天魔失踪
軍部も参加していたという、王国各地で起きた反乱。それらは当日中に軍部の防衛隊や各領地にいる闘技者たちに鎮圧された。
しかしその日、天魔が世界から失踪した。彼らが施した呪いから追跡することも出来ず―パラナたちは狼狽えはしたが、冷静に対処する。
そしてたどり着いた結論は、恐らく、マクスウェルは死亡したのではなく、何処か遠いところに転送されたということ。
彼の性格を考えれば、帰る手段があるならばいつか帰ってくるだろうと結論付け、大きな穴が空いたことには目を逸らしながらも日常を送ることにした。
何故、軍部が参加していたのか、反乱のきっかけとなった大地震の原因などは闇に包まれたままだが、彼らは復旧作業も行いながら、何とか日常へと戻ろうとしていた。
「……」
毎日の業務に加え、先ほどの反乱で破壊された復旧作業、更に家を失った者たちの仮設住居、避難先の食料問題など―山積みの問題の中、パラナたちはマクスウェルを失ったことを気にしている余裕はなかった。
激務に追われながら、最低限の食事を流し込んで一日を過ごす。パラナだけではないが、執務をこなす彼らの顔には明らかな疲れが色濃く出てきていた。
何日か経過し、ある程度の生活基盤や物資の目処がついたところで、シナロアから声がかかった。
「パラナ、今晩部屋に行っても良い?」
執務中の突然の頼みに、彼は資料を整えながら頷いた。
「別に構わんが。何か話でもあるのか?」
「ん、少しね」
彼女は最後まで答えること無く、そのまま仕事に向き直る。
―マクスウェルが連れてきた彼女だが、もう一ヶ月以上、ここで過ごしている。
最初はパラナの周りを嗅ぎ回っていた、彼の狙いを妨げる目的で執務に就かせることなったが、今となっては居なくてはならない仲間の一人となっている。パラナとの仲も良好で、個別に話をしたりする仲であり、大切な従者であり、友人のような関係となっている。
しかし、マクスウェルが失踪してから、不安定な様子が見受けられるとクルドたちから報告があった。
その関係の話だろう、と彼も理解して、目の前の仕事にも集中することにした。
その日の夜。仕事を終え、適当に食事を済ませて風呂を済ませたパラナは自室で趣味の天文学の本を読みながら、来客を待っていた。
「パラナ、いる?」
控えめなノックの音が聞こえ、彼は本を閉じながら答える。
「あぁ、構わん」
彼が応えると、静かに扉が開いてシンプルな白の寝間着を着たシナロア入ってきた。
「何だかさ、最近よく眠れなくて」
「そうか。添い寝でもしてやればいいのか?」
パラナとしても、こういった事は初めてではない。特に抵抗無く提案すると、少しだけ彼女の顔が明るくなる。
「お願いして良い?」
「大丈夫だよ」
いつぞやと同じように、彼女と手をつなぎながら横になっていると、ふと聞いてきた。
「パラナはさ、マクスが居なくなっても平気なの?」
「…単刀直入に来たな。まぁ、急に居なくなったから困っている、というのはある」
彼女の質問にはっきりと答えるも、彼女はそっか、と言って強く手を握ってくる。
「私も大丈夫だと思ってたけど、ダメみたい。一人の夜が怖くてさ」
はっきりと彼女は伝え、パラナもその手を握り返す。
「それならここを好きに使っていいぞ」
「……ありがとね」
「お前も大事な仲間だからな。そんなに気にするな」
彼は、柔らかく笑い、その顔を見て彼女も笑う。
「何だか、最初に見た時から見たら随分変わったよね。なんというか、柔らかくなった」
「そうか? …そうだな」
その言葉に彼は、思い当たる節があり、素直に受け止める。そして茶化すように話しかけた。
「お前も、最初に比べたら随分と馴染んだからお互い様だろう」
「そっか。そうだね」
そう言って二人は笑い、互いの顔を見る。
「マクスが居ないから言うけどさ。私、今が幸せなんだよ」
「…唐突だな」
シナロアの告白にパラナは驚いたように一呼吸置いて言うと、彼女も頷いた。
「そうだね、本当に唐突だけど。
少し前までは何度死のうと思ったか分からなかった。それでも、死んだら弟や家族は絶対許してくれないと思ったからさ。頑張って生きてたんだけど、マクスに負けたあの日、本当に死ぬしかないかなって思ってたんだよ。
それでも、あの人が私を助けてくれた。ただの道具として、私に価値を見出してくれたのだろうけど、あの人が救ってくれたおかげで、今の私がいる」
「…そうだな」
パラナが相槌を打って流したところで、彼女は茶化してくる。
「当然、そんな私でも受け入れてくれたパラナたちにも感謝してるよ? だって、君が拒否することだって出来たわけだしさ」
「それは、ただの気まぐれだ」
恥ずかしげにパラナがそっぽを向きながら言い、シナロアは笑う。
「ふふ、そういうことにしとく。
…まぁ、今はこうやってマクスだけじゃなく、君やクルドさん、ヴェルディさんだけじゃなくて、いろんな人たちと知り合うことも出来た。
だから、私はまだ戦い続けても良いかなって決められたんだよ」
「…でも、あまり無理はするなよ。私の前で仲間が傷つくのは、あまり見たくない」
パラナの意外な言葉に、シナロアは少し驚いたように目を見開き、その後笑って彼の手を握り直す。
「うん、大丈夫。
でもさ、君が闘技場が嫌いな理由って…」
彼の言葉に引っ掛かった物があるのか、彼女が聞こうとした言葉を遮って答える。
「……そうだよ。私は誰も傷ついてなんか欲しくない。
なんで、大事な部下が無闇に傷付いて喜べるんだ」
「―そっか」
今まで無感情な素振りで振る舞い続けていた、この館の主人の本性を垣間見た気がして、彼女も笑って彼の体を引き寄せた。
「おい、暑いんだが」
言葉の割には嫌そうでない彼の体温を体で感じながら、耳元で囁く。
「でも、安心するでしょ」
「……まぁ、そうだな」
放すつもりのない彼女に観念したように、素直に答え、もう少し強く抱きしめた。
「流石に、少し苦しいぞ」
「たまには良いじゃない。君は、もう少し人の温もりを知ってもいいと思うよ」
「そんなもの…」
なくても、と言いかけたところで、彼は少し考えてから、抵抗しようとする力を抜いた。
「……そうなのかもな。
私は、そんなものを知らずに生きてきた。だからこそ、今更与えられても、どうして良いか分からない」
母親は知らず、父親の愛を与えられず、かつて、家族のように接してきた"神成"は取り上げられた。
今更、人の温もりを知ったところで、それをどう返していいか分からない。パラナの葛藤のような本音に、彼女は目を閉じて彼の頭を撫でた。
「別に気にしなくても良いの。与えられたから、返さなくちゃいけないものじゃ―そうだね。返すなら、君にも子供が出来た時に返してあげれば良いんだよ」
「……私が真っ当な相手と結べると思うか?」
パラナの後ろ向きな言葉に、彼女は悪戯っぽく笑う。
「それは、君次第じゃないのかな。どうしてもだめなら、お姉ちゃんが立候補しようか?」
「だから私の方が年上だと―」
二人きりの時の、いつものやり取りをしつつ、彼女の抱きしめる力が少し緩んだ。
「―君と馬鹿な話ししてたら、少し眠くなってきたよ。折角だからさ、このまま一緒に寝ちゃわない?」
眠そうに、力の抜けた笑顔を見せながら彼女が言う。
「…全く、人を散々馬鹿にしてそれか」
パラナも笑いながら愚痴るも、彼女はもううつらうつらとしており、返事は返ってこない。
「―まぁ、それもいいか。お休み、シナロア」
静かに寝息を立てるシナロアの顔を見ながら、パラナも静かに目を閉じることにした。




