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四日目 手術

 翌日。朝食と軽い掃除を済ませたところでアクレが一人で部屋を訪れた。


「やぁ、おはよう」


「あぁ、おはよう。リンはどうした?」


 デジャヴを感じながらも昨日よりは少しテンションの落ち着いたアクレに挨拶をして、従者の不在を聞くと、逆に彼女は不思議そうに答える。


「リンは闘技場に行ってるよ。いや、むしろなんで君がいるのさ。今日、試合の日でしょ?」


「パラナに言ってキャンセルしてもらった。明日の会議で詰められるのも面倒だしな」


「あぁ…」


 彼女は納得したように頷いて、早速寝室で外を呆っと眺めていた亡霊に声をかける。


「じゃ、設備もあるし私の屋敷行こうか」


「聞き忘れていたが、やはりあっちでやるんだな」


 マクスウェルは特に制止することもなく聞くと、彼女もまぁね、と答える。


「ここでやってもいいけど、色々めんどくさそうだし」


「では、護衛兼助手は私がやろう」


 当たり前のように進言した彼に対し、意外だったのか、アクレはきょとんとした顔で聞いた。


「あれ、昨日言ってたのってもしかして本気だった?」


「少なくとも私の仕事仲間として買い取ったんだ。手伝えることはやるし、むしろやらせてくれ」


 彼の言葉を聞いて、そっか、と納得したように呟いて人差し指を立てて聞いた。


「じゃあ頼まれてくれるかな、マクスウェル?」


「任せてくれ、お嬢様。…いやでも先にパラナに許可を貰ってくる」


「行ってらっしゃい」



 その後、無事にパラナの許可を貰った二人は屋敷の一角に備え付けてある転移ポータルを通して、アクレの屋敷に転移した。

 転移した先はまず、人工の光が彼らを出迎えた。

 そこは転移用の殺風景な白い部屋で、白い石の壁が光を反射してより眩しく感じる。


「ようこそ、私の屋敷へ。ま、無駄に広いからあんまり変なところに行かないようにしてね」


 そう話して彼女が扉を開くと、窓はなく、明かりに照らされた殺風景な廊下が延びていた。


「…屋敷というより、研究所だな」


 マクスウェルの率直な意見に、先導する彼女は笑う。


「そうだね、ここは"スキル"という神の与えた力を研究する機関だ。私は便宜上、屋敷と表現してるだけだね」


「……区画が分かれてそうだな」


「君は鋭いね。ここはいくつかの区画に分かれてて、今いるのは"医療区域"。スキルを医療に発展するため研究したり、スキル持ちへの治療を行う場所だ」


 彼の呟きに対し、彼女は隠す素振りもなく答え、興味深そうに周囲を見渡して―不満そうな顔をした。


「全く、文字が読めないのは本当に不利だな」


「君が読めなくて、私は本当に助かってるけどね。ほんの少しの情報でも君は発展させそうで怖いんだけど」


「そんなことはないと思うが…」


 彼は否定するも、彼女は本当かね、と懐疑心を感じる視線と共に呟き、ある部屋の前で立ち止まる。


「さて、一旦予約してた手術室だ。準備は済ませてあるし、さっさと終わらせようか」


 彼女はそう言って、どこからか鍵を取り出し、鍵を開けて二人を招いた。



 ―一時間後。


「―まぁ、過程はともあれ、無事に終わったな」


 部屋の奥にある手術室の手前、衛生面の観点から着替えを行うロッカールームにて、感染防止用のガウンを脱ぎながら、マクスウェルが笑いながら言うと、同じくガウンや帽子を外しながら、意気消沈してるアクレが唸った。


「いや違うんだよ…あんなに血が出るとは思わなかっただけで…」


「いや、想定の範囲内の出血だろうに。お前も血がだめなら先に言ってくれ」


 亡霊の手術自体は問題なく成功した。しかし、彼女の口腔内の糸を取り除く過程で、何年も固定されていた影響か、舌の裏側、口腔底と癒着していた。そのため、舌のみならず口腔内にメスを入れる必要があり、吸引しないと窒息の可能性があるほどの出血が出てしまった。

 そこでアクレが軽くパニックを起こしてしまい、結局助手として手術に参加していたマクスウェルが大半の手術を代行してしまい、今に至る。


「…覚悟してれば、私も問題は無かったんだよ、それだけは言わせて」


 すっかり気を落としてしまったアクレが、言い訳のように呟き、普段の紳士服姿に戻ったマクスウェルはカラカラ笑っている。


「まぁ、そういうことにしといてやる。

 ところで、いつまで寝かせておく?」


 一仕事終えて軽く伸びをしたまま、彼が聞くと、立ち直ってきたアクレが答える。


「一応二時間くらいは寝かせてやってあげて。舌は神経が多い分、目が覚めたときの痛みも強いかもしれないから、今のうちに即効性の痛み止めとかを用意しておくよ」


 そう話して、彼女はすぐに動き出そうとしたところでマクスウェルが確認する。


「手伝うことはあるか?」


「あの子がしばらく目が覚めないようにしたあげて」


「御意」


 要はそばに着いているよう指示があり、彼も逆らうことなく頷いた。

 そして部屋に戻るが、眠る彼女の元には戻らず、手前のロッカールームの椅子に座って静かに目を閉じていたが、部屋の扉を開く音で彼は目を開けた。


「さぁ、待たせたね。部屋を移そうか」


 薬や医療器具の詰まった鞄を持って、アクレが迎えに来た。



 亡霊の眠るベッドを運びながら廊下を歩いていていると、何人かすれ違うこともあり、彼女は親しげに挨拶を交わしている。


「随分、信用されてるな」


 マクスウェルがふと話しかけると、彼女はまぁね、と力なく笑う。


「私はここの人たちと出来るだけうまく付き合おうとしてるから」


「リンもそうだが、お前は私たちの扱いが丁寧なのには理由があるのか?」


 ずっと気になっていた質問をぶつけると、彼女の笑顔に影が落ちる。


「ま、色々あるんだよ。

 君には知る必要のない世界だ」


 答えを渋る彼女に対して、マクスウェルはわざとらしく質問を変えた。


「スキルの抽出と関係があるんだな?」


「…どうして、そう思ったの?」


 聞き返してきた彼女に対し、彼は難しいことじゃない、と前置きして話し出した。


「今まで、お前やリンの会話や反応を繋げてたどり着いただけだ。

 それに、お前の血や死への恐怖心はただ嫌ってるだけとは考えにくい」


 そこまで話して、彼はそうだな、と続ける。


「まぁ、私の憶測が正しかったとして、私にはどうでもいいし、どうしようもない話だ。

 私としては、ただこの子を治療してくれるのであれば有り難い限りとだけ言っておこう」


「……、君にはあんまり口を滑らせると本当に危険だね」


「パラナにも言われたよ」


 彼は笑い、アクレはやれやれと首を横に振る。


「リンにも変なことは言うなと言っておかないとね」


「それは困るな。友人とは何も気にせずに無駄話をしたい主義なんだが」


「あのさぁ…君も結構隠し事しててそれ言う?」


 彼の飄々とした態度に対して、アクレも呆れ気味にツッコミを入れた。それに対して、彼は悪びれた様子もなくクックック、と笑う。


「私はそういう男だ、諦めろ。

 それでも、聞かれれば余程じゃない限りは隠さんがな」


 少しだけ、少しだけ不満そうに彼が言い切るも、彼女は不審げに見つめ、あぁ、と納得したように一人頷いた。


「君の態度が問題なのか」


「信用ならないと?」


「そういうところだよ」


 何が悪いのか分からないと言いたげな表情の彼に対して即答すると、流石に少し悩んでしまう。


「……まぁ、一部の連中には信用は得られているしいいだろう」


「開き直らないで正しなさい」


「老人に無茶を言うな」


 そんな、漫才染みた押し問答が続いていく―



 ―そんなことをしている内に、研究所のような屋敷を進んでいき、個室となっているが窓すらなく、ベッドとテーブルくらいしか家具のない、殺風景な病室にたどり着いた。

 まだ眠る彼女をマクスウェルは軽々と抱き抱え、ベッドに移し変える。


「手慣れてるねぇ」


「茶化すな」


 一切の迷いのない動きを茶化し、マクスウェルはため息を吐く。そこで彼女も真面目な顔に切り替わり、状況について改めて説明する。


「さて、この子について、お互いの認識を擦り合わせようか。

 とりあえず手術は成功した。口腔内の傷口に、彼女から培養したバイオフィルムを利用しているから、直に正常な状態に戻ると思う」


「それはきちんと理解している。

 それと、"再生"のスキルはいつまで抑えておく?」


 マクスウェルも真面目に応答し、彼女は点滴のバッグの状態を確認しながら答える。


「フィルムの定着とかを考えたら明日までは薬も続けていた方がいいかな。

 スキルでの急激な再生はあまり好ましくない。食事も刺激物は避けて、申し訳ないけど流動食に切り替えて」


「あい分かった。

 しばらくはここにおいていた方がいいんだが、頼めるか?」


 現状を鑑みて、マクスウェルがしれっと頼むと、彼女も嫌がることなく受け入れた。


「私の診た患者だ。そこまで非道じゃないさ」


「頼りになるな、ドクター」


「茶化さないでよ」


「さっきの仕返しだ」


 マクスウェルが冗談交じりに笑うと、彼女も釣られて少し笑う。


「まぁ、私も治療は出来るけど、その後のリハビリについては部下を紹介するよ。後でお菓子でも差し入れといて」


「お菓子なんかでいいのか?」


 彼が少し意外そうに聞くと、彼女も仕方ないと言わんばかりに答える。


「君がパラナの元にいるなら金銭を持てないと思うし、まぁその辺はね。彼、そういうところケチだから。

 それに、私から見ても君の料理の腕は誇って良いから安心してよ」


「そうか」


 少しだけマクスウェルは嬉しそうに笑い、再度話の流れを戻す。


「いつになるか分からないけど、君には進捗があれば伝えるから、そのときはパラナに話して、うちに来て。

 部下にも話は通しておくから、その時は追加にお土産でも持ってきて」


(……こいつ、私の料理相当気に入ってるな…)


 事ある毎に何かを要求してくる彼女に対して、ツッコミを入れたい気持ちを抑えながら、話を続けていくことにした。

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