密会
―パラナが王城に軟禁されてから、一週間が経過した。
パラナが屋敷に居ないことを除けば、通信機器を通して仕事自体は滞り無く続いている。しかし、屋敷で仕事をこなす三人の顔、見えるのはシナロアだけではあるが、その顔は暗い。
「――じゃあ、一旦昼休憩入ってくるね。パラナも、ちゃんと食べて」
『……そうだな』
昼の仕事が一段落して、彼らは休憩のため、通信を切る。パラナとの通信が切れてすぐ、シナロアが愚痴り始めた。
「……ねぇ、いつまでこれを続ける気なの?」
「国王直々の命令となれば、残念だが我々には従う以外の選択肢は無い」
「私は関係ないんだけど」
不満そうに彼女は呟くが、クルドは呆れた風に彼女をなだめる。
「確かにお前はマクスに直接引き取られたから、従うことへ強制力はない。だが、便宜上はここに所属しているんだ。堪えてくれ」
「むぅ……」
それでも不機嫌そうに頬を膨らませながら、彼女は部屋の扉を開くと、丁度部屋の扉に手をかけていた女性とぶつかりそうになった。
「おっと」
彼女は寸での所で止まり、反射で一歩退いたシナロアは後ろに居たヴェルディにぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
前後の二人に対して謝ると、互いに気にした様子はなく、再度ぶつからないように距離をとってくれる。
そして、シナロアの視界に入ってきたのは、えんじ色のコート。しかし、フードは被っておらず、金色の髪を短く整えた顔立ちの整った、20歳ほどの女性―"神成"本人が立っていた。
「―神成…!?」
面識のあるクルドとヴェルディが彼女を認識し、距離を話したが、彼女に敵意はない。
「二人は…そっか、パラナの側に居た人たちか。そして、君がパラナの友だち、シナロアでいいかな?」
当たり前のように話しかけてきて、ここを荒らしに来た訳では無いと理解した二人は構えを解き、シナロアは状況が解らず頭に?を浮かべている。
「名乗るのが遅れたね。私は"神成"。後ろの二人は知ってるだろうけど、総司令直属の兵士だ」
所属について名乗り、状況をすぐに理解したシナロアは警戒をしたまま聞き返す。
「…そんな人がどうしてここに?」
当然の反応に、彼女は緊張感無く笑い、とりあえず、と答える。
「こんな所で話すのは仕方ないし、本部で話さないかい? 総司令が待ってる」
「……どうしますか?」
自分だけの判断に迷い、後ろの先輩二人に聞くと、彼らは迷いなく答えた。
「聞くだけなら聞いても良いだろう」
「右に同じく」
「……二人がそう言うなら」
「話が早くて助かるよ」
二人の答えに渋々頷いたシナロアを見て、作り笑いを浮かべて彼女は背中を向ける。
「じゃ、食事でもしながら話そうか。今は食堂で食べてるの?」
「基本的にはそうだな。人目が気になるなら他の場所にしてるが」
「あそこか。成る程、それならそっちの方がいいかな」
サクサクと話を進めながら、神成が一足先に、迷いなく歩を進めていく。
「…道案内はいらないんです?」
どんどん先に進んでいく彼女を見ながら、不思議そうに聞くと、彼らは苦笑した。
そして着いたのは、パラナの部屋。主人が不在であり、彼の部屋には基本的に誰も入ろうとしないため、話しにくい話をする時はいつも使うようにしていた。
彼女は扉をあけて、本棚に並ぶ本や書類の山を見ながら、ほぇー、と意外そうな声を出す。
「オフの時もこんな本に囲まれて過ごしてたの?」
「いつも、休日はここか展望台で一日を過ごしていることが多かったな。最近は、結構外に出ていたが」
クルドが隠すこと無く話し、彼女は手近な椅子に座って、床に虹色に光る水晶玉を転がすと、起動音と共に映像が映し出される。
そこに映るのは、金髪の中年―総司令の姿だった。
『まず、急な呼び出しに付き合ってもらってすまない』
「……」
映像が繋がると同時に、謝罪から会話を始めるが、彼らの反応は薄い。
『そうだな、以前、あんな真似をしていて信用される訳がないのは百も承知だが、今は状況が状況だ』
「今回、貴方の用件は何ですか?」
警戒を最大にしたまま、シナロアが聞くと、彼は隠すこと無く、答えてくれる。
『パラナを助け出す』
「……それを信じろと?」
即答に対し、猜疑感にまみれた視線を彼らが向けるのを理解した上で、神成も何も言わず総司令の反応を待っている。
『信じる信じないは、今となっては些細な問題ではないか?』
「そもそも、根本な原因は貴方でしょうに」
シナロアの直球の指摘に、彼は苦い顔をする。
『……それを言われると何も言い返せん。
だが、天魔が居ない今、君たちにとっても悪い話では無いはずだ』
「…それはそうですが、まさか直接王城に乗り込むというのですか?」
クルドの質問に、彼はそうだな、と話す。
『奴らが最も危険視しているのは、神成だ。それを利用して、この子を送り出して陽動に使う。その隙に、お前らでパラナを連れ戻して欲しい』
「考えが浅すぎない? 結局この国にいる限り、逃げ場なんてないでしょう?」
パラナを仮に軟禁から解放したにしても、結果としてここに戻るのであれば変わらない。また、連れて行かれるのを待っているだけになることを告げると、彼は話を続ける。
『それに合わせて国王―いや、旧支配者を切り崩す。
体制が崩壊すれば、パラナも無闇に追われることもないだろう』
「勝算は?」
『神成に取り込ませる』
シナロアの問いかけに即答し、彼女は眉をひそめて聞いた。
「その成功率について聞いてるの」
『条件が合致すれば間違いなく取り込める筈だ』
「その条件は?」
『悪いが、それを伝えるのは協力してくれると約束してからだ』
はぐらかそうとする総司令に向け、彼女は苛立ち気味に語った。
「確かに、私たちはパラナを取り返したい。でも、あなた達もパラナを拐った国王と同じくらい信じられない。だから、この取引は簡単に首を縦に振れない。こちらが求めてるのは安心材料ってことなの。分かるかな?」
『それは重々承知しているが、今まで秘匿してきた業を簡単に教えるわけにはいかない』
お互いに譲ることはなく、平行線で続くと思ったその時、神成が口を開いた。
「私のスキルの要領で、神そのものを取り込めるとは思う。ただ、その後について保障は特にないかな」
『……お前、』
勝手に口を開いた神成を総司令が睨むが、シナロアはため息混じりに答える。
「元々分の悪い賭けと。でも、今の状況なら、賭けるしかないってことね。
二人はどうする?」
シナロアの問いかけに、二人は静かに頷いた。
「このまま平行線であっても良いことはないからな。司令、我々の力で良ければ使ってくれ」
『……正気か?』
意外な解答を受けて、彼は目を丸くして聞くが、二人の答えは変わらない。
「仕方ないですよ。私たちだけでは可能な事も限られる。ほんの少しでもチャンスを与えられたなら、それを掴むしかありませんから」
それだけ、己の息子が慕われていると理解した彼は、少しだけ嬉しそうに笑って告げた。
『―そうか。それならば決行は早いほうが良い。また、この子を使いに送る』
「その前に、いくつか聞いてもいいですか?」
話の区切りが良い所でシナロアが手を挙げると、彼は不思議そうに聞いた。
『答えられる範囲なら』
「パラナから聞いている貴方の像と、今のイメージが合致しないんですよ。この際はっきり言いますが、彼は貴方を強く嫌っています。
そう思われるだけのことをしてきた自覚もあるでしょうが、何の心境の変化ですか?」
シナロアの容赦ない言葉に、彼は申し訳なさそうに目を伏せて、話しだした。
『言い訳に聞こえるかもしれんが、あれでも私なりに考えてやった結果だ』
「愛情を与えず、突き放すことがですか?」
この際、シナロアは一切容赦せず、彼を詰めていく。容赦ない言葉に彼も少し悲しげにそれを肯定した。
『……そうだな。そう言われるともう何も言い返せん。だが、今も昔もアイツのことを考えて動いていたつもりだ』
それを聞いて、彼女は堰を切ったようにまくし立てる。
「それがお門違いって言うんですよ。貴方は、一度でもパラナという人間を見てあげたことがありますか? ―見ていないでしょう? 一度でも見ていれば、そんなことは出来ないですから。
貴方は、パラナを"総司令の息子"であり、"神成の弟"っていう枠でしか見ていないんですよ。だから、あの子の将来―今後のためのレールを敷くことは出来ても、パラナの意思や、本人の願いは二の次になってる」
「…シナロア、少し言いすぎだ」
流石の言葉にクルドが止めようとするが、彼女に睨みつけられて怯んでしまう。
「だってそうでしょうに。この屋敷を与えたのも、権限や軍部に接触させたのも、将来的に軍部のために立たせるため。それ以外の道は許さず―それどころか、己の敷いたレールから外れようとしたら、この前のお茶会を滅茶苦茶にされたように、無理矢理強制する始末。
そうやって育てられた子どもが、どう親をみると思いますか?」
彼女の言葉の裏には、自身の立場と役割に与えられた負担に潰された、弟がある。それを一番近くで見続けてきたからこそ、同じことの繰り返しを見るのは許せないのだろう。
そこまで言って、彼女は一息ついてから絞り出すように締めた。
「―だからこそ、私はパラナを放っておけません。同じようにして、潰れた大事な家族を見てきましたから。
そして、そんな貴方と協力もしたくはありませんが、この際仕方ないモノとして受け入れます。
その事を、忘れないでください」
『…………、肝に銘じておこう』
シナロアに言いたい放題に言われ、どこまで通じたか分からないものの、彼が静かに答えたところで、今日の密会は解散となった。




