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去りゆく背中

 王城に軟禁されてからどれだけ日にちが経っただろうか。日常と変わらない仕事量に加え、常時誰かに監視されるストレスは、パラナの正常な思考を奪っていく。


「……、」


 かたん、と筆を握る手を止めて、殺風景な石造りの部屋を眺めるも、誰かの姿が見えるわけではない。ただ、"誰かの視線"は常に感じており、不快感が非常に強い。

 そんな環境で過ごしていると、珍しく来客があった。


 ノックの音が聞こえ、失いかけていた世界に色が戻る。


「入っていいか?」


「どうぞ」


 断る理由もなく、入室を許可すると、くたびれたえんじ色のスーツを着た、真っ赤な髪を短く整えた50歳ほどの中年が入ってきた。彼は髪の色と同じく、燃えるような赤い目を向けて静かに髭のない口を開く。


「こうしてきちんと会うのは15年ぶり位になるな。俺は世間では戦略長官と呼ばれてる」


「……貴方が。話には聞いています」


 上司でもある存在ということで、パラナは反射的に敬礼をすると、彼は力なく笑う。


「気遣いは不要だ。今回、わざわざお前のところに来たのは、色々話しておきたいことがあってな」


「……、その提案は非常に有り難いですが」


「大丈夫だ、俺もきちんと対策を用意している。この間くらいなら、アルマロスも騙せるはずだ」


 既にアルマロスの監視について理解している彼は、スーツのボタンを一つ外して、その下に仕込んであるスキルの端末を見せた。


「……何故、そこまで」


 言動から全てを理解した上で、この行動選んでいる長官に理解できないと呟くと、彼は諦観気味に笑った。


「そりゃ、この先短いからな。二度と戻れないくらいなら、可能性のある方に賭けたい」


「それは、どういう…」


 パラナの当然の問いかけに、彼は頭に人差し指を突き立てて話し出す。


「"洗脳操作"。公表されていないが、スキルを複合して人格や記憶の上書きを行う方法は随分と前に確立している。ただ、専用の設備が必要としているから、"医療"のところの大病院に数基あるだけだがな。

 俺は、その精神操作を既に受けている体だ。その時は元々装備してたスキルで防いでいたが、ここでお前と接触した時点でバレたからな。

 恐らく、次に会うときの"俺"は、"俺"じゃない」


「……尚更、どうして」


 絞り出すようにパラナが呟くが、彼は笑顔のまま話を続ける。


「言っただろ、総司令がこの戦いに勝てれば、俺は俺を取り戻せるかもしれない。可能性としては分の悪い賭けだが、このまま隠し続けていてもいずれはバレる事だ。無理に延命を図る必要はない」


 無情なまでに自分を見捨てる彼に、パラナは絶句する。それを見て彼は続ける。


「言葉が出ないくらいに不思議か? だが、ここまで全部覚悟の上だ。

 先日の襲撃に戦術(こちら)側の兵士を混ぜたりしたのも、それが成功、失敗に限らず"俺そのもの"が消されることも、全部計画の内だからな」


「……!」


 戦略の為に自身の命すら構わない、狂気じみた行動はパラナにも理解できない。


「ただ二つ、不都合が発生していてな。洗脳装置と"∆∂∆∑"だけは神成を使ってでも破壊しようとしたんだがな。それはまさかお前の従者に邪魔されるとは思わなかった。そして、神成が空間の神を降ろしてまで、天魔を排除しちまったことだ」


「…やはり、マクスは別の世界に飛ばされたんですか?」


 気になる単語はあったものの、従者の名前を出され、パラナが食いつくと、彼は隠さず話してくれる。


「報告を受けた限りは間違いない。ただ、こちらの予測ならば、アイツは一週間経たずにすぐに戻ってくると思ったんだが…今になっても戻らないということは、何かしらのイレギュラーがあちらでも起きているのだろう」


「そうですか…!」


 その言葉を聞いて、心底安心したような顔を見て、少しだけ悲しそうな顔をした。


「ただ、それなら多少分の悪い賭けであっても、総司令は勝負を仕掛けるはず。

 お前を助けるために、な」


「…………、」


 長官の言葉を聞いて、途端に表情が暗くなる。彼はそれを予想した上で続けた。


「お前が思ってるほど、あの人はお前のことを想ってるよ。だから、こんな時だけでもいいから信じてやってくれ」


 戦略長官の言葉に、彼は声を震わせながら話しだした。


「……話を聞く限りそうなのでしょうけどね。

 ですけど、今までの総司令―父からは、そう言われるだけの感情を受け取ったことが無いんです。彼が私を助けようとしているのは、ただ、跡継ぎの一人だからではないのでしょうか」


 積もり積もった感情を少しずつ吐露するパラナに、長官は何も答えない。


「…………そうですよね。本心は、本人にしか分からない。だから、本人に聞くためにも私はその手を取らなければならない。

 頭では分かっていても、それを体が拒否するんです。私は、どうすれば良いのでしょうか」


 本当に答えに行き詰まり、懇願するようにパラナは彼の顔を見るが、長官は渋い顔をする。そして、思い立ったように話しだした。


「俺は答えられねぇよ。ただ、背中だけは押してやる。

 ―今日、久々にお前の顔を見たけどよ、お前ら親子は、きっと今からでもやり直せるよ。

 どんな顔してもいいから、腹ン中のモン、全部吐き出してみろ。それで、あの馬鹿からも全部吐き出させろ。そっから"二人"で、"話し合って"から考えてみろ。だから、今はお前が大人になって、全部呑み込んでやるしかない。―今は余計なことを考えるな」


「……それしか、無いんですよね」 


「いい子だ」


 パラナもきちんと理解したようで、彼はようやく心からの笑みを見せる。そして、彼は背中を向けた。


「じゃ、俺から伝えられるのはこの辺だ。全部片が付くまでは、俺に会っても他人のふりをしてくれよ。多分、それは俺であって俺じゃない。ついでに、防衛長官もとっくに洗脳済みだから信用すんな。

 ―あ、それと医療側にも俺がやり合っちまったから信用できねぇからな。要は、本当にお前の信用できる相手以外信用すんな。

 色々あると思うが、頑張れよ」


「――はい。貴方も、ご無事で」


「おいおい、それは煽りか? ―まぁ、抗ってみてやるよ」


 パラナの言葉に吹き出して、茶化しながら去っていく背中を見送りながら、パラナは無意識の内に敬礼をしていた。


 扉が閉まった後、パラナは静かに呟いた。


「また、会える日を楽しみにしています。長官殿」

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