五日目 夜の邂逅
その後、会議で一時間ほど費やし、ようやく彼らは解放された。
領主の子供たちはそれぞれ別のポータルを利用するため、誰かと共に帰路に着くという気まずい展開は避けられた。
城の廊下をパラナが先導し、マクスウェルがその後ろを追随する。
その途中、パラナの足が止まり、マクスウェルもぶつかることなく、同じ距離を保ったまま足を止める。
余計なことを喋るなという彼の言いつけを守り、静かに待っていると、彼は右手を挙げて敬礼をした。
「―"総司令"、御苦労様です」
捻り出すような声でそう言った彼の視線の先には―緋色の軍服を纏った、50ほどの初老の男が、二人の黒ローブの従者を連れていた。
髪は彼と同じ金色だが、短く刈り上げており、髭も綺麗に剃っており、不潔感は感じない。その老いた顔に張り付いた皺の一つ一つが、厳格さを示していると錯覚する。
「おや、誰かと思えばお前か」
静かに、しかし背筋が延びるような冷たい声色で彼は言い放ち、少し考え込んでいたが、後方で静かに佇むマクスウェルの姿を見てにやりと笑った。
「なる程。それがお前なりの"反抗"か。全く、無駄なことを」
バカにするように言い放ち、彼が一歩近付いた瞬間、マクスウェルが音もなくパラナの横に並ぶ。
「……、」
フードを目深に被った彼の表情は読めないが、明確な敵意に後ろの従者たちが構えるが、男が手を横に振って制する。
「止めておけ。"赤の天使"相手に遊ぶ化物だ」
彼の制止に従者たちが構えを解いたのを見て、マクスウェルの敵意が薄まる。
「お前も構えを解け」
パラナが彼を宥めると、ようやく敵意を収めて一歩引いた。
「とんだ狂犬だな」
「普段は大人しいのですけどね。余程貴方の事が気に入らないのではないのでしょうか」
軽く笑う彼に対して、敬礼を解いて、どうでも良さそうにパラナが答えると、更に楽しそうに笑う。
「お前も随分と言うようになったな」
「えぇ、貴方が見てない内に私も変わってるんですよ」
反抗的なパラナの態度に、総司令と呼ばれる男はひとしきり笑ったあと、背中を向ける。
「まぁ、お前がどう育とうとこちらも知らぬことではある。せめて、足掻きたまえよ。それが無駄な足掻きにならんことを祈っておこう」
「…………、激励、感謝致します」
再び彼は敬礼をして、去っていく指令の背中を睨み続けていた。
―その後は誰とも会うことはなく、ポータルを通って屋敷に戻ってきたパラナは一安心したのか、前のめりに倒れこんだところをマクスウェルが支えた。
「大丈夫か」
パラナの体を抱えながら聞くと、彼は白い顔で強がるように笑う。
「いや、大丈夫だ。…お前も、ありがとうな」
パラナは珍しく素直に礼を言って、マクスウェルも体を起こそうとするが、まだ力がうまく入らないのか、再び仰け反るように倒れそうになったので、再び支えてゆっくり壁に座らせる。
「悪いが、いつもの三人を呼んできてくれないか」
「……、御意」
明らかに異常な様子ではあるが、マクスウェルは彼の指示に従って外に出ていった。
そして、廊下を歩き回ること数分、いつもの黒ローブの後ろ姿を見つけて、声をかけた。
「ヴェルディ、少し良いか」
従者たちの自己紹介は少し前に終えており、黒ローブの中でも、180cm前後と一番背が高く、細身の女性はヴェルディと名乗っていた。顔こそ分からないが、身長と体つきで大体誰が誰かはマクスウェルも理解した。
彼の声を聞いて、彼女は振り向き、フードの下から鉄仮面が覗く。
「誰かと思えば貴方ですか。パラナ様はどうしたんです?」
「そのパラナの事だ。
帰ってきた途端、急に倒れこんでな。お前らを呼んでくれと言われて探しに来た」
「成る程、理解しました。とりあえず、移動しましょう」
手短に説明すると、彼女は仮面越しにそう言って歩きだし、マクスウェルも彼女に着いていく。
「ところで、城ではなにか異常がありましたか?」
「総司令と会ったくらいだ」
マクスウェルの言葉を聞いて、彼女は大きな溜め息を吐いて、懐から通信機を取り出す。
「…成る程。―ドウル、応答できますか? 転移室にパラナ様がいます。安定剤を持っていってあげてください」
彼女は端的に指示をして、通信機をしまったところで、マクスウェルが聞いた。
「差し支えなければ答えてほしいんだが、あの総司令は―」
「貴方の考えてる通りですよ。パラナ様の父親です」
「……ネグレクトでも受けてるのか?」
マクスウェルが率直に聞くと、彼女は唸る。
「一般的な家庭ではそう言われて仕方ないと思いますが、領主たちの中では一般的な教育であるんですよね」
「親元を意図的に離して、育つ環境を意図的に"領主の屋敷"に縛ることがか?」
マクスウェルの言葉に、ヴェルディも言葉につまってしまう。
「…外から見たら、そう見えるでしょうがね。必要なことなんですよ」
「少なくとも、子供たちは間違いなく歪んで育っていると私は考えるが、本当に正しいと思ってるのか、連中は」
少し、語気を荒げて話す彼に対して、彼女は溜め息を吐いた。
「貴方が不満なのも分かるし、私も納得はしてないよ。それでも、私たちにとっても絶対の上司の方針だから、逆らえるわけないじゃない」
「……」
マクスウェルはそれ以上は追求せず、仕方ないと言わんばかりに前を向いた。
「……だけど、少し意外ね。貴方がパラナ様の事を気にかけるなんて」
ヴェルディの言葉に対して、彼は至極不満と言いたげに首を横に振る。
「お前たちのように従者として心配した訳じゃない。これでも私は元妻子持ちだからな。親として"アレ"には納得がいかないだけだよ」
「あぁ、そう」
彼の言葉に対し、どうでも良さげに流し、それでも、と続ける。
「理由はなんであれ、貴方が少しでも気にかけてくれるなら、気にかけてあげてください。
あの人に対して、気さくに会話できるのも貴方くらいですから。……だからと言って、それ見たことかみたいな顔しないでください」
「じゃあ実際に言ってやろう。それ見たことか。
周りに大人しかいない子供なんて、どうやっても歪むに決まってるだろう。
奴の場合は傲慢には育っていないようだが、人の信じ方を知らずに育ったんだろう。うまく付き合えず、上司と部下という関係で居続けることに安心感を感じてしまってる。故に、私のような無遠慮な相手には不慣れ故にストレスを感じる。
最近は大分慣れてきたようだが、私一人じゃ全うな方向への矯正は出来んよ。何せ、良くも悪くも老人だからな」
ぼろくそに言い始め、流石に凹んでしまったのか、黙り込んでしまった従者に向けて、面倒そうにフォローを入れる。
「まぁ、今の形はお前らが築き上げてきた、別種の信頼だ。
それを進展させればまだやりようなあるだろ」
「そうだといいですけどね」
「お前、なかなかめんどくさいな?」
ウジウジと言い始めたヴェルディにツッコミを入れると、彼女も割と抱え込んでいたのか、愚痴を始めてしまう。
「教育係りとして諜報から降りた後に色々やってきましたけど、戦場しか知らなかった私に何が出来るっていうんですか。出来ることはやるだけやりましたよ、ええ。それでも総司令のようにロクな人間にしかならなそうでやっぱり私なんかじゃ―」
「あー、はいはい。その愚痴は後で聞いてやるからとりあえずパラナの元に向かうぞ」
その後、黒ローブの170cm位の中肉の男、ドウルに安定剤を投与されたパラナは暫くして、体調を取り戻し、夜も更けていたこともあり、寝室に戻っていった。
そして、マクスウェルは三人の従者と共に彼らの寝室に寄っていった。
「なんでお前も来てるんだ」
「色々気になったからな。また本人に話をして発作を起こされたら敵わん」
一番小柄な男―クルドの問いに対して、当たり前のように部屋に上がり込み、勝手に椅子を引き出して座りながらマクスウェルは当たり前のように答える。
「その言い方だと、総司令についてか」
「ご明察。話が早くて助かるよ」
ドウルの答えに彼は頷き、足を組んで聞いた。
「二人の関係は親子と聞いていたが、ただ険悪なだけで精神的にあそこまでダメージを受けるか?」
「…………、」
マクスウェルの問いかけに対し、彼らは沈黙で返す。
「事情があるとは承知の上だ。
別に答えがなければ勝手に解釈するし、答えがあればそれで勝手に情報に繋げる」
マクスウェルはにこやかに言い、答えがないと承知の上で話し出した。
「アクレから聞いた話を纏めると、ここは軍部の施設の一つのようだな。そして外を見てみたが、訓練をしている機関は近隣にはないと見える。
ここは軍部の施設となるが、所謂文官、事務処理を行う者たちの拠点と見た。そして、パラナが武官ではなく文官として起用されているのは間違いないだろう。
そこで一つ疑問なのだが、何故あいつを将来的な武官として育てるのではなく、文官として事務を優先させている?」
マクスウェルはそこまで話して、彼らの反応を見るが、一言の反応も返ってこない。その反応を見て、彼はふむ、と顎に手を当てる。
「お前らの顔でも見えれば、まだ分かりやすかっただけに残念だな」
「……お前の前では仮面を着けてるのが賢明だな」
「それは困るな。あまり警戒されたくはないのだが」
マクスウェルは飄々として話し、軽く手を叩いて話題を変えた。
「まぁ、他人の家族のいざこざに興味は無いのは本音だ。
パラナに世話役のスキル持ちは居ないのは何故だ?」
「悪いが、それは答えられない」
何かを察知されないように、感情の無い声でクルドが答えると、彼はそうか、と笑って立ち上がる。
「つまり、私に気取られたくない事ではあるということだな」
彼はそれだけ言って、立ち上がった。
「ある程度は考える余地が出来た、感謝する」
「マクス、忠告をしておくが、あまり主人に対して詮索はしない方がいい」
立ち去ろうとした彼に対して、クルドが釘を刺すと、彼は不思議そうに聞いた。
「理由も情報も与えない相手に対して言うことか?」
「好奇心は猫を殺すというだろう」
「それもそうだが、私が戦う理由には、彼のことが関わっているのだろう?
召喚したのは結果論とはいえ、スキルを持たない、ただの強いだけの化物を抱え込むには合理的とは言えない。
彼が本当に欲しかったのは、"外の世界"からの戦力であり、スキルの有無は関係なかったのではないか? ただの理由付けとして、スキル持ちを呼び寄せる必要があっただけでな」
マクスウェルが敢えてずっと感じていた疑問をぶつけると、彼らも黙り込んでしまう。その反応を見て、彼はわざとらしく笑って話し出す。
「まぁどんな理由があるにせよ、私は戦い続けるから安心しろ。
それがどんな結果に結び付こうが、はっきり言って私には関係の無いことだからな」
なかなかに無責任なことをいいつつ、彼は部屋から出ようとすると、後ろから声がかかった。
「マクスウェル」
「どうした?」
その声に嫌がる素振りもなく振り返ると、彼らは一礼して、クルドが代表して声をかけた。
「―良い夜を」
彼らの言葉を聞いて、マクスウェルは楽しそうに笑った。
「あぁ、良い夜を」




