前編
(作者基準で)比較的スタンダードなテンプレ婚約破棄に挑戦したくなったので書いてみました。
全三話となります。
「私との婚約は破棄だぁ!」
さる高位貴族主催のパーティーにて、そんな場違いな言葉が私の耳に入ってきた。
声の持ち主は、最近ご無沙汰……というか、適当な理由をつけて最低限の義務すら放棄してきた我が婚約者様ことビート・ウィーンゲット伯爵子息。恥知らずにも、明らかにこの場でいうべきではないそんなセリフを言ってきたのだ。
(な、なに考えているのこの人……?)
私、ユーリ・ミラー子爵令嬢は頭の中が真っ白だった。
突然の婚約解消を言い渡す。これ自体もあり得ない無作法だが、何よりも場所が悪い。
なにせ、今日の夜会は主催者であるディーング公爵令息の婚約発表パーティーなのだ。
どんな目的であれ、主役を差し置いていきなり一招待客が婚約パーティー中に婚約破棄なんてありえない。もはや無礼とか無作法など通り越して、宣戦布告に等しい暴挙である。
というか、不吉すぎるだろう……公爵家と戦争でもしたいのだろうか?
「聞いてるのか、ユーリ」
「聞こえていることに絶望しております……」
「フン、まあ愛する私から突然別れを告げられて動揺しているのはわかるが、私の言葉を無視するのは感心しないな」
……ああ、そういえば、私婚約破棄告げられたんでしたっけ。
はるか格上の公爵子息様の婚約パーティーぶち壊しに来た衝撃でそこまで思考がたどり着けていなかったわね……。
「ビート……いえ、ウィーンゲット様。何を考えてそのようなことを仰るのかわかりませんが、ひとまず場所を変え――」
「フン! わからないとは随分な言いぐさだな! 今まで貴様がなしてきた悪行のことなどもう忘れたというか!」
「いや、そうじゃなくて場所を弁え――」
「ならば! 貴様に思い出させてやろう!」
ビートは自分に酔っているらしく、私のマジトーンの懇願を無視して話を続けた。
周囲からの困惑2割恐怖8割の視線など一切関知しないままに。
「お前は私の愛するリリーへ数々の暴虐を働いた! それがお前の罪だ!」
「え? リリーって……リリーシア・レーズン男爵令嬢のことですか?」
ビートの口から出た言葉に、思わず聞き返してしまった。
本来ならばここで問答を続けるよりも、淑女としてはしたないと言われようが殴り飛ばしてでもこの男を黙らせるべきなんだと思うけど……知った名前に思わず反応してしまった。
「いかにも、我が女神であるリリーのことだ」
「女神って……ここに一応婚約者いるんですけど? それに、暴虐ってなんのこと……ではなく、とにかく場所を変えましょう!!」
この際もう、レディーの嗜みなど気にしている場合ではないと私は声を張り上げた。
本来、女性がこのように大声を出すことなどはしたないと眉を顰められるような振る舞いであるが……このままここで公爵子息様の婚約パーティーに汚物塗りたくるような真似を続けるよりはずっとマシよ!
「そのようなことを言って逃げるつもりか! 貴様の暴虐、大勢の観衆の前で全て晒してやろう!」
だから、ここにお集まりの皆様はあなたの独り舞台の観衆ではなく、公爵子息様のお客人なんですってば!
確かにウィーンゲット家は伯爵という高い身分にはあるけど、この場にはそれより格上の公爵家や侯爵家クラス……それどころか、親戚筋にあたる王族の方々までいるんだってば!!
主役である公爵子息様を蔑ろにし、公爵子息様をお祝いするために集まった皆様のことまでそんなおまけみたいな扱いをするとか、私まで連帯責任でついでに処されるから!!!
「お前は私の愛がリリーへ向いていることを逆恨みし、リリーをいじめただろう!」
「身に覚えありませんしそれただの不貞発言です!」
婚約者を相手に堂々と他の女へ愛を捧げています宣言は横に置いておいて、生憎リリーをいじめた覚えはない……というか、そもそもビートを愛した覚えもない。
なにせ、この婚約はウィーンゲット家から強引に結ばれたものなのだ。
私の生家、ミラー子爵家は貴族としてはさほど高位ではないが、それなりに裕福である。
海を領地に持っているミラー家は、漁業で経済を回しているほか、他領にはない強みとして特産品の真珠を販売してる。
ミラー家の真珠は質がいいと国内外問わず評判で、一粒にかなりの値がつく。そんなわけで、子爵家の割にはかなり裕福な方なのだ。もちろん、あくまでも子爵家としてはであり、今日のように絢爛豪華なパーティーを開いてしまう公爵家のような天上層には遠く及ばないが。
(ま、貴族的基準で普通に暮らす分には十分な蓄えがあるってところね)
一方、ウィーンゲット伯爵家は大分経営が厳しい。
伯爵という身分を持ちながらも、今の当主もその一つ前の当主も今ひとつな人物であったようで、年々収益を減らしているのだ。そして、恐らくは今代の当主となるだろうビートも似たようなものだと思われる。
その更に前の時代の当主がかなり優秀な人だったらしく、当時はかなり羽振りがよかったらしいのだが、息子も孫も先祖が築いた財産を食い荒らすことしかできなかったのだ。
(ただでさえ浪費癖が激しい上に、資産を増やそうと何かやっても全部裏目で無駄にお金をドブに捨ててばかりのようだし……)
何故そんな家と婚約をすることになったのかと言えば……その『優秀だった頃のウィーンゲット家』にミラー家は借りがあるからである。
今となっては当事者は一人も残っていない昔の話だが、ミラー家の領地は当時天災が発生して大打撃を受けた。そんな瀕死の状態になったとき、当時強力な力を持っていたウィーンゲット家にかなりお世話になったらしく、世代を隔てても恩は未だ残っているという話だ。
とはいえ、当主がボンクラになってからはこちらが助けることも多く、もう借りを返したといってもいい気がするんだけど……かつての威光の最後っ屁とでも言おうか、過去の借りを使って強引に婚約を結ばされてしまったというのが本当のところだった。
私達としては正直今のウィーンゲット家と結ばれても得はないんだけど……一応爵位では上の相手で、貴族としては命よりも大切な『恩』を前面に出されて断り切れなかった。先祖達の財産が底を尽きそうだから今度はミラー家の財産に寄生しようって腹が見え見えでも、無下にすることはできなかったのよ。
貴族は信用商売。過去の恩を仇で返したなんて言われたら、こっちまで共倒れする羽目になってしまうかもしれないしね……。
ともあれ、そんなわけだから私の方からはビートとの婚約など微塵も惜しくはない。もちろん、利害抜きに個人としての恋愛感情で評価しても……まあ正直、どちらかと言えば嫌いってタイプだし。
だから、私がビート関連で嫉妬など天地がひっくり返ろうともあり得ないし、本当に浮気相手がいるなら喜んでプレゼントする。何なら個人資産からお祝いを出してもいい。
でも……浮気相手がリリーってのがあり得ないのよねぇ?
それに、今の宣言から……その口から流れてきたこの匂いは……
「もしかして……酔ってる?」
ビートの宣言からは嗅ぎなれた酒臭さが漂ってきた。
そういえば、ビートは酔っても顔に出ないけど気が大きくなるタイプだった……え? まさか、こんな場所で前後不覚になるまで飲んだの?
(お酒は確かに貴族の嗜みだけど……自分を忘れるまで飲むのはNGよ!?)
アルコール類は私たち貴族にとって、嗜むことが常識の嗜好品とされている。
もちろん庶民にもアルコールは大人気だけど、特に貴族階級ともなれば酒の味がわかって一人前と見なされる、なんて風習があるくらいだ。
実際、私だって当然のように飲んでいる。公爵家の婚約パーティーだけのことはあり、普段は絶対に飲めないような高級ワインで舌を楽しませてはもらったが、だからと言って酩酊するようなことはない。
あくまでも、アルコール類は嗜みなのだ。酒の味がわからないようでは一人前とは見なされないけど、酒に飲まれるようでも一人前とは見なされないのが大人の世界。
まして、このような貴族階級の集まるパーティーで大騒ぎするほど飲むなど、もはや人間性に問題ありとして貴族社会からはじき出されても文句は言えない愚行だ。
「お前はなぁ! リリーが男爵家の人間だと思ってマナーが悪いと難癖付けたり全身が痛むほどに傷つけたり身に着けていた小物を奪い取ったりしたな!」
「……一切身に覚えが……!?」
一度気が付いてみれば、もうこれを酔っ払いと呼ばずに何と呼ぶという状態だった。
まず目の焦点が合ってない。口調もよくよく聞けばいつものビートより砕けているというか、呂律が回っていない感じがする。
こんな場面で周りが見えないような酔っ払い相手にどうするかと悩んでいたら……恐れていたことがついに起こってしまった。
「デ、ディーング様……この度は、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう……しかし、どうもお祝いしてくれる雰囲気ではないようだな」
明らかに笑っていない目でこちらへやってきたのは、今日の主役の一人――ディーング公爵子息。ディーング公爵家の正当後継者であり、次期公爵の地位が約束されているお方。同じ貴族というカテゴリーであっても、私からすると天上の住民である。
なぜここにやってきたのか……など、考えるまでもない。今の彼は将来を祝福される婚約発表会の主役ではなく、愚か者を断罪する処刑人としてやってきたのだろうから。
「キミ……確か、ウィーンゲット伯爵家の次男坊だったかな?」
「は、はい! 私がウィーンゲット家のビートと申します。この度はご婚約――」
「その先は結構。キミに祝われては縁起が悪い」
婚約へのお祝いの言葉を口にしようとしたビートは、公爵子息様に止められてしまった。
……いや、そりゃそうだろう。御目出度い婚約発表パーティーで婚約破棄、などというこれ以上ない不吉な言葉を大声で叫んだ男からの祝辞など縁起が悪いというレベルではない。
「さて……なにやら、私たちの未来に泥を塗るような発言が多々あったようだが……何事かな?」
「申し訳ありません!」
私はその場で90度のお辞儀を敢行する。私は悪くない、と言い張りたいところだが、やらかしたのは一応私の婚約者。つまり連帯責任が適応されてもおかしくない間柄の男であるため、とにかく平身低頭で挑むほかない。
「キミからの謝罪は受け取ろう。それで……説明してくれるかな? いったい、何故今日という祝いの席に相応しくない言葉を会場中に届くような大声で言ってくれたのかを」
公爵子息様は優しげな声で説明を促しているが……目が笑っていない。ついでに、遠目に見える公爵子息様の婚約者――元の身分は侯爵家のご令嬢――様も、淑女の微笑みの奥に鬼が見えるようだ。
この状況になってしまった今、服従する犬のように全てお望みのままに従うのが最善。最悪でも連帯責任でついでに社会的処刑だけは回避しなくては……!
「そ、そうです! どうか私の話を聞いてください! そして、この醜悪な女への断罪にディーング卿のお力もお貸しください!」
「ほう……?」
これ以上下がる余地がないと思われていた公爵子息様の機嫌が、更に一段階下がった音がした。
これは……酔っ払いが自分たちの晴れ舞台で暴れていることを察した?
「この女は私の愛するリリーへいじめを行っていたのです!」
「愛する? ……キミたちはどんな関係なんだい?」
愛する女にいじめを働いた、という公爵子息様には全く関係のない話に、流石に困惑気味の様子だった。
そりゃそうだろう……公爵子息様からすれば、私もビートも、そしてもちろんリリーも全く縁もゆかりもないのだから。
「現時点では、という注釈付きになりますが、私――失礼しました。遅ればせながらご挨拶させていただきますが、ミラー子爵家のユーリと申します」
「うむ。ミラー子爵家といえば真珠の産地として有名なミラー領の?」
「はい。我が家の特産品となっています」
「そうか。私の婚約者もミラー産の真珠は好みのようだ。今後ともよい関係を期待する」
「もったいないお言葉です」
海沿いの領地を持つミラー家最大の特産物は、公爵子息様にも認められていたようだ。
やや怒りの感情が下がったように感じられ、僅かながら楽になったと続きを話す。
「それで、私と彼――ビート・ウィーンゲットは……婚約関係になります、一応」
「そうか……先ほど婚約破棄と叫んでいたのだからそうだとは思っていたが、やはりそうなのか」
公爵子息様は納得と困惑がまじりあったような表情となった。
婚約破棄を告げているのだから婚約関係になるのはわかるが、じゃあ愛するリリーとは何なんだと考えているのだろう。
「つまり……ウィーンゲット君、キサマは婚約者がいながら愛する女とやらを作ったと?」
「誤解です! リリーこそが私が真に愛する運命の相手であり、この女は親が勝手に決めた愛のない関係なのです!」
「……家の都合で結ばれた婚約だから、不義理を犯してもいいと?」
「真実の愛のためには仕方がないことです!」
……僅かに戻った公爵子息様の機嫌が再び急降下したようだ。
いや、ビート……公爵子息様だってお家の都合で結ばれた婚約だからね!? 実際に個人としての関係性がどうなのかはわからないけど、それ公爵子息様の婚約に真っ向から喧嘩売っているから!!
「本当に、キミはここに何をしに来たんだ? などと聞くだけ無駄か……せっかくだ、このままキミたちの話を解決してしまおうか」
「えぇ!? このようなことでお手を煩わせるわけには!」
こんな恥しかない話を、公爵子息様の婚約パーティー潰しながら続けるとか私の心臓が死ぬ!
と、全力で目で訴えてきたのだが、公爵子息様はほとんど笑っていない目で「気にすることはない」と、私の懇願をやんわりと却下してきた。
……これ、事情を全て聞き出して徹底的に潰してやろうとか、関係者根絶やしにしてやるとか、そういうこと考えていらっしゃる……?
「確か、いじめがどうとか言っていたな?」
「はい! この女は愛しのリリーに対して、非道の数々を働いたのです!」
「そうか。いじめは良くないな……具体的には?」
ビートは公爵子息様が味方してくれると思ったのか、目に見えて生き生きしだした。
私の目には尋問されているようにしか見えないが……ビートの目は私のものとは違うらしい。
「まずは聞くに堪えない罵倒です! 男爵令嬢であるリリーに対し、いちいちマナーがなっていないと難癖をつけているのです!」
「ということだが、どうなのだろうか?」
公爵子息様はビートの言葉を聞いたのち、私に意見を求めてくる。
こうなっては、もう失礼しましたと逃げることもできない。覚悟を決めるか……。
「えー、正直なところ身に覚えがありません。確かにリリーとはマナー教室で意見をいうことはありますが、場をわきまえずに難癖をつけたことはないですね」
「ふむ? 口ぶりからして、そのリリー嬢とミラー嬢は面識があるのかな?」
不思議そうに公爵子息様は私に問いかけてくる。
そりゃそうよね。公爵子息様からすれば、この場にいないリリーは浮気相手……私と友好的な関係を築くはずがない人間なのだから。
しかし、その認識は間違いである。なぜならば――
「はい、私とリリー……リリーシア・レーズン男爵令嬢は友人という関係になります」
「なに? レーズン男爵家?」
「は、はい。リリーはレーズン男爵家の一人娘ですが……?」
何故か公爵子息様はレーズン家の名前に反応した。
林業を営んでおり、男爵家としてはかなり裕福な方であるのは確かだが、公爵家が気にとめるほどの何かがある言えとは思わないけど……?
「いや……何でもない。勘違いだったようだ。では、そのリリー……レーズン男爵令嬢は友人の婚約者に手を出したということか?」
「いえ……私の知る限り、彼女はそのようなことをする娘ではありませんし、今まで見た限りでもそのようなそぶりをみせたことはないのですが……」
少し違和感のある公爵子息様の態度だが、あえて気がつかないことにして話を進める。
私とリリーは、いわゆる幼馴染という関係にあたる。
子爵令嬢と男爵令嬢。身分としては一段階の差があるが、家の規模や財力で比較するとほとんどミラー家とレーズン家に違いはない。
ミラー家は海に面していることを最大限利用した漁業と真珠産業がメインの領地であるが、お隣のレーズン家は男爵家であっても領地を持つ家であり、小さいながらも山を保有している。そこで林業をやっており、お互いの領にないものを特産品としている関係で家ぐるみで良好な付き合いをしているのだ。
そんな関係なので、令嬢として個人的にも対等な付き合いをしてきた間柄だ。こちらの方が爵位が上である、なんて気にすることもなく仲良くやってきた間柄であり、婚約者を取り合うドロドロとした関係になった覚えはない。
「フム……どうにも決め手に欠ける話だね。レーズン男爵令嬢本人の話も聞きたいところだが……」
「流石にこの場に招くわけには……」
真実が全く見えない状況において、当事者の話を聞きたいというのは当然の考えだろう。
しかし、忘れてはならないこととして、ここは公爵家の婚約記念パーティーなのよね。
当然、招待状を持たない人間がこの会場に入ることなどできはしない。私の場合は真珠産業に公爵家が興味を示しており、その関係で両親と共に招待状をもらったから来たが、普通なら子爵や男爵クラスではなかなか入れない場所なのだ。
……ちなみに、伯爵クラスでもフリーパスというわけではなく、落ち目のウィーンゲット家は本来呼ばれていなかった。だが、淑女の礼儀としてビートにエスコートを私が依頼したからここにいるってことはきっと忘れているんでしょうね。こうした場所には婚約者がいるなら共に参加するのがマナー……なんてことがなければ入ることすらできない立場なのだなんてことは。
「おお! リリーの話を聞きたいのですね! それならご安心ください。彼女もここに呼んでいますから!」
「は?」
公爵子息様が、信じられない未知のものを見るような目でビートを見た。
いや、そりゃ招待されていない人間を公爵子息様の許可もなくこの場に招いた、なんてありえない……というか、リリー来てるの!?
「…………どういうことだろうか?」
たっぷり溜めた公爵子息様の声からは、もはや不機嫌……を取り越して殺意すら宿っている気がする。
しかし、酒の力かまったく気にしない様子のビートは、声高に自分の犯行を口にする。
「このパーティーの話をリリーにしたら『私も行ってみたい』とおねだりされてしまいましてね。それなら、せっかくだから一緒に来ようとドレスを設えて連れてきたんですよ」
「……ここは招待状がなければ入れないはずだが?」
「いやー……そこは、まあちょっと。我が女神のためですし、閣下には何の損もない話なのでお目こぼし願えないでしょうか?」
「いや、どういうこと!?」
ちょっと? ……ちょっとって何!?
「そんな大きい声を出すな。だからお前はダメだというんだ」
「そんなことどうでもいいですから、いったい何をしたんですか!」
「うるさいな……ちょっと裏口から入れただけだよ」
「それ不法侵入!!」
何を言っているかわからない。公爵家のパーティーに無許可で人を入れるとか、最悪暗殺未遂容疑かけられてもおかしくない暴挙よ!?
「……そうか」
もはや言葉もないのか、公爵子息様は一言つぶやいただけだった。
……これはもう、婚約破棄宣言とか全く無関係に終わったわ。リリーはどうしてそんなことになったのよ……。
「……諸々のことは後回しにしよう。ここに来ているのなら、レーズン男爵令嬢をここに連れてきてもらおうか」
つまり『不審者を捕らえよ』ということですね……。
「では早速! リリー……って、あれ?」
ビートは周辺を見たわしてリリーを探すが、どこにもいない。
本当に来ているとしたら、リリーはどこにいるのか? 私の知るリリーは、公爵家に侵入してパーティーを満喫する、なんて非常識な真似をするような子ではない。
そんなリリーがなぜかここに来たとして、考えられる行動は……
(不法侵入したことを前提として、少しでも迷惑をかけないようにするわね)
仮にこの暴挙が彼女の意思ではなく、何らかの力で強制されている場合、少しでも迷惑をかけず、かつ人目につかないが泥棒などを疑われることもないような場所で小動物のように身を隠していると考えるべきか。
目の前の酔っ払いはともかく、普通に考えたら公爵家の屋敷で行われるパーティーに不法侵入とかヤバすぎるって誰でもわかるしね……。
「……あ、あの子です」
「ほう?」
推理の末、おそらくリリーは人込みの中にいると結論した。
下手に人気のない場所で隠れたりすれば、どんな疑いをかけられるかわからない。ならば自身の潔白を証明するためにも、人の監視の中にいるだろうと。
しかし目立つ場所にもいない。招かれてもいないのにパーティーを楽しむなんてすれば、顰蹙というレベルではないのだから。
その二つから……人の目はあるけど目立たない場所。つまり会場の隅っこで顔を伏せていると読んだ結果……見事リリーを発見することに成功したのだった。
「ご、ごきげんよう……」
「キミがリリーシア・レーズン男爵令嬢で間違いはないか?」
「は、はい……この度は、まことに申し訳ありません!」
私に発見されたリリーは、この会場でもっとも注目を集めてしまっている場所へと気まずそうに歩いてきた。できれば関わりたくなかったのだろう……気持ちはわかる。
しかしこうなってはそうも言っていられないと、リリーは憔悴した様子で公爵子息様に頭を下げた。
流石に、ビートのように『ここに侵入するくらい大したことではない』なんて思ってはいないようね。
「謝罪を受け取るかどうかは、事情を聴いてからにしよう……いったい、何故キミはここにいる?」
「はい……言い訳にしかなりませんが、お話しさせていただきます」