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二日目 執務室にて

 異界の朝の日差しは強くはない。しかし、目を覚ますには十分な光が、カーテンの隙間から注ぎ込み、彼―マクスウェルは目を覚ます。


「ん…」


 少し眠そうに目を擦り、寝心地は悪くはないもののベッドに比べれば劣るソファーから体を起こし、カーテンを少し開けてその光を全身で浴びながら伸びをする。

 ごきごきと間接から音が鳴り、彼の口からつい息が漏れる。

 日差しを浴びつつ暫く伸びていたが、ようやく目が覚めたのかしゃんとした顔でカーテンを全開にして頷いた。


「起きるか、腹が減った」




 屋敷の廊下ではバタバタと人々が駆け巡っており、朝の掃除やら食事の準備やらに追われているようだ。その中で、彼は邪魔にならないよう、廊下の端を歩きながら調理場に向かう。

 昨日案内された調理場に向かうと、既に何人ものコックが忙殺されており、調理場を使わせてもらうのは少し難しそうだった。しかし待っていてはいつまで経っても食事にありつくことも出来なそうだったので、彼はさりげなく、コックの一人に声をかける。


「おはよう、良い朝だな」


「それどころじゃないのは見て分かるだろうに呑気な奴だな!」


 洗い物をしながら話しかけたコックが叫ぶようにツッコミを入れるが、彼は怯まず提案する。


「見ての通り私も暇でな。しかし飯は自分で作りたいから下処理でも良いから手伝わせてくれ」


「そりゃ助かるが、お前さん主人の闘技者だろ? 料理とか出来んのかよ?」


 訝しげに彼は聞くが、マクスウェルは胸を張って答える。


「任せておけ。これでも、料理長代わりに何十人分の飯を作ったりしていた」


「―なら任せてみるけどよ。俺の後ろに積んである芋の皮を剥いて、潰しておいてくれ」


 彼はそう言って背後にある、籠に入った芋を指差して言い、マクスウェルはスーツの腕捲りをして頷いた。


「承知した」




 十数分後。


「驚いたね、アンタ。なかなかやるじゃないか」


 皿洗いを一段落して、マクスウェルの進捗を確認しに来たコックは感嘆する。それもそのはず、芋の山の皮剥きを終えて、ついでにほぼ潰し終わっていたところだった。


「時間は有限だからな。ズルをするに限る」


 マクスウェルは得意気に言い、ボウルに入った、熱々の芋を見せる。


「ところで、完全に潰して良かったのか? 人によっては食感を残すために少し固形で残すだろう?」


 芋の状態を見て、コックは頷きながら答える。


「いや、今回のは完全に潰していいんだ。ポタージュにする予定だったからな。時短ってやつだ」


「分かった。ところで、完成したら私も余りを貰っていっていいか?」


「手伝って貰ってるし、多少は余るから全然いいぞ」


「助かる」


 彼もそれを聞いて俄然やる気になって一緒に作業を進めていった。


 ―朝食を完成させた時、手伝った甲斐もあって、コックたちから同席しないかと誘われたが、彼は丁重に断り、二人分の食事を頂いて自室に戻っていった。


「戻ったぞ」


 別に答えが帰ってくることは期待していないが、無遠慮に扉を開けるのもなんだか憚られるため、一声かけて割り当てられた客間に戻る。

 とりあえず朝食を机に置いてから、客間の角にあるベッドに目を向けると、彼女―"亡霊"と呼ばれた元闘技者はまだ眠っているようで、彼は自分の分の食事だけ済ませることにした。


「……、」


 黙々と食事を済ませ、空いた食器を持って早々に部屋を出る。分かってはいたが、彼が部屋を出た途端、小さな物音が聞こえたが、彼は部屋に戻ることなく、そのまま進んでいった。



 屋敷の一角にある、パラナの執務室。数多の本棚とそこにしまわれた資料に囲まれた部屋は一見、書斎のようであるが、部屋を入ってすぐに目に入る、大きな机がそれを否定している。

 その机を向いて、事務作業をしながら、パラナが不機嫌そうに言い放った。


「―で、私のところに来たわけか」


「そうだよ。オフなのは知っていたが、如何せん信用がない相手と、ずっと同じ部屋にいるのは苦痛でな。逃げさせてもらった」


 マクスウェルは隠す素振りもなく、はっきりと言い、彼も呆れ気味にため息をつく。


「こちらもこちらで忙しいのだがな…。昨日の件で、始末書がこちらに回ってきているのもあるが」


 始末書、と聞いてマクスウェルは申し訳なさそうに聞いた。


「もしかして、昨日の領主間のいざこざか?」


 それを聞いて彼はペンを置き、マクスウェルを向いて頷いた。


「まぁな。私としてもこちらに非はないと思っているが、奴らはそうはいかないらしい」


 器の小さい奴らだ、と彼は一蹴しながらも、仕方ないと言わんばかりにペンを握り直す。


「あれだけのことをやらかして、一応この形式上の紙切れ一枚で済ませてくれるならまぁいいだろう。

 形式上だけ謝っておけばそれでいいしな」


 そう言って、彼は始末書の記載を始めようとしたところで、思い出したように聞いた。


「暇なら屋敷の雑務を手伝うか?」


「掃除とかか?」


「まぁそんなものだ」


 パラナがそう言って、呼び鈴に手を掛けた時、部屋をノックする音がした。


「ご主人様、失礼します。客人が来ていまして…」


 扉越しに声が聞こえ、パラナはマクスウェルを一瞬見て、彼が黙ったのを確認して答える。


「こんな時間に来客の予定はなかったが」


 パラナの言葉に、執事は言葉に詰まりながらも答えてくれた。


「それが…その…アクレ氏でして…」


 アクレ、その名前を聞いてパラナは大きくため息を吐いた。


「成る程分かった。通してやってやれ」


「いやぁその言葉を待っていたよパラナくん!」


 仕方ないと言わんばかりに応じた瞬間、扉が開け放たれた。


 短い栗色の髪の毛に黒い瞳。どこか幼さの残る顔立ちだが、身長含め、体の発育はしっかりしている。

 そして長い白衣のボタンを止めず、その下のシャツとショートパンツを見せつけながらも生意気げな笑みを浮かべる少女が入ってきた。

 そしてその後ろには、申し訳なさそうに苦笑しているリンもいた。


「……アクレ、」


 眉間にシワを寄せて、非常に不服そうにパラナが名前を呼ぶと、アクレ、そう呼ばれた少女は嬉しそうに手を挙げる。


「やぁやぁ、相変わらず顔は良いのに随分と不機嫌そうな顔だね!」


「久々に来たと思ったらなんの騒ぎだお前は。私の権限で追い出してもいいんだぞ?」


「それは困る。非常に困る!

 どうしたら君の機嫌が直るのかな? さては脱げばいいのかい? このむっつりさんめ」


 人の言葉を一切聞かず、迷いなくシャツのボタンに手を掛けるが、後ろにいたリンが止める。


「ご主人、パラナさんが固まってるぞ」


「何だと!? 男なんて大体乳でも見せとけば機嫌が直るものじゃないのかい!?」


「…………なんだこいつは」


 男一同がドン引きしている最中、マクスウェルがつい呟いたのを聞いて、アクレが彼の姿を捕らえてしまった。


「君がパラナくんの呼んだ闘技者だね! 初めまして、私はアクレ! 彼―"人食い"のご主人様さ! 仲良くしてくれるみたいだから今後ともよろしくね!!」


 一切の遠慮無しに接近し、彼の手を掴んでブンブンと握手しながらまくし立てる。マクスウェル本人も返答に困っているところで、リンが彼女の首根っこを掴んで引き離した。


「悪いなマクス、うちのが迷惑掛ける」


「リン、私はご主人様だぞ? こんな扱いするというのは、お薬減らされてもいいんだな?」


 横暴なことを言い始めた彼女を黙らせるように、パラナが大きく咳払いをした。


「その前に、館の主の前でこの問題行動の数々は、追い出されて然るべきと思わないか?」


 真面目なトーンで諭されて、彼女もようやく現状を理解し、大人しくなった。


「……はい、ごめんなさい…」


「よろしい」

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