六日目 契約の更新
翌日。マクスウェルは何時ものように屋敷の雑務をこなし、昨晩の症状は既に落ち着いているパラナの元に、紅茶と菓子を届けていた。
部屋にいたクルドも含め、三人で静かなティータイムを過ごしていた時、部屋の扉がノックされた。
「何だ」
「パラナくん、数日ぶりだね。入るよ」
聞き覚えのある声が聞こえ、主の了解もなく、いつもの白衣を纏ったアクレが扉を開けた。
「……遠慮というものは無いのか?」
「まぁいいじゃんそういうの。
昨日の件で貸しもあるでしょ?」
にやりと笑って彼女は有無も言わさずに部屋に入り、置いてあったシュークリームに手を伸ばす。
「少なくとも、マクスウェルの闘技場の参加資格は剥奪されることはなくなったし、一応最低限戦えるだけの制限に留められるようにしたのは感謝してほしいんだけど?
あー、今日も美味しいお菓子だねぇ! 食感のアクセントはナッツかな?」
勝手に茶菓子を食べ、更に二つ目に手を伸ばそうとしている手を誰も止めず、パラナはその様子に呆れている。
「……そうだな。少なくとも、まだマクスウェルが戦えるようになったのは感謝する。今お前がやってる行為は無視してやる」
人の部屋に勝手に上がり込んで、菓子を奪い取ってる彼女はありがとー、と空返事をしてから思い出したようにマクスウェルを向いた。
「あ、そうだ。昨日の件で、君の契約印を更新しないといけないからさ。私の研究所に来てくれないかな」
「だそうだが」
外出することについて、隣にいる主人に許可を求めると、彼は一口紅茶を飲んでから嫌そうに答える。
「結局、連中を納得させるにはやらなければいけないことだ。許可しよう。
ところで、明日の試合には参加させるのに支障はないな?」
仕方ないと言わんばかりに許可をだし、肝心なことについて聞くと、アクレは更に三つ目のシュークリームに手を伸ばしつつ答える。
「そんな細かい変更を加える訳じゃないし大丈夫だよ。マクスウェルがどうかは知らないけどね」
しかし、彼女の手はマクスウェルに掴まれ、菓子の元まで届くことはなかった。
「食い過ぎだ」
「えー、いいじゃん、君が作れば減るもんじゃないし」
「私をなんだと思っているんだお前は」
彼女の手を放すことなく、軽蔑の目で問いかけると、目を泳がせる。
「えーっと、敏腕執事?」
「闘技者だ馬鹿者」
場所は変わり、アクレの屋敷、もとい研究所。お土産を片手に連れられ、パラナに召喚された場所とよく似た、真っ白な石に囲われた部屋に連れてこられた。
「……」
「君が召喚された場所によく似てるかな?」
部屋のすみにお土産を置いて、周囲を見渡していたマクスウェルに向けて、床に座り込んで、持ってきた鞄のなかから丸めていたシートを取り出し、開きながら彼女が問いかけ、そのまま話し出す。
「それもそうだよ。"契約"について色々やるには、ある程度環境を整える必要がある。この部屋も、その環境に必要な要素さ」
「成る程な。周囲の石には何か特殊な力が掛けられているのか?」
シートを開き終え、四隅を適当な重しで固定しながら彼女は問いかけに答える。
「まぁそんなもんだね。君には呪術的な要素と言った方が伝わりやすいかな」
「そうか、なんとなく理解した」
そこで会話が終わり、マクスウェルも無言で作業をしていた彼女を見ていたが、何やら魔方陣のようなものが描かれたシートを伸ばして固定したところで、彼女は彼を呼んだ。
「マクス、じゃあこのシートの上に立って」
「御意」
素直に従って、彼がシートの上、魔方陣の中心に立つと、鞄から更に楕円形の端末を三つほど取り出し、周囲に置いていく。
「じゃ、今から契約の更新をするから、違和感を感じると思うけど抵抗はあんまりしないでね」
「その前に、更新点を教えてくれないか?」
問答無用で作業を始めようとする彼女に聞くと、不思議そうに首をかしげた。
「あれ、話してなかったっけ?
君の魔力を、相手のスキルに応じて制御する制限を追加で掛ける。文字通り、相手に合わせて力を抑えるしかないようにするんだよ」
「……しきりに、私の魔法に興味を示していたのはそれのせいか」
マクスウェルが不満そうに呟くと、彼女は力なく笑う。
「君には色々恩もあるんだけど、仇で返すような真似をしてごめんね」
「気にするな。利用されるのは慣れている」
「そっか。―じゃあ、始めるよ」
彼女の言葉を皮切りに端末が振動し、魔方陣が光る。強いめまいが彼に襲いかかるが、眉間に手を当てて目を閉じて耐える。
暫くして、そのめまいが収まった頃には光も消え、足元の魔方陣はただの白紙に変わっていた。
「はい、終わりだよ」
アクレが周囲に置いた端末を回収しつつ、終わったことを伝え、彼もシートから降りて左手首を見直す。
鎖のような痣に加えて、その下に有刺鉄線のような、刺々しい跡が刻まれていた。
「……」
「体調には変わり無い?」
片付けをしながら聞くも、今のところ体調に変わった様子はない。
「今のところはな」
それを聞いて、ふーん、と興味無さそうな返事が帰ってくる。
「スキル持ちが周辺にいないからかね。一応このあとに、リンと模擬戦をしてもらいたいから、その時何かあったら早めに教えてね」
「分かった」
痣の刻まれた手首を隠すように袖を引っ張り、彼はお土産を回収して、彼女の下に向かった。




