五日目 会議
更に翌日。ほぼ日課になりつつある、日の出から始まる朝食の下処理を済ませ、亡霊はアクレの元に預けてあるため、懇意にしてもらっているコックたちと談笑しながら食事を済ませる。
日が登ってきた頃には部屋に戻り、先日の洗濯物をまとめ、給仕たち渡し、部屋の掃除を行う。
一人分手間が省けていることもあり、想定よりも早く終わったため、彼も洗濯を終えた洗い物を、日当たりの良い中庭に干すのを手伝っていた。
執事に仕事を聞き、その他の客間や応接室などの掃除を複数人で手分けして終えたところで、パラナから執務室へ呼び出しがあった。
「一人で何役やってるんだお前は。それでも元一国の王か」
今日は髪も最低限に整え、シャツにチノパンといったラフな格好をしている主人に開口一番にそう言われ、彼は得意気に笑う。
「うちはアットホームな職場でな。国王も雑務に参加してたりするんだよ」
「そんな分かりやすい嘘が通じる相手だと思ってるのか?」
「分かるか?」
彼の嘘を即座に見抜き、マクスウェルは隠すことじゃないか、と話し出す。
「私がたまに雑務をしてたのは本当だけどな。
―私は、城の雑務をほぼ担っていた、執事長に当たる部下を取り込んでいる。彼の技術や経験が、私の中にまだ残っているだけさ」
「……そうか」
彼の話にどういう反応をすれば良いか分からなくなってしまい、適当な反応をしたところでノックの音がした。
「入れ」
パラナがすぐに応じると、初日で見た、三人の黒ローブ―彼の従者たちがぞろぞろと入ってくる。
彼らの姿を見て、パラナは一息吐いて話し出した。
「さて、こいつらも準備が終わったようだから説明させてもらおうか。少し前、アクレとも話をしていた、"限定解除"についてだ。
お前も既に知っているようだが、お前の契約には移動制限がかけられていて、我々領主の居住区、要は屋敷だな。それと闘技場以外の移動を制限されている」
「みたいだな」
左手首にある、鎖のような契約印を眺めつつ、彼も答える。
「これより行う限定解除とは、今日限りその制限を取り払うものだ。
今夜、我々領主の子供達―闘技場の選手を提供している者の緊急会議を行うのは以前話した通り。しかし、場所がこの国の中心部、王都にある我々の君主の居城の一室になってしまった。
私としてもお前に護衛も頼みたい手前、今回の解除に至る、という話だが、大丈夫か?」
一通り丁寧に話し、パラナはマクスウェルの答えを待っていたが、彼はため息混じりに答えた。
「お前は私の主人なのだから、わざわざ聞く必要はないだろうに。
まぁ、何にせよ今夜の護衛は任せてくれ…と言いたいが、お前ら従者はそれで良いのか?」
恐らく、普段は彼の護衛を従者の誰かが担っていただろうと考えて、三人に向けて質問をすると、その内の一人が答える。
「主人の決定ならば、我々も構わん」
この声の低さからして、一日目、色々と世話になった従者がはっきりと答え、彼は素直にそれを受け取った。
「ならば、引き受けた」
「では、お前ら頼む」
それを合図にパラナが指示を出すと、三人はマクスウェルを囲むように並び、何かを呟き始めると、彼の足元が淡く光る。
「ふむ、やはり私の使う呪いの形体に似ているのだが…少し違うのはスキルが関係してる故か?」
その光を眺めながらマクスウェルが呟くが、それには誰も答えない。
答えないのならば、と言わんばかりにマクスウェルも黙り込み、静かに処置が終わるのを待っていた。
しばらくすると光が止み、彼は少し不機嫌そうに肩を回す。
「さて、私はいつ頃に合流すれば良いんだ?」
「日が沈む頃合いにまた呼ぶから、それまでは好きにしてくれ」
彼の言葉を聞いて、少し意地悪な笑みを浮かべて聞き返した。
「限定解除をしたのだから、その間に外出の許可は?」
「下りるわけないだろう」
流石に許可が下りることはなく、彼は特に気にするまでもなく、背中を向けて扉へと向かっていく。
「じゃあ、また屋敷で雑務をこなしてる。近い時間になったら誰か遣わしてくれ」
―その後、昼食から夕食までの仕込みを手伝い、パラナの軽食を用意して執務室まで届け、洗濯物を取り込んでそれぞれ片付けをしたり―雑務に追われている内に、気が付いたら日が沈み始めていた。
パラナからの呼び出しもあり、彼は下にはいつもの紳士服を着ているものの、従者から事前に渡された、黒いローブで全身を覆った状態で彼と合流して、転移ポータルのある部屋までやってきていた。
彼もラフな格好ではなく、緋色の礼服に着替え、金色の髪もきちんと整え、あくまでフォーマルな場に向かうのが分かる。
「今日も話したと思うが、行く先で騒ぎを起こすと間違いなく面倒なことになる。
私も堪えるから、お前も耐えてくれ」
「…御意、」
つい、私をなんだと思っているんだ、と言いかけたが、マクスウェルも素直に応じ、頷く。
それを確認したパラナも頷いて、ポータルに何かをかざすと、起動したように光を放つ。
「さぁ、行こう」
転移した先は、美しく磨かれた、大理石に囲われた部屋。しかし家具のようなものは一切なく、天井に証明が吊るされているだけなのは、転移用の部屋だからだろう。
マクスウェルとしては少し興味もあったが、パラナは早々に部屋を出てしまい、彼もそれに着いていく。
部屋の外も大理石を削って組み上げられた廊下が延びており、等間隔に吊るされた照明がそれを白く照らしている。
「マクスウェル、一応釘を刺しておくが、必要なければ不用意に口を開かんのが賢明だ」
「御意」
パラナの忠告に深い理由は聞かず、二人は静かに廊下を歩いていく。
―迷路のように入り組んだ廊下を歩くこと数分、木製の扉の前で立ち止まり、彼は懐中時計を取り出して、時間を確認する。
「では、入るぞ」
どちらかと言うと己に言い聞かせるように言って、扉を開く。
その先には円卓のようなテーブルと椅子が並んだだけの部屋があり、空きはあるものの、既に何人か席に着いており、それぞれ後方には、彼と同じくローブや仮面で正体を隠した従者が静かに立っていた。その中に、白衣ではなく濃い白を基調にして、スタイルを強調したドレススーツに身を纏ったアクレも座っていた。
彼女もこちらに気が付いた素振りを一瞬見せたものの、周囲の目があるためか、すぐに興味を失せたようにつまらなそうな顔で手元の資料に目を向けてしまう。
パラナはその様子を気にも留めず、適当な椅子に座り、マクスウェルも周囲に倣って彼の背後に待機する。
しばらくして、席が全て埋まったタイミングで反対側の席に座っていた、前見たときと同じ、青い礼服に身を包んだロライマが喋りだした。
「―さて。定刻前となっているが、時間が惜しい。臨時会議を始めさせて貰う。
此度も議長を務めるのは私、"秩序"の領主となる」
彼女の一声を皮切りに、空気が一変して引き締まり、彼女は更に続けていく。
「今回、緊急で集まって貰った件だが―皆も知っている通り、先日"赤の天使"がスキルを持たない者に殺害された。
我々の目的を考えても、あれほどのスキルを持った闘技者を殺害されたのは痛手である…というのは、私の私情が混じってるように聞こえるな。言い方を変えよう。
―こほん、此度集まって貰ったのは、件の闘技者の処遇についてだ。
彼が殺害された以上に、その後の"発展"が期待できない危険な闘技者を野放しにするのは、私は反対だ。
事前に幾らか話はしていたはずだが、改めて皆の意見を聞きたい」
ロライマの意見について、当事者であるパラナは眉ひとつ動かさず、周りの意見を待っている。
数秒の沈黙が続いていたが、少し面倒そうにアクレが口を開いた。
「私は半分は反対で、半分は賛成、だね。
"秩序"の言うとおりではあるけれど、あの戦いで今まで一度も発言しなかった"加速"を発現させたのは、極限状態が引き起こしたことじゃないのかな。
私はあの子の事については詳しくしらないけれど、元から"加速"は持っていたの?」
アクレの問いかけに対し、ロライマの顔が固まり、少し間を空けて、悔しそうに答えた。
「……いや、スキルの鑑定でははっきりとは鑑定できなかったスキルだ」
彼女の言葉を聞いて、アクレは一つ溜め息を吐いてから、少し長くなるけど、と前置きを置いてから意見を述べた。
「正直に言えば、私も"人食い"をただ殺されるのは勘弁だ。"巨人化"のスキルは貴重であるし、抽出作業も進んでいないからね。
"赤の天使"が殺されたのは事実だけれど、戦闘後、彼は倒した相手を治療していたのもまた事実だ。倒した相手を犯すか殺すかの二択しかない頭のおかしい闘技者ならば、是非とも制御をして欲しいと私は考えるけど、今までの行動からして彼はそうではないでしょう」
「だから不問にしろと?」
「人の話は、最後まで聞いた方が良いのではなくて?」
ロライマが食い気味に応じた途端、彼女の隣から宥める声が挙がり、仕方なく黙り込む。彼女が静かになったのを見て、アクレは先ほど声を挙げた方に小さく一礼して、話を続ける。
「―半分と言ったでしょうに。
不問とまではいかなくとも、技術的に彼の力を制限することは出来るのではなくて?
少なくとも、今の彼は自制できる怪物という表現が適している。それに対して、首輪を着けるのは、文字通り私たちの計画にとっても有意義ではないかと思いますが、如何でしょうか」
「……確かに、スキルの発現や進化に対して、有意義に使えるのであれば、それに越したことはないな」
彼女の意見に対して、どこからか声が挙がり、それに釣られて幾つか賛成の声が挙がる。
その反応を見て、ロライマは軽く机を叩き、周囲を静かにさせる。
「各々で声を挙げるのは構いませんが、議会としての体裁は守るように。
―そして、先ほど"医療"が言うとおり、折衷案を採択して不満があるという方は意見を」
―ロライマの言葉に対して、帰ってきたのは沈黙。バイーアやロライマは少し不満そうだが、より建設的な反論は出来ないため黙っているというようで、仕方なく受け止めているようだ。
反論がないと判断したところでロライマが軽く机を叩き、立ち上がって話し出す。
「では、先ほど話した通り、力を制御し、その他は不問という形で問題ないだろうか。
意見がある方は手を挙げてくれ」
再度沈黙が続いたことを確認し、彼女は立ったまま宣言する。
「では、彼の処遇については先ほど話した通りだ。
―そして問題は、彼の力の制限だが、スキルの抽出をしている"医療"側として、良い案があるか?」
この場で最も詳しいと思われるアクレに向けて彼女が聞くと、待ってましたと言わんばかりに提案する。
「闘技場で話していた、"共鳴"というふざけた創作物に近いものは制限としてかけられるよ」
「どういうことだ?」
本来、神の力である"スキル"に呼応する力というものは存在し得ない、という前提があるため、ほぼ全員が彼女に説明を求め、彼女も得意気に説明を始める。
「少し興味が出てね、私も彼の力については少し調べさせて貰った。
それで分かったのは、間違いなく彼が使う力―ここでは便宜として"魔法"と言っておこうか。そして、その魔法はきちんと原理のある力だ。
その力を段階的に制御して、周囲のスキルの強さに反応して、使用できる限界を調整することは可能だ」
ペラペラと話す彼女に対して、落ち着いた深緑の礼服に身を包んだ、30前後の領主の一人が質問する。
「力を制御するのは分かったが、どう判別する? スキルとは数字で示せるような簡単な物ではないぞ」
「分かりやすく言うと、スキルの力がその制限の鍵になると言えば良いかな。
例えば"振動"のスキルの衝撃によって、段階的に制限がかけられると言った感じにね」
「……可能なのか?」
懐疑的な視線が集まるが、彼女は自信満々に胸を張る。
「理論的には可能だと思うよ。
"秩序"の、ちょっと待ってて、今適当な紙に必要なのまとめるから」
そう話してどこからか取り出したペンを片手に、適当な紙に書き込みを始め、数分後。ロライマに紙を提出して、彼女もしばらくそれを読んでいたが、納得したように頷いた。
「―確かに可能ではあるな。後程、改めて契約印に追加の処置を行わせて貰う。
さて。"軍部"の、意見はないか?」
話がまとまった所でパラナに向けて意見を求められるが、彼は変わらず、眉ひとつ動かさずに答える。
「あぁ、問題ないとも。準備が出来次第連絡をくれ。私は君たちに従おう」
彼の返事を聞き、彼女は少しだけ嬉しそうに口元を吊り上げ、とん、と机を指で叩いた。
「それは重畳。本日の本題はこれにて解決で良いが―皆が集まる良い機会だ。
多忙とは思うが、前回の会議で結論が出なかった議題を一つ、解決しておきたいのだが、皆のものは時間は問題ないか?」
有無を言わさない物言いに、誰も逆らうことは出来ず―結局、もう一つの議題の会議が始まった―。
(―パラナ、私は先に帰っても良いか?)
(私も嫌なんだ、少しは我慢しろ)
それに対して、"軍部"の主従は内心とても嫌そうにしていた。
キャラクター紹介
アクレ
"医療"を管理する領主の娘であり、"人食い"リンの主人。身長は175cm前後あり、女性的な部分もとても発育している16歳。スキルや医療の知識も多く備えており、若いものの領主の子供たちからも信頼は厚い。
幼い頃からスキルの"抽出"の成功も失敗も見届けていたこともあり、死や血には敏感であり、相応の覚悟がないとパニックを起こすこともしばしば。
スキルの研究をしていることから、彼女の屋敷で仕事をするスキル持ちは多いが、死者も敬意を払って弔い、誰にも優しく明るく振る舞っている彼女を嫌うものは少ない。それ故に、彼女のために実験台になることに抵抗のない者も多く、結果的にそれが彼女の良心を苦しめていると知る者は少ない。
パラナ
"軍部"を管理する領主の息子であり、マクスウェルの主人。年齢は21で身長は170cm前後。アクレでっか。
基本的には彼の周りには点数稼ぎのために軍部の人間が近くに居ることが多く、そういった人の汚さを近くで見ていたこともあり、基本的に人嫌い。
軍部の悪行について耳にすることは多いものの、彼がやれるのは軍事とは異なる、いわゆる文官的な仕事であり、多忙であるものの与えられる影響は少ない。
本来領主たちには付き人のような者が一人いるが、彼のもとには軍部から派遣された従者のみである。理由については、領主の息子たちも知る者はいない。
屋敷で暮らす執事たちからは信用されていて、特に黒ローブの三人の従者からは狂信的な信頼があり、マクスウェルの態度は度々彼らの琴線に触れることがあるものの、本人が気にしていないため、彼らも手を出さずにいる。
マクスウェル
パラナに召喚された元魔王。身長178cm、齢xxx歳、外見年齢は20後半。魔族の寿命も本来は普通の人間と大きく変わらない筈なのだが、彼は老いることもなく、非常に高齢。故に自称老人。
料理、洗濯、掃除といった家事全般がプロ顔負けのスペックを持つ。それは元々は彼の部下の執事長(魔物)の物であり、彼は彼でほぼワンマンで城の雑務をこなしていた、マクスウェルとは別次元の化物。
ある一件でマクスウェルが彼を犠牲にしなければならず、その時に取り込んだ影響で彼の技術がマクスウェルのモノになっている。
彼の淹れる紅茶は、彼の故郷でマクスウェル本人が品種改良して作り出した茶葉を使っており、自信作。
異世界でも評判が良くて彼としては嬉しい限りだったりする。




