真実
それから更に一週間ほどが経過した。
復興作業も順調で、普段の仕事にも集中出来るようになっている。そんな時に、国王からの呼び出しが届いた。
「…パラナ様、」
「分かっている。隠し通せるとは思って居ない…というより、すぐに防衛庁官には連絡していたからな。
今後の処遇が決まった程度だろう」
不安そうなクルドに対し、彼は淡々と答え、内容を確認して、予定を伝える。
「予定は二日後の夜、再度王城で会合となる予定だ。
今回の護衛は…シナロア、頼めるか?」
「シナロアを、ですか?」
パラナの意外な提案に、ヴェルディたちも困惑気味に聞き直すが、彼は表情を一切変えずに答える。
「何かあった時、一番臨機応変に戦えるだろうと思ってな。
お前らの装備も会合に合わせて申請しようとしても間に合わないだろう?」
「…確かに、我々の装備を用意するには時間が足りませんが」
「では、実戦経験の差が気になると?」
二人の懸念点についてはっきりと告げると、彼らは素直に頷いた。
「確かに、闘技場での戦績は申し分ないですが、乱戦においての経験値が不安要素ですね」
「それは確かに否定できんな。それでも、装備のないお前たちよりも上手く立ち回れる筈だ」
「……それは、」
パラナの尤もな言い分に彼らは黙り、彼は決まりだ、と言いたそうにとん、と机を軽く叩く。
「消去法としてもどうしようもない。異論はないな?」
「えぇ、不本意ですが」
本当に不満げに彼らは頷き、シナロアは少し申し訳なさそうに彼らに向けて言った。
「大丈夫、私も全力で守るから」
「……シナロア、頼みます」
そして、あっという間に二日が経過した。マクスウェルに支給されたものと同じえんじ色のコートを受け取り、それに袖を通して鉄仮面を着けたシナロアは、パラナを待っていた。
「シナロア、待たせたか」
彼女の名前を呼ぶ声がして、いつぞや仕立ててもらったスーツを着たパラナが一人で歩いてくる。
「いや、それほど」
「多少は待たせてしまったみたいだな、すまない」
パラナは素直に謝り、彼女は気にしなくて良いよ、と笑う。
「私も来たばかりだからさ。さ、行こう」
「そうだな」
パラナもすぐに切り替えて、二人でポータルに向かう。
前も見た通路は適当に抜ける。途中の番兵たちも、パラナの顔と服を見て軍部の人間―召集された者と理解し、そのまま通してくれた。
廊下を無表情で歩きながら、パラナは隣を同じ歩幅で歩くシナロアに聞いた。
「結局聞けなかったが、お前は平気なのか? こんな所まで来て」
こんな所、国の仇の本丸にまで来て、という意図で聞くと、彼女も平気なふりをしながら笑う。
「…一人なら、とても平気じゃなかったと思うよ。今はパラナもいるからさ。
それに、私もようやく普通に生きても良いかなって思い出したんだよ」
「そうか」
パラナは無表情を装いつつも、少しだけ口角を上げ、先を急ぐ。
特にそれから何もなく、国王と会食をした場所まで案内された。彼らは静かに席について待っていると、しばらくして少し乱れた灰色のスーツ姿の国王が入ってきた。
「―待たせたかな」
部屋に入るなり、彼はそう聞くとパラナは首を横に振る。
「いえ、問題有りません」
「そうか」
淡々と返し、彼はパラナに相対する形で席に着き、従者に指示をする。
「二人分の飲み物を」
「はっ」
その言葉を聞いて、近くに居た従者はテキパキと動き、用意していたかのように飲み物を二人分用意する。
それがテーブルに置かれた所で、一息ついてから彼は話し出す。
「―さて。まずは、"天魔"の件については残念だったな。
神成と接触した際、空間ごと世界を飛ばされてしまっては、対処の方法も無いだろう」
「……そこまで、ご存知だったのですか」
「その後の調査の結果、判明したことだ」
初耳の情報の出処について彼は説明し、それは結果論、と話を変える。
「天魔が居ない現状、我々としても総司令が目論んでいるクーデターをただ待ち続けるという訳にはいかない。
運のいいことに、先日の内乱に軍部の一部が参加していたことで、戦力自体も削られているからな」
「陛下、一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
話を続けようとした国王に割り込んでパラナが聞くと、彼はどうでもよさそうに頷く。
「構わんよ」
発言の許可を得て、パラナはずっと気になっていたことを聞いた。
「ずっと引っ掛かっていたのですが、何故内乱に軍部が参加したのですか? 一般人たちにはあまり認知されなかったようですが、やっていることは国家の転覆そのものですが…」
尤もな質問に、彼はそんなことか、と答える。
「今回、内乱に参加したのは戦略長官―謂わば、侵攻を担当している部隊のごく一部だ。捕らえた連中曰く、この国の奴隷制度を改革するために混乱に乗じて、国家の施設を狙って引き起こしたそうだ」
「その者たちは…既に居ないのでしょうか?」
「いや。無事な者たちは治療しているよ。
どれだけ腐ろうと、我々の国民の一人には変わりない。―ただ、元の個人が生きているとは言わんがね」
国王の不穏な単語を見逃さず、彼が聞こうとしたが、口を開いてから聞いた所で意味がないと判断し、首を振りつつ口を閉ざす。
「我々としても反逆者を許す必要はないからな。まだ生きているだけ有情とは思わんかね」
パラナの思考を読み取ったような言葉に、彼は言葉に詰まる。
「…それは、答えかねます」
パラナの答えを聞けずとも、彼は興味なさそうに話を変える。
「そうか。連中の処遇については恐らくお前の想像する通りだ。
―まぁ、世間話はこの辺でいいだろう。あまり互いに時間がないのもあるからな。
先日の内乱について、復興の目処は着いてきている。国家としても弱くなっている所で、軍部の反乱の予兆があるという最悪な状況だ。
我々としても、連中を抑え込むカードが欲しい」
「今の状況でも、動けますかね?」
パラナの問に、彼は淡々と話し出す。
「こちらもそれから調査を続けていたよ。
奴らの目的は、国家の転覆というより、制度の改革。―我々の計画を潰すこと。今の奴隷制度の撤廃だ」
「…そんな事をして、何の役に立つんです? 少なくとも、今のこの国家はスキル持ちたちの犠牲の上に成り立ってるというのに」
その言葉に、意味深に彼は厭らしい笑みを見せた。
「君自身が、その理由についてよく知ってるのではないのかね?」
「…………何の話でしょうか」
わざとらしいほど間をおいて、とぼけてみせるが、彼はニヤニヤしながら話し出す。
「我々もその結論にたどり着くまでは随分と骨が折れたよ。何せ、最重要人物の情報は、わざとらしい程に隠蔽されていたからな。それに、身近にそれどころではないデコイまで居たものだ」
不穏な気配を感じ、シナロアが無言で臨戦態勢を取る。
国王は彼女の素振りを感じ取っていたものの、それを無視して話を続ける。
「勿体ぶらずに率直に聞こうか。君の"母親"は何者だ?」
初めて聞かれた、パラナの母親のこと。この前にいる相手は、全てを理解した上でそれを聞いている。それでも、己の口から語らせたいのか、パラナの答えを待っている。
急速に乾いていく口の中を潤す為に、出された水を含む。
「それは、お答えできません」
「何故だ? 父親が総司令と分かっているなら、相応の相手に決まっているだろう?」
わざとらしく聞いてくる国王に向けて、シナロアが黙らせようと"振動"を構える前に、パラナが制止した。
「止まれ。そんなことをさせるためにお前を連れてきたわけじゃない」
「本当に、よく成長したな。―奴隷の子が」
「――!!」
パラナが答えるよりも先に、国王が答えを話す。
「お前と"神成"、同じ腹から産まれた異父兄弟だろう?」
真実を淡々と告げる国王に対して、パラナは動揺のあまり、一切言葉が出ない。
「お前の父親―総司令は、お前ら兄弟をずっと隠し続けてきた理由がそれだ。"降神"を持つ姉と、己の種で同じ腹から産まれた弟。
前者言うまでもないが、後者は己の保身、ではなくお前を守るためではないのか?」
「……総司令の考えは、私には分かりません」
混乱しながらも、精一杯の返答に国王はどうでもよさそうに鼻で笑う。
「そうだな、今更理由に意味はない。ただ、保身ではなく、お前を守るために総司令がわざわざ存在の隠蔽工作を行っていたのなら、今までの不可解な行動の全てが繋がる」
「それは…?」
パラナの問いかけに、分からんのか、と言いたげに続けた。
「奴隷制度の崩壊―スキルを持つものに人権を与えるということは、そのスキル持ちから産まれた、お前の存在をこの国で認めさせると同じことだ」
「……!」
そこまで話をされて、ようやく意味を理解したパラナが目を見開く。
「本来の目的は我々の知る由もないが、仮にそうだとしたら、奴が我々の計画を否定しようとしているのも、説明ができると言うことだ」
そこまで話してから、周囲の兵士たちが不審な動きを始める。シナロアもそれに気付いて警戒を強める。一方で二人は互いの顔に視線を向けたまま、会話を続けた。
「そして、私はこの仮定が間違いないと考えている」
「…数えるほどしか私の顔を見ていない彼が、本当にそんなことを考えていると?」
深い恨みを込めた声で、国王の考えを否定する。しかし、彼の考えは異なるようだ。
「子どもとの向き合い方が分からない領主なんて、軍部に関わらずどこもそうだ。なんなら、医療のところがおかしいまである。
お前がどうでもいいと言うなら、わざわざ出生の情報を隠そうとなんてしないだろう。そもそも、奴隷の子どもだと分かっているなら、産まれてすら居ないはずだ」
「……、それでも、私は総司令を信じることは出来ません」
「はっきり言うが、今のお前の意志は我々には関係ない。そして、お前の父親が奴隷たちを解放させようと動いているのは、間違いない現実だ。そこで―」
その言葉を最後まで言うより早く、周囲の兵士たちが臨戦態勢を取り、シナロアもすぐに構える。
「君には、私の側にいてもらいたい」
依然、周囲の状況を見ること無く二人は会話を続ける。
国王の提案に、パラナは一口、水を口に含む。
「王城に軟禁されろ、ということですね?」
「そういうことになる。ただ、仕事は通信機を用いて、問題なく続けられる環境は整えさせてもらうつもりだ」
「…総司令、父への抑止として、ですか」
パラナが絞り出すように聞くと、彼は仕方ないだろう、と深い溜息をつく。
「唯一と言える、神成への対抗策を失ってしまったんだ。―"私一人"であの女を止めろと?」
「…………国王が、止める?」
国王が放った言葉の違和感を感じ取って聞き返すと、それよりも早く、シナロアの手にあった振動の力が消失する。
「ふむ、口が滑ったようだな。まぁ良い、お前に選択肢はない。そこの護衛が何をしようと、力を封じられた状態で何が出来る?」
後ろにいるシナロアも、意味が分からないと言いたそうに何度もスキルを発動させようとするが、力は発動しない。
その姿を見て、彼は覚悟を決めて頷いた。
「……分かりました。貴方の言葉に従いますが、彼女は、無事に屋敷に返してください」
「―パラナ!?」
国王の提案に従ったパラナに対し、シナロアは驚いたように彼の名前を呼ぶが、彼の顔を見て、撤回するつもりはないと理解する。
「迅速な決断、助かるよ。余計な血を流した所で意味はないからな。では、行こうか」
話は終わりと言いたそうに立ち上がった国王を、彼は座ったまま呼び止める。
「その前に一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「…国王陛下、ジャイロ様はどこへ行ったのでしょうか」
彼の質問に、彼は一瞬目を丸くして―顔を歪めて笑った。
「私の知る処ではないな」
「…そう、ですか」
パラナは静かに彼の答えを受け止め、席を立つ。そして、振り返ること無く国王に着いていく。
「シナロア、帰ったら二人に伝えてくれ。―きっと、しばらくは帰れそうにない」
「……分かったよ。だけど、絶対帰ってくるんだよ」
「……、善処する」
パラナは最後に力なく笑って、部屋を後にした。




