丈夫ですよ」
亡霊はマクスウェルの決定に素直に応じ、彼もほう、と少し驚いた顔をする。
「少しは渋ると思っていただけに意外だな」
「…これでも、買われた身であるのは承知してますから」
「そんなに畏まるな。何度でもいうが、私はお前を買いはしたが、出来るだけ真っ当な協力関係を結びたい。手術の影響が残ってるなら、アクレが許す限り休んでいて構わん」
彼もそう言い切って、再度彼女の目を見るも、首を横に振る。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。
―ならば、これを読み上げてくれるか? 一字一句ではなくていい、要点を纏められるならそれの方がいいな」
マクスウェルは淡々と答え、そのままの流れで手をかざすと、一枚の紙が浮かび上がり、それを彼女の前に見せた。
突然の問いかけに彼女も一瞬困惑したが、真剣な彼の顔に負けて指示に従って書面を読み上げる。
「…契約の文ですか、これは。
汝、この契約書に基き、誓約を結ぶ。ってありますね。
えーっと、内容は闘技場と屋敷の移動の制限。それと、契約の間は主人の命令に絶対服従、ですかね。
…ん、それと小さいですけど追記ですか。―魔力? を制限するような感じですけどなんですかこれ。計算式しか書いてないんですけど」
「あ、面倒だから誓約の式だけ書いてたんだった。後で直すからパラナにはそう言っておいて」
彼女の音読を聞いて、アクレが思い出したように彼らに伝え、マクスウェルは適当に頷いて、彼女に手を差し伸べる。
「おめでとう、君を殺す必要はなさそうだ。これから、私の下で翻訳として働いてくれないか?」
彼の言葉を聞いて、ようやく、彼女も彼の意図を理解して、絶句する。
「君、本気でそのためだけにこの子を買い取って治療したんだ…」
アクレが少し引き気味に言うが、彼は不思議そうに首を傾げる。
「この国の識字率は私は知らんが、少なくとも私が関われる人間に、協力的で、文字を読める人間がどれだけいる? はっきり言って皆無だろう。だからこそ、協力者が私には必要なんだ」
一切飾ることのない、本心からの言葉に、亡霊は少し悩んでから、手を握る。
「―そんなことでいいなら、私のできる範囲で、貴方に力を貸しますよ」
「それは助かる。
私はマクスウェル、マクスでいい。君は―」
「シナロア。…私の、名前」
マクスウェルの言葉に続いて彼女も名乗り、マクスウェルは小さく笑ってその手を握り返した。
「では、これからよろしく頼むよ。シナロア」
「こちらこそ、マクスさん」
口頭とはいえ、二人は協力関係を結ぶ文言を交わしたところで、マクスウェルは申し訳無さそうに笑った。
「ところで、私には金銭的な支払い能力はほぼ皆無なんだが、一旦衣食住の提供で手を売ってくれるか?」
その言葉を聞いて、彼女も釣られて笑った。
「いえ、それだけでも有り難いですよ」
「それは助かる」
「私のところに毎日料理とお菓子作ってくれるなら、お金払っていいよ!」
「それは断る。何度も言うが、私は闘技者でお前の執事じゃないんだ」
しれっとトチ狂ったことを口走ったアクレには、ノータイムで一蹴した。




