二日目 虫
締め出されてしまい、廊下で待機していた二人は壁に寄り掛かって待っていたが、数分沈黙が続いたあと、リンが先に口を開いた。
「前にも話してたが、あんなのがウチの上司だ」
「騒がしい女だな」
「あんくらい騒がしくないと、気が滅入るんだろう。領主連中はゴミばっかだし、あいつも成果を常に求められるからな」
「成果を求められるのはお前もだろう」
マクスウェルの言葉に、彼は笑う。
「それはごもっとも。まぁ、俺がやらかしたところで、死ぬのは俺だから自己責任だろうけど、あいつの場合は他人だからな。
あぁ見えて、結構繊細だからよ。気にしないように、あいつなりに必死なんだよ」
「……随分、長い付き合いなんだな」
マクスウェルの言葉に、彼も困ったように笑って話し出す。
「そりゃ、俺は世話というか、あいつに仕えるために用意された奴隷だからな。嫌でも詳しくなるよ」
「…付き人のようなものか?」
付き人、と言われて彼も少し悩んで答える。
「全員かどうか知らんけど、人の使い方を学ぶためにも、領主の子供たちには大体奴隷兼世話役みたいな、スキル持ちの子供が用意されるんだよ。
それで俺はあいつの側で、面倒見たり、代役をやったり、色々手伝いもやってたな」
「パラナもそうなのか?」
マクスウェルが気になって聞くと、リンは首を捻って唸る。
「パラナ氏…かぁ、いたような話は聞いた気がするけど、基本近くに軍人が着いてることが多かったな。
何せ、軍部トップのお坊っちゃんだ。本人の意思とは反して、親への点数稼ぎに使われることも多かったんだろ」
「…そうか」
その言葉を聞いて、彼は何か思うことがあったのか、空返事をして考え込んでしまう。
「なに考えてんだ?」
「気にするな」
「気になるんだけど」
リンが興味を示して、じっと彼を見つめるが、顎に手を当て、考え込んでいる彼には聞こえていない。
「まぁ、気になったことがあっただけだ。確証はないし、間違ってる可能性も大いにある。
…だからそんな興味を持つな」
ようやく思考の海から浮き上がってきた彼は、目を輝かせて見つめてくるリンにツッコミを入れる。
「ところで、アクレが薬がなんだと言ってたが、何か飲んでるのか?」
「あぁ、それはな―」
「―マクス! リン! ちょっと来てー!」
リンが答えようとしたところで、アクレから声がかかり、二人は部屋に入る。
二人が部屋に入り、奥の寝室に向かうと、血まみれのベッドな上に突っ伏した"亡霊"がいた。
「何があった」
そんな状況でも冷静なまま、マクスウェルが聞くと、彼女は深呼吸をして、冷静を取り繕いながら先に聞いた。
「…ねぇ、バイーアと売買の"契約"をした時、なにか薬は貰ってた?」
「いや。…何か仕込まれてたか?」
マクスウェルも静かに答え、それに影響されたのか、少し落ち着いた様子で頷いた。
「多分、元々この子に仕込んであった寄生虫が活性化したんだと思う。
私はやってないけど、一部の奴隷には離れられないよう、そういうのを仕込む奴がいるのは聞いたことあるから。
とりあえずリン、私の作業場の鍵を渡すから、『A-910』を50錠くらい適当に持ってきて。余計なもの持ってきたら本当に薬抜くよ」
「A-910だな、分かった。代わりに、簡易ポータルをここに設定させてくれ」
「それなら構わないよ。はい、これ」
二人は即座に会話を終え、彼女は何処からか拳大の機械を取り出し、彼に渡すと、リンはそこから小さな機械を取り出し、床に置くと、瞬く間に姿を消した。
「私は何をすれば良い?」
マクスウェルが指示を待つと、彼女は亡霊を介抱しながら、短く指示を出す。
「とりあえず、新鮮な水と消化のいい食べ物を用意しておいて。
君、料理とかは出来るよね?」
「無論だ、任せろ」
彼も即答して部屋から出ていったところで、アクレは彼女の背中を擦りながら、ゆっくり横向きに寝かせる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、今まで何人も見てきた死人の顔。彼女によって出た犠牲者は、誰一人として忘れたことはない。
「…大丈夫。二人ともすぐ戻ってくるから」
励ますように彼女は声をかけるが、亡霊の目が訴えているのは、もう一つの救済。それが分かっていても、彼女は首を横に振る。
「ダメだよ。そんな簡単に命を捨てちゃ。
―助かったら、偽善だって好きに罵っても構わない。今は、生きて」
祈るような、彼女の言葉を聞いて、亡霊も諦めたように目を閉じた。
―数分後、盆に水とお粥を載せて、マクスウェルが戻ってきた。
「…早いね」
「"加速"した」
テーブルに盆を置いてから手短に答え、彼はアクレが座る椅子を用意しつつ聞いた。
「寄生虫だとしても、症状が早すぎないか?」
アクレは彼の用意した椅子に座りつつ、亡霊の気道を塞がないよう、口元の血や涎を手拭いで拭きながら答える。
「そうね。昨日来たばかりなんでしょ? だけど、廃棄予定の闘技者なら、事前に薬を抜いていた可能性が高いかな。
―それとね、この子に使われてる虫は、多少であれば命を奪うほどのじゃないの。だけど、"再生"のスキル持ちだとそれが悪さをして、延々と出血を繰り返すような虫なの」
「結果的に、貧血を引き起こして衰弱していくということか」
マクスウェルが続けて答え、彼女も頷く。
「一応、私はスキル抽出とは言ってるけど"医療"側の管理もしているの。だから、こういう治療とかにも慣れてるから安心して」
そうやって強がる彼女の顔には焦りや不安が見え隠れしており、マクスウェルは彼女の手を握る。
「無理するな。"死"に慣れていないなら、逃げてもいいんだぞ」
「―お構い無く。私が逃げるわけにはいかないから、」
そこに関しては絶対に譲れないと言わんばかりに言いきると、彼はふ、と笑って手を離す。
「なら頼りにしてるぞ。ドクター」
「任せなさい」
―その後、戻ってきたリンから薬を受け取り、マクスウェルの介助を受けて体を起こし、薬を飲ませる。そして彼女の吐いた血を片付けながら、新しい布団を―一旦、マクスウェル用に渡されていた毛布を代わりに使うことにした。
てきぱきと指示を出して、応急処置を終わらせた彼女は、疲れたように一息吐いて、伸びをした。
「とりあえず、これで一旦は大丈夫。あとは薬を飲ませていれば、三日もすれば虫を下せる。
―正直心配だから、明日にまた様子を見に来るよ。そのときに増血剤とか、消化剤辺りの必要な薬を持ってくる」
「助かったよ、ドクター」
マクスウェルの率直な言葉に彼女は少し照れたように笑う。
「私だけじゃテンパってどうしようもなかったよ。…君たちが、私を信じてくれたからさ」
「良かったな、リン」
「いや俺かよ、お前も動いてただろ」
アクレに対して、二人は茶化しあって笑い、アクレたちは顔を見合わせて頷いた。
「一旦お腹空いたし私たちも帰るよ。
何だかんだでいい刺激にもなったしね」
「そうだな。ところでこのままマクスの所で飯を食っていく流れじゃないのか?」
しれっと食事も同席する気満々なリンに対して、流石のアクレも呆れた顔をする。
「お茶までもらってそこまでしてもらうつもりなの?」
「いやでも、看病したしな」
割と厚かましいリンを説得しようとしたが、マクスウェル本人はあまり気にした様子もなく承諾した。
「まぁ別に構わんぞ。ただ、時間的に私の手料理になるがそれでもいいのか?」
「やったぜ!」
あからさまに喜ぶリンに対して、アクレはため息交じりにマクスウェルを見た。
「と言うわけなんだけど、良いかな?」
「大丈夫だ。私の飯を作るついでだからな。だが、嫌いなものとかはないか?」
明るく答える彼に対して、嫌いなもの、と聞いた途端、リンの顔に影が落ちる。
「肉はもういいかな…」
「リン……」
即座に肉にNGを出した"人食い"に対して、アクレが何とも言えない顔をしたのは言うまでもない。




