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三日目 明日の準備

 結局、その後は片付けや洗濯などで一日を丸々費やしてしまい、事の顛末をパラナに伝えたところ、またアクレが訪れることについては非常に不満そうだったが、事情を理解して、仕方ないと言わんばかりに承諾してくれた。

 そして翌日、朝食や掃除を済ませたところで、アクレとリンが早速やってきた。


「おはよう! 気持ちのいい朝だね!」


「主人…朝からその音量はきついって…」


 ハイテンションな彼女の隣で、リンが物凄く迷惑そうに顔をしかめている。一方、マクスウェルは特になんの感情もなく、給仕たちに洗濯を頼む布団や服を黙々と積み上げていた。


「あぁ、おはよう」


「温度差で風邪引きそう」


「体調管理には気を付けろよ」


 アクレのボケにツッコミすらなく真面目に返し、彼女はふぅ、と溜め息を吐いた。


「つまらない反応で返されると困るんだけど!?」


「私のような老人に何を期待してるんだお前は」


 部屋の外に積み上げた洗濯物を置いて、一仕事終わったとばかりに、一息吐いたマクスウェルはそうツッコミ、ティーポットをどこからともなく取り出した。


「とりあえず、お茶でも準備しようか。話はそれからでもいいだろう」


「わーい」


「主人さぁ…」


 順調に餌付けされつつある主人に向けて、リンも呆れ気味に首を横に振った。



「―で、色々薬持ってきたから、当事者含めて話をしようか」


 一旦、"亡霊"が休んでいる寝室に全員集まり、それぞれが紅茶を飲みながら話が始まった。

 まず、アクレが布の袋をベッドの脇に備え付けてあるテーブルに置いて、中身を取り出した。


「今回、いくつか薬をこちらで用意させてもらったから、それは少し続けてほしい。

 まずは、昨日も飲んだ駆虫薬ね。これは鎮痛剤も混ぜてあるから、一日一回、今日含めてあと三日間は飲み続けて」


 ベッド脇の椅子に座っていたアクレはそういって、白いカプセルの薬を取り出し、彼女に見せると、少し不満げにしているものの、素直に頷いた。


「で、次にこの赤いのが増血剤。君は栄養失調も相まって貧血気味だから、しばらくは飲んでおきなさい。これも駆虫薬と一緒に飲んでいいから」


 糸で括られた赤い錠剤を指でつまみ、見せつけるように突き付け、彼女は静かに頷いた。


「よろしい。

 で、これは私の独断だけどさ、君の舌に縫い付けられている糸を明日切除しようと思ってる」


 突然、彼女はそんな話を始め、後ろで静かにそのやり取りを聞いていたマクスウェルが、目を丸くして反応する。


「その子の舌の件を知っていたのか?」


「昨日、気道を確保するときに見えてね。もう乗り掛かった船だ、私が手術するよ」


 彼女は悪びれた様子もなく言い、青い、爪先ほどの小さな錠剤が入った小袋を手に取った。


「これは君たちのスキルを抑える薬だ。

 少なくとも、効果が出てくるまで一日はかかるから、今日から飲み始めて明日の手術になる」


「……、」


 アクレの話を聞いて、亡霊の顔に、少しだけ不安そうな色が浮かんだ。

 それに対して、彼女は注射器の準備をしながら静かに説明を始める。


「大丈夫、こっちもちゃんと準備してくるからさ。出血多量にも対応するために、一応輸血液も持ってくるから、君の血液を採らせてもらっていいかな?」


 一応亡霊にも聞いているが、本人はどんな答えでも強行すると言わんばかりに、既にリンも待機していた。

 それを見て、諦めたように頷いたところでアクレは準備を再開する。


「ところで、手術するのはいいが、麻酔のように感覚を鈍らせる薬とかはあるのか?」


「あることにはあるけど、舌だし、短期間の手術に使うような薬は、持ち合わせてないんだよね」


 マクスウェルの問いに、彼女はそう答え、彼もふむ、と顎に手を当てる。


「パラナに聞いてみようか? 一時的な麻酔ならば有事の際に使うこともあるだろうし」


「……!」


 マクスウェルの言葉に、亡霊が強く拒否反応を示し、暴れ出したのを見て、リンが慌てて取り押さえる。


「…嫌みたいよ?」


「……、面倒だが、私の魔法で対応してやる」


 マクスウェルはため息混じりに、手術の補助を申し出た。


 ―それ以外には特に問題もなく、彼女も素直に採血を受け入れて、無事に終了した。アクレは試験管に入った血液を眺めながら、そういえば、と聞いてきた。


「ところで君も有事の時は治療してあげようか? それなら血を採らせてくれると色々楽なんだけど」


「悪いが、不必要に私の情報を渡したくはなくてな」


 彼女の親切心か、何か考えがあっての提案かは不明だが、マクスウェルが即答すると、へぇ、と笑う。


「やっぱり、君は警戒心が強いね。

 君の種族に少し興味があったんだけど」


「そんなところだろうと思った」


 マクスウェルは鼻で笑い、残っている紅茶を一息に飲み干した。


「来てくれたのは非常に有難いが、お前らもまだ仕事があるんだろう? 私も用事があるから、可能ならお引き取り願いたいんだが」


「厄介払いかい? …って茶化してもいいんだけど、まぁやることがない訳じゃないからね。

 リン、このお茶もらったら私たちも帰ろうか」


 主人から急かされて、ちびちびと紅茶を飲んでいたリンも、残りを一息に飲んで立ち上がる。


「ん、そうか。じゃあマクス、馳走になったな」


「急かして悪いな。

 じゃあまた、明日頼む」


「任せなさい!」


 自信満々にアクレが胸を張り、二人は部屋から出ていった。




「―で、また来たのか」


 二人を見送り、亡霊と二人で昼食を済ませたところで、マクスウェルはパラナの執務室に再び訪れていた。

 彼は呆れつつ、彼には見向きもせず、書類に向き合っていた。


「あぁ。少し話したいことがあってな」


 マクスウェルの言葉に、彼も手を止めて、ようやくこちらを向いた。


「手短に出来るな?」


「勿論。明日予定の闘技場には不参加にしたいと伝えたくてな」


 彼の頼みに、パラナは椅子に大きくもたれ掛かって腕を組む。


「理由はなんだ」


「"亡霊"の手術の補助で物理的に参加できん」


「……それでお前はいいのか?」


 彼は即答し、パラナは少し困った風に聞き直すが、彼の意思は揺るがない。


「あぁ。それでいい」


 マクスウェルの答えに、彼は溜め息を吐く。


「―不思議だな。お前はなぜそこまであの女に入れ込む?」


「誰かを助けるのに理由はいるか?」


 パラナの問いをはぐらかすマクスウェルに、彼は再び大きな溜め息を吐く。


「わざわざ、お前がコストを払ってまで助ける価値があるのか、と聞いているんだ」


 主人の問いに対して、彼はさぁな、と笑う。


「先行投資という奴だからな。まぁ、その後、あの女を処分する必要が出てきたらまた頼むよ」


「……そうか」


 そこまで話し、パラナもマクスウェルにこれ以上話をしても、彼の狙いを漏らすことはないと理解したのか、仕方ないと言わんばかりに頷いた。


「明日の件については了解した。―どちらにせよ、明後日の会議で突っ込まれるなら、明日の参加は見送った方が余計な小言も減るだろうからな」


「助かる」


「マクスウェル、」


 要件も伝えたので、退散しようとしたマクスウェルをパラナが呼び止めた。


「屋敷の雑務を手伝ってもらってるのは、主として礼を言わせてくれ。

 ありがとうな、結構評判もいいらしいじゃないか」


 マクスウェルも、呼び止められたので何かやってしまったのかと少し警戒していたが、彼の言葉を聞いて笑みを浮かべた。


「あぁ、どうもいたしまして。

 居候させてもらってる身だからな、やれることは手伝うが、余計なことをしていたら早めに教えてくれると助かる」


「分かった。―下がっていいぞ」


「御意」


 お互いに要件を伝え終わったところで、二人は軽く手を挙げて別れていった。

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