二日目 お茶会
四人分の紅茶と茶菓子を用意し、それぞれ一時のティータイムが始まった。
「うん、美味しい! けど、この紅茶飲んだことないね。異界からのお土産かな?」
静かな一時をアクレがぶち壊し、マクスウェルは意味深に笑う。
「そうだな、私の世界から持ってきた紅茶だ。口にあったようで何より」
「…お前、どうやって持ってきたんだ?」
彼の台詞に感じた違和感をパラナが聞くと、彼はさも当然のように答えた。
「私の世界の倉庫はマーキングしてあるからな。そこを起点にして必要なものを転移させているだけだ」
「……もしかして、その気になればこの世界から抜け出せるのか?」
パラナが冗談交じりに聞いてみるが、彼はまさか、と肩をすくめる。
「小さな無機物だから、簡単に転移できるというのもある。人並みの大きな有機物を転移させるのは、指を鳴らしたくらいで簡単に出来ることじゃないよ」
彼は真面目な口調で話を続ける。
「それに、私に掛けられてる移動の制約を考えると軽々と転移は難しいだろう」
二人の話を聞きながら、ボリボリと茶菓子のクッキーを食べながらアクレが質問した。
「そういえば、パラナくんはマクスに移動の制約を付けてるんだよね。
会議の時の護衛には連れていけるようにしてあるの?」
彼女の問いに、パラナもカップを受け皿に置き、自分の机に並べられたマドレーヌに手を伸ばしつつ答えた。
「領主の館と闘技場に限って移動できるように制限してある。基本的に館で行う手前、問題はないだろう」
「いや、次の会議は急だったから城の会議室使うんだけど」
パラナの答えをアクレが一蹴し、彼も困ったように眉間に手を当てる。
「……限定解除を検討しておく」
「そうした方がいいよ多分」
二人の会話を見ながら、黙々とお菓子を食べていたリンがマクスウェルに空いた皿を差し出した。
「マクス、お代わり」
要求する彼に、
「ないぞ」
即答である。
「何でだよ!」
憤慨する彼に対しても、
「当たり前だろう。あくまで間食だぞ」
態度が変わるわけがなかった。
「―さてと。お茶もご馳走になったところで私は帰るかな」
休憩がてらのお茶会も終わり、マクスウェルがそれぞれの食器を片付けているところで、アクレは立ち上がりながらそう言うと、既に書類に向き直っているパラナはそうか、と呟いてから改めて聞いた。
「連絡、感謝する。
ところで、お前はまだ余裕があるのか?」
「ん? 珍しいね、君が私の予定を気にするなんて。―はっ、もしかして私をご飯に誘うつもりだな!? 安い女じゃないけど君は覚悟できて」
一人で勝手に盛り上がる彼女に対し、彼はため息交じりに用件を伝える。
「何を言っているんだお前は。
ふと思い出したが、マクスウェルが昨日保護した女がいてな。はっきり言って、あまり関係が良好とは言えん状態で困ってるようだ。
余裕があれば、お前からもアドバイスなり話を聞いてやってくれ」
その話を聞いて、アクレは俄然興味が沸いたように腕を組むが、胸が邪魔で上手く組めず、難しい顔をしてから親指をたてる。
「まぁ、急ぎの用事はないからね。そのくらいならお安いご用さ。
それに、美味しいお茶のお返しみたいなもんだから、後の見返りも要求しないであげよう」
何処か引っかかる言い方をして、彼女は了解し、マクスウェルの手を取る。
「さて、直接会った方が早いだろう。案内頼むよ、マクスウェル?」
パラナの執務室を離れ、マクスウェルが先導し、後ろを歩いているアクレが切り出した。
「再確認だけど、バイーアの馬鹿から買い取った子で間違いないかな?」
「間違いない。有名なのか?」
特に誰にも話した覚えがないにも関わらず、既に把握していることについてマクスウェルが聞くと、彼女は首を横に振る。
「君は見たところ、パラナに近い匂いがしたからね。感情ではなく、損得で考えてる。
それを踏まえて、話の流れを整理したら自ずとたどり着く結論だ。それに、リンが彼女について話をしていたようだしね」
「成る程。
私はこの世界に来たばかりで、言葉は文字が読めんからな。せめて補助役が欲しいんだが…如何せん信頼関係がないと成り立たん。
少なくとも私への警戒を解いて欲しいのはあるんだが、なかなかな」
マクスウェルの率直な言葉に彼女は唸る。
「普通、一日二日で解けるものじゃないでしょうからね。そこは気長に…って言うわけにもいかないか。
うちのリンちゃんを貸すわけにもいかないからねぇ」
「主人が了解だしてくれれば、幾らでもマクスの世話するんだが?」
「あなたにはこっちでやることあるのでだめです」
リンの提案を却下し、彼が肩を落としたところで、アクレが思い出したように呟いた。
「まぁ、あの子的にはここがどこか分かったら余計に気が休まらないか」
「…どういうことだ?」
彼女の呟きを聞き逃さなかったマクスウェルが問いかけると、あぁ、と誤魔化すことなく話し出した。
「君は詳しくは聞いてなかっただろうけど、私たち領主にはこの国において、各々の役割が与えられている。
例えば、私は"スキルの抽出"、君も知ってる人たちだとバイーアは奴隷商…じゃなかった、"物流"、ロライマは"法治"といった具合にね。
それで、パラナのいるこの土地は"軍部"に位置している。そして、彼女の国を襲ったのは我々の国の軍隊―つまりどういうことか分かったよね?」
その話を聞いて、マクスウェルは廊下の窓から見えた外の風景―屋敷の至るところに飾られている―赤を基調に、真っ黒な獅子と蛇が絡み付いた―軍旗に目を向けた。
「成る程な。ここにいることが、彼女にとってはトラウマを刺激していると」
「そういう可能性も大いにあるだろうね。謂わば、ここは怨敵の根城だもの。仮に君は、同じ状況でも心休まるかい?」
尤もな指摘に、マクスウェルも腕を組んで唸ってしまう。
「……確かにな。それならば早急に改善したいが…私もここに縛られている立場だからな」
そこまで話したところで、彼の自室の前にたどり着き、アクレは突然止まったマクスウェルの背中にぶつかる。
「おうふ」
「ここだ」
マクスウェルは到着したことを伝えるが、突っ込んできた彼女は離れずに、興味深そうに彼の背中から伸びる翼に手を伸ばす。
「ほぅほぅ。人体から伸びてるわけだから、ちゃんと毛みたいのも生えてるんだね。
んー、骨格自体もちゃんとあるし、基礎になってる部分は見た目どおり、背骨から派生してる感じかな。背骨みたいに節もあるし、完全に繋がってるというより、節毎にに翼膜が生えて翼みたいになってるのかぁ。あぁそっか、節がないとこういう翼も畳めないもんね」
突然彼の体の観察を始めてしまい、マクスウェルは翼を広げて彼女を引き離す。
「…勝手に私の翼に触らないでくれ」
「なんだよー、別に減るもんじゃないし。そもそも、私みたいなのなら密着してると色々当たるところとかあるんだから、役得とでも思ってくれないの?」
不満そうに胸を抱き寄せて強調してくるが、彼は一切表情を変えずに突き放す。
「悪いが、私はこれでも女性関係には操を立てていてな。亡くなった妻たちに申し訳が立たん」
「ふーん、やっぱり君はモテたんだねぇ」
「それなりにはな」
アクレの茶化しを適当に流し、ドアノブに手を掛ける。
「無駄話はこの辺にして、一旦お願いしても良いか?」
「任せてよ。一応、あの子とは多少面識あるからね。だから、二人は呼ぶまで少し待機しててもらってもいい?」
彼女は自信満々にそう言ってくるが、マクスウェルはドアノブに手を掛けたまま、念のため確認する。
「良いのか? 相手は加…スキル持ちだぞ?」
「大丈夫さ。これでもスキル抽出のプロだよ?」
「……分かった。何かあったらすぐに呼んでくれ」
マクスウェルの心配に対し、彼女は元気に答え、彼はそれを信じて、アクレを部屋に送り出した。




