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調査

 お茶会を終え、部屋から出たマクスウェルは迷いなく、転送用の部屋に向かっていく。

 扉を開けると、まずは床一面に描かれた魔法陣が出迎える。その他、大きな机と椅子、既に山積みになった資料が部屋の脇に置かれていた。

 そして、ラフィエルとグランは魔法陣の調整を二人で進めていた。


「早いな」


「お、来たか。とりあえず色々調べてみたが、見つかった資料はこんなもんだ」


 仕事の早い親友に嬉しそうに彼は小さく笑い、席に着いて資料に目を通し始める。


「助かる。一旦一通り目を通しておくから、一段落したら、細かく調べてくれ」


「あいよ。女神、というわけで行ってくる」


「はーい」


 サクサクと作業を進めつつ、マクスウェルは先ほど話していた、マーキング式の召喚法に目を通す。


(大体の理論は予想通りか。マーカーのこの惑星内なら、確かに何処でも着けることは出来そうだが…異界間のマーカーについては…あった。結論で触れてるくらいか)


 ざっと斜め読みで内容を確認し、作業をしている女神に聞く。


「ラフィエル、術式は今のところどこまで終わってる?」


 彼の言葉に、魔法陣を書き直していた彼女は全体に目を通して答える。


「今のところ、基本型かな。空間軸の同調と、安全なポータルの術式。まだ座標とか時間軸の調整は全く入れてない感じ」


「成る程。一旦、その二つだけで大丈夫だ。今やれるのは恐らく"穴"の特定だけだろうからな」


「そうですか? 魔王様の事だから今すぐにでも突撃するのかと」


 意外そうな彼女の言葉に、マクスウェルもため息混じりに答える。


「恐らく、今日の同定作業で過剰なまでの魔力を使うからな。少し休んでからではないと、その後が分からん」


「なるほど」


 納得したように彼女は準備に戻り、マクスウェルも資料漁りに戻る。



 そうしてしばらくした後、やることのなくなった女神はグランと共に資料探しに向かっていった。

 更に時間が経過して、術式の仮案が決まったところでちょうど良く扉が開いた。


「ただいま」


「おかえり。どうだった?」


 マクスウェルの言葉に、彼らは渋い顔をして一つのレポートを差し出した。


「今回の的外れなレポートは腐る程見つかったが、お前の言ってた世界の断絶については一つしか無かった。しかも、エビデンスレベルもかなり低い」


 彼からレポートを受け取り、表題を確認したところ、マクスウェルの顔が期待に変わる。


「無いよりかはマシだ。……いや、コイツのレポートなら信頼に値する。安心しろ」


「…………あ、本当だな」


 しばらく著者の名前を眺めていたグランは、よく知る名前と理解して彼に合わせる。その名前は、かつて"大陸最高の魔法使い"として名を残した者の書いたレポート。

 マクスウェルの少ない友人の一人である彼のレポートを読みながら、懐かしそうに呟く。


「全く、アイツいつの間にこんなレポートを…。こんなレアケースを研究するつもりなら、私にも声をかけろとあれだけ言ったというのに…」


 その資料に書かれていたのは、世界を調べている間に見付けた、露骨な"空白"の記録。仕事の一環で異界の探査に協力していた際に見付けた、イレギュラーの記録だった。


(―調査段階で、軸を合わせた干渉不可。物理的に空間そのものをこじ開けようとしても、反応なし。出入り不可であると考えられるが、人為的…言うなれば"神"為的に作られた可能性が高い。

 ここまでは、ラフィエルの言っていたことと大きく変わりないが…"穴"へ触れた考察もあるか。仮にそんなことを出来る神が居たとして、完全な断絶は己の首を絞めることになる。"終わらせる"神よりも、"始める"神のほうが実体化して分裂しやすいのは間違いないからな。断絶を作り出した神に、再び世界間の繋がりを再構築を持っているという根拠もない。

 必要最低限の穴だけを作っておけば、その場所を知るもの以外は出入りすることが出来ない、完全な牢獄を作ることが出来る。

 そして、その穴までの考察はされていないが…調査時間の問題だろうな)


 短い論文に一通り目を通したマクスウェルは一つ息を吐いてから立ち上がる。


「さて、概ねこちらと同じ考え方なのは分かった。逆探知といこうか」


「手伝いは?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、親友が声を掛けてくれる。


「助かる。同調して力を貸してくれ。女神は補助を頼む」


「任せて」


 簡潔に指示を送り、三人は等間隔で魔法陣の外側に立つ。そしてマクスウェルは一瞬の内に蒼い重鎧の姿へと変貌し、静かに手を前に突き出すと、床の魔法陣が発光し、おびただしい程の文字が刻まれていく。


「…出力安定、座標特定は完了」


 マクスウェルはそう呟きながら、目の前に広がり始める次元の裂け目を見るが、その先に広がるは何もない、暗黒空間のみ。


「だが、軸の同期が出来ていない。このまま維持するか?」


 向かい側で、同じように手を突き出して空間の裂け目を見つめる親友が聞いてくる。


「このまま維持してくれ。少し、負荷をかける」


「任せろ」


 マクスウェルは魔力を全開にし、自身の周囲を覆うほどの濃い魔力を纏いながら術式を重ねていく。


(―世界間の多次元座標に、世界内の三次座標を加えて"マーキング"する。あの場所は、記録済みだから記入自体は可能なはずだ)


 術式を組み立てながら、彼は順序立てて"不変の存在の座標"を入力しようとするが、その時魔法陣に刻まれる文字列に亀裂が入る。


「―魔王!」


「分かってる! 想定内だ!」


 グランの言葉に即答し、亀裂に少し引きずり込まれながら、彼は術式を修正するとエラーが剥がされたのか、彼を吸い込む力が弱まる。

 その隙に元いた場所に戻り、再度組み立てを行う。


「今、僅かに"引き込まれた"ということは、世界が繋がった証拠だな」


「だが、今の感じあのまま突入したらかなり危険だぞ」


「承知の上だ」


「不死の呪いを使って無理矢理切り抜けるのはやめてくれよ?」


「当然だ」


 親友の冗談に二人は笑い、再度世界の接続を試みる。


 ―今回試しているのは、接続できない世界の先にも、座標は存在していると仮定し、元々動かない対象にマーキングをして召喚が可能かどうか、ということ。

 それによって何が起きるかと言うと、召喚対象をマーキングした場合、召喚自体がわずかに存在する"穴"を経由して起動する。その軌跡を調査することで、穴の位置を特定することが最終目的である。

 一度目の試行で、"穴"を探知するまでに次元の狭間に引きずり込まれそうになったが、それも想定済み。完全に断絶されている場合、そういった現象すら引き起こされないはずである。


 しかし、精度が上がれば上がるほど、引きずり込もうとする力は強まる。世界が断絶されるということは、本来互いに干渉し合っている時間や空間の影響がなくなるため、"穴"の周辺には大きな時空の歪みが発生する。元より穴をつなげた場合は問題はないものの、手探りに探すということは、歪みの影響をそのまま受けるためである。


 幾度となく、引き込まれかけ、その度に修正を繰り返して定位置に戻る。

 そんなことを続けていて小一時間。マクスウェルではなく、グランとラフィエルに疲れが見え始めた。


「―親友、まだ行けるか?」


「―舐めんな、後一回くらいやれるよ」


 最初に比べてかなり薄くなった魔力を纏うマクスウェルの言葉に、彼は目を点滅させながら強気に答える。それを聞いて、彼は覚悟を決めたように再度魔力の霧を纏い直す。


「心得た。―これで決めるぞ。同定したと同時に、接続を切れ。

 準備は良いか?」


「任せろ」


「大丈夫です」


 二人の覚悟が決まったのを確認し、彼は深く息を吸って、集中する。

 既に床一面を覆うほどに刻まれた術式が更に広がり、壁にまで侵食を始める。それと共に、空間の歪みに直面し、部屋そのものが震えだした。


「魔王!」


「もう少しだ」


 とても短い、継続するかの問いに即答する。開いた空間の裂け目から三人とも引き込まれ始め、サポートをする二人に少し、焦りが見え始める。

 その中でも、歪みに最も近いマクスウェルは一切動じず、手を突き出したまま、調査を続行する。


「魔王様! 危険域です!」


「―もう少しだ」


 ラフィエルの言葉にも耳を貸さず、彼は解析を続けていき―歪みが最大となって、全員の足が地面から離れようとした時、指示を飛ばした。


「接続を切れ!!」


 その言葉とともに、二人は空間の接続を消去する。しかし、発生した力はすぐに収まること無く、裂け目に引き込まれた三人―は、消え去った中心部で同時にぶつかって地面に倒れ込んだ。


「おぉ…いてぇ…いや、痛みとかあるわけねぇだろ」


 下敷きになっているにも関わらず、平気な顔をして、上で伸びている二人を巻き込んでグランは起き上がる。その勢いで二人は床に転がっていき、目を回しているラフィエルはともかく、マクスウェルはすぐに立ち上がった。


「……これで、すぐに向かえるな」


 しっかり立ったと思ったが、足元はおぼつかず、この調査だけで随分と消耗したのが見て取れる。


「おい親友、そんな状態ですぐ行けるわけねぇだろ。少し休め」


「―いや、時間がない。このまま行くぞ。さっさと女神を叩き起こせ」


「その状態で無理してロクなことにならねぇんだから、休んどけ」


 グランは彼を言葉で止めようとするが、止まる気配はない。―ゆえに、無理にでも止めることにした。


「グラン、頼―」


「いや、そういうわけにはいかねぇだろ、親友」


 振り向きざまに容赦なくマクスウェルの顔面を殴り飛ばし、ノックアウトさせる。普段だったら当たることない攻撃でさえ、簡単に被弾するほど消耗していたのだろう。

 そのまま気絶したマクスウェルの体を抱えて、彼はため息混じりに呟いた。


「まぁ、執着するのも分からんでもないからな…。でもせめて、魔力を回復してから攻めにいけ」


 いつまで経っても手のかかる親友を寝かせに、彼は部屋に戻ることにした。


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